この町にはこんな噂がある。
道端に突如、押し売りのような大男が現れて人々に無償で物を売ってくれると。
ただし売るものはただ1つ、それは『正義』。
悪を憎み、善行を積むことこそ我が喜びと語る大男は、その見返りとして人々に様々なものを授けるらしい。
その名は、ヒポクリッター。
……
彼の名は招、無職のニートだ。
彼は日々暇を持て余しており、何か面白いことが起きないかと考えていた。
毎日パチンコに行っては全ての金を溶かし、一文無しになっては運が悪かっただけと自嘲する。
そんな日々が続いて彼は思った、自分はどうしようもなく退屈な人間だと。
何か刺激的な出来事が起これば、この空虚な生活も少しは変わるのではないか、と。
そんなことを考えながら歩いている彼の目にある光景が飛び込んでくる。
一人の大柄な男が道を歩いてきた。
そしてすれ違い間大男は招にこう告げた。
「【正義】はいかが?」
……
「なるほど、貴方は何をしてもついてないと」
「そう、賭け事は絶対に当たらないし、宝くじは外れる。就職活動しても全然受からないし、彼女なんかできたこともないし」
「なるほど、つまり常に『悪い運』に覆われているわけですね?」
「うん……そうだ、俺には運がない、それは不公平だ」
世界を代表するスポーツ選手も、アイドルも、努力や血筋などで成り上がったのでは無い、運が良かっただけなのだ。
招はそう考えている。
「貴方にとっての『正義』とは幸運、富、名声。そして運こそ全て」
「よろしい、貴方に正義を売りましょう」
大男はスーツの中から光の玉を取り出してそれを招の体に押し付けた。
その瞬間体が光り輝き、駆は不思議な感覚に包まれる。
……目が覚めると、大男の姿はどこにも無かった。
「今のは一体……」
招は体に異常がないことを確認してから再び歩き始めた。
それからというものの彼の人生は一変した。彼は常に幸運に恵まれるようになり、全てが上手くいくようになった。
富と名誉を手に入れて、彼女は出来たし借金もすぐに返済できた。
パチンコをすればどの台でも当たり、宝くじは当たる、もう賭け事なんかしなくても幸運でお金が増えていくのだ。。
今まで運が無かった人生が嘘のように変わっていった。まるで世界が自分を中心に回っているように感じられるほどにまで……。
だがそんな彼にも気になることがあった、自分をここまで導いてくれたあの大男が何の情報も出てこない。
だが今自分は【幸運】という正義の元約束された成功の人生を送れるのだ、それで十分ではないか。
招はそう思いながら、今日もまた幸運に恵まれながら過ごすのだった。
……
だがそんな幸福も長くは続かなかった。
いや、この言い方には語弊がある。
招が幸運になり、満たされていくと同時に世界に少しづつ変化が起きてきた。
ニュースの度に株価の低下、企業の倒産、自殺や殺人の増加、様々な事件が頻発していた。
毎日止むことなくそれらは起こっていき、招は徐々に不安を覚えていった。
だがそれ以上に招自身の【幸運】にさらに磨きがかかり、自身は満たされていくのでその光景から目を逸らした。
ひたすら、ひたすら。
……
そして1ヶ月後。
日本は完全に国としての体裁が崩壊。
世界は混沌と化していた。
日本を中心に様々な国で暴動やテロが多発し、世界情勢は不安定になっていたのだ。
あれだけ稼いだ大金も全て何の価値のない物になってしまった。
それでも尚、招は…【幸運】の力で生きている。
生き続けている。
このまま彼は、自分以外の全てが破滅する姿を見続けながら、その幸運が尽きるまで上手く生き続けることになるだろう。
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「曰く…幸運と不運は天秤のように相場が決まっている」
「足りないものは……他所から貰うしかない、そして【幸運】の代償を【全て】が肩代わりする」
最終更新:2023年11月21日 20:48