この町にはこんな噂がある。
道端に突如、押し売りのような大男が現れて子供達に無償で物を売ってくれると。
ただし売るものはただ1つ、それは『正義』。
悪を憎み、善行を積むことこそ我が喜びと語る大男は、その見返りとして人々に様々なものを授けるらしい。
そして子供から大人まで、この話を聞いて何も思わない者はいないという。
何故なら誰もが子供の頃に夢見たヒーローが目の前に現れるかもしれないのだから。
その商人の名は……
『ピポクリッター』
……
彼の名前は駆、いじめられっ子である。
逃げて、逃げて、逃げ続けて足が早くなったことしか取り柄が無い。そんな彼がいつものように学校の裏山で隠れている時だった。
「あーっ!こんなところにいやがったな!」
「もう逃さないぞ」
「今日こそお前の全てを奪ってやるぜぇ……」
3人の不良達が駆を見つけるなり近づいてくる。
(うわぁ……。また来たよ)
不良達はいつも駆を見つけ出すとこのように脅して金品を巻き上げようとするのだ。
しかし、今回は少し様子が違う。
「なんだあれ…」
よく見ると自分と不良の間に、顔が見えないスーツ姿の大男が居た。
大男は何も言わず、不良の方も見ていないがその雰囲気に不良達は気圧される。
「邪魔すんじゃねぇ!」
不良達は突然現れた謎の男に大声で威嚇するがビクリともしない。
「どけってんだよ!」
不良の一人が大男の肩を掴むとその腕が逆に掴まれてそのままどこかへと消えた。
シュッ!!
「え…?」
何が起こったかも分からず、不良達は逃げていき、駆も腰が抜けて座り込むことしか出来なかった。そして彼は気づいたら裏山の中腹にいた。
どうやら気絶していたようだ。
「大丈夫かい?少年」
そこにはさっきの大男が立っていた。
「あっはい!ありがとうございます!!」
「君の名前は?」
「か、駆です!」
「そうか。では駆くん。」
「【正義】はいかが?」
「え?」
駆は何となく気付く、この町に存在する都市伝説。正義という謎の概念を売り物としている大男『正義商人ヒポクリッター』……
…
「なるほど、臆病で逃げ足だけが早いのか」
「僕は……昔から足だけは速くて、それのおかげでいじめられることは無かったんですけど……」
「だけど?」
「それでもやっぱりいじめてくる奴らはいて……それで最近はもう限界かなぁなんて思って……」
「君には『正義』が必要なようだ」
噂通りなら、ヒポクリッターは売り物である無償で正義を与えてくれる。
しかし、何の対価も無く物が手に入るなんてことがあるのだろうか?とも考えてしまう…「私が君の願いを叶えよう。君が望むものを私に差し出せばいいんだ」
「僕の欲しいものですか……?」
「そうだ。君は何かあるかい?」
「そ、そうですね……。強いて言うなら勇気でしょうか……。でも僕なんかが手に入れても意味は……」
「毎度」
「貴方に【正義】を!!」
ヒポクリッターは有無を問わず、スーツの中から光の玉を取り出してそれを駆の体に押し付けた。
その瞬間、駆の体が光り輝き、駆は不思議な感覚に包まれる。
「こ、これは!?」
「これで君は正義を手にすることが出来た。さぁ、君の望みはこれで叶う。」
駆は自分の心が満たされていくような、そんな気分だった。
「ぼ、僕は……」
駆が自分が生まれ変わったような物を感じ、走っていった。
1度振り返ると、既にヒポクリッターの姿は無かった。
…
翌日。
姿を消した1人の不良は行方不明のまま、都市伝説であるヒポクリッターが現れたとは誰も信じることはなく、町の人々はいつも通りの日々を過ごしている。
そんな中、駆はあれから不思議と『勇気』が湧いてくるようになり、これまでいじめてきた生徒達へ復讐を始めた。
いじめっ子達は今までの仕返しとばかりに駆の暴力を受けていき、そしてある日の放課後、彼らは駆に呼び止められる。
彼が育ててきた『逃げ足』が彼らを捕まえてしまったのだ。
そして彼はこう告げる。
「お前らが俺にした事を忘れたか?俺はあの日からずっとお前らを殴りたくて仕方がなかったんだ。今更逃げるんじゃねぇよ!」
それからというものの、駆の【正義】は続く。
駆から受けた暴力によって、いじめっ子達の怪我は絶えることは無い。
そして、駆はまたどんどん脚が速くなっていき、勇気の心で何も恐れることはなくなり、ただ目の前の敵を倒すことだけを考えるようになった。
これが駆の『正義』。
駆は不良達に復讐をする事によって【勇気】を手に入れ、正義商人ヒポクリッターから【正義】を購入した事により【勇気】を手に入れたのだ。
しかし、彼の身に起こった事はそれだけではなかった……
2年後……
1年前、いじめられっ子だった少年は今では恐怖の対象となっている。
「ひいいぃぃぃっ!!」
「たっ、助けてくれぇぇぇ!」
3人ほどの男子生徒が駆から逃げている、何をしても怖くない、罪悪感も無い。
勇気の心が躊躇いも迷いも全て消してくれる。
もう誰にも止められない、何者にも負けるとは思わない。
「え?」
たとえ、電車にも。
……
ヒポクリッターが歩くそばに、新聞が飛んでいく。
一面は少年が電車に自ら突っ込んでいく瞬間の写真が載っている。
「勇気…しかしそれは相応の実力と相手を見計らう事が出来なければただの【無謀】に変わる」
最終更新:2023年11月21日 20:53