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『自分の子供が間違ったことをしたならば、叱り、時には手を上げることもある。
痛みをもって知ることもあるからな』

 つかさが胸の内を明かしてくれて、みんなの話を合わせた結果ちぐはぐなピースが繋がり、
この一連の真相の全てを理解したあの日の夕方…お父さんがやってきた。

『だけど、ずっと悩んでいたよ。こなたが悪い方向に向かっているのだとわかっていても、
私がでしゃばっていいのかどうか』
『……』
『自分達で解決すべきことであれば、それは本人達で理解して解決してほしいから』

 最悪の事態を想定し、ゆい姉さんにも私がおかしくなっているという話をした。
自分の目の届かない時に何かあったら頼む、と。

『こなた』
『…はい』
『たぶんそのお腹の傷の痛みがお前に全部理解させてくれただろうから、私は改めて
説教とかする気はない』
『……』
『とある人が言っていた。"本気で反省している人間を叱るのは無意味"と。むしろ
逆効果になるかも知れないしな』

 どこかで聞いたような言葉だ…でも、恐らくその通りなのだろう。

『こなた。お前には、これからするべきことがわかっているかい?』
『――うん』
『いい返事だ。ならお父さんはもう何も言わないよ』

 それからお父さんは男の方に向き直って頭を下げた。
大事な二人の娘を助けてくれてありがとう、と。

『君がいなければ二人とも今ごろこの世にいなかったかも知れない』
『…俺は二度、親を亡くしていますから。誰かが死ぬのはできれば見たくなかったんです』

 親を二度亡くした。
この言葉の意味が当時はわからなかったけど、少し後になって教えてくれたっけ。
それを聞いて、男が強くて優しい理由が分かった気がする。

『ゆーちゃん』
『なに?』
『…もう、二度と間違わない。ゆーちゃんの出してくれた勇気に私も応えるから』
『お姉ちゃん…』

 守る…私の大事な妹を。
傷を負った身体だけど、この子を絶対に失うわけにはいかない。






「は…っ」
「お、お姉ちゃん」
「だいじょうぶ?」
「うん…」

 ゆーちゃんを抱えて飛び退くのが一瞬でも遅ければ、間違いなくあの電撃の
餌食になっていた。たまには私の運動神経も仕事するんだなー。

「普通の女子高生が持つアイテムじゃねえな」

 男が冷や汗をかきながら苦笑いする。 
かがみの右手に握られているのは、間違いなく護身武器スタンガン。

「そうね…もう、普通じゃないもの」

 自覚があるのがまた恐ろしい。
そしてそんなことを言い合っているうちに、気が付けばかがみの後ろに回りこんでいる
みなみちゃんも恐ろしい。

「お喋りはそこまでです」

 鋭い眼光。男がゆーちゃんのナイトであるなら、彼女もまたそうなのだろう。
勇気ある姫の命を守るためならば、凶悪な敵を前にして自らが傷つくことも厭わない。

「ふふ…とんでもない伏兵がいたものね」
「驚いてるようには見えませんが」
「まさか。おかげで今までの段取りが全部台無しよ」

 みなみちゃんは素手。
かがみの背後に回りこんだということは気絶させる術があるんだろう。
なのに、かがみは未だに余裕の表情。それはこの状況を覆す手段を持っているからに
他ならない。

「かがみん、本気出してないね」
「どういう意味かしら?」
「右手でスタンガン使ってるじゃん」

 かがみの利き腕は右じゃない、左だ。
今の私の言葉でそれを理解したみなみちゃんはとっさに後ろへ飛び退く。
直後――銀色の左腕が彼女の喉があった位置の空気を切り裂いた。

「こなたに負けない反射神経、さすがね」
「…泉先輩の言葉がなかったら私の喉は血を噴いてました」

 血を見るのはこの前の自分のだけでこりごりだ。

「かがみ」

 ゆーちゃんと私を背にかばいながら前に出て行く男。
出ちゃだめだって!今のかがみは何をするか分からないんだから。

「その物騒な物を収める気はないか」
「何をいまさら」
「ゆたかには何の罪もない。それでも…それをわかっていてもお前はやめないのか」

 やめられたなら、自分を抑えられたのならきっと、とっくにそうしていたはず。
それができないほどにかがみは病みきっていた。

「お前が本当に憎んでいるのは俺じゃないのか」
「そ…れは」
「お前のことをきちんと見てやることもできなくて、気持ちを理解してやることも
できなかった俺を殺したいのが本当のところじゃないのか」

 それはつまり、男に全ての責任があるということで。
だからゆーちゃんじゃなくて自分を殺せと。そんなことを言っているの?

「ゆたかを、こなたを…そして仮にこの場でここのみんなを殺してもお前に気持ちは傾かない。
余計に離れていくだけだ」
「余計に…はなれて…」

 誰よりも男の言葉が、今のかがみには一番効く。

「死ぬのは俺だけでいい。だからもうやめろ」
「あんたを…殺せって言うの?」
「ゆたかやこなたを殺そうとする度胸があるなら俺にも同じ事ができるはずだ」

 無茶を言う。
でも今の男は冗談なんか言っているようには見えない。

「――なんで」

 スタンガンを落とし、よろめくかがみ。

「なんで、私じゃなかったの…?」

 左手に握られていた何一つ汚れのない銀のナイフがカランと乾いた音を立てて落ちる。

「なんでその子なの…なんで私じゃダメなの…」
「かがみ、聞いてくれ」
「やだ…もう、やだ…」
「お前でさえも知らないこと、きちんとお前に話さないといけない」
「聞きたくない。話なんか…聞きたくない!」

 土砂降りの中、かがみの頬を流れているのは雨水かあるいは涙か。

「俺はゆたかを選んだ。年下だとかそんなの関係なく、ゆたかだから好きになったんだ」
「……関係、ない?」
「だけど俺があの頃、お前のことをきちんと見てやれてたら…もしかしたら俺の隣にいたのは
ゆたかじゃなくてお前だったかもしれない」
「今になってそんなこと言われたって…」
「わかってる、今更遅いってことは。それでも…お前はあの時の俺の心までは
知らなかっただろ?」

 いつもはあんなにも明るくて、優しい男が一人で殻に閉じこもっていた時期があった。
全てを遮断して、何も受け入れようともしなくて。
男の本当の心の内まではわからなかったかがみはそこまで理解できなかった。
どんなに想っても自分には興味さえ持ってくれないんだと思ったんだ。

「私は…」

 ただ、好きだから。自分を見てほしくて、話をしたくて。いつかは想いを伝えたくて。
そんな気持ちから男のそばにいようとしただけだった。

「届かないってわかったから。だからせめて、他の誰も近づかないようにって」

 男に決して届かぬ想いはいつかその方向と性質を変えて暴走するようになった。
自分以外の誰も男に近づかないように、悪い噂を流して、時には誰かを傷つけて。

「全部…最初から…間違ってたの?」
「かがみん…」
「つかさを泣かせて、こなたを壊して、ゆたかちゃんを傷つけて、男を苦しめて。
そしてみんなを裏切って」

 もう決して戻ることの出来ない最後まで辿り着いて、かがみの中で後悔が生まれた。
こんなこと…してはいけなかったと。

「あは…あははは」
「おねえ、ちゃん?」
「つかさ…ごめん。みんな、ほんと――ごめん」

 重い身体を引きずりながらふらふらと歩く。
引きずるのは、これまでに犯した罪と後悔とみんなへの罪悪感。
みんな引きずって、かがみはどこへ向かう気なのか。

「真っ暗だあ…」
「かがみ、何を…」
「ここさ…晴れてたら景色いいわよね」

 一度だけ振り返り、哀しい笑顔を私達に向けた後。

「――ごめんなさい。そして、さよなら」

 かがみの身体はフェンスを越えて何もない空に飛び込んだ。




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最終更新:2009年09月15日 22:38