正義の規則

この町にはこんな噂がある。
道端に突如、押し売りのような大男が現れて人々に無償で物を売ってくれると。

ただし売るものはただ1つ、それは『正義』。
悪を憎み、善行を積むことこそ我が喜びと語る大男は、その見返りとして人々に様々なものを授けるらしい。

その名は、ヒポクリッター。

……

彼の名は忠、マナー講師だ。彼は現在、人々に道徳の授業を教えている。
しかし授業はいつもうまくいかない。
それもそのはず、人々はマナーを強制されるのが嫌いなのだ。
それでも忠は諦めない。彼の教えを受ければ、人々は必ずや素晴らしいマナーを身に着けるはずだと信じているのだ。
今日も忠は町へ繰り出し、人々に道徳を説くのだ。

ある日、忠は町を練り歩きながら1人の男性を発見した。その男性は、マナーのなっていない行動ばかりとっている。
忠は男性に向かって話しかけた。
「そこの君!どうして君はそんなにマナーが悪いんだ!?」
男性は怒った顔で答えた。
「うるせぇな!俺は自分のやりたいことをしているだけだ!」
忠は説得を続ける。
「君のやっていることは間違っているぞ!今すぐに直すべきだ!」
しかし男性は聞く耳を持たない。それどころか、逆に忠を突き飛ばした。
「お前こそなんなんだよ?勝手に説教してくんじゃねえよ」

男は去っていき、忠が立ち上がろうとすると

「正義はいかが?」

謎の大男が手を差し伸べてくれた。

……

「なるほど……マナー、つまり規則を広める者ですか」

「ええ、世の中にある守らなくてはならない模範行動、まだ知られていないマナーを人々に教えることが私の使命です」
「それは素晴らしいことです。私にもそのお手伝いができれば嬉しいですね」

「貴方に正義を!」

大男はコートから光る玉を取り出し、忠に手渡した。
「これは?」
「正義の証です。貴方に差し上げましょう」

「ありがとう……ございます……」
「それではまたお会いしましょう…」
大男は去っていった。
忠は正義の証を眺めながら考えた。
(これは何かの役に立つのだろう)
数日後、すぐに効果が分かった。マナーを知らなかった男性が、見るだけでマナーに従った行動をとるようになったのだ。
その男性は礼儀正しい若者となった。
人々が道徳を学ぶことによって社会は良くなっていった。

忠はいつものように町を練り歩いていた。
そして人々にマナーを教えていた。

「注ぎ口は縁の切れ目を表す為、親指で押さえて水平に……」
すると、突然後ろから声がした。
「その教えは間違っている」
振り向くとそこには1人の男が立っていた。彼は不敵な笑みを浮かべながら言った。
「なぜならその注ぎ口の縁はどちらにも切れ目はないからだ」
忠は答える。
「何を言っているんだ?そんなことはありえない!」
男は笑いながら言う。
「ふっ……君こそ何を言っている?人間が作ったものに完璧なんてないんだよ」
忠はさらに反論する。

「それは詭弁だ!とにかく、これはマナー違反に当たるんだ!」
男はさらに笑みを大きくした。
「君こそ間違っている!マナーは強制されるものではない、自発的に行うものだ!」
忠は男の言葉に驚き、思わず言葉に詰まった。
(確かにその通りだ……なぜ私はこんなにも取り乱しているんだ……?)

そして翌日、更に異変が起きていた。
マナーが出来た、忠も知らないマナーだ。忠がいくら人々を教育しても、誰も理解してくれなかった。
それどころか、人々はマナーを守らないどころか、逆にマナーを貶めるようになった。
ある日、町を歩いていたら1人の老人に出会った。
老人は言った。


「マナーとは何のためにあると思う?」
忠は答える。
「それは、人々の生活を豊かにする為です」
老人は笑いながら言った。

「だが、人に理解出来るとも思えないおかしな規則がはたして人生を豊かにするのか?」
忠は反論する。
「人は礼儀やマナーを理解出来なくても、自然と身についているものです」
老人は言った。
「そうだ、人はマナーを本能で理解しているのだ。それが行き過ぎた時、人々は他人を支配しようとしてしまう」
忠は反論する……が、言葉が出てこない。

数日が経ち、忠の元に何かが届いた、一錠のカプセル型の薬だ。その薬は飲んだ者の記憶、習慣、人格までもがマナーに支配されるというものだった。
忠はそれを飲むか迷う。
(これは罠だ……私は負けたんだ……)
しかし、結局飲んでしまう。
(だがこの薬はきっと効果があるはず……そう信じて私は前に進む!)
数週間後、マナーを守る世界は完成した。人々はマナーを守り、思いやりのある人間となった。マナーの知らない人は誰もいなくなった。
だがそれは、あの薬を服用して植物状態になった人々の夢であった…

ーーーーーー

「ルールを守らせたいなら、一人きりの世界で勝手に閉じこもっていればいいんですよ」
最終更新:2023年11月21日 20:50