二重世界の弊害

「はい、仕事しすぎて頭と目に負担入りまくってますね、薬出しますので絶対に飲んで、あと仕事は基本定時までね」

「はあ……」

「ん、なんですかその目、ゲイザーが病院いちゃおかしいですか、ワタシここで働くためにイシメンキョというライセンスをちゃんと得ましたから」


「いえ……回復魔法でも使うのかと思いましたよ」

「回復魔法なんて昔から薬買えない貧乏人がやる様なものですよ、やってる方も疲れるし効きやすいのは出血くらいだし」

「へー……そういうものなんですね」

……

「医療も魔族がある程度入ってくる時代になりましたか……」

「薬も随分数が増えたもので……」

町田が久々に通院すると、受付カウンターには見慣れない顔が増えていた。
いつもいる看護師さんの姿はなく、代わりに受付にいた魔族が処方箋を渡す。
そして薬剤師の免許証の様なカードを取り出して、パソコンに打ち込んでいく。
現代日本でよくあったと思う光景だ。
しかしそれは、ここ最近急速に変化した技術によるものだろう。
昔なら医者の診察を受けて処方箋を書いてもらうだけで数日かかったりしていたのだ。

「全部見た事の無い薬だ……これ効くのかも分かんないですが、渡されたからには飲みませんとね…」

処方箋を確認していると、すぐ近くに見慣れた人物の姿が……

「おや、貴方は真田さん……?」

「え……町田さん……?」

偶然その姿を見かけたのは、真田真由美……町田やレッドナイトと共に異世界転移に巻き込まれ、ブレンシュトルムを共に旅した女性だった。


「この近くに住んでいたんですね……今日はどうして?」

「いえ、いつもの通院です、薬や先生は新しくなりましたが……」

「私は……ちょっと無理がたたってしまいまして……」

「ああ………そういえば貴方、お子さん居ましたっけ」

真由美は異世界転移前から一児の母である。
家事や育児をコツコツこなして旦那を支えてきたのだが、転移後は生活環境が大きく変わってしまい、苦労する事も多くなってしまったらしい。

「はい……まだ子供が小さいので私も家事をしながら働かないといけなくて」

「大変ですね……お気持ち察しますよ」

そんな話をしながら二人は薬局へと入っていく。

「町田さん、目と頭痛と腰に効く薬です」

処方箋のところに居たのはゴーレムだった。

「AIがいずれ人の仕事を奪うとは我々の世界でも言われてましたが、流石にゴーレムに奪われるなんて予想は出来なかったでしょうね」

「この人形、世界のあちこちに配備されてるみたいだって前にニュースでやってました」

「もう簡単な労働や接客は、ほとんどゴーレムに任せてるって………」

「薬学も魔族の方がすごく先進的で、エリクサーやポーションの類がどんどん承諾を得て現代技術で量産をって……」

「我々現代人にとっても不便な事もあるものですね………」


「真田さんの薬です」

と、交代混じりに薬の方を見ていったら………


「なんか」


「貴方の薬の量私より多くありません?」


「……………」

真田真由美は黙ったまま、何も言わずに処方箋にサインをした。

それから翌日の事。
彼女は自宅で死んでいたという。
過労と精神的な苦による自殺であった。

町田は異世界転移の付き合いもあり、葬式には参加していた。
彼は思った。

(私はこれまで、連勤続きでいつか電池が切れた玩具のように急に死ぬものとは思ってました)

(案の定、人というものはあっさりと死んでしまう)


(ですが………)

………その棺桶に、真由美の姿は無い。
火葬場から出てきたそれは、真っ白な煙を上げて空高く昇ってゆく。
町田は、それをただ眺めていた。

「あの……」

「………えっと、町田…さん……」

隣に誰か座ってきた、聞き覚えのある声もする。


「………驚くかもしれませんけど、私」

「驚きませんよ、今更こんなこと起きたって」

「………場所を変えましょう、真田さん」


………

町田と……その女性、真田は人通りの無いところに向かって改めて話す。

「その……私、信じて貰えないかもしれませんが、私……」

「まあ、死亡報告は私も聞いてますし、そうなるだろうとは可能性に入れてました」

「ブレンシュトルムは医療は無いが薬学は我々の世界以上に進んでいた」

「それによって………死者の蘇生も出来ましたからね」

ブレンシュトルムは医療技術こそ発展していないが、薬に関しては現代日本以上に進んだ世界だ。
そしてその薬の効能は、別世界の人間にも有効だった。
つまり、死んだ者を蘇らせる事も出来た。
しかしそれはあの世界でも非常に高価だったが、そこは現代日本の技術力と生産力で簡単に量産出来るようになった。

「改めて、私より先に過労死した貴方に話を聞きたくて」

「私でも仕事だけでギリギリなのに、そこから育児までするならそりゃ死にもしますよね」

「そういえば……町田さん、お家族いませんでしたものね」

「……………2ヶ月という時間は、短いようで致命的なんです」

「たった2ヶ月の間、私がいない間に生活は苦しくなってて、貯金も殆ど無くなってて」

「私もパートに入って、貴方ほどではありませんが疲れるほど働いて……」

「回復魔法も……魔族と戦う時より頻度が多くなって、それでも全然足りなくて……」

「その挙句には過労死して、薬を盛られてゾンビにまでなるなんて……」

「死亡保険は入らないし、死人になった以上私はもう生きてるけど人権は無いって………」

「………」



「真田さん」

「これは私のせいでしょうか?」

「私があの時、王に皆が処刑されないように帰還しようとして、世界が融合して………」


「貴方には申し訳ないと思っているし、私のせいであなたのように誰かが不幸になったのならそれは私の責任とは思っているのですが」


「あまりにもスケールが大きすぎて、私がとんでもない事をやらかしてしまったという実感が無いのですよ」
最終更新:2023年08月08日 20:10