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「ういっす、高良さん!」

 約束の時間。
 約束の場所。

 俺は、無理やりに軽い挨拶にしてみた。

「こんにちは、男さん。すみません、遅くなりまして」

「いやいや、俺も今来たとこ」

「あの、向こうに公園があるんですけれど、そちらでお話しませんか?」

「わかった。行こ!」



 俺たちは池の前のベンチに座った。

 日曜日の昼間なのに人の姿はまばらだ。

 昨日のかがみの私服姿も新鮮だったが、高良さんの私服姿を見るのもこれが初めてで新鮮だった。

 大人っぽい彼女は大学生か、下手したら休日のOLさんに見える。

 ……どこかの青色幼女と同じ歳だなんて、とても思えない。



 泉家
「ハックシュン!」



「えっと、高良さん」

「はい……?」

「まず謝るよ、ごめん」

「……いえ、謝るのは私のほうです。突然帰ったりしてしまって……」

「でも、帰った原因は……高良さんが、突然帰った理由は……」

 俺のせいだ。

「俺が、高良さんのことよく知りもしないのに『周囲にカベみたいなもん作ってない?』とか知ったようなこと言ったから……だよね?だから高良さんは怒って帰って……だから謝りたかったんだ!」

「違います……」

「え!?」

「違うんです。私、怒ったわけじゃありません――」

 高良さんは視線を膝元に落として言った。

「――私、怖かったんです」

「怖かった……?俺が……?」

「はい……」

 正直、予想外の反応だった。怒ってるものとばかり思っていた。

 まさか、怖がられていたなんて、思いもしなかった。

「俺のこと、フラれて逆ギレしてるように見えた……とか?」

「いえ、男さんが……男さんが踏み込んでくるというか、見透かしてくるというか……それが怖かったんです」

「踏み……込む……?」

「男さんの言うとおり私は、どこか周りのかたがたに必要以上に気兼ねしてしまうというか……男さんの言葉をお借りするなら『カベを作ってしまう』面がある……ようです。あまり親しくない方々にはもちろん、親しいはずの泉さんやつかささん、かがみさんにも……そして男さんにもです」

「うん……」

「自分で直そうと思っても、身に染み付いてしまっているというか……

 ……実は私、中学生の頃に……」

「あ、言わなくていいよ。その話は……かがみに聞いたから」

「かがみさんが?そうですか……まあ、そのようなことでして、男さんのおっしゃったことは、概ね正しかったんです」

「で、俺がそのカベの中に踏み込んできたのが怖かったってこと?」

「はい……幸い、陵桜学園ではよいご学友に恵まれまして、カベを作る必要はとくに無かったのですけれど……」

「……先ほども申しましたとおり身に染み込んだものというのは直らず、周囲の方々にカベを感じさせることも多々あったと思いますし、私自身、そのカベの中の居心地になれていたんだと思います。」

 高良さんは視線を上げた。

 ベンチの正面にある池のほうを見ている。

「でも、それに関して周りの方は何もおっしゃいませんでしたし、こなたさん、つかささん、かがみさんは仲良くしてくださいました。居心地のいい距離感のままで。少なくとも私はそう感じました」

 そこで、高良さんは俺の顔を見る。

 俺の目を。

 メガネの奥の吸い込まれそうな目に俺が映っていた。

「だから私も、このままじゃいけないんじゃないかという気持ちはありましたが、結局はそのままで……」

 ふう、と一呼吸置く。

「……でも、男さんがいらっしゃって……私のことを好きだと言ってくださって……」

 そこで高良さんは少し恥ずかしそうにして、目をそらした。

 くうぅ……かわいい……

 こんな高良さんを久しぶりに見た気がして、すこしほっとした。

「……でも、私はまたカベを作ってしまい、拒絶してしまって……男さんは私にとっては太陽のようでした。けれど、近づきすぎるとその熱で焼かれてしまいそうで、怖かったんです」

「………」

 俺は黙って聞いていた。

 『太陽』だなんて、そりゃちょっと褒めすぎだよ……

「そう、近づけなかったんです……まるで星と星との間に存在するロシュ限界のように……あ、でもロシュ限界は惑星と衛星との間に存在するものですから、太陽を例に挙げた場合はちょっと変ですね。すみません、私ったら……」

 ……高度すぎる一人ボケツッコミだ。

 さっぱり意味がわからん……

 でも……これこそが俺の好きな、俺が好きだった、高良さんだ。

 そんな気がする。

「ともかく、あの時、本当は嬉しかったんです。男さんに好きと言っていただいて。でも、嬉しい気持ちに、怖いと思う気持ちが勝ってしまって……」

「結果、拒絶してしまったところに、罪悪感と自己嫌悪でいっぱいのところに、男さんが追い討ちをかけるようにあのような話をなさったものですから……自分の、私自身が嫌いな部分に踏み込んでくるというか、そこを全部見られてるというか、壁に穴を空けられるというか……そんな気がして怖くなってしまって……」

 壁に穴か……

 ま、『ドリルは男のロマン』って言うしな。

 ってか、ぶっちゃけ俺、そんなに大そうなことしたつもりはないんだけどな……

 なんだか照れくさいぜ、高良さん……

「……うん、高良さんの言ってること、なんとなくわかったよ。ただ……一つわかってほしいことがあるんだけど」

「はい……なんでしょう?」

「俺は別に、高良さんがカベを作ったことに関して、俺は責めたりする気はないよ。そんなの高良さんの勝手だし。ただ――」

「――ちょっとアドバイスしたかっただけ、ちょっとカッコつけてみたかっただけなんだ。そんなことしてると後々辛くなってくるよって。俺がそうだったから……」

「え!?男さんが?」

「俺、前の学校でさ、サッカーやってて、自分で言うのもなんだけど実はそこそこに名が売れたやつでさ」

「男さんって、すごい方だったんですね!?」

「ん~、いや、まあ、今は本当にうまいやつってのはプロチームのユースとかに所属してるもんでさ。俺なんかは、そういう人たちに比べれば全然たいしたことないんだけど――

 ――でも、正直サッカー一筋だった。……だけど怪我してあっけなく選手生命終了」

「それは……お気の毒に……」

「うん、やっぱさ、ヘコんでね~、すさんじゃったわけ。クラスメートやチームメートはみんな腫れ物を触るように接してさ。今まで仲良くて一緒にバカやってた連中もね。それで俺もさ……周囲にATフィールドを展開するようになっちゃって」

「AT……?」

「あ、いや、心のカベをね」

 つい口走っちまった。シリアスな話なのに。

 ……ちょっと恥ずかしい。

「で、そうこうしてるうちに、元チームメイトでね、俺のことをよく思ってなかった連中が、今まで偉そうにしてた男がいなくなってせいせいしたとか、サッカーのできない俺なんてゴミみたいなもんだとか、言ってるのを知って……つい、ね」

「つい……?」

「キレる17歳っていうやつ?まあ、要はそいつら相手に暴れて、めでたく退学直前に……ね」

「そうですか……辛い思いをされたんですね。でも……男さんは決してゴミなんかじゃありません!」

 高良さんの真剣な眼差し。

 凛とした佇まい。

 へえ、こんな顔もするんだ……

 こんな顔も……

 きれいだ。

「……うん、ありがとう。俺ももうあんな馬鹿な真似はしないよ。
 ……ははっ、俺がアドバイスしようとか言ってたのに、逆にアドバイスされちまったね」

「あ、すみません。差し出がましい真似を……」

「いやいや、いいよいいよ。とにかく俺は、高良さんの中に自分に似た部分を見つけて、それで俺と同じ気持ちを味わって欲しくないって思ったっていうか、カッコつけてアドバイスしようとしたっていうか…それをこの前のドーナツ屋じゃうまく言えなかったから。それをちゃんと伝えて、そして謝りたかっただけ」

 ついにあのドーナツ屋以来、胸に溜まっていたもやもやしたものを吐き出した気がした。

「そうだったんですか。わかりました……」

 話を聞いていた高良さんは、再び先ほどのキリッとした、凛とした顔をこちらに向けて、

「……では、私からも伝えたいことと謝りたいことがあるのですがよろしいですか?」

「えっと、ドーナツ屋で突然帰ったこと?あれはもういいよ。俺の発言が原因なんだしさ」

 伝えたいことか……

 あ、そう言えば、かがみに告られたことも伝えておいたほうがいいかな……?

「いえ、それもですが……もう一つあります」

「………?」

 すると高良さん、おもむろに、ベンチの上で正座し始めた。

「え!?あ、いや、何?そんなにかしこまらなくても……」

「男さん!」

「あ、はい」

 つい、俺も正座してしまった……

「一度は、男性に対する恐怖心と、自分の勇気の無さとから男さんの交際の申し出をお断りしてしまい申し訳ありませんでした。一度お断りした身でこのようなことを言うのはまことに勝手だとは存じ上げますが、もしよろしければ―――」

 その凛とした姿は、高良さんのようなおしとやかな美人さんがやるとすごく絵になった。


 公園のベンチということを除いては……

 公園のベンチに正座する二人。

 正直、周りにほとんど人がいなくて良かった……




「わたくし高良みゆきは、男さんのことが――好きです。よろしければ、私とお付き合いしていただけないでしょうか?」


 予想外の展開に、俺の口は半開きのままだった。

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最終更新:2008年07月05日 18:42