世界がブレンシュトルムと融合してから早一週間。
人々は意外と早くこの状況に適応していた。これは日本という国が持つ柔軟さの賜物か。
それとも、人間とは環境適応能力の高い生き物なのか。
どちらにせよ、生活は上手くいっていた。
新たな世界での貨幣制度は日本のものと大きく違わない。
つまり、通貨単位は円であり、価値も概ね同じである。
だが、紙幣や硬貨はなく、全て金貨・銀貨・銅貨で取引される。
この辺りの価値観の違いを修正するのに多少手間取ったものの、今では問題なく受け入れられている。
また、魔法が存在するため、科学の代わりに魔法技術も取り入られるようになった。
世界の西側近くはほぼブレンシュトルムに浸食されて、世界観が大きく変わっている。
西から徐々に異世界化が進行しているためだ。
「少し歩けば鉄筋ビルとアスファルトなのに、ここにくれば車一つ走らない草原って……なんか変な感じですね」
そんな感想を抱きながら、町田はある所に向かっていた。
それは、冒険者として転移されていた時期によくお世話になっていた場所。
アントン、イントン、ウントンの三兄弟が経営する武器屋だった。
彼らは元々鍛冶師であったが、異世界のモンスター素材を使った剣や鎧を作るようになり、店を持つようになった。
そして、彼らが作るものは一級品であり、多くの冒険者が愛用している。
特に町田が使っていた魔法の杖には、彼らの名が冠されているほどだ。
「お久しぶりです、店主さん」
「おやマチタさん、これはどうもなのネ」
「あの……ここに居ると聞いてきたのですが」
「はい!是非とも」
町田は店主に連れていってもらい、奥へと入っていく。
……
「……レッドナイトさん、でしたか」
「んお」
「町田殿!?」
奥にいたのは、過去に同時期に町田と共に転移されてブレンシュトルムに送られていた男性だった。
『レッドナイト』という名はネットゲームで使用している名前で、現実世界では所謂オタクでニートだった男だ。
しかし異世界では騎士で守り役として活躍していた。
「まさかこんな所で再会できるなんて思いませんでしたぞ」
「ええ、ちょっと他のメンバーの事を思い出して」
「もう社畜では無いのですかな?」
「いえ、魔族が来てからブラック企業のスケジュールではやっていけなくなったということで」
「羨ましい限りですなあホワイト化とは」
「そちらこそ、まだ残っていたのですね……武具屋」
「そうそう、このブレンシュトルムの店が1番経済的にまずかったのですな」
「小生達の世界と繋がった以上、銃刀法違反は適応されるので武器を買える人間はいなくなりましたのでな……」
町田とレッドナイトはしみじみと語り合う。
レッドナイトは相変わらずオタク口調のままだが、どこか貫禄がある。
彼の場合は、ニートを卒業してから数年経っているからだ。
現在は鍛冶屋兼武器商人として活動しているらしい。
「しかし今でもしっかり経営しているのですね、この店は」
「異世界で度々お世話になった店ですのでな」
「武器は売れずとも彼らは技術はあったので、この現実でも売れて需要がある物を……」
「ああ、それで今は剣や斧の玩具が売られているのですか」
現在このお店は人気アニメや特撮の武器の玩具、剣を模した小さなアクセサリーなどが置かれている。
また、子供用の鎧なども置かれている。
その光景はまさにおもちゃ売り場だ。
「はい、これが小生達の作った武器ですな!」
レッドナイトは自慢げに商品を紹介する。
「へー……凄いですね」
「おや、町田殿はこういうものに興味がおありで?小生がこういう売り方を提案しましてな」
「あの三兄弟も今度は玩具産業で大成していくと息巻いてましてな」
「ですが貴方がここに居るとは思いませんでした」
「ああ……ここに居ると言うより、もう現実に居場所が無いのですな」
「と言うと?」
「我々がブレンシュトルムに居て、この世界では2ヶ月も立っていたようで」
「2ヶ月……我々が過ごした時間とほぼ同じ」
「私は帰ってからもいつも通りでしたが……」
「ああ、部屋でも片付けられてましたか」
「いえ、死亡届出されてましたのデス」
異世界での生活で、彼らは現実世界での死を受け入れていた。
それは死を受け入れることに慣れたわけではなく、生きるために受け入れざるを得なかったのだ。
この世界で生きて行くためには、現実世界を捨てる必要があった。
「………というよりは、ニートが2ヶ月もいなくなったんで探すより死んだことにしたみたいですぞ」
「ああ……自分たちで言うのもなんですが、私達って居なくなっても困らないタイプですからね」
「あの二人とは違いますからなあ……あ、それで思い出したのですが、その方達には?」
「いえ、まだ」
「改めて思えばどんなラノベにも組み合わせでしたな」
「社畜が魔法使い、ヒキニートの小生がナイトで人妻が僧侶、そして……」
「まだ小学生なのに勇者……ですからね」
町田天吾(まちだ あまご)とレッドナイトは、異世界での出来事を振り返っていた。
彼らが出会ったのはきっと偶然ではない。
彼らはそれぞれ、ブレンシュトルムに飛ばされていた。
しかしそこで再会した二人は、お互いが元いた世界に戻った後、連絡を取ることはなかった。
だが異世界で共に冒険し、生活を共にしたことで、彼らの間には友情のようなものが生まれていた。
「そういえば、この間テレビで総理大臣と……」
「ええ、こんな事になってしまったのは私のせいではありますので、全面的にと」
「あと会社に四天王が来たりしてました、モンスターや魔族達は我々現代社会にあっさり適応したようです」
「まあそれは……小生もリザードマンなんかがスーパーマーケットに居たのを見ましたからな」
「問題は異世界人ですが、今後の経営的にも聞いておきたくて」
「はあ………」
「ここの店は小生もいるし、あの三兄弟には経営の才能があるからいいとして、逆にはブレンシュトルムの人々は慣れるにはまだまだ時間がかかりそうでしてなぁ……」
レッドナイトはため息を吐いて言う。
文明も社会もルールも技術も大きく異なるのだから無理は無い。
しかし、魔法技術はあれど今現在は科学の方ができる事は上だ。
最終更新:2023年08月08日 20:05