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『――こなた、ゆたか。ごめんな』

 私達に向かって頭を下げる男。

『男さん…?』
『なんで謝るの?』
『この状況を作ったのは俺だから』

 自分のせいでこうなってしまったって。
男はそう思ってるんだろうな。私が病んでしまって、ゆーちゃんが傷ついてしまったこと。

『それは…仕方ないんじゃないのかな。男が望んでこうなったわけじゃない』
『そうですよ。それにほら、私のことなら大丈夫。かすり傷だけだから』

 ゆーちゃんの明るい言葉にも男は少し悲しげにうなずく。
男が自分の意志でこの結果を招いたわけじゃないのに、私が勝手に暴走しただけなのに。
それでも男はあまりにも優しいから…これからも自分を責め続けるのだろうか。

『男の推測通り、かがみんが犯人だったらどうするの?』
『止めるさ。誰かが死ぬのはごめんだからな』

 私が腹を刺して気を失った後、男は信じられない走りの速さで私を運んでいったらしい。
大事な人を…本当の両親、そして育ての親を失ったから、命を守ろうとここまで必死になるんだと
いうことは後になって本人の口から聞かされることになった。







 フェンスに向かって歩くかがみ。
自分に、この世界に絶望したあいつが何をするかなんて考えるまでもない。

「――ごめんなさい。そして、さよなら」

 なんて…哀しい笑顔をしてるんだよ。
まるであの時と――『二人目』の父親を失った時のような感覚が蘇る。

「男さんっ!」
「ちょっ、死ぬ気!?」

 フェンスを蹴飛ばし、ふわりと空中に浮き上がるかがみの身体。
ゆたかやこなたの声を背に聞きながら俺は躊躇なくフェンスを飛び越えた。

「ふざけんなよ」

 全てに別れを告げるように目を閉じ、落下していくかがみに手を伸ばす。
死なせるかよ、誰一人…っ!

「どいつもこいつも…」

 歯を食いしばり、かがみの腕をつかんで俺の方に引き寄せる。
この高度から地上に落ちるまでわずか数秒。下手すれば死ぬ…それでも俺に恐怖はない。

「俺を置いて勝手に死ぬんじゃねえよ!!」

 かがみの身体を守るように抱きかかえて落下位置を探す。
なるほど…転落死という名の死神がすぐそこにいるのに、怖がるどころか冷静に
落ちる場所を考えてる俺の度胸は確かに父親譲りなんだろう。

「うおおおおおおおおっ!」

 近くにあった樹に目掛けて落下。
ガサガサガサと葉や枝を散らしながら俺の身体は地上に落ちていく。



 ――ボスン!



「うおっ!?」

 固い地面に思い切り打ち付けることを覚悟していたが、柔らかいものにぼよんと
跳ね返されて俺の身体はもう一度宙を跳ねた。

「ふいー、位置ピッタリだったね」
「ゆいさん?」
「やあ。見てる方がヒヤヒヤしたよ」

 一応今日のことは話をしてあったけど、まさかこういうことまで予測してマットを
用意してくれていたとは。

「こなたの時もだったようだけど、君も無茶をするな」
「おじさん…」

 こなたの親父さんがそう言いながら隣で苦笑いしている。
俺の無茶も予測済みだったってわけか…さすがだ。

「おと…こ?」

 かがみが目を開ける。

「よっ」
「え?あれ…私…いきて、る?」

 死んだと思っていたのに、こうして俺に抱きかかえられて生きているものだから
ちょっと混乱しているようだ。

「残念ながらお迎えはまだまだ先らしい。俺もお前もな」
「なんで……」
「俺、まだ謝ってないのに先に死なないでくれよ」

 かがみが病むように仕向けたわけじゃない。望んだわけでもない。
でも、俺はかがみの気持ちに気付くことも辛さを知ることもできなくて、こんなになるまで
救ってやることも出来なかった。

「悪いのはわたし…なのに…」
「原因を作ったのは俺だ」
「でも…でも、男は辛いことがあったんだよね。男は辛いことって自分で抱え込んで
絶対何も話さないし、私、そこまで知らなくて…」

 あの頃、ちょうど俺は二人目の父親を亡くした。
血の繋がりはないけど厳しく優しく接して俺を育ててくれた人で、確かにあの人は
俺の親父だったんだ。

「俺が三日間休んだ日…覚えてるか?」
「うん」
「あれさ、周りには言わなかったけど親父の葬儀だったんだ。親父っていっても
血は繋がってないし、お前が知ってる通り『普通の人』じゃなかったから」
「……」






 おおっぴらには言えないことだが、育ての親はいわゆる『裏の世界の人』だった。
それは周りも知っていて、だから俺は避けられてていつも一人。
父親のことをネタに不良に絡まれることもあったな。

 それでも、親父は親父だった。周りが何を言おうと。
親父と母さんは身寄りのない俺を引き取って育ててくれたんだ。
恐れられてるけど義理堅い父親と、いつも笑顔を絶やさない子供好きの母親。
世間からどう思われていたって俺にとっては親には違いなかった。

『元気…ないわね』

 かがみが俺に話し掛けるようになったのは親父が死んだ頃のこと。
母さんは笑えなくなって、俺もショックでふさぎこんでいた。

『私のこと、知ってる?』
『……』

 かがみは…彼女なりに俺を気遣ってくれていたのに。
俺には何も見えていなかった。何も聞こえていなかった。自分に関わった人が
また自分の前からいなくなって、辛かったから。


 俺に正気を取り戻させるきっかけになったのは、高校に入った頃のこなたの言葉。
今にして思えば、こなたも俺から同じものを感じたのだろう。

『私さ、お母さん死んじゃったんだけど』
『……』
『辛いからってそのままでいることは望んでないんだと思う』

 ああ、思い出した。
俺が俺の意志を取り戻したその言葉。

『戻ることは出来ないけど、その人の想いを力に換えて前に進むことはできる』
『…前に』


 ――あの頃に戻りたいなんて思うな。辛くても前に進め、男。


 親父が死の間際に力強い笑顔で俺に向けた遺言。
…こなたに言われるまで思い出せなかった、親父の願い。
血は繋がってなくても本当の息子のように育ててくれたあの人の、親としての想い。





「後悔してるんだ。お前をきちんと見てやれなかったこと」
「男…」
「でも、後悔してるだけじゃダメだから」

 だから、身を投げたかがみをこの命を懸けて救った。
俺にはもうゆたかがいるから、かがみの恋人にはなってやれないけど…

「許してくれなんて言わない。お前をこんなにしてしまったのは俺だ」
「……」
「かがみの彼氏にはなってやれないけど、何かできることを探そうと思うんだ」

 透明なしずくが、かがみの瞳からすーっと流れていく。

「ねえ、男」
「ん?」
「私にも…何か、できるかな?」

 できる――まだ、生きているから。
考える時間もチャンスもいくらでもある。

「こなたに、ゆたかちゃんに、男に…みんなに、償えること…あるかな」
「あるさ。絶対」


「――うん」

 涙を浮かべながら、それでもかがみは笑顔でうなずいてくれる。
いつの間にか雨は上がり、切れた雨雲の隙間から漏れた光が俺たちを照らした。




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最終更新:2009年09月22日 00:42