綻びの始まり

「お……おじゃまします…」

「一人暮らしの汚い部屋ですが、どうぞご勝手に」

あれから、町田は真由美を連れて自分の家に帰った。
家と言ってもアパートの一室で大したものでは無いが。

「あの……いいんですか町田さん、家に上がるなんて……」

「いえ、私も寝るぐらいにしか使ってない家なので、貴方の方は?」

「死人にされた時、とっくに親権は切られました……養育費は払わなくていいが、家に居たいなら奴隷になるか水商売をしろと夫が……」


「…………すみませんね、処刑されたくないから帰還しようとしたのに、結局死ぬことになってしまって」

「いえ、またあの子の顔を見れただけでも救われました」

「もう二度と家族に会えないままブレンシュトルムで過ごすんじゃないかと思ってまして……」

真由美が微笑んだ。
町田はその笑顔を見て心の中で呟いた。

(ああ、私がやった事は……結果的に正しかったのだろうか)

そして同時にこう思った。
(もう限界だろう、この世界は)

―――*―――*―――*―――

翌朝、二人はブレンシュトルム側の大陸まで向かい冒険者ギルドを訪れた。

「……変わりましたね、ここも」

「そうですね、何だか騒がしいですよ」
二人が見たものは、ギルドの入り口前で揉めている人々だった。
騒がしい空気は以前もそうだったが、治安が少し落ちたようにも感じられる。

「私達の世界の人たちもかなり居るような……?」

「面白半分ですよ、レッドナイトさんが言っていたように異世界に転移する作品が丁度ブームだったとの事なので」

騒ぎの中に入ってみると、そこには見覚えのある顔があった。
その人物を見た瞬間、真由美の目が大きく開いた。
そして震えた声で言った。
しかしそれは喜びでは無く恐怖によるものだった。
彼女の目に映った人物は……

「ま、町田さん……」

「おや」

奥に居たのは……


「ククク……よくここまで来た、勇者の仲間よ!」

ブレンシュトルムの魔王、ゼノバースだった……


「おや、魔王さん」

「こうして対面するのは初めてか、勇者の仲間よ」

「………一応私は今サラリーマンなので言葉で済ませます」

「何してるんですか、ここで」

「そうだな………一言で言えば」


「『お前の世界で言うごっこ遊び』だ」


「はあ……ごっこ遊び、冒険者ギルドの真似事、ですか」

「しかしこういうギルドは融合以前から、貴方の部下やそれに近いものを始末して金を得る仕事だったはずですが、それを何故あなたが取り仕切って?」

「………魔族が適応しやすくて貴様らの文化に溶け込みやすいと言えど、それが出来ない魔族もいる」

「人間も同じだ、未だに冒険者となって今時時代遅れとなった雑草むしりや洞窟探検を『クエスト』という名目で行うことしか出来ない者もいる」

「そんな時代に取り残された者が傷の舐め合いのように冒険者というやり方で生きている、それが今の冒険者ギルドだ」


「はあ……だから、貴方はこれをごっこ遊びと称したと」

町田は首を傾げた。
だが一方で真由美は目を伏せていた。
彼女は知っていたのだ。
魔王ゼノバースがどういう存在なのかを。
そして彼女が怯えているのは……

「どうした、何を怯えている」

「今ここで貴様達を殺すように見えるか?」


「嫌だ、嫌だ、死んでも嫌だ」

「帰還したお前達はそちらの国の英雄とは違えど保護対象」

「ただでさえ喧嘩を売ったら面倒臭いと感じているのに、余計にこじれるではないか」

「一人足りんが、あの肥満体はどうした」

「レッドナイトさんは普通に就活しましたよ、お世話になった武具屋を協力の元玩具売場に変化させて、ブレンシュトルムから独立して人気の店になりました」


「ふむ、その他にも商の頭が利く奴はブレンシュトルムを出ているからな、需要とはそういうものか」


「ではこちらからも聞きますが、あの子はどこですか」


「勇者グレンダか」

「我々と違いまだ子供だったこともあり……総理大臣が安否を気にしています」

「心配は無用だ、我も『リモートカイギ』とやらでよく姿を拝んでいるが生意気面は健在だ」


「だが、奴の肉親がもう何処にでも離れたりしないようずっと家に監禁されていると言っていたがな」
魔王の言葉を聞いた途端、真由美の顔が青ざめた。
そしてすぐに町田の腕を掴んだ。
町田は驚いて彼女を見る。
真由美は震える声で言った。
まるで目の前にいる男を恐れるように。
その様子に町田も察した。

(町田さん、逃げましょう)

(…………)

「すみません、そろそろ失礼します」

「おいおい、待て」

「貴様らもわざわざブレンシュトルム側の大陸に来て、最早辺境の田舎と化したこの街に来たんだ、何か理由くらいあるだろう」

「…………こちら側の事も見ておきたかった、ではダメですか?」

「結果的に救われた人もいれば、結果的に破滅した人もいる」

「真田さんを見てそう思ったのですよ、最近は会社も休みを着けるようになりましたので」

「破滅?こいつらがか?気にするな、ここに来るような奴は融合関係なく破滅して野垂れ死にしてもおかしくない掃き溜めだ」


「………世界の方はどうですか、こうやって表向きは良好な状態で居られるのも今のうちですよ」


「ほう、確かに魔族達も我の目にも届かなくなってしまったからなァ」


「魔族とかそういう問題じゃないんですよ」

「私達の国はブレンシュトルム以上に人間というものを信用してはいませんからね」


「………ふむ、流石に元凶なだけあって察したか」


「いいぞ、それとなるべくこういう所には来るんじゃないぞ、我ら魔族は貴様達勇者一行と戦う理由は無いのだからな」

「………仲間や部下の敵討ちという線は?」

「お前ら人間と魔族の一番の違いは、我らは貴様らのように情と言ったものに深く拘らない事だ」

魔王ゼノバースはそう言って指を鳴らした。
するとギルドの入り口が開き、中から大勢の武装した人間が出てきた。
町田と真由美を囲むように。
その中には……

「改めて言うが、ブレンシュトルムでの貴様達の立場を忘れるな」

「没落貴族共がこうして兵士ごっこしている奴もいる、こいつらが案内する」

………
帰り道………

「レンタカーがボコボコに破壊されてなくて良かったですよ」

「あの………貴方が言っていたことってどういう」

「数十年前、我々が生まれる前に起きていたバブル時代と同じですよ」

「最初こそ前代未聞の大発展と好景気で有頂天に盛り上がったが、それが弾けるように倒壊した時と同じように」

「結局、人間の欲というのは無限大ですが、いつかは底をつくものです」

「ブレンシュトルムの文化や技術を手当り次第吸い取った後に訪れるのは……どちらかの破滅でしょう」
最終更新:2023年08月08日 20:15