秋、ロッカーの中

久「明日、美穂子が来るってさ」

京太郎「みほっちゃんが? なんでまた」

久「なんでって、遊びに来るんでしょ」

京太郎「ふーん、遊びにね」

久「あ、変なことは考えないようにね」

京太郎「別に変なことなんて考えてないって。ただちょっと一緒にご飯でもって思っただけだ」

久「つまり、可愛い女の子を誘ってご飯を、あわよくばその先をと」

京太郎「言ってない、そこまで言ってないから」

久「私だったら別にいいわよ?」

京太郎「じゃあ飯食いに行こうぜ。今日のレディースランチはうまそうだし」

久「その後は?」

京太郎「そうだな……保健室にでも寝に行くか?」

久「あら、いいの?」

京太郎「じょ、冗談だから……」



京太郎「というわけで、明日みほっちゃんが遊びに来るらしい」

まこ「はぁ、そうですか」

京太郎「おいおい、興味ナッシングか」

まこ「いや、買い物に付き合わされた原因がそれかと思うと」

京太郎「なんだよー、先輩と後輩のコミュニケーションじゃないか」

まこ「わしゃあ、ただ引っ張り回されてただけのような気がします」

京太郎「そう言うなって。ちゃんとジョークグッズだって手に入ったし」

まこ「ジョークグッズって……何する気ですか」

京太郎「ほんのささやかなおもてなしってやつだ」ゴソゴソ


京太郎「ほら、これよくできてないか?」ヒョイッ


まこ「うわっ、こ、この黒光りしたボディはっ」

京太郎「触った感じとかめっちゃリアルだろ思うんだよ。本物触ったことないけど」

まこ「……この、今にも飛んできそうなブツをおもてなしに?」

京太郎「ジョークグッズだからな。一発驚かせて終了だよ」

まこ「下手したら部長に絞め殺されそうなもんですけどね」

京太郎「そしたら俺の命が終了だ」

まこ「そんなとこで命張ってどうするんですか」

京太郎「いや、でもどんな反応するのかすっごい楽しみなんだよな」

まこ「先輩は童心を忘れない方のようで」

京太郎「だろ? いつまでも少年のように真っ白な心なんだ」

まこ「いたずら小僧の間違いでしょうに」

京太郎「じゃああれか、好きな子をいじめたくなる小学生の心理か?」

まこ「どっちでもいいですけど、ふざけすぎると本気で怒られますよ?」

京太郎「うっ……たしかにマジギレされたら手に負えなくなるな」

まこ「それがわかっとるんなら不用意な真似はしないように」



京太郎「やっぱこの黒光りしたGはまずいか……」

京太郎「買い物の最中に盛り上がりすぎて我を忘れてたな、こりゃ」

京太郎「他には……触るとビリっとくるキーホルダーに振動機能付きの棒、あとはなぜか売ってた清澄のセーラー」


京太郎「……俺は一体何を買ってるんだ」


京太郎「ヤバイ、どうしようこれ。処分に困る」

京太郎「というか後輩の女子をつれてこんなものを買うって……我を忘れるってレベルじゃねーよ」

京太郎「家に置いとくのは危険だし……主に母親の目が」

京太郎「かといって捨てるのもなんか気が引けるし……」

京太郎「そういや、部室に使ってないロッカーあったよな?」

京太郎「誰も開けないだろうし、明日の朝イチそこに放り込んどくか」



久「雨降ってるわねぇ」

京太郎「ほんといきなりだよな。今日は晴れるって言ってたのに」

久「帰るまでに止んでくれるといいんだけど」

京太郎「最終手段として傘立ての傘をかっぱらうという手も」

久「はいはい、冗談ね」


久「じゃ、先に部室行ってるから」

京太郎「おう、俺も掃除が終わったら行くよ」

久「あ、それだったら部室来る前に購買で飲み物とか買ってきてくれない?」

京太郎「わかった。適当に選んでくる」

久「お願いねー」



京太郎「飲み物人数分と、小腹が空いた時用の菓子パン」

京太郎「まあ、こんなとこか」

京太郎「にしても、飲み物はまだ部室にあったような……2リットルのお茶」

京太郎「あれ、そういや今日はだれか来るって言ってたっけ?」

京太郎「……そうだ、みほっちゃんだ」

京太郎「てことはこれ、飲み物一人分足りないな」

京太郎「うーん……ま、一旦部室に置いてからだな。引き返すのも面倒だし」

京太郎「さて、もう来てるかな――」ガチャ


美穂子「――え?」


京太郎「……えっと、お着替え中でしたか?」

美穂子「は、はい……急に雨が降ってきて」

京太郎「そうか……他のやつらは?」

美穂子「濡れた制服を乾かしに……あと、着替えを持ってくるって」

京太郎「ってことは、それまでは下着姿なのか」

美穂子「そ、そうみたいです」


京太郎「……」

美穂子「……」


美穂子「~~っ」カァァ

京太郎「ちょっ」ガバッ

美穂子「むぐっ――」

京太郎「大声出す前に話を聞いてくれ、マジで」

美穂子「――」コクコク


京太郎「いいか? これは覗きじゃない、事故だ」

美穂子「――」コクコク

京太郎「何事もなければ、俺がここから出て行って終了だ」

美穂子「――」コクコク

京太郎「よし、じゃあ手を離すから慌てず騒がず――」


『着替えあった?』

『今日は体育もなかったからちょっと』

『そうよねぇ』


京太郎「やばいっ、久ちゃんたちが来た!」

美穂子「――っ」


京太郎(こんなとこ見られたら間違いなく面倒なことになる)

京太郎(どこかに、隠れないと……!)


京太郎「こっちだ!」グイッ

美穂子「きゃっ」



久「美穂子、ごめーん……あれ?」

まこ「もぬけの殻、ですね」


京太郎「……」

美穂子「……」


京太郎(狭い、それにちょっと暑い……)

京太郎(こんなに密着してるせいか?)モゾッ


美穂子「んっ」

京太郎「わ、悪い」

美穂子「だ、大丈夫です」フニョン

京太郎「――っ」


京太郎(よく考えなくてもまずくないか、これ?)

京太郎(こんな狭い中で下着姿のみほっちゃんと密着してるなんて……)

京太郎(狭いところが落ち着くって言った奴誰だよ)

京太郎(そもそも俺だけ隠れればよかったんじゃあ……)ダラダラ


美穂子「汗、すごい……」

京太郎「ごめん、離れようにも狭くてさ」

美穂子「あ、別に嫌というわけじゃなくて」


美穂子(男の人の匂い……)

美穂子(いやだわ、なんだか体が熱い)キュッ


久「どこ行ったのかしら?」

まこ「とりあえず連絡してみては?」

久「そうね」プルルル


プルルル


久「あら、携帯はカバンの中か」

まこ「参りましたね……」


京太郎「とりあえず、あの二人がいなくなったら出よう」

美穂子「はい……」


久「……あれ?」

まこ「どうかしたんですか?」

久「このビニール袋……購買の?」


京太郎(やべっ、買ったもの床に放りっぱなしだった!)

京太郎(そもそもカバンも置きっぱじゃねーか……!)


まこ「そういえば、先輩のカバンもありますね」

久「……ちょっと電話してみようかしら」


京太郎(今かかってきたら音でバレる……!)

京太郎(マナーモード、マナーモードにしないと!)ゴソゴソ


美穂子「ひゃっ、へ、変なところ触らないでっ」

京太郎「悪い、非常事態だからっ」

美穂子「ぁんっ……」ビクン


久「……」プルルル


京太郎「……」ブー、ブー


久「……出ないわね」

まこ「トイレにでも行ってるんですかね?」

久「そうねぇ……あ、わかったわ」


久「ズバリ、美穂子はあのロッカーの中よ!」


京太郎「――っ」

美穂子「――っ」


まこ「ロッカーの中に隠れていると?」

久「ええ、京太郎がいきなり入ってきたから、ロッカーの中に隠れた……こんな感じじゃない?」

まこ「それだったら先輩が席を外した時点で出てくるでしょうが」

久「えー? 名案だと思ったんだけど」

まこ「それより探しに行ったほうがいいと思いますけど」

久「それもそうね……美穂子もトイレかもしれないし」

まこ「ここらは人も少ないからあの姿でもいけないこともない……ですかね?」


京太郎「び、ビビった……」

美穂子「どうなることかと思いました……」

京太郎「でもいい流れだ。このまま二人が出て行ってくれれば、俺たちも出られる」


京太郎(ちょっと残念な気もするけど、このままだったら色々我慢できなくなりそうだし)


まこ「じゃあ行きますか?」

久「あ、染谷さんはここに残ってくれる?」


京太郎「――なんっでだよっ」ガタッ


久「あら? 今なにか動いたかしら?」

まこ「さぁ? 強い風でも吹き付けたんじゃないですか?」


京太郎「あ、危ない危ない……」


久「まあいいわ。ともかく、だれかが戻ってきた時のために残っていてほしいのよ」

まこ「そういうことなら了解です」

久「じゃ、よろしく頼むわね。ちょっとそこらへん探してくるから」


京太郎「……一体いつになったら出られるんだ?」

美穂子「……どうなんでしょう?」



京太郎「……」

美穂子「……」


京太郎(時折触れる、少し汗で湿った柔らかい素肌の感触)

京太郎(胸元や首筋にかかる吐息……甘い匂いがするのは気のせいか?)

京太郎(触れるか触れないかの位置で震える、下着に包まれたおもち)

京太郎(そしてなにより――)


美穂子「あっ……」


京太郎(こちらをうかがうように向けられる、左右で色の違う瞳)

京太郎(俺の視線とぶつかると、恥ずかしそうにそらされる)

京太郎(……上目遣いは卑怯だろ)

京太郎(どうする? この精神攻撃に耐えられなくなるのも時間の問題だ)


まこ「……」ペラッ


京太郎(染谷は雑誌をめくってすっかり待機モードだ)

京太郎(いっそ誰かに助けを求められたら――)


美穂子「……」


美穂子(頭が、クラクラするわ)

美穂子(酸素が足りない? いいえ、違う)

美穂子(きっと、こんなにも近くにいるから)

美穂子(この人の匂いに包まれて、すぐに触れられる距離で、時々視線が絡み合って)

美穂子(もう少しこのままでいたいとさえ思ってしまう)

美穂子(でもそれは多分いけないことで……)

美穂子(苦しそうに何かを我慢しているこの人を、私のわがままに付き合わせるわけには――)


京太郎「――そうだ、その手があった」

美穂子「え?」

京太郎「メールで染谷を部室の外に誘導しよう。そしたら出られる」

美穂子「あ……そう、ですね」

京太郎「よし、じゃあ早速……」


『悪い、ちょっとトラブった』

『手を貸してほしいから玄関の方まで来てくれないか?』


京太郎「こんなもんだろ」ピッ


まこ「――ん?」

まこ「……やれやれ、しょうがない」ガラッ


京太郎「成功だ、出て行った!」

美穂子「よかった……」ホッ

京太郎「引き返してくる可能性もある。足音が聞こえなくなるまで待とう」


京太郎「……」

美穂子「……」


京太郎「行ったか……」

美穂子「そうみたいですね……」

京太郎「出るか。悪いな巻き込んじゃって」

美穂子「埋め合わせ、してくれます?」

京太郎「……なるべく穏当な方向で」

美穂子「ふふ、考えておきます」

京太郎「ま、下着鑑賞代だと思えばな」

美穂子「あ……」カァァ

京太郎「さ、早くシャバの空気でも――」ガチャ


久「染谷さーん?」ガラッ


京太郎「……」バタン


久「あれ、トイレかしら?」

久「しょうがないわね……戻るまで待ってようかな」


京太郎「……」

美穂子「また出られなくなっちゃいましたね」


京太郎(なんという間の悪さ!)

京太郎(入れ替わりかよ! 途中ですれ違わなかったのかよ!)

京太郎(どうする? これ以上は色々限界だし……そうだ!)

京太郎(また携帯で誘導すれば――)


京太郎「……バッテリー切れ」

美穂子「はい?」

京太郎「昨日充電しておけばよかった……半分残ってるから楽勝とか言ってたのが仇になったかー」


京太郎(ということは、また誰もいなくなるまでこのままか……)


京太郎「……」ジッ

美穂子「?」プルン


京太郎(うん、死ねるな)


美穂子「……あの?」

京太郎「み、見てないから。触りたいとか思ってないから」

美穂子「何の話ですか?」

京太郎「ああ……極めて内面的な話だから気にしなくてもオーケーだ。それより、どうかしたのか?」

美穂子「ちょっと、お願いがあるんですけど……」


美穂子「その……もたれかかってもいい、ですか?」


京太郎(うわぁ、トドメ刺しにかかってきたー)


美穂子「足が疲れてきて……」プルプル

京太郎「こんな狭い中で変な体勢だしな……」

美穂子「あの、迷惑だったらもうちょっと我慢しますから……」


京太郎(とか言われたら断れるわけないじゃんかよー)

京太郎(もう覚悟を決めるしかない……聖人のように、木石のごとく)

京太郎(――よし、覚悟完了!)


京太郎「わかったよ。そういうことなら胸の一つや二つ余裕で貸すよ」

美穂子「それじゃあ、失礼しま――きゃっ!」ギュッ

京太郎「ちょっ、そんな強くしがみつかれたら……!」


京太郎(ヤバイヤバイヤバイ!)

京太郎(ここに来て会心の一撃とかなに考えてんの!?)

京太郎(俺の覚悟確実に崩しにかかってるよな!?)

京太郎(我慢するのやめるぞ? いいのか!?)


美穂子「足に、なにか変な感触がっ」

京太郎「へ、変な感触?」

美穂子「ヌメっとしてて、虫みたいな……」


京太郎(ジョークグッズかよ!)

京太郎(そういやここに入れてたんだった!)


美穂子「やだ、気持ち悪い……取って、取ってくださいっ」ムギュムギュ

京太郎「――っ」プツッ


京太郎「みほっちゃん、俺もう――」ギュッ


ガチャ


久「ねえ、なにしてんの?」


京太郎「ひ、久ちゃん?」サァ

美穂子「うぅ……あれ、久?」


久「言っとくけど、私今すっごく機嫌悪いから」

久「なんか自分の場所が取られたみたいでさ……!」


京太郎(あ……今日が俺の命日かもしれない)



京太郎「以上です。下心は欠片もありませんでした……」


久「発見したときは間違いを犯す一歩手前に見えたんだけど?」

京太郎「バカ! あれでも必死に耐えたんだよ!」

久「うるさい黙れ」

京太郎「……はい」


美穂子「久、私にも非があるの。だから……」

久「はぁ……わかってるわよ」

京太郎「そうか、わかってくれたか」

久「じゃあもう一時間正座ね」

京太郎「じゃあってなんだよ! てか許される流れじゃなかったのか!?」

久「あんたのしたり顔見てたらイラッときたから」

京太郎「理不尽すぎるっ」


まこ「戻りましたー」


久「おかえりなさい」

まこ「まったく……すっかり騙されたわ」

美穂子「ごめんなさい。迷惑をかけてしまったみたいで……」

まこ「いやいや、悪いのは大体うちの先輩ですから」

京太郎「くっ、何か言いたいけどその通りすぎて……!」


久「まぁ、染谷さんも戻ってきたし、そろそろ正座はいいわよ」


京太郎「ふぅ……あ~、ビリビリしてきた」

久「そしてさっさと外へゴー」

京太郎「ちょっ、足痺れてる奴に言うことか!?」

久「少なくとも美穂子の制服が乾くまでは立ち入り禁止だから」

美穂子「私は別に……その、今更ですし」モジモジ

久「見ての通り非常に危険な状態よ」

京太郎「いや、出てかなくてもいいって言ってくれてるようにしか見えねーよ」


まこ「ん? この黒光りしたブツは……」

久「げっ、まさかそれって……!」

美穂子「い、いやっ」ビクッ

京太郎「待て! あれおもちゃだから! ジョークグッズだから!」


久「な ん で! そんなもの持ち込んでんのよあんたはっ!」ギリギリ


京太郎「ぎ、ギブギブ……俺の命が終了しちゃうっ」

まこ「まぁ、もう十分じゃないですか? 先輩も反省してるみたいですし」

久「本当かしら? ……まぁ、いいわ」パッ

京太郎「久しぶりに死ぬかと思った……」

まこ「それより先輩。昨日買ったもの全部持ち込んでるんですか?」

京太郎「まぁな。ロッカーの中に放り込んで忘れてたんだけど」

まこ「ふむ……ならアレもありますよね?」



美穂子「どう、かしら?」クルッ


京太郎「いい! メッチャいい!」

久「悔しいけど似合ってるのよね……」

まこ「購入理由不明の制服がこんなとこで役に立つとはのぉ……」


美穂子「ちょっと胸のあたりはキツいんですけど……」


久「……」ギュウウ

京太郎「……久ちゃん、痛い」

久「なにも言わないで抓られてて」

京太郎「いや、無茶言うなよ」


美穂子「ふふっ」


京太郎「……」グッ

久「……」ギュウウウ

京太郎「だからいてーっての!」




『美穂子は清澄の制服(ちょっと胸がキツい)を手に入れた!』
最終更新:2015年12月05日 18:16