―――
―――ブツン。
……再び、意識が戻ってくる。
あの平和な日の思い出からは、考えられない現実に。
さっきから意識を失う度に、過去を幻視する。
時はゆっくりと、腹部の激痛と共に、過ぎていく。
俺にはやっぱり■■■がすがって泣いていて。
近くで■■■は呆然と立ち尽くしている。……自分のせいだ、と後悔するような顔で。
……数秒、現実を見て、また俺は、幻想へと―――
―――ブツン。
―――
……柊家の前についた。
「……男くん、送ってくれてありがとう」
律儀に礼を言うつかさ。
「ああ、気にするな、恋人だろ?」
「うん……今日は楽しかったよ、……ありがとう」
……二度目の礼。
「ああ、俺も楽しかった」
「ホントに……ありがとう」
……三度目。
「……つかさ?」
「ありがとうね、男くん。私、今、幸せだよ」
……四度目。
「……おい、どうした?」
「何でも……ないよ」
そう言って、踵を返すつかさ。……顔は、伏せていた。
「つか―――」
「―――また、明日ね、……男くん」
「…………ああ、また明日、学校で」
「…………」
……無言で、つかさは家へと帰っていった。
☆―――
「…………」
私は、無言で家に入った。
「……あ、つかさ、帰ったんだ」
声をかけてくるお姉ちゃん……それを、無視した。
「ち、ちょっとつかさ!?」
バタン。
戸を閉める。
布団に潜った。
……今日は、楽しかった。
―――その分、悲しく、寂しく感じた。
今日【は】楽しかった。
……じゃあ、いつもは?
……二人きりじゃいられない。
みんなと一緒。
……私は、いつもは楽しくない……?
今日、久しぶりに二人きりになって、よく解った。
―――私は、男くんと二人きりで居たい―――
☆―――
家についた。
……今日は、疲れたし、インスタントでいいか。
―――
ずずずずずずー。
すする。
俺はラーメンをすする。
塩味。カップヌードル。
ずずずずずずー。
「……侘しい」
……今日が楽しかった分、後が侘しいな……。
―――しかし、
「つかさ……どうかしたのかな……」
―――その時、俺の携帯が鳴った。
「電話か……」
手にとる。
―――表示は、『柊かがみ』。
ピ。
「はい、こちら男」
『男? 私、かがみよ。今大丈夫?』
「おお、構わないぜかがみん」
『その呼び方はやめてって!
……もう、とにかく、本題よ。
―――今日、つかさに何かした?』
…………。
「……どうした、何かあったか」
『いや……特に何かあったってわけじゃないんだけど……ちょっと、帰ったとき変だったから』
「変……とは?」
『無言で部屋に閉じ籠ったのよ』
…………。
「それは……今もか?」
『……いや、もう出てきたけど』
「様子は?」
『普通よ。……けど、帰ったときの様子が……気になって』
「……そうか。
……そうだな、別れるとき。家の前まで送って、別れるとき―――少し、様子が変だった」
『……どんな風に?』
「やたらと礼を言ってくるし……何か、惜しんでるような……苦しんでる、ような」
『…………』
「……かがみ?」
『……ごめん、ありがと、……ちょっと、考えたいから、今日は電話を切るね』
「あ、ああ……」
「じゃあね、男」
プツッ、ツー、ツー、ツー……。
携帯の電子音が、何故か響いて感じられた。
☆―――
私は、部屋の中で、切った電話を見つめたまま、考えていた。
―――つかさの葛藤が、激しくなってきていることを。
あえて二人きりにしたことが裏目に出たのかもしれない。
男の話を聞く限り、少しずつ嫌な方向に進んでいる―――そう、私は直感していた。
つかさは、男との二人きりをより望むようになるだろう。
だから私は、自分で何とかしよう。そう考えていた。
☆―――
「―――、―――」
お姉ちゃんの部屋から、声が聞こえる。
電話だろうか?
私は何故か気になって、壁に耳を当てた。
「じゃあね、男」
―――!
……男くん?
何で、お姉ちゃんと、電話、してるの?
こんな、時間に。
―――何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で、何で……―――ナンデ?
―――その時から、私のココロに、何かが生まれた。
☆―――
午後十二時、俺は床についた。
いつも通りの時間。
……でも、ココロに何か、もやもやした気持ちがあった。
―――不安。
それを抱えて、俺は眠りについた。
最終更新:2008年09月17日 17:08