色欲と憤怒と傲慢

「おい遠野、ちゃんと洗濯しろ匂いが充満している」

「仕方ねえだろ焼肉店でバイトしてるんだから」

 トレスマジアのパラレル達がなんとか見た目を誤魔化しながら作戦会議用カルビ店を魔力で改造した『マジ角』で働き、アルバイターのはるかを軸になんとか生活を保てている。
 吠はバイトも兼ねて本来のはるかに監視を頼まれており、真銀と共にレジ打ちしていた。

「あーもう、あたしも魔法少女なのに!可愛い店員さんが肉焼いてくれるって人気のお店なのに!!」

「贅沢言うな、バイト代稼いであいつらのハンバーグをもう少し増量してやらないとうるさいんだよ」

 そういえば真銀もこの世界に滞在して長い事居る気がする、相変わらず薫子の家に居候して頭が上がらない状況だが吠はなんなのだろうか、この焼肉店のバイトをしながら今も花菱家の家事代行も行っている。
 真銀みたいな無頓着な人間でも妙に関係が深くなっていくことは察しがつく。

「あんたってさ、その……最近例のピンクの魔法少女と仲いいよね」

「マゼンタだ」

「そういうどっかの仮面ライダーみたいな返答は良いから、そんなくっついてアイツってアンタに惚れてるんじゃないの?」

「ねえよ中学生だぞ、本気に捉えるな……それに俺がアイツのそばにいるのはそれだけじゃない」

 ガリュートが言っていた黒影は自分とはるかを嫌い、自分に行ってきた数々の妨害……つい最近までの並行世界の増殖を考えると今度は自分だけでなくはるかにまで問題が及んでもおかしくないと吠は考えている。
 これまでのバイト代の分だけ世話になっているだけに迷惑をかけたくないのだ。
 そして、そのはるかに近づく魔の手が……花菱家にインターホンを鳴らしてはるかが応対すると……。

「やあ、ここに吠はいるかな?」

「えっと……貴方は遠野さんのお知り合いですか?」

「ああ、紹介が遅れたね……僕は遠野久光、吠の兄です」

 久光は公園で妹達の相手をしながらはるかと話をする、吠は一度別世界に転移して過酷な日々を送っていたがその時に久光も巻き込まれていたらしく、時空を越えてようやく吠が生きていたことを突き止めたらしい。

「安心したよ、吠にちゃんと友達が居たみたいで」

「あの人には本当にお世話になっているんです、妹達もよく懐いてて……」

「しっかりやれてるみたいで安心したよ」

 はるかは吠をどう思っているか話す、最初は時空の都合で親が世界からいるようないないような状態になってしまい妹達を寂しい思いをさせている所に仕事を探していた吠に頼みバイトとして家事代行をさせてから吠のことがよく分かるようになった。
 彼は人を寄せ付けないような雰囲気をしているが……ただ臆病な自分を隠している、失った時に傷付かないように人と関わろうとしない……可哀想な人なのだ。

「あの人ノーワンワールドでよっぽど酷い思いをしてきたんだなって、だからあたしだけでもあの人のそばから離れないようにしようって思ったんです、あっこれは遠野さんには秘密ですよ?」

「ありがとう、吠のことをどうかよろしく」

 久光は吠の様子を聞いて安心したのか名刺だけ渡して去っていく。
 通り際に薫子とすれ違い去り際に呟く。

「……お前ウチらと同じやな、どこから来た?」

「まだ言えない、けど僕は吠と協力している君の味方であることは分かってほしい」

 薫子はそのままはるかの隣に座る、それぞれ3人ずつとはいえ薫子は殆ど変化を感じ取りにくいので誰が誰なのか判別に困っているがそれでも上手く接しようとする。

「え、えーと……薫子ちゃん?」

「まあはるかからすれば分かりにくくてしゃあないか、ウチは並行世界の方や……って言われても伝わらんか」

「えーっともしかして前に山盛りのパスタ食べてっていう薫子ちゃん」

「なんでウチはフードファイターみたいな覚えられ方しとんねん!エネルギー補給はおまけでトレーニングが本命や!!」

 並行薫子はこの世界に来てから山盛りの料理を食べてその分を一日で消費している、はるかが恐る恐るお腹に触れてみると格闘漫画で格の違いを感じる時によくある大木のイメージが浮かび上がり彼女の中でこの並行薫子の判断方法が決まった。
 現に今もダンベルのようなものを片手で持ち上げながら話を聞いている。

「あたしってそっちの世界の事はよく知らないんだけど……どうしてそこまで」

「前の戦いの時は別のやつのせいでお開きになったがウチの世界のマジアベーゼはめちゃくちゃ強いで、多分上から数えたほうが早いくらいには」

「だからトレーニングしてたんだ……それってあの傷だらけの」

「違う、信じられんかもしれんが後ろでオドオドしとる奴や、キレさせたら相当な実力を持ってる」

 世界や性格が違えどトレスマジアとエノルミータの戦闘は変わらない、スローベーゼとアルバイターの戦いは妙なものを感じたが彼女の場合はそう変わらないみたいであり、並行薫子はダンベルを下ろしてはるかに恐る恐る話しかける。

「お前大丈夫か?家族がおるしあんま大っぴらには語らんが……そっちも魔法少女ブランドにして芸能出演とかしとるんやろ」

「え?うん、そっち方面では大丈夫だけど……」

「過労とか人間関係……っていうか、なんというかこう、その……アレや、カスみたいな男共に言い寄られたり的な」

「ああ……そういう話ならあたしの方のマジアベーゼにはしょっちゅうだよ」

「そうか、どこの世界でもお前には苦労かけてるな」

 並行薫子の世界はマジアベーゼも自分達トレスマジアも頻繁に市民から淫猥な目で見られたり危ない目に遭いそうになったことが珍しくないという、はるか達は抵抗できる性格ではないので自分がそのたびに闇討ちして解決しているが、それに伴ってマジアサルファの人気はワースト級だったという。

「ウチが自主的にやってることや、迷惑とも思っとらん」

「優しいんだね、薫子ちゃんは」

「この世界のウチほどやない、ここに来てマジアサルファになってな……初めてチビっ子に手を振ってもらったんや」

 並行薫子は話せるだけ満足したのかはるかと離れて、見えなあところでマジアサルファに変身して空に立ちメガホンで声を上げる。

「出てこんかいマジアベーゼ!この世界出身でそれはそれはドスケベな事ばかりしてる頭ピンク色ツルツル【ピー】のマジアベーゼ!ウチとタイマンせんかい!」

「出ます!!出ますから魔法少女がそんな破廉恥な言葉を羅列しなぐへぇ!!」

「鉄拳制裁!!」

 声に聞きつけてマジアベーゼが現れて早々顔面パンチ、セクハラ被害に関しては人一倍敏感なこのサルファは遠慮なく変態サディストなマジアベーゼに怒りを向ける。
 完全に人を殺す時の目をしていることに気付いたマジアベーゼはいつものノリで戦えなさそうで恐れ慄いてしまう。

「あ……あの、そちらのマジアベーゼ呼んできましょうか?」

「もちろんそいつも相手するが今はそっちのトレスマジアにセクシャルハラスメントしているお前に痛い目見てもらわんと気が済まんわ」

「こ、殺される……と見せかけてこうっ!!」

 マジアベーゼは相手が何であれマジアサルファであるならめちゃくちゃにしてやりたいと鋏の怪物を出して服をひん剥くが……。
 そこに出てきたのは胸や股を隠す謎の光が異様に眩しくて下手したら失明しそうになるがベーゼも魔法でゴリ押しして目を凝らすと、そのサルファの肉体は過剰なエネルギー供給と実をすり減らすような過酷なトレーニングによってまるでアスリートのように引き締まっているがボディビルダーのように極端に腹筋が割れていたりアンバランスに盛り上がっているわけでもない、本当に理想的な筋肉質の身体がフリフリの魔法少女服からさらけ出されていく。
 マジアベーゼは自分を倒すためにここまで仕上げたサルファの筋肉に対して恐怖ではなく感動で思わず涙が溢れ出していた。

「楽しみは済んだか?まずお前から血祭りに上げてやる」

「あっ終わった」


「あ、あのさ……そっちの私そんな風になってるの?」

「え〜?あーしからしたら別のあーし達がネクラ陰キャになってることのほうがビックリなんだけど?」

 同じ頃、レッドベーゼはやることがないのでオルタベーゼについて行き悪の組織っぽいことをしようと動き出していた。
 とは言うもののマジアベーゼが市民に直接被害を浴びせることは良しとせずレッドベーゼも同調した、オルタベーゼはとりあえず目立てば良しの思考のため悪の組織っぽい作戦を考えながら空を散歩していた。

「んじゃとりまカフェの占領いかね?パリピ追い出すだけだし客を脅すだけだからライン外っしょ」

「う、うーん……迷惑はかけているけど、あまり過激なことはしないでね?」

「わーってるって、マジメなんだってレッドっちはー」


「こら私を無視しないで!!」

 レッドベーゼとオルタベーゼが話しているときムキムキサルファにシバかれてるマジアベーゼを普通に通り過ぎていた、小さなツノを掴みキャメルクラッチを仕掛けていた。
 浮いているのにどうやって重力感じる技で締め上げているのかという疑問はさておきムキムキサルファが全裸であることに気付きレッドベーゼは顔を赤くして凄まじい腕力でマジアベーゼを引き剥がす。

「ふっ……服を来て!!服!!」

「心配いらん、この手のやつは光で乳首見えなきゃ映像的にはセーフや」

「ダメだよ恥ずかしいよ!私が服用意したからこれ着て!ちゃんと!」

「おうなんでお前ウチの魔法少女服持ってるんや、しかもサイズぴったりだし……」

「うわーエロベーゼっちツノが180°曲がってるー」

「そのあだ名やめてください」

 マジアベーゼが3人で一見不利のようだが運は都合よく行かない。
 本来のマジアサルファが騒ぎを聞きつけて合流してスーパーエンゲージの準備はOK。
 残ったサルファもポニーテールを直しながらメリケンサックを構えてベーゼ3人VSサルファ3人の異色マッチが始まろうとしていた。
 始まるのだがとても魔法少女とは思えない厳つく悪人顔な光景にマジアベーゼとレッドベーゼはたじろぐ。

「あ、あれ多分貴方のサルファですよね?なんか魔法じゃなくてガチの肉弾戦始まりそうですけど」

「い……いつも街の人達にエッチなことされてるからストレスが溜まってるんです私の世界のトレスマジアは!」

「はい!?市民が魔法少女をそんな目で……って考えて見れば私の世界の人々も覗きとかしてましたね」

「そもそもそういう事しちゃダメでしょ可哀想なんだから!魔法少女の羞恥心は大事にしないと……」

「悪の組織なのに可哀想もカワウソも無くね?まあここはあーしに任せてよ余裕で勝てるから」

 ベーゼ達で揉めている中オルタベーゼは先陣を切り、魔法の力で片手のピコピコハンマーのような武器を作り出す。
 マジアベーゼも考察していたがどうやら自分達は並行世界ごとに持っている武器及び魔法が違うらしい。
 自分が『支配の鞭』でスローベーゼが『終息の斧』ということは分かっているが……。

「あーしのは『注目の槌』これをこうすれば……マジ映えのキメカワグッズの出来上がりい!!」

「甘いわ!!」

 注目の槌はマジアベーゼの鞭のように自動車を叩くと形が変化していきキラキラにデコった痛車となってぶっ飛んでいくがそれをムキムキのサルファはチョップで真っ二つにしてしまう。
 どうやら注目の槌は叩いた物の見た目や雰囲気などを大きく変化させる魔法のようだ。

「私の物とは似て異なるタイプですね、援軍は必要ですか?」

「へーきへーき、普段は悪の組織として空気読んで負けてやってるだけで今回は気にしなくてもいいから余裕で勝っちゃうってあーし」

「おっ言うたな、じゃあ逆にウチは手を出さんからそいつら2人余裕で倒してみろやガングロ〇ッチ」

「こいつやっと喋ったかと思えばだいぶ口悪いな……」

「まあこいつ元の世界でスケバンやっとるみたいやしな」

「オルタちゃん、悪の総帥だからって魔法少女をバカにするような言い方はダメだよ!マジアちゃんもそう思……」

「レッドちゃん、今後一切あの女に協力とかしなくていいですからね」

「マジアちゃんの方がキレてる!?」

 同じ自分自身なので余計に器が小さくなってしまう、しかしナンバーワンの力を得た者とバチバチに鍛えている者2人でも厄介なので『傲慢』な態度を取り続けるオルタベーゼでも勝てるかどうか怪しい。
 マジアベーゼは完全に苛立って協力する気はないが言うだけはあるようであり、所構わず注目の槌で周りの物をお洒落に作り変えてはぶん投げるが従雷天使に真化したサルファの前には敵ではない。

「頼むでジュウオウジャーの力!サメのロレンチーニ器官活性や!」

 ジュウオウジャーリングの『獣化』によって音波で物の動きを巧みに読み取りそこから別のサルファが掴んで投げ返してくる見事なコンビネーション。
 オルタベーゼも一方的ではないが独善的な態度とワンマンプレーでどんどん追い込まれていく。
 これで振る舞いさえ良ければ言葉通り善戦までもっていけるだろうなぁと冷静に分析を挟みつついつまでも子供みたいな態度を取ってはいけないと加勢しようとするがオルタベーゼは一気にタワーまで走って注目の槌を構える。

「あーーもううっとおしい!!こうなりゃどデカいタワーまるごと怪物ちゃんにしてオメーらまとめて踏み潰してやろーかなぁ!?」

「やめなさい!追い詰められてからデカい敵を用意するはむしろ敗北フラグ!」

「おんどりゃー!!いでよ星壁獣ー!!」

「いい加減にしなよ」

槌を振り下ろそうとした時、レッドベーゼがオルタベーゼの手首を掴み力付くであらぬ方向へと捻じ曲げてもう片方の腕で注目の槌を握り潰した。
 その姿を見た筋肉のサルファは冷や汗をかく、これが前もって話していたレッドベーゼの本気が……。
 普段の弱気な態度と打って変わりレッドベーゼはそのまま腕力だけでオルタベーゼの片腕を潰してしまいそうな勢いだった。

「いったよね……私言ったよね!?そういうのはダメだって!!悪の組織だからってやっていいことと悪いことがあるんだって!!」

「あ……いやちょっ、そんなマジにならないでってばレッドっち?真面目だって反応が」

「どうして……どうしてみんな謝ることも出来ないの?小さなことでも大きなことでもどうして軽く済ませようとするの、謝罪するだけで済むのに……」

「ちょっ……レッドちゃん!止まりなさい!!この魔力反応はやばいやつ!!」

「どうして皆、1回痛みで覚えないと謝ることが出来ないの?私でさえもそうなら……こんな」


「やめろやアホ!!ここでキレるようなことしてみろ、街が焼け野原になるやろが!!」

「うっ……」

 サルファの叫びで我に返ったレッドベーゼは魔力が収まり、視線がブレブレになり息が荒くなり手を離す。

「あっ……ああ……ごめんなさい……ごめんなさい」

 そのままレッドベーゼは炎に包まれながら消えていく。
 ……サルファの反応からしてマジアベーゼでも望んでいたバトルにならないことを察したベーゼは鞭を叩き時空の渦を作り出す。

「オルタちゃん、その腕を治した後に改めてレッドちゃんに謝りにいってください……少し時間を開けた後に」

「……ん、わーった」

 こういう時に素直なのかオルタベーゼもそのまま時空の渦に入っていく、ずっと傍観していた方のサルファも冷めた目でため息を吐き去っていく。

「あいつの余裕の崩れた顔でも見れりゃと思っていたが……ちっともスカッとせんわ、次は倍働くから堪忍な、ほな」

 不満げな顔でヤンキーサルファは消えて、本来のマジアサルファははるかに連絡が入って急遽戻ることになる。
 残されたのはマジアベーゼとあの筋肉質のサルファだった。

「二人きりになったな……全く、あいつがブチギレたら街がほんまにどうなるか分からんでな……そんでウチらはまだまだ五体満足、お前くらいは倒しとかんと割に合わん」

「そうですね……レッドちゃんにも悪いですし今度はセクハラ抜きの大真面目にやらせていただきます」

「そうや、お前くらい倒せんとアイツを止めることは出来へん……なあお前もそう思うやろ、この世界のマジアベーゼ……いや敢えてこう呼ぶで、柊うてな」

「えっ……え!?な、な、何故私のことを」

「その口ぶりだと向こうのトレスマジアはお前の正体を知らへんか、ならそれに合わせるか……あいつの話聞きたいか?」


「何……俺の兄ちゃんに会ったって本当なのか?」

「うん、遠野久光って人で遠野さんのこと心配してたよ」

 吠にも久光がこの世界に現れたことをはるかが報告していたが、話を聞いて駆けつけた薫子やゴジュウジャーはその兄の存在に懐疑的だった。
 受け取った名刺を確認するとゴジュウジャーの世界では有名なインターネットビジネス会社の社長らしいのだが……久光は異様に忙しく他世界に行っている余裕は無いはずだという。

「兄ちゃんは俺を探してたんだな?」

「うん、その時はあまり話せなかったけど……遠野さんから見てお兄さんってどんな人だったんですか?」

「憧れの兄ちゃんだよ、俺と違ってなんでも出来て、皆からも慕われて……ノーワンワールドではぐれていたけど、はるかから聞いた限りだと昔の兄ちゃんのままだ」

「待てや、忙しいからってそんな心優しいお兄ちゃんがこのタイミングではるかの家に来たんやろ?怪しすぎへんか」

「兄ちゃんはそんな奴じゃねえ、兄ちゃんなら大丈夫だ、兄ちゃんなら……!!」

 パラレルワールド、遠野久光、そして正体を知るトレスマジア達。
 運命はまだまだはるか達を弄び続ける……。
最終更新:2025年05月11日 07:09