かがみは泣いていた。
いつもの強気で、こなたと軽口を叩き合ってる姿からは想像もつかない姿だった。
「あ……えと……」
言葉が出てこない。
泣いている女の子を前にすると、男ってこんなにも無力なのか……?
「やっぱり、みゆきが好きなのね?」
「いや……説明するとちょっと長くなるんだよな。だから……まず、その……涙拭いたら?」
俺は駅前でもらったポケットティッシュをかがみに差し出した。
「いい……自分のハンカチがあるから」
……断られた。
泣いていても、こういうところはかがみらしいな……
俺は全部をかがみに説明した。
転入した初日に高良さんに惹かれたこと。
ドーナツ屋で高良さんに告白し、フラれたこと。
ドーナツ屋の帰り際に高良さんに余計なことを言ってしまったこと。
そのことについて謝るべきか、なかったことにすべきか、迷っていること。
そして――、
「正直、『好きなの?』って聞かれても、今はもう高良さんのことが好きなのかどうかわかんねえんだ……
……ま、俺はフラれた身だしね」
自嘲気味に付け加えた。
「じゃあ……みゆきに振られたんなら……私と付き合ってよ」
かがみはあっさりと言った。
もう泣き止んでいた。
「えらくあっさり言うんだな……」
恋愛のこういう局面では、女のほうが男よりも合理的に動くって話を聞いたことある気がするけど……
まあ、もともとかがみは割と合理主義者っぽいもんな。
少なくとも、表面上は。
「フラれても、それでもみゆきのこと好きなの?」
「だから、わからないんだって……」
「んもう!はっきりしないわね」
「ごめんなさい……」
なんで謝ってんだ?俺……
「男さ……今日、私と買い物して楽しいって言ってくれたよね?」
「ああ、楽しかった。嘘じゃないよ、マジで」
「じゃあ、みゆきといて楽しいの?」
「高良さんとは買い物行ったりしてねーもん」
「そういうことじゃなくて!そのうまく言えないけど……私の勝手な推測だけど……」
かがみは言葉を選びながらしゃべっているみたいだった。
「昨日、職員室からの帰りに話したじゃない?その時、みゆきが中学でいじめられて、それで地元の高校じゃなくて陵桜に来たって話した時、男、妙に納得してたじゃない?」
……よく覚えてるな。
成績がいいのは伊達じゃない。
「前の学校で何があったかは知らないけど、男はそういう部分でみゆきと自分を重ね合わせてるんじゃない?」
「そうだな……多分、そういうのもあると思う」
鋭い。
女の勘ってやつか……
「でもそれって、そういう自分の暗い部分を相手と重ねて……それで好きになるのって、付き合うのって――」
「………」
「辛いだけじゃない?楽しいなら私でいいじゃない!」
そこまで言って急にかがみは俯いた。
下唇を噛んでいる。
「かがみ?」
「……ごめん、こんなこと言って……私、嫌な子だね……」
「かがみ……」
ずるいぜ、かがみ。そんなことされると。そんな姿見せられると――
――グラッときちまいそうじゃないかよ……
「あ、あのさ……」
「ん?何?男」
「俺、正直かがみに好きって言われて正直嬉しかった。でも……でも、やっぱもう一度高良さんと話をしてみるよ。答えを出すのはそれからでもいいかな?」
「それって……さっき言ってた『みゆきに謝る』って話?それとも……」
こちらをまっすぐ見つめてかがみは言う。
「もう一度、みゆきに告るの……?」
「……状況によるかな」
「ふ~ん……わかった」
かがみは買ったものの袋を手にして立ち上がった。
俺に背を向けて数歩進んで、それからこちらを振り返り、いたずらっぽい笑顔で言った。
「男がもう一回フラれますように!」
「……嫌な子だな」
俺は苦笑する。
「さっき、言ったでしょ?」
かがみも苦笑する。
「じゃ、私はもう帰るね」
「あ、送るよ」
「いい。一人で帰る。……返事待ってるから。信じてる、私を選んでくれるって」
「……わかった。気をつけて帰れよ」
俺はベンチに座ったまま、かがみを見送った。
そして携帯を取り出す。
アドレス一覧から「高良みゆき」を呼び出した。
善は急げだ。
決意は時間と共に劣化する。
今、かけないと次は無い。
とか、カッコつけたセリフを言ってみたり。
教えてもらいはしたけど、一度もかけたことのない番号。
初めてかけるのがこんな場面だとは……
――そして、俺は高良さんと翌日会うことになった。
それはあっさり決まった。
それはあまりにあっさり決まり過ぎて拍子抜けしたくらいだった。
だから拍子抜けした俺は、
気を抜いた俺は――
――俺たちの様子を観察していた怪しい人影に気づかなかったし、それを俺が知るのはもっと後のことだった……
最終更新:2008年07月05日 18:41