正義の秩序

この町にはこんな噂がある。
道端に突如、押し売りのような大男が現れて人々に無償で物を売ってくれると。

ただし売るものはただ1つ、それは『正義』。
悪を憎み、善行を積むことこそ我が喜びと語る大男は、その見返りとして人々に様々なものを授けるらしい。

その名は、ヒポクリッター。

……
彼の名は小並、ゲーム会社でオンラインゲーム『スターソード』の運営をしている。
彼には大きな悩みがあった。
オンラインゲームに度々台頭するチーター、
そしてそれに対抗できるはずの運営がなぜ動かないのか。
消せども消せども現れるチーター、そしてそれに対抗できない運営。

「くそぉ……俺は無力だ……」

自分の力不足を痛感する小並だったが、ある時から急にチーターが消えるようになった。
自分以外の会社の誰かがやったわけでもない。そしてチーターが消えた理由が分からないのだ。

「俺の知らないところで何が起きてるんだ……」
小並は、調査を開始することにしたが、まずは情報を集めるために『スターソード』のプレイヤーにコンタクトをとろうとした、するとひときわ異彩を放つプレイヤーが1つ存在した。

それは顔が見えない大男のような…雰囲気がかけ離れている存在。
このような見た目のデザインはゲームに実装した覚えはない。
しかし小並のキャラが近づくまでもなく、大男のキャラはパソコン越しの小並に視線を合わせてメッセージを送ってきた。


【正義はいかが?】「は?」
大男のメッセージに思わず声が出てしまう小並だったが、すぐに冷静さを取り戻す。
そして彼は、大男の言葉を聞くことにした。

大男のアカウント名は『ヒポクリッター』とあった。
まさかあの町の噂であるヒポクリッターなのか…。
彼の話はこうだ。
彼は悪を滅し、正義に捧げていると言い張った。
そして小並もチーター問題には頭を痛めていたのでそれに賛同した。
するとヒポクリッターは『あなたが望む正義とは?』と問いかけてきた。「俺の思う正義は……」そこで口ごもってしまった小並だったが、意を決して口を開いた。

「……俺が求めるのは……公平にゲームができる秩序だ」そういう小並に大男はこういった

『では貴方に正義を売りましょう』
メッセージが流れたかと思うと、パソコンの画面から強い光が放たれて、気が付くと電源が切れていた。

翌日、小並の体に変化が訪れていた。
スターソードの運営をしている際、コマンドを使わなくてもどのプレイヤーがチートをしているのか、どのキャラクターがチートなのか分かるようになっていた。
更に、複雑な処理をしなくてもチーターを検出できる。
小並は自分の力が信じられず、会社の同僚や上司に相談したが誰も信じてくれなかった。
「お前疲れてるんだよ」「仕事のやりすぎじゃないのか」そういって笑われる始末だった。
だがある日、小並はふと思った。
この力があれば、このゲームをもっと面白くすることができるのではないか? その日から、小並の孤独な戦いが始まった。
「不正データを検出するぞ!みんな提出しろ!」
小並が叫ぶと、周囲のプレイヤーが一斉に小並の方を見た。
「何言ってるんですか先輩……?」
後輩の男が怪しげな目で見つめてくるがそんなことはお構いなしだ。
小並は周囲に呼びかけ続ける。
「おい、こいつチートしてないか!?」
「えっ?」

「いいから調べろよ!」
小並の声に応じて、後輩の男も自身のパソコンを調べ始めた。
「あれ、なんか出てる……」「これはチートだな……BANだ」
後輩が不正プレイヤーだと発覚し、運営に報告すると彼はゲーム内から姿を消した。
  • 並の不正対策によって次々とチートキャラクターはBANされていく。
「おい、あいつチーターだぜ!BANしてやれ!」
小並の声に従って、他のプレイヤーがチーターを摘発する。
そして次々とプレイヤーがBANされていく。
しかし小並は、決して不正なプレイヤーを見逃さない。
「このキャラクターも怪しいぞ!調べろ」「はい!」
小並の声に合わせて、次々とプレイヤーがチートキャラクターを検出していく。
正義が悪を滅する……これこそが『スターソード』のあるべき姿だ。
正義の力が彼に確信をもたらした。

だが彼は気づかない。自分が不正なプレイヤーを排除する、正義のヒーローだと思っていた。
しかしそれは、裏を返せばチーターよりも悪質な存在となってしまうのだ。
そして小並はある日スターソードを起動するが、そこには以前のような爽快感はなかった。
「どうしてだ……なんで俺の力が使えなくなったんだ」
小並は焦りを隠せない。
チーターがいなくなったとはいえ、あまりにもおかしい。
だが彼にはどうすることもできない。そして彼はあることに気が付いた。
「そうだ!不正データなら俺が検出できるじゃないか!」
そういって小並は再びパソコンにかじりついた。しかし、一向に不正なデータを検出できなかったのだ。
「そんなはずない!俺は正義だ!」
そう叫びつつ画面に向かって叫ぶ小並。

だがそれでも一向に不正データが検出されない。
それどころか、小並の様子が次第におかしくなってくる。
「……違う、違うんだ……俺は……」

ゲームとしての現実を理解した。
プレイヤーが消えた。チーターだけではない、通常のプレイヤーも知らぬ内に少しずつ消えていく。

小並の悲痛な叫びも、虚しく響くだけだった。
チーターが『物理的に』消えて呪いのゲームになったことを知らないまま、スターソードはひっそりとサービス終了を宣言するのだった。

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「インチキの勝利はいりません、死んでも治らないのでリアルなゲームオーバーを」
最終更新:2023年11月21日 20:50