『ごめん。私、一人で帰るね』
つらそうな顔で、そんなことを言われた。
……何故か、後を追っちゃいけない気がした。
―――でも、俺は追いかけた。
彼女が大切だから。
あんな顔されて、ほっとけるはずがない……!
「どこだ……!」
しばらく茫然としていたせいで、完全に見失っていた。
教室以外に、つかさが行きそうな場所……。
「くそ……」
全く、見当がつかない。
……俺は、あいつが傷ついたら、どこに行くかさえ、解らないって言うのか―――
頭を抱え、どこへ行けばいいのか立ち尽くしている時、
「……男」
背後から、声がかかった。
「……こなた」
振り向くと、そこにはさっきまで話していたこなたがいた。
さっきまで全ての階を走っていた俺は、肩を上下に揺らしながら、
「どうしたんだ……ここは、最上階だぞ?」
そう訊いた。だが、こなたはその質問には答えずに、質問で返してきた。
「男……つかさを、探してるんだよね?」
「あ、ああ……」
「つかさなら、……たぶん」
上にいるよ、と言って天井に人差し指を向けた。
「上って……ここは最上階だ……あ」
上。そうだ。この階よりまだ上はあるじゃないか。
―――屋上。
俺とつかさが、初めて会った場所。
確かにそこなら、つかさはいるかもしれない。
「サンキュ、こなた」
「うん、がんばってね」
―――
「はあ、はあ……」
……そして、屋上の扉の前に着いた。
「あ、はは……」
そしてドアの向こう側から、嗤い声。
自嘲や狂気を含んだ、紛れもないつかさの声が聞こえた。
バンッ!
「つかさっ!」
ドアを開け、俺は叫んだ。
その先には驚いた顔で固まる彼女がいる。
「え、あ……男、くん……?」
その声を聞いて、一気にずいっとつかさに迫り、何かを言われる前にぎゅ、と抱きしめた。
……つかさの声が怖かったから。
このまま、どこかへ消えてしまうような、声だったから。 ……絶対に離さないように、強く、抱き締めた。
「お、とこ……君?」
茫然と、つい口から洩れたような声。 ……彼女が何を悩んでいたのか。
なんで、さっき突然走り出したのかは、解らない。でも、
「ごめんな、つかさ」
きっとそれは俺のせいだから。
つかさが苦しんでいるのは、俺がちゃんとしていないからだ。
……だから、彼女に謝罪する。
「男くん……どうして、どうして謝るの……!?」
「つかさ。……俺、彼氏のくせにお前の事、何も解っちゃいない」
「そ、そんなこと……」
「俺にはなんでつかさが走って行ってしまったか解らないし、そして、どこに行ったのかも、分からなかったんだ」
「え、でも、今ここに……」
「それは……こなたが」
「こなちゃん、が?」
「ああ、俺に教えてくれたんだ。つかさはここにいるだろうって」
「……そう、なんだ」
こなたの名前を呟いたまま、つかさは黙ってしまった。
「……つかさ」
名前を呼ぶと、何かを話し始めた。
「…………わた、私……酷いこと、考えてた」
今にも崩れそうな、弱々しい声。
「…………」
「私、私……最低だよ。友達に、友達なのに……っ」
抱きしめてるから、顔はよく見えない。……でも、彼女が泣いているのは、嗚咽混じりのその声でわかった。
「……なあつかさ。今日は帰ろう?」
しばらく泣き止むまで待って、そう声をかけた。
つかさは、無言で頷いた。
―――
無言で帰った。
二人とも、声は発さなかった。
でも、しっかりと手を握り合っていた。
……離したら、もう、繋げない。そんな気がして……。
つかさの家に着いた。
別れも無言。
手を振ることもない。
……結局、追いかけて正解だったのだろうか。
何か、良い方向に進めることが出来たのだろうか。
……それは、解らなかった。
―――
「ただいまーっと」
誰もいないアパートの一室に虚しく声が響く。
……ああ、まただ。
この嫌な虚無感。
……前の学校の頃には、頻繁に感じていた。
「……気分、悪……」
バタリ、とベッドに倒れ込んだ瞬間。
携帯の着信した。
まさか、つかさか!?
急いでモニターを見ると、そこに表示されていた名前は―――
【柊かがみ】
……まあ、期待外れではあるけど。もしかしたらつかさのことかもしれない。
そう考えて、俺は通話ボタンを押した。
『もしもし!? 男!?』
受話器からは、かなりの大声が聞こえる。……何か、あったのだろう。
「落ち着けかがみ。一体どうした?」
『こなたが……っ!』
―――こなた? 何で今、こなたの話が……。
『こなたが、刺されたのっ……!』
☆―――
刺された。
何でかは、よく分からなかった。
誰かは、よく見えなかった。
でも一瞬、よく見知った顔が見えた気がした。
紫色の髪に、両端リボンで纏めたツインテール。
あれは―――かがみ?
☆―――
「こなたっ!」
バン! と激しくドアを開ける。
かがみに教えられた病院の扉だ。
そこには、ベッドの横に座るかがみの後ろ姿と、
「あ、男、おはよー」
いつもの笑顔を浮かべた、こなたがいた。
「―――あれ?」
何で?
―――
「むすー」
「あはは、ごめんねってば」
かがみが謝っているが、無視。
徹底的に無視。
「私だって、最初はかなり慌ててて、まさかこんなに浅い傷だと思わなわかったのよー」
「……ったく。俺がどれだけ全力疾走したか」
「あははー、男がそんなに私のことを心配してくれてたなんて、感激ものだよー」
「……お前、元気な」
「……しかし、誰がこんなこと……」
こなたを狙う奴なんか、いるのか?
「それなんだけど……」
「あはは……」
「? 何だ?」
「実はさ、よく覚えてないのだよ」
「は?」
「多分刺されたときのショックで忘れたんだと思う」
「……そんなゲームみたいなこと」
「いやーあるんだねえ、これが」
私が実証だ。と言わんばかりに無い胸をはるこなた。
「…………」
だから何でこなたはそんなに元気なんだよ……。
「あ、それとね。私、しばらくは入院だって」
「ああ……、どれくらいだ?」
「丸一週間だってさー。
大げさだよまったく」
目を細めてため息を吐くこなたは、いつものこなた……あれ?
……何だ、この違和感は。
―――
「あ、もうこんな時間。
男、そろそろ帰らない?」
「ああ……かがみ、ちょっと先に行っててくれないか? こなたと二人で話したいことがあるんだ」
そう俺が言うと、かがみは少し考える素振りを見せた。
「……別に、いいけど」
しかしすぐにそう言って、かがみは病室から出ていった。
「……で、男、私に話ってー?」
「……こなた」
「なになに?」
「……お前、嘘を吐いてるだろ」
「…………え?」
「何かがおかしいんだ。
いつものお前じゃない気がする。……なんとなく、だけど」
そう、なんとなくだ。
……きっと、つかさのあの姿を見たから、そういうのに敏感になっていたんだと思う。
「…………」
「…………」
「…………そう、だね。
私、嘘を吐いたよ」
「…………」
「ホントは、全部覚えてる。
やっぱり刺された程度じゃあなかなか記憶は飛んだりしないね」
「何で、嘘なんて吐いたんだ」
「言えないよ」
「……一体誰がお前を刺したんだ」
「……言えない」
「……どうしても、か」
「…………ごめんね、男。
だけど言えないんだよ。
……これは、私が忘れたことにすれば、解決するはずのことだから……」
「……そう、か」
目を見てはっきりと、言われた。
その決意は堅いものだと、思い知った。
「でも、一つだけ忠告だよ。
……男も危ないかもしれない。
だから、気をつけて」
最終更新:2009年09月04日 19:32