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―――


 ―――ブツン。
 ……意識が帰ってきた……。
 腹には刃物。
 口は鉄の味。
 傷口からは、絶え間なく生暖かい血が流れてる。
 ……ホント、何でこんなことになったんだろう……。
 俺のせいか、つかさのせいか、かがみのせいか、こなたのせいか、みゆきのせいか。
 じわじわと死にながら、俺は再び、幸せな頃の思い出へ―――

 ブツン―――


―――

 その日は、手を繋いで二人で帰った。
 もちろん、手を絡める恋人繋ぎ。

 ―――俺とつかさは、今日から恋人同士になった。


☆―――

 ―――そして、男がつかさと話しているとき、廊下で全部立ち聞きしていた少女がいた。

「―――そっかあ、つかさと付き合うんだ、男」

 柊かがみである。
 彼女は一人、静かに泣いた。

 慰めてくれる人は、居なかった。
 どこにも、彼女の気持ちを知るものは、居なかった。


☆―――

「ただいまーって、誰もいないけど」

 つかさと二人でゆっくりと歩いて帰り、別れを惜しみながら家に帰ってきた。
 もちろん、家の前まで送ってきた。

「……ま、うまくいってよかった」

 ベッドに寝転がり、今日のことを思い出す。

「柊つかさ……俺の彼女……か」

 彼女なんて、初めてだ。どうすればいいかすらわからない。
 ……かがみにでも、相談しようかな。

「―――あ、そうだ。
 かがみに礼言わないと」

 色々やってくれたみたいだし。
 明日、学校で、かがみに礼を言おう。

 ……さて、帰ってそうそうだけど晩飯の買い物でも行くかな。


☆―――

 私が、男くんに送られて家に帰ったのは、もうお母さんが晩御飯を作り始める時間だった。
 帰ってすぐに、お姉ちゃんにお礼を言おうと決めていた。……なのに。

「え……? まだ、帰ってない……?」

 お母さんは、お姉ちゃんはまだ帰ってないと言った。
 ……帰りに、どっかに寄ったのかな?
 帰ってきたら、ちゃんとお礼を言わなくちゃ。
 やさしいやさしいお姉ちゃん。
 思えば、手紙を書くのを手伝ってくれたり、色々架け橋になってくれてた。

 私はお姉ちゃんが、大好きだ。


☆―――

 ゆらゆらと、私は町を徘徊していた。
 夜の町。
 辺りは騒がしく、感傷にも浸れない。
 男は楽しい奴だった。
 初めて会ったときは、ちょっとした関わりだと思ってた。
 でも、私達は同じクラスになり、席も近かった。
 あいつはわざわざ律儀にお礼と言ってデザートを奢ってくれた。
 ……やがて、恥ずかしさもあってだんだんと疎遠になったんだけど。
 ……それが、つかさの告白でまた繋がりを持った。
 別に最初は、なんのこともなかった。
 ……やがて、またあいつと関わって、ココロがもやもやした。


 このもやもやは何?
 ―――さあ、解らない。
 私は、彼をどう思ってるの?
 ―――それも、解らない。
 ……私は、彼が好きなの……?
 ―――解らないっ!

 さっきからずっと自問自答。
 私は、何も解らないまま、町を漂い続ける。
 ゆらゆらと、目的も無く。


 ドンッ。

「ああ!? 何だよテメェ! 痛てぇじゃねぇぇかっ」

「え……?」

 誰……?

「―――!」

 何かを、言っている。……よく、聞き取れない。

「オイテメェ! シカトこいてんじゃねぇぞ!」

「ひ……!」

 制服の胸ぐらを捕まれる。

「テメェちょっとコッチに―――」

 引っ張られて、どこかにつれて行かれそうになったその時―――

「ふげっ!?」

 買い物袋が飛んできた。


☆―――

「牛乳、人参、玉ねぎ……あ、最近運動不足だからダンベル買っとこ」

 別にスポーツはやってないけど。鍛えといて損はないだろ。

―――

 スーパーを出る。
 今日の買い物はこれで終了……っと。
 さっさと帰って晩飯の作るか。

「オイテメェ! シカトこいてんじゃねぇぞ!」

「ひ……!」

 ……何か向こうが騒がしいな。喧嘩か?
 ちょっと目を細めて見ると、女が不良っぽいのに絡まれてる。……女の方、うちの制服だ。
 ……もうちょっと近寄ってみる。
 あれは……―――!

「テメェちょっとコッチに―――」

 ―――それに気付いたとき、俺は反射的に買い物袋を投げ付けていた。

「ふげっ!?」

 顔面にヒット。そのまま倒れて、不良は動かなくなった。
 ……あ、やべ、ダンベル入ってんだった。


☆―――

 突然の事態に、私は唖然と立ち尽くしていた。
 タッタッタ。
 誰かが駆け寄ってくる。
 …………男?

「かがみ! 大丈夫か!?」

「お、男……どうして」

「いや、買い物帰りに見かけてさ。絡まれてるみたいだったから……」

「そ、そうなんだ……」

 どうしよう。
 今、こいつに会ったら……。
 今、こいつと話したら……。
 わた、しは……。

「う……ぐう……?」

「―――!」

 どうしようかと迷っていたら、さっきの奴の意識が回復した。

 ゆっくりと起き上がり、こちらを睨み付けてくる不良。
 額からは血が出ている。……あの買い物袋、何が入ってんのよ……。

「テメェ……、よくもやってくれたな……!」

 バッ、と男が私を庇うように前にでる。

「男! 危ないわよ!?」

「大丈夫だ。
 ―――お前は、俺が守る」

 背中越しに、そう、言われた。
 その背中は、とても大きく見えた。


 何で……!
 何でそんなことするの……!?
 あんたは、あんたはつかさの彼氏でしょ……?

 私の大好きな妹の、彼氏なんでしょ……!?


☆―――

 額から血を流しながら、不良が俺を睨んでくる。……タフな奴だな。俺だったらダンベル頭に食らったら死んでるぞ。
 ……とりあえず、かがみを守らなくては。
 俺の恩人を、俺の大切な繋がりを守るんだ……!

 ―――だから俺は、こちらを睨んでくる不良を、思い切り睨み返した。

「はっ! 怪我しても知らねぇぜ!」

 上着を脱ぎ捨て、構える不良。ジャブ体制だ。
 外身から見ても筋肉質な体に少しビビるが、引くわけにはいかない。
 相手に倣うように、俺も両の拳を構えた。

「―――へえ、やる気かよ……ん? お前、どっかで……?」

 しっかりと顔を上げると、俺の顔が見えたのか、何やら考え始めた。


「―――あ、お前、は……あの時の……」

 ……?
 何だ……? この反応……?

「お前っ、お前は……! 何なんだよ!」

 言ってる意味が解らない。
 ……とりあえず、好機だ。
 ゆっくりと、不良に向かって歩み寄る。

「ひいっ!?」

 そして出来るだけ声に凄みをつけて、一言、言い放った。

「失せろ……!」

「ひ、ひいぃぃ! 勘弁してくれぇっ!」

 妙な悲鳴を上げて、不良は逃げていった。
 …………何で?

 ……ま、一件落着、か。
 後ろにいるかがみは……。

「あ、ああああんた、な、何したの……?」

 ……しまった。こっちもビビってる。


―――

 まあ周りの人達も騒いでたし、警察が来ても不味いので、急ぎ足で近くの公園……初めて出逢ったときの近くにあった公園まできた。
 とりあえず誤解は解いたが、なんでかがみはあんなところで何をしていたんだろう?

 公園のベンチに座り、かがみに話しかける。

「なあ、かがみ」

「な、何よ」

 まだビビってるんかいっ。

「なんであんなところに一人で居たんだ?」

「……ち、ちょっとね」

 ……まあ、いいけどさ。

「そか。……あ、コーヒーいる?」

「……うん」

 買い物袋から缶コーヒーを取り出す。幸いまだ暖かいそれを、かがみに渡した。

 …………。
 …………。

「ねえ、男」

 かがみが、話しかけてきた。

「何だ?」

「何で……助けてくれたの?」

「は?」


「だって……男はつかさの彼氏なんでしょ?」


☆―――

 言った。
 言ってしまった。
 私はどうしたんだろう。
 どうしてしまったんだろう。
 こんなのは『柊かがみ』じゃない。
 私は、私は―――

「……はあ、何でつかさとのことが出てくるんだよ」

「え……」

「お前を助けんのに理由がいるのか?
 お前は俺の恩人で、俺の友達で、……俺の繋がりだ」

「…………」

 『繋がり』。
 教室で、つかさに話してた。
 それを聞いてたからこそ、私は理解してしまった。

「……そっか、そうよね。
 ごめん、変なこと聞いて」


―――私は、もう手遅れだと。

 彼にとっての私は、決して恋愛対象じゃない。
 精々『友人』止まり。
 だから私は、


「別に、そんなことは良いけどさ。
―――あ、そだ、かがみ」

「何よ?」

「ありがとな」

「……何がよ」

「いや、つかさのこと。なんか色々やってくれてたんだろ?」

 ……ああ、その事か。

「いいのよ、そんなこと。
 それにあんたがお礼することでもないでしょ?」

「そりゃそうだが……」

「……ま、受け取っておくわ。
―――男」

「ん?」

「―――つかさを裏切ったりしたら承知しないからね」

 友人として、つかさの姉として、そう言った。

「……ああ、わかってるよ」



 ―――だから私は、生まれかけたその想いを、捨て去った。


―――

 その後もしばらく雑談をした後、男に家まで送ってもらうことになった。
 ……私は、別にいいといったんだけど……。

『かがみ……お前なあ、さっきあんな目にあっといて、よくそんなこと言えるな。
 つべこべ言わずに行くぞ。これは強制だからな』

 だ、そうだ。
 ……まったく、

「……カッコつけちゃって」

「……ん? 何か言ったか、かがみ」

「……何でもないっ」

 やがて家についた。

「男、家で晩御飯食べていかない? つかさも喜ぶわよ~」

「はは、いや、つかさとはさっき別れたばかりだし……。
 それに、もう晩飯の材料買っちまったしな。期限今日までのもあるし」

「そっか……」

「ああ、誘ってくれたのにすまんな。
―――あ、一つ聞き忘れてた」

「何?」

「何で、俺とつかさが付き合ったって、知ってたんだ?」

 ……しまった。
 そうだ。さっきつい言っちゃったんだった。
 ……どうしよ。

「かがみ?」

「え、えーと。
 さ、さっき見かけたのよ! あんたたちが手を繋いで帰ってるのをね!」

「ああ、そういうことか」

 ……危なかった。立ち聞きなんて、バレたら不味いもんね。

「じゃ、俺は帰るわ。
 また明日な、かがみ」

 そう言って駆けていく男。
―――あ、私まだお礼言ってない。

「ま、待って男!」

―――あ、これって。
 立ち止まる男。

「どーしたー?」

 少し、大きな声で、離れたところから聞かれる。


「ありがとう!」


 私は、同じように大きな声で、お礼を言った。

―――そう、あの日。
 男と初めて会った日と、逆の構図だった。


 …………。

「ふう」

 溜め息一つ。
 ガチャリ。
 家の玄関のドアが開いた……つかさだ。

「あれ? お姉ちゃん?
 じゃあ今の声お姉ちゃん? 何だったの?」

 つかさの問いかけに、私は少し、いじわるをした。

「あはは、何でもないわよ」

―――せめてもの、小さな小さな八つ当たり。


☆―――

 バタン。
 家に帰ってきた。
 相変わらずなアパートの中、俺はベッドにダ~イブ。
 ボフー。
 ……今日は、色々あったな。
 つかさへの返事、かがみを「恐ろしくタフな不良」から助けたり……。
 ―――不良。
 恐ろしくタフな不良。

『お前、は……あの時の……』

 アイツは、アイツはまさか……。
―――まさか。
 もう、ないんだから。
 有り得ない。

「うっが―――!」

 飯作ろ飯!
 さあ、今日はカレーだヤッホーい!


 ―――もう、大丈夫。


―――

 その日のカレーは、旨かった。デリシャス。

―――

 就寝。
 夜十二時。
 いつも通りの時間。
 いつも通り。
 いつも通り……。
 いつ、もどお、り……。



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最終更新:2008年09月17日 17:14