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白糸台高校麻雀部一軍。

通称、チーム虎姫。

彼女たちが普段、どのような活動を行っているのか。

麻雀関係以外にも大勢いる――




「照、これはどういうことだ?」

「ん?」


菫が乱暴にテーブルに放り投げた雑誌。

開かれたページには、営業スマイルを浮かべる照の姿。

それだけならばいつもと大差がない。

今回、菫が問題視しているのはそのトーク内容にあった。


「金髪の彼氏のために頑張ります――だなんて、ついに頭がおかしくなったらしいな。私のために頑張るマネージャー、か。泣かせるじゃないか、笑い死ぬかと思ったぞ」

「なにがおかしいの? 事実だけど」

「はは、お前もそんな冗談を言えたんだな。驚きだ」

「……」


話が通じない。

そう感じた照は、菫を無視してポッキーに噛り付く。


「わかっているんだろう? 本当は、自分が彼に相応しくないと」


加えたポッキーが、真ん中で砕けた。



「菫」

「ん? なんだ?」

「撤回して」

「意味がわからないな」


相変わらずの無表情だが、照の口調には確かな怒気が含まれていた。

雑誌に写る彼女しか知らない者には、到底想像出来ないだろう。


「なにがおかしい? 事実じゃないか」


さっきの意趣返し。

肩を竦め、照を挑発する菫。


「こんな風にメディアを使って、外堀を埋めるだなんてやり方をするなんて」

「……それは、私の京ちゃんに勘違いして近付く奴が多いから」

「私の、か。彼の好みとは随分と遠い位置にいる、お前が?」

「っ!!」



照のスタイルは、決して悪いものではない。

彼女のスレンダーな肉体は均整が取れていて、可愛らしいと言うよりも美しいと言った方が近い。

だが、話題の渦中の少年。

須賀京太郎の好みは。


「部活でも廊下ですれ違った時も。彼の視線は私に向いていることの方が多いようだが?」

「……」

「結局、自分に自信が無いんだろう? だから、こんな姑息な手を使う」

「……それは、菫が部長だからでしょ」

「ほう?」

「京ちゃんは優しいし、菫は部長の立場があるから。だから、菫を拒めない」

「……」

「可哀想な京ちゃん。こんな人が、部長だなんて」


「……照」

「……菫」


遠くで、何かが落ちた音がした。





亦野誠子。

チーム虎姫副将。

ボーイッシュな髪型で、活動的な性格の彼女は男女問わず人気が高い。

趣味が釣りというのは女子にしては珍しいが、そこもまた人気の一つとなっている。

後輩の面倒見も良く、相談を受けることも多い。

京太郎もまた、彼女とよく話をするが――




「それってつまり、女として見られてないってことだよね」

「あ?」

自前の緑茶を啜りながら、渋谷尭深はそう言った。







ショートボブヘアーで眼鏡をかけた小柄な少女。

チーム虎姫の中では、胸が一番大きいことも密かな自慢。

料理も得意で、以前京太郎が話していた「家庭的な女性がタイプ」という条件に、一番合致している自信がある。


「ほら、そういうところ。ガサツだもん」

「あのなぁ……変に先輩ぶったりメーワクかけたりするよりはずっとマシでしょ、その方が」

「須賀くんのタイプではないけど」

「変に媚びを売るよりはいいさ。その方が須賀も話しやすいだろ……それに」

「須賀がお前を迷惑に思ってるって、気が付いてるか?」

「……え?」

「やっぱりか。媚びばっか売って相手をみないからそーなるんじゃないかな」

「どういう、こと」









「気が付かないか? お茶を淹れてもらう度に固まってるよ、あいつ。何か盛られてるんじゃないかって不安らしい」

「……何それ、結局ただの妄想じゃない」

「はは、お前よりはマシかな」

「須賀くんのタイプからかけ離れてるからって」

「その割には、あいつと一緒に遊んだこともないじゃないか」

「……それは」

「結局、自分の中で満足してるだけで相手のことは何も考えてないんだな。そんなヤツが須賀のタイプ? その眼鏡、新調した方が良いよ」



「……許さない」

「私はずっと前からそう思ってたよ」






















須賀京太郎には悩みがあった。

自分が所属する麻雀部でのことだ。

数年前に共学化した白糸台高校だが、当然のことながら麻雀部は女子の方が圧倒的に強い。

そんな中で自分がチーム虎姫のエースたちと関わりを持てているのは、以前から照と知り合いだったことが大きい。

勿論その立場に甘えるつもりはない。

マネージャーとして雑用係を積極的に引き受け、空いた時間で実力を上げるための努力もしている。

先輩たちも積極的に協力してくれる。



だが、やはり。

そんな彼を、妬む者もいる。








照は弱味を握られているのだ、とか。

顧問に媚を売っている、だとか。


そんな噂を流すヤツがいた。


菫は男女部員全員の前でそのことを否定したし、照も噂の出処を潰した。

尭深は悩む京太郎にお茶を淹れてくれたし、誠子は相談に乗ってくれた。

先輩たちの心遣いを嬉しく思うと同時に――そんな尊敬する先輩たちの顔に泥を塗った自分が情けない。



「俺のせいで、先輩たちの練習量が減っている」



王者白糸台。

その威光に、自分は傷を付けたのではないか。

そんな悩みを、抱えていた。








「辞めよう、かな……」


せめて、今年のインターハイで彼女たちが優勝するのをこの目で見てから。

来年に入部してくる新入生にもこの噂は引き継がれるだろう。

その時には菫も照も、もういない。

二人の先輩に、負担が集まる。

そうなる前に、自分から――


「きょーたろー!!」

「おわっ!?」


沈みかけた思考を吹き飛ばすような。

相手に対する配慮など全く無い衝撃を背中に感じて、京太郎は躓いた。








首に回される腕。

ガッチリと腰回りをホールドする足。

背中にへばり付いた彼女は簡単には剥がれないだろう。


ゲームにこんな感じの雑魚敵がいたなぁ――と、実に失礼な思考を浮かべ京太郎は溜息を吐いた。


「むー! 反応薄いぞー!」

「慣れたんだよ、もう」

「私とのことは遊びだったのか!」

「変なこと言うな!?」


大星淡。

チーム虎姫大将。

自分と同じ、白糸台の1年生だ。





「ま、いいや。ねーねーカラオケいこーよこの後!」

「お前、今日はミーティングあるだろうが」

「えー? だってつまんないんだもん」

「オイオイ……」


天才。

同じ1年生でありながら、白糸台の層の厚さを超えて大将の座を勝ち取った彼女には、まさにその言葉が似合う。


「それにさー、きょーたろーめっちゃ暗い顔してんだもん。同じ金髪として情けないぞ!」

「なんだそりゃ」

「だからさー、思いっきり歌お! ぱぱぱーっと!」

「まったく……」


まぁ、コイツはコイツなりに、俺のことを励ましてくれているんだろう。


「よし!」

「お!」

「部活行くか!」

「ええ!?」


悩んでいた自分が、実にバカらしくなった。







「いいだろ別に。練習見てくれよ、同じ金髪として」

「えー? 高校100年生の壁は厚いよ?」

「なんだそりゃ」

「高校100年生くらいの実力ってこと!」


――やっぱりコイツ、バカかもしれない。


「ま、いーや。どうしてもって言うなら――」

「どうしても、だ」

「へ?」

「どうしても、頼むぜ。淡」

「……そっか。じゃーしょーがないなー! きょーたろー弱っちいからなー!」

「うっせ」

「えへへ」



天使だな

「どうしても、だ」
麻雀の実力を上げるための努力もしているみたいだし言葉に力入ってそうだ



近くで何かが、落ちた音がした。


「ん?」


振り向いても、何も無い。

気のせいか。


「どったの?」

「いや、何でもない。部活行こうぜ」

「……ん」



バッカみたい。

淡の呟きは、誰にも聞かれることなく。

風に飲まれて、消えていった。




プロローグ 了】





五月下旬。

春が終わりを告げ、梅雨を迎える時期。

衣替えの日が近付き、寒さとは無縁の季節が迫る。

だが、松実館のある一室では――




「うぁっつう……」


エアコンの暖房設定。

十重二十重に重ねられた毛布やタオルケット。

曇る窓ガラス。

そして、自分の上に覆い被さるように眠っている姉。


「あったか~い……」


こんな環境でありながら健やかな寝顔を晒せるのは、日本広しと言えども自分の姉くらいのものだろう。

勿論、自分は違う。このままでは暑さでやられる。

姉の安眠を妨げるのは心苦しいが、起こさなければ。


「ほら、姉さん。起きろよ」

「んぁ、むぅ……」





モゾモゾと身じろぎする姉。

目を擦っているが未だ寝惚け眼であり、覚醒しきっていないようだ。


「ちゅー……」

「ハァ?」

「おはようの、ちゅー……」

「……」


宥が瞳を閉じる。

そっと唇を付き出し、言葉の通りのものを求めている。


「……姉、さん」


それに対して、京太郎は。

そっと、姉の肩に手をかけて。


「アホかーっ!!」

「ひゃぁっ!?」


思いっ切り、押し飛ばした。



汗を流すためにシャワーを浴びて、朝食をとり、身支度をすればあっという間に登校時刻。

憂鬱な休み明けの通学路を、欠伸を噛み殺しながら歩く。

そんな京太郎の様子を見て、幼馴染の新子憧は苦笑した。


「ちゃんと寝たのー? 今日、テストだけど」

「いや、宥姉さんがさ……」

「……あぁ」


松実姉妹の弟への溺愛っぷりは。

阿知賀に通う生徒なら、誰でも知っている。




姉と弟。

近親相姦。

常識として、倫理として普通ならば考えられない。

法律で禁じられていることだ。

だけど、あの姉妹は、実の弟に、異性としての感情を向けている。


「寝苦しいけど……姉さんほっとけないしなぁ……」


そして、この隣を歩く幼馴染も。

気持ちが傾きつつあるのを、憧は知っている。



「……ズルい……」


神様。

お母さん、お父さん。

どうして私を。

京太郎の姉として、産んでくれなかったの。














髪を伸ばした。京太郎がドラマの髪が長い女優に見惚れていたから。

化粧を覚えた。京太郎が年上の女性に憧れていたから。

急に色気づいたと馬鹿にするヤツはいたけれど、姉に習って、雑誌を読んで、必死に勉強した。

だけど。



「いやさー、玄姉さんも玄姉さんで……」


勝てない。

京太郎と一緒にいられる時間でも、京太郎の好みの体つきでも。

あの姉妹には、勝てない。

不公平だ。

こんなにも、京太郎のことを見ているのに。

神様は、時間も、体も、幸運も。

憧にはくれなかった。



「おーい、憧……?」

「……」

「おーい! あっこちゃんやい!」

「ふきゅっ!?」


勢いよく肩を叩かれて、憧は我に帰った。











「止まれって。車来てる」

「え? あ、あぁ、うん」


京太郎に手を引かれて、道の端へ。

幼馴染の手のひらは温かくて、優しいけれど。

ほんの一瞬、鼻腔を擽ったシャンプーの匂いは。


「……京太郎」

「ん?」

「ありがと」

「ん」


憧の心に、小さくない引っ掻き傷を作った。







「んー……大丈夫かな、あいつ」


昇降口で憧と分かれ、別のクラスへ。

二人が通う教室は廊下の反対側にある。

様子のおかしかった幼馴染は心配だが、自分にも授業がある。

ずっと側にいてやることはできない。




「……む!」

教室の入り口に差し掛かった辺りで。

京太郎は、背後から近付いてくる足音に気が付いた。

朝昼晩を問わずやたらとやかましいこの音は、絶対にアイツだ――






京太郎の脇を擦り抜ける、弾丸の如き小さな影。

ぎゅぎゅっと急ブレーキの音を響かせて、京太郎へと振り向く彼女。


「おっはよー!! きょーたろー!!」


黒いジャージに白い上履き。

ぱっと見で小学生にも見える彼女の名前は高鴨穏乃。

憧と同じくらい付き合いの長い、もう一人の幼馴染。


「……む? おっはよー!!」

「いや、聞こえてるから」



相変わらずの様子に、苦笑する。


全身全霊全然オッケー。

元気があれば何でも出きる。


そんな言葉を体現したような少女だ。












「んー? 憧は?」

「そりゃ別クラスだし」

「あ、そっか」

ポンと手を叩く穏乃。

小学生まではずっと同じクラスだったが、中学からはクラスが変わってしまった。

……思えば、その時から。

憧の、今朝のような様子を見ることが増えたかもしれない。


「なあ、穏」

「んー?」

「なんか憧が元気ないみたいでさ、後で話聞いてやってくれないか? 男の俺より話しやすいだろうし」

「んー……そんなことは無いと思うけど……わかった!」


元気よく頷く穏乃。

これで、憧の曇りを晴らすことができればいいのだが。

予鈴が鳴っても、京太郎の思考は授業ではなく幼馴染の方向を向いていた。




そっか、中学になったらクラス変わったのか
ってか憧が中学一緒なのはやっぱ京太郎が居るからなのかな

なにはともあれ京太郎が憧のことも思いやってるようで良かった







休み時間。


「ふぅ……」


雉打ちを済ませ、晴れやかな気分で廊下を歩く。

爆弾処理を無事に済ませた後は、誰だって気分が良い。


「……む?」


目の前を歩く小柄な後姿は、見覚えのある――というか、自分の異性の知人はみんな小柄だ。

多くのファイルを抱えた姿は少し危なっかしい。


「あの、手伝いますよ」

「む……」








「ありがと……」

「いいっすよ。むしろドンドンこき使って下さいよ」


鷺森灼。

小柄でおかっぱ頭の彼女を初めて見た時、『こけしみたい』だなんて感想を抱いた事は、墓場まで持っていかなければならない。


「須賀くん……」

「だからいいっすよ、これぐら――」

「ドエムさん?」

「なんで!?」


彼女のノリは、少し独特だ。

レジェンドを前にした時はかなりわかりやすいのだけれど。












灼と一緒に職員室へと授業用のファイルを送り届けた京太郎。

「じゃ、また……」

「うす、次は部活で」


灼と京太郎のクラスも反対方向にある。

振り向いて、自分の教室へ戻ろうとした京太郎は、深刻な表情を浮かべて職員室の戸をくぐる赤土晴絵に気が付いた。

すれ違いになったので灼は晴絵の様子に気付いていない。

自分の机に座り、腕を組み、深々と溜息を吐く晴絵。


「はぁ……」

「どうしたんすか、先生」


その様子が放っておけなくて、京太郎は晴絵に話しかけた。






「なぁ、京太郎? 覚えてる?」



何故か、晴絵に生徒指導室へと連れ込まれた京太郎。

あまり広くない空間に二人きり。

教師とはいえ小さい時から知っている相手なのであまり緊張はしないが。

なんだろう、このままいると。


「な、なにを……?」

「『ハルちゃんスキー! いっちゃヤダー!』」

「そ、それ間違えて酒飲んだ時の……」

「いやー、おもいだしちゃったよ。うん」



大切なものを、失いそうな気がする。



「まさか、その白いのは……!」

「なぁ、お見合いってさ。何だろうね。幸せって、なんだ」

「落ち着きましょう、先生」

「ハルちゃんって呼んでもいいよ。昔みたいに、さ」



いただきます。


そんな声が、聞こえた気がした。



勝ったッ!阿知賀編完!






「なにやってんの、二人とも」


底冷えのする声と共に開かれる扉。

憧が、恐ろしいほどの無表情で立っていた。


「あれ、鍵かけた筈なんだけど……」

「普通に開けたけど。で、何やってたの、京太郎」

「うっ……」


じろり。

憧の目線が京太郎を捕らえる。

責められているわけではないのに、言葉に詰まる。


「言えないようなこと? まさかとは思うけど――」

「し、進路相談! 進路相談だよ、二人で。な、京太郎!」

「え? あ、ああ、うん! そうそう! ちょっとこれからの話を!」


嘘は言っていない。

どちらかと言えば相談に乗っていたのは京太郎で、あまりにも一方的なソレは対話の体を成してすらいなかったが。

嘘は、言っていない。






玄と宥は、姉妹と一目でわかる見た目をしている。

玄が髪の毛を染めてコートとマフラーを着込んだら家族以外には誰も見分けが付かないだろう。

対して、京太郎は全く二人に似ていない。

男と女の違いがあるとはいえ、面影すらない。

そんなことを、酒の席で父親に酌をしながら話したら



「そういや俺と姉さんたちってあんま似てないよな」

「ああ、それな――お前、橋の下で拾ってきたから」

「……え?」



松実京太郎。

齢十五にして知る、衝撃の真実だった。



「す、すごいコト、聞いちゃった……!」



どっと疲れる一日だった。

浴室でシャワーを浴びて、汗を洗い流す。

朝の宥に始まり、昼には晴絵と憧に迫られて、そして先程明かされた衝撃の真実。


「まぁ……でも……」


納得できる部分はある。

まずあの二人と全く似ていないし、それに。

あの二人を、異性として意識したことも――


「……いかん、いかん」


頭を振って邪な考えを追い出す。

血が繋がっていようがいまいが、あの二人は姉だ。それ以上でも以下でもない。


「えっと、シャンプー……」

「はい、どうぞ」

「あ、ども――え?」


えへ、と笑う松実玄。

勿論ここは風呂場であるのだから、衣服など身に付けている筈もなく。


お姉ちゃんが、背中流してあげるね!」

「あったかく、してあげる……」


逃げ場など、あるわけがない。







前には宥が、後ろには玄が。

玄から逃げれば宥が、宥から逃げれば玄が。

二人の姉妹に挟まれて、京太郎はただ縮こまることしかできなかった。


「どうしたの、きょーちゃん?」

「あったかく、できない、よ……?」

「い、いや……だって……」


二人の肢体は京太郎には刺激が強過ぎる。

なんて事、言える筈がない。


「ほら、こっち向いて……」

「や、ダメだよ! 姉さん!」

「なんで?」

「なんでって、そりゃ――」

「何も、問題ないじゃない。血が繋がってないから……」

「っ!! それ、は」

「おとーさんが言ってたもんね!」

「でも、俺たちは姉弟で――」

「でも」

「赤ちゃんは、産めるよ?」



「う、あ、あ……」









響く嬌声も、流れる血も。

浴室の壁に阻まれて、シャワーに洗い流されて。

そこで何があったのか。

知っているのは、松実姉弟の三人だけだ。



――ただ、薄れていく意識の中で。

――最後に、憧の顔が見えた気がした。
















「……」

「どうしたの? 大丈夫?」

「ん、ああ。ちょっと考えごとしてた」

「そう……なら、いいけど」

「……」

「ねえ」

「ん?」

「今度さ、旅行に行かない? 休みにさ」

「あ、ああ。いいな、みんなと――」

「いや」

「え?」

「二人がいい。京太郎と、二人で行きたい」

「……」

「……」

「……そう、だな」



【プロローグ 了】








「メガカツ丼特盛、ねぇ……」


これでもか!と言わんばかりに油でギラギラ光る肉。

米を完全に覆い隠すその存在感は、「美味しそう」の前に「ご馳走様でした」という感想が飛び出す。

以前に運んだ自動卓に匹敵する重量感。

両手でトレーを抱えなければ落としてしまうだろう。

こんなもの、テレビのB級グルメでしか見る機会がないと思っていたが。

高校の先輩のツテで始めたバイト先で見ることになるとは。



こんなものを食う輩は、よっぽどの大食漢に違いない――


「メガカツ丼特盛のお客様ー」

「ああ、こっちだ」

「……え?」




「中々のものじゃないか」

「……え?」


注文を運んだ先にいた女性は、京太郎の想像とは正反対に属する容姿をしていた。

いかにもベテランといった立ち振る舞いの、大人の人。

接客業としてはあるまじきことだが、思わず凝視してしまった。


「む……?」

「あ、すいませ――」

「そうかそうか、君もこの良さがわかるのか」

「へ?」


が、それの何を勘違いしたのか。

上機嫌な様子で、注文を追加するために片手を上げた。


「メガカツ丼特盛――追加で、よろしく」

「え……あ、ああ、はい! わかりま――」

「いや、君は座りなよ」

「え?」

「私の奢りだ。打とうじゃないか、たっぷりと」

「え゛」








何で麻雀喫茶にこんなメニューがあるんだ……。



これは夢だと思いたい……が、目の前のメガカツ丼特盛の油のテカりは否が応でも完食しなければならない現実を思い知らせる。

そう考えても、箸に手が伸びない。


「……ふう、ご馳走様」

「……へ?」


京太郎が攻略の算段を頭の中で巡らせている間に、隣の肉の山が空になっていた。

信じられない。ポカンと間抜けに口が開く。


京太郎の後に新たに卓に着いた常連二人も、これには目を丸くした。


「さて」

「打とうか」


そして、京太郎と靖子と、名前も知らない常連二人とで。

麻雀が始まった。

結果は、


「お疲れー」

「にーちゃん、次はもっと頑張れよー」

「うす……あざしたー……」

「ふむ……」


当然、京太郎の惨敗。

全てにおいて最下位を維持し続けた京太郎と、京太郎を飛ばし続けた靖子。

卓に突っ伏す京太郎と、余裕を持って腕を組む靖子は実に対極的だった。


「なぁ、麻雀部と言ったよな?」

「ええまぁ、ハイ……」

「もしかして、清澄?」

「そっすけど……俺なんてまだまだで」

「いや、それは見ての通りだからわかるよ」

「うぅ……」


ガクリ。

力尽きる京太郎を前に、靖子は一人頷くと、席を立った。



「あぁ……これも、か……」


すっかり冷めたメガカツ丼特盛。

麻雀で神経を使い空腹であるとはいえ、強敵だ。

京太郎は意を決して、箸を手にとった。


「一年に男子が一人いるだろ?」



「……ふむ、指導はちゃんとできているのか?」



「いやいや、嫌味を言っているわけでも攻めてるわけでもないよ」



「ただ、面白いと思ってね」



「ねえ、良かったらその一年……私に、預けてみない?」



「ふふ、色々あるのさ。大人には――ね」








「へぇ、藤田プロ、弟子をとったんですか?」

「まぁ、そうなりますかね? そんな大層なものじゃないですけど」

「よっぽど才能のある子なんでしょうね」

「いや、全然。不要牌をよく引いてますし、むしろその逆ですよ」

「はぁ。じゃあ、なんで?」

「んー……面白いと、感じましたから。陳腐な言葉ですが……彼には可能性があります」

「可能性、ですか」

「はい――これ、写真なんですけど」






――なに、この感覚 。


携帯のディスプレイを通して、須賀京太郎の姿を見た健夜は、ある既視感を覚えた。

そんな筈はない。彼とは会った事もないし話をしたこともない。

……なのに、何故か。

彼の胸に縋り付いて、涙を流したような。

そんな光景を、小鍛治健夜は想起した。







え、ウソ……コレって……?


金髪の彼の表情を見た瞬間に覚えた胸の高鳴り。

それは小学生以来の、とても懐かしい感覚。

鼓動がどんどん大きくなる。頰の紅潮が止まらない。

ウソだよ、ウソウソ! あるわけないよ!

社会人となって、乙女チックな感情は捨てた筈。

だけど、これは。

言い逃れのしようもなく。

きっと、この感情の名前は――






「今度、私も会わせてくれませんか?」


考えるよりも何よりも速く。

そんな言葉が口から出ていた。

靖子の言うような何かを感じたわけではない。

ただ、自分はこの少年に会うべきだ、と。

雀士としての直感と、自分も気が付かない女としての心が。

彼女の口を動かした。






「え? ああまぁ、構いませんが……」


予想以上の三人の食い付きに、若干ひき気味になる靖子。

確かに自分は京太郎に面白い可能性を感じているし、この感覚は間違いではないと確信している。

だがそれは直接彼と打って覚えたもので、解像度の低い携帯の写真から伝わるものではない。

健夜は急に無表情になってしきりに何かを呟いていて、

恒子の顔は明らかに恋する乙女のそれぞれで、

貴子は口調こそ問いかけているものだが、その据わった目付きは拒否することを許さない。



……もしかしたら私は何か間違えたか?

カレーを口に運びながら、靖子は少し後悔した。













「あ! じゃあ私も!」

「はぇ?」


勢い良く手を上げる恒子。

予想外の連続に、靖子は間抜けな声をこぼした。


「ほら、お二人がそんなに注目するって言うなら私も気になりますし? 期待のホープってことで!」

「いや、そんなに期待していくとガッカリしますよ。絶対」

「それはそれで美味しいじゃないですか。片田舎のサクセスストーリーってことで!」

「ふーむ……まぁ、そこまで言うなら」


「あ、それじゃあ私も」

「いやー、すこやんはダメっしょ」

「はえぇ?」


この流れから、健夜も参加することは読めていたが。

それを恒子が否定するとは思わなかった。


「え? どうして……」

「だってすこやん、見た瞬間に襲いそうだし――あ、ゴメン嘘嘘。
そんな怖い顔しないでよ……ゴホン。だってすこやん、来週からチームで出張でしょ? 時間的にも無理だと思うんだけど」

「あ……」

「ま、私がすこやんの分もこの子と話してくるよ!」

「……よろしく、ね」


イキイキと話す相方に、健夜は再び既視感を抱く。

この胸の曇りは、一体。




「……」

そんな外野のやり取りは一切耳に入れず、貴子は写真の京太郎を見つめ続けていた。










女子5人と男子1人で、申し訳ないことに私たちには須賀くんの面倒を見ることが難しいんだけど――安心して、特別コーチを用意したわ。

得意げな久に紹介された雀荘に出向けば、先日出会ったカツ丼さん。

名前は藤田靖子で現役のプロ雀士であるそうな。

先日の飛びまくった京太郎の何処に才能を感じたのかはまるで理解できないが、高いレベルの指導を受けられるのであれば拒む理由もない。


そして今日もいつも通り、放課後に雀荘に出向いたのだが――



「おう、来たか」

「どーも! 始めまして!」

「……」


知らない二人が、座っていた。









いや、一人は知っている。

女子アナの福与恒子。度々テレビ越しに見かける。


「君が須賀京太郎くんだね! 私は福与恒子! よっろしくぅ!」

「あ、はい。よろしく、です」

けれど、彼女がこんなにもフレンドリーに接してくる理由がわからない。

押し売りのような勢いで渡された名刺をポケットにしまい、コクコクと頷く。



「……久保貴子。風越でコーチやってます。今日は、藤田プロのお話をお伺いして来ました」


そしてもう一人。

クールな印象の出で立ちの美人。

靖子の話を聞いてと言うが――



「……」

靖子に視線を向けても、やれやれだと言わんばかりに肩を竦められるだけ。

……まぁ、練習を見てくれるなら。それにこしたことはない。



「よろしく、お願いします」


腑に落ちない気持ちを抱えながらも、京太郎は頭を下げた。







手牌は好調。もしかしたら、この三人が良いものを運んで来てくれたのかもしれない。

いつもは負け越しているが、今回は靖子に一矢報いることができるかもしれない。

少しでも点を高くしようと、京太郎は牌を切り――


「あ、それロン!」

「え――?」

恒子に、振り込んだ。


「須賀ァッ!!!」

「ひっ!?」


貴子の怒号に、全身が萎縮する。


「さっきから見てればよぉ……何だァッ!? その打ち方は!!」

「いや、だって――」

「誰が言い訳しろっつった!!!」

「ひいぃっ!?」

「相手を見ろ! 相手を!! 安易に鳴くな! 藤田プロに教わってるだろうがっ!!!」

「は、はい!」

「……うし、もう一回だ。続けるぞ」

「……はい」

「返事!」

「はい!」


そして、練習が再開されるが――


「須賀ァッ!」

「須賀ァッ!!」

「須賀ァッ!!!」


「……やれやれ」


どっちが師匠だかわからん。

苦笑しながら、靖子はカツを一切れ頬張った。








そして、何度も貴子に絞られながら迎えたラスト。

精神的に参りながらも、集中力は増していくかつてない体験に戸惑いながら対局が進み――


「あ、それ……ロン、です!」

「ほう」


始めて、靖子に振り込ませることに成功した。

点数で言えば非常に安い。

だが、初めて、コーチに一泡吹かせることが出来た。

頬が緩んでいくのを感じる。


「……」

「……あ」


だが、隣にいるのは鬼コーチ。

「こんな低い上がりすんじゃねぇっ!!」と、怒鳴られることを予想して、思わず目を瞑る。



「おー、よくやったじゃねーか」

「……え?」


目を開くと、貴子に頭を撫でられていた。










「教えたことも守ってるし、牌効率も、まぁ悪くはない。点数は……ま、こんなもんだろ」

「……え? え、え?」

「この短時間で大分出来上がったな。今日の教えを忘れんなよ?」

「……えっと」

「返事!」

「はい!」



「ほぇー、あんな優しい顔出来るんですねぇ」

「久保コーチは鬼コーチですが、無意味に怒ることはしませんからね……それにしても少し、甘い気もしますが」

「ふんふん」

「それよりも、京太郎はどうでしたか? あれだけ絞られていましたが」


あんな情けない姿を見れば、きっと百年の恋も覚めるはず。

そう予測した靖子だが、



「いえ! 京太郎くんって、しょげてる時素敵なんですね!! 母性が擽られました!!!」

「あ、ハイ」


恋とは、予測ができないから恋なのである。












全国大会へ選手として出場し、東京を訪れた京太郎だが、大会の日付はまだまだ先だ。

部長の久から自由行動が許されたので、京太郎は練習の息抜きとしてドラマのロケ地を見学することにした。


「はー、スゲぇ。ビルがいっぱいある」


電車に揺られながら、窓の外の景色を眺める。

田舎者丸出しの感想だが、それをからかう部員はいない。



くすっ


が、その初々しさに心を擽られる者はいた。




時間帯のせいか、空いている車両内。

その笑い声はすぐに京太郎の耳に届いた。


「む……」


すぐ側で吊革を握っている女性。

帽子とサングラスが特徴的で、まるでお忍びの――


「……え? はやりん?」


可愛らしい顔立ちと豊満な胸。

よく目を凝らして見れば、その顔には見覚えがあった。

驚く京太郎に対して、女性――瑞原はやりはウィンクを見せ、人差し指を唇に当てる。


――シっ。みんなには、内緒だよ☆


そんな声が、聞こえた気がした。













テレビ越しに見る印象とはまるで違う、生の牌のおねえさん。

こうして直接会うと、やっぱり魅力的で――正直、ときめいた。

ハートに矢が突き刺さるイメージは本当なのだと、京太郎はフラ付きを感じ――


「っ! これ本当に!」

「はやっ!?」


直後、電車にかかる急ブレーキ。

車両全体が大きく揺れる。

せめてはやりだけでも助けようと、京太郎は腕を伸ばした。




「……ってて」

「あわわ……」


揺れが収まり、車内にアナウンスがかかる。

はやりの下敷きになった京太郎は背中を強く打ったが、それ以外にダメージは無い。

はやりは無事だろうか、京太郎は顔を上げて、


「あ……」


絶句する。

はやりを助けるために伸ばした腕が。

その豊満な胸を、


「あん♪」


鷲掴みにしていた。









事故により、近くの駅で停車して運行を中止した電車。

京太郎ははやりに連れられて、近くの喫茶店に入った。


「あの……その……」


頬を染めてモジモジする瑞原はやり。

テレビでは決して見ることの出来ない姿に更にときめく京太郎だが、それを楽しむ余裕はない。

冷房が効いているのに汗が止まらない。


「せ、責任……とってくれますか?」


「……は、はい……」


責任。

賠償金か、痴漢として自首か。

何にせよ、選手としての未来はここで、断たれる。

どうしてこうなった。

善意の行動が裏目に出た京太郎は、涙を流した。







「あ、ああゴメンね! そうじゃないの!!」

「……へ?」

「そうじゃないっていうか、その……」


言葉に詰まるはやり。

京太郎もどう返していいかわからず、互いに沈黙する。


「ゴメンね、キミは、はやりを助けてくれたのに……変なこと言っちゃって」

「え、えっと……」

「お礼がしたいから、また会えないかな?」

「それは……」

「さっきは、ビックリしてて責任って言っちゃったけど……」

「……」

「ちゃんとしたお礼がしたいの。こんな、コーヒー一杯じゃなくて」

「そんな」

「だけど、はやりも仕事があるからあまり時間取れないし……また、会えないかな?」

「……瑞原さんが、それでいいなら」

「それじゃあ、これ。はやりのアドレスだから、後で連絡ちょうだい?」

「はい。わかりました」




一万円札とアドレス。

コーヒー一杯にしては高過ぎるものを置いて、瑞原はやりは去って行った。


「……はあぁぁ……」


息を吐き、ぐったりと椅子に寄りかかる。

何だかよくわからないが助かった。


「災難だった……ん?」


いや、冷静になれば。

アイドルのアドレスゲットした上に、また会う約束まで取り付けたわけで。

しかも、この手が覚えた感触は。


「……へ、へへ……」


自軍の控室に戻って「京ちゃんキモイ」と言われるまで。

京太郎の頬は緩みっぱなしだった。







あるホテルの一室。

床、壁、窓、ドア、ベッド。

部屋の至る所に、ある男子の写真が貼り付けられていた。

それは地方新聞の記事であったり、ブログの写真であったり様々であるが、一つ共通していることは。


「京太郎、くん……♪ 京太郎くぅん……♪」


必ず、須賀京太郎の名前が入っていること。


「あは……♪ 幸せ……♪」


京太郎に全身を包まれている。

写真の海の真ん中に埋もれるはやりは、視覚的な幸せに酔いしれていた。


「でも……足りない……♪」


胸に残る彼の掌の温かさ。

もっと彼を感じたい。

このような虚構の彼ではなく、全身でこの温かさを感じたい。


「京太郎くん…♪ 京太郎くん……♪」


だけど、彼女は焦らない。

京太郎にも幸せになってほしいから。

自分と同じ温かさを共有してほしいから。

その為には、準備が必要だ。

長い長い手間をかけた、準備が。



「あはっ♪」


だから、今だけは。

はやりは、虚構の幸せで妥協した。



はやてえらいことなってるなぁ
こうなってると抱き枕も作ってそう

しかし一番のファンではあるんだろうか?









ちゃんと体重あるんだな、先輩――いや、当然だけど。

今日の「怜係」の役目として、怜をおんぶして廊下を歩く京太郎は、そんな感想を抱いた。




「いーつもすまんなぁ」

「それは言わない約束でしょう、ばーさんや」

「誰がばーさんや、誰が」

「いて」


ぺしり、と頭を叩かれる。

軽いツッコミ程度のもので痛みはちっとも感じないが、それでもいい音を響かせるのは関西人としての才能か。


「確かに、ウチ病弱やけど……」

「ほーら、またそういうアピール。部長に怒られますよ」

「あー、確かに竜華にどやされるのは勘弁やわ。どこのオカンやって感じだし……」

「だーれがおかんや、だれが」


噂をすれば影。

廊下の曲り角から、千里山麻雀部部長の清水谷竜華が姿を現した。


「げっ」

「露骨にイヤそうな顔すんのやめい……須賀くんも、あんま怜を甘やかさんといてな?」

「え、でも怜係ってそういうものだと先輩が……」

「……とーきー?」

「ひゅーっ」

「下手な口笛で誤魔化せると……?」

「京ちゃんあとヨロシク!」

「あっ!」

「待てやーっ!」

ハリウッドよろしく京太郎から飛び降りる怜。

そのまま先程の気だるげな様子をまるで感じないスピードで階段を降りて行く。

それを、鬼もかくやといった顔で怜を追いかける竜華。



「ぜんっぜん元気じゃねえか……」


尚、この後案の定すぐに息を切らした怜が竜華に捕まり。

ついでに、京太郎も一緒に説教を受けることになるが、それはまた別の話だ。





「京ちゃんと付き合うことになったんだっけか――おめでと、りゅーか」

「あは、ありがとな」



下校時刻となり、活動を終えた麻雀部。

夕日も沈み、すっかり暗くなった部室に、竜華と怜の二人だけが残っていた。



「で、話はそれだけ? 京くん待たせてるし、早く帰りたいんやけど」

「いや、京ちゃんのこと誘惑したのかと思ってな? そのやらしいりゅーかボディで」

「あは、なんやそれ」


怜の台詞に、思わず吹き出す竜華。


「それに、『京くん』か。随分露骨になったもんやな」

「やめーや、そういうの――いくら京くんにアプローチしかけて、尽くスルーされとったからって。そんな身体張ったギャグはいらんよ?」

「っ!」

「『ウチもみんなに置いていかれていたから、京ちゃんの気持ちがよくわかる』――だなんて、よー言えたなぁ。京くんとは違ってズルしてるクセに」

「……そんなこと、ない! ウチはちゃんと、京ちゃんのことを思って」

「どーだか、京くんはちゃんと人のこと見てるからな。私を選んだのがその答えや」

「……!」


ぎりっ。

苦虫を噛み潰したような表情で、怜は歯軋りした。




「きょーちゃん」

「何すか――おわ、急に乗っからないでくださいよ」

「ええやん別に。減るもんでもないし」

「ま、まぁ……そうですが」





「仲ええなぁ、二人とも。ホント」






「怜ぃっ!!」

「なんや、やかましい。ウチ、病弱なんでそういうのは勘弁な」

「茶化すなやっ!! 一体どういうつもり!? 京くんは、ウチの彼氏なのに――」

「あー、バラしてもうたのか、京ちゃん。部長にはナイショって言ったのに。マジメやなぁ」


パタン。

竜華の怒りもまるで意に介さず、怜は呑気に読んでいた本を閉じた。


「言っとくけど、先に手を出してきたのは京ちゃんやで。まぁ、ウチも努力はしたけどな?」

「……ウソ」

「嘘のようなホントの話っちゅーヤツや。可哀想になあ、京ちゃん。かなり溜まっとった」

「ウソや、そんな話。聞きとうない」

「先に突っ込んできたのはどっちやねん。それに、竜華にも問題はあるんよ?」

「……」

「大方、高校生のうちはプラトニックな関係を――だなんて、考えてたんやろうけどな。京ちゃんも健全な高校生だったっちゅーことで」


「怜ぃ……っ!!」




激昂しながらも、図星を突かれた竜華は反論することが出来なかった。

以前の怜の発言に悔しさを感じ、そういった行為を『お預け』にしてきたのは事実だったからた。



「『京くんはちゃんと人のこと見てる』……だっけか? まぁ、確かにその通りやね。自分ばっかの竜華よりも、ウチは京ちゃんのこと考えとる。だから京ちゃんもウチに甘えてくれたんやろうね」

「誘惑しといてぬけぬけと……!」

「私よりもずっと立派なもん持っときながら活かさなかったのは誰? そんな身体張ったギャグはいらんよ」

「このっ!!」



乾いた音が室内に響く。

頬を痛々しい赤色に染め、唇の端から血を流しながらも、怜は余裕の表情を崩さなかった。



「大体、なんやねん。付き合っときながらキスの一つもなしって」

「怜が! アンタさえいなければ!!」

「もう後の祭りやね。うち、絶対竜華に負けないもん貰ったもん」


怜の白い手が、そっと下腹部を撫でた。


「……ウソ、やろ?」



絶句する竜華に、怜は何も答えず。

ただ、優しく微笑んだ。





怜、逆転しおった。ナイショ言っても京太郎は竜華に話す男だと怜には解ってたんだろうなぁ

しかしあの発言が奇しくも竜華にあのカードを切らせないことになったわけか
それにしても怜の下腹部を撫でる行為が怖い







「ほら、そんな顔しないできちんと食べないと。お腹の子も保たんよ?」


「いーっぱい食べないとなぁ……。幸せやろ、怜の大好きなもの使ったからなぁ。うちもさっき摘み食いしたし」


「ああ吐くなんて勿体ない! なに考えとんねん!!」


「……ああそっか、産気づくと吐気が辛くなるんだっけ? ごめんなぁ怜、ほっぺ痛かったやろ?」


「あは、ありがとな。怜のそういうとこ、大好きやで」


「勿論、京くんの次に――やけど」


「……にしてもいいなぁ、赤ちゃん。私も頑張ってもらわないと」


「男の子なら竜太郎、女の子なら京華がいいかな?」


「なぁ、怜――どう、思う?」



二人の大好きなもの
正体を知った怜が吐く
吐いたら竜華が殴るくらい大切なもの
頑張ってもらわないと と言ってるから京太郎は生きてる(一応)

足くらいかな(適当)








全国大会一回戦に出場する選手たちのプロフィール。

丁寧にファイリングされたその資料を読み込み、一人頷く女性。

着物に扇子、そして小柄な体躯は一見すると童女にしか見えないが――いざ卓へ着くと、圧倒的な火力で他家を飛ばすプロ雀士。

三尋木咏が、その手に持つ扇子の先である少年の顔写真を示す。


「いやさ、この子なんだけど――」



「わっかんねーんだな、コレが」

「清澄の彼ですよね? 確か、1年の」

「そそ。どうにも腑に落ちないんだよ」

「はぁ……それは、どういうことですか?」


どうせいつもの事だと聞き流そうとしたえりだが、このプロ雀士は打ち合わせの時は真面目であると思い出し、聞き直す。

須賀京太郎。龍門渕を倒したダークホースとして名を上げた清澄高校……の、一年生男子。


「いやさ、なんつーか……打たされてる……って言うのかな。妙なんだよ、チグハグしてる」

「確か彼は今年の春に初めて麻雀を触れたとのことでしたが……彼もまた、何かジンクスを抱えているのでは?」


スポーツにおいて、自分の中に「独自ルール」を掲げて試合に挑む選手は多い。

それは麻雀においても同じで、特に今年のインターハイではそれが多く見られる。

一種のオカルトとも言い換えられる。

そういったプレイスタイルは一見すると非効率な面もあり、他者からは理解されにくい。


「んー? そういうヤツらって変な才能みたいなの持ってるんだけど……むしろ、この子は逆だねえ」

「そうですか? 麻雀を初めて数ヶ月で長野男子個人戦一位ですよ? これを天才と呼ばずに何を天才と呼ぶんですか」

「そこなんだよなぁ」

久保コーチが有能だっただけだな
しかし、同じ教えを受けた者として池田が曇りそうでもあるよな
自分が長くかつ部活でみっちり教わったのに……・ってことで

まぁ京太郎は久保コーチ一人から教えを受けたわけじゃないけど



自分の額を扇子で小突きながら首を傾げる咏。


「ほら、ここ。和了を見逃したり、変なとこで細かいミスがある」

「ふむ……」

「なんだけど、次の試合からは劇的にミスが減ってる。悪いのは引き運くらいだ。この短い時間にしてはおかしいくらいに」

「指導者が優秀だったのでは?」

「清澄なんて無名高に? 顧問もいるみたいだけど、資料を見るにとても麻雀の指導が出来るとは思えないなぁ」

「そこは……やはり、彼が自力で修正したのでは? それとも、最初は緊張で実力が発揮できなかった」

「うーん……」


自分でも、何故ここまでこの少年に拘るのかは理解できない。

しかし、咏の直感は何かがおかしいと告げている。


「よし、決めた」

「はい?」

「ちょいと、彼に会ってくるよん」

「はぁ!?」


じゃ、後よろしく。

そう言い残して、咏は控室を後にした。





「まさか、俺がここになぁ……」



照明とカメラに囲まれた雀卓を見上げ、京太郎は溜息を吐いた。

自分のプレイが全国に中継されるという実感は、未だに湧かない。


「これも藤田さんと……貴子さんのおかげかなぁ」


メガカツ丼特盛一杯の縁がここまで自分を導くとは、まさかバイトを勧めてくれた先輩ですら予想できまい。

そんな風に苦笑する京太郎の背に、声がかけられる。


「へーい、そこの色男」

「へ?」

「そうそう、君だよ、君」

「はぁ?」


あまりにも場違いな声のトーンに、困惑した京太郎が振り向くと――




















三尋木咏という女性は博識であり、それは麻雀に関する範囲だけには留まらない。

日本各地に伝わる「昔話」にも詳しい彼女は、多くの異類婚姻譚も見聞きしてきた。

そうした知識の深さも彼女の強さを支える要因の一つとなっている。

そして。

異類婚姻譚には、「一目惚れ」から始まる話も存在する。

初めてその話を聞いた時、「ありえねー」と笑い飛ばした彼女だが――





「婿養子って興味あるかい?」





いざ、自分が体験する立場になって。


相手の都合も恋愛の駆け引きも、何もかもを置き去りにしてでも手に入れたいものがあるということを、彼女は知った。















「え? はぁ!?」


予期せぬ言葉に、思わず後退る京太郎。

先程の色男発言といい、この着物の女性はそれが目的で話しかけてきたのだろうか。

いや確かによく見れば美人であるし、京太郎の好みから外れる身体つきではあるが育ちの良さそうな雰囲気で、いやしかし美人局というやつかも――じゃなくて。

頭をブンブンと振って逸れかけた思考を正す。

自分はインターハイの選手としてここに来たのだ。

応援してくれたみんなのためにも、問題は起こすわけにはいかない。



「あのですね、何ですかあなたは?」



場合によっては警察沙汰になるかもしれない。

覚悟を決めて表情を引き締める京太郎だが――



「ふふふ……」



その表情がまた、咏の心を掻き乱すことを、京太郎は知らない。















広げた扇子で口元を隠し、妖しく笑う童女のような出で立ちの女性。

その様子が京太郎に物語の中の妖怪を連想させ、警戒心を強くさせる。


――が。



「おお怖い怖い。そんなに睨まないでよ、ちょいとした冗談ってやつだからさ」

「へ?」


パタンと扇子が閉じられる音と共に、雰囲気が一変する。


「噂のダークホースがどんなもんなのか気になってねぇ、職業柄ってやつでさ」

「職業柄って……あっ!!」


先程までの妖しげな雰囲気のせいで気付かなかったが。

この格好にこの身長、そしてインターハイ会場にいる麻雀関係者と言えば――



「ご存知のようだね」

「は、はい! 日本代表チーム先鋒の!」

「そう、三尋木咏とは私のことだ――ってね。よろしく、きょーちゃん♪」



何故だか、最近やたらと有名人に遭遇する。

差し出された名刺を財布にしまいながら、京太郎はそんな感想を抱いた。







――君の麻雀を、私に見せてくれないかい?



咏に連れられて来た雀荘で、見知らぬ三人と卓に着く京太郎。

これが知らない大人が相手だったならば先程の警戒心もあり断っただろうが、相手は日本選抜チームの三尋木咏。

社会的な立場もある彼女ならおかしなことにはならないだろうし、全国大会を前にして高いレベルのアドバイスが貰えるなら受け入れる以外の選択肢はない。

勿論緊張はあるが――相変わらず耳に響く怒号が、京太郎の腕を動かしていた。



「成る程ねぇ……これがカラクリってわけか」



その様子を背後から見守っていた咏は、自分が抱いた京太郎への違和感の正体に気付いた。

彼に覆い被さるように焼き付いている女の影。

さながらマリオネットの糸の如く、京太郎のプレイングを支配している。



「ふーん……」



手に持つ扇子から軋む音がする。

深く刻み込まれた影を今すぐ取り除くことは難しい。

自分の獲物が掻っ攫われた気分だ。

気に入らない。

私のものに、傷を付けた輩は誰だ。

絶対に潰す。



「ほうほう、なーるほど成る程」




内に秘めた感情をおくびにも出さず、咏は京太郎の闘牌を瞳に焼き付けた。







対局が終わり、次は料亭に連れて来られた京太郎。

実家がそれなりに裕福であることを自覚してはいるが、このように格式高い「いかにも」な場所に来るのは初めてだった。


「あの……すいません、こんなご馳走を」

「いいって、君を連れ回してるのはこっちなんだから。それに味なんかわかんないっしょ? 高いだけだもん、ここ」

「はは……」



すぐ近くに包丁を握った料理人がいるにも関わらず堂々とこんな発言が出来る彼女は、間違いなく大物なのだろう。


――ま、他のヤツがいないってのがココの唯一のいいところだけど。



「……で、君のプレイングだけど」

「ハイ!」


背筋を真っ直ぐに正す。

貴重な機会だ、彼女の一字一句逃がさず耳に刻み込もう。


「うん。よっぽど良い指導者に巡り会えたんだろうね、悪くないよ」

「そうですか!」

「ただ――ちょいと、正直過ぎるかなぁ」

「正直、ですか?」

「うん。男子のレベルは女子に比べると……まぁ、言っちゃ悪いけど低いからねぇ。今まではそれで十分だったろうけど」

「……」

「ここは、全国だから。今でも悪くはないけど上を目指すなら、もっと駆け引きが必要になってくるよ」

「なるほど……」

「だから、これ」

「これ?」







「マジっすか!?」

「まじまじ。これも何かの縁だ、大事にしよう」

「おぉ……」


現役ベテランアイドルに日本代表先鋒。

全国大会に来てから、驚きの出会いの連続だ。

マジで御利益あるんじゃないか、メガカツ丼特盛。


「……」


浮かれる京太郎は、目の前の咏が瞬き一つもせずに自分を見詰め続けていることに気が付かなかった。














その後はプレイ中の問題点をいくつか指摘される。

大火力が売りの彼女だが、それを使いこなすことが出来るのは相当に研鑽された技術によるもの。

彼女の指導を必死にモノにしようと集中する京太郎には、繊細な料亭の味はわからなかった。


「ふぅ……今日は、ありがとうございました!」

「え? なに言ってんの?」

「え? だってもう、日も暮れてますし……」

「理論の後は実践あるのみ! まだまだ打つよ」

「いや、でもそろそろ帰らないと」

「心配ご無用。そっちにはもう連絡入れてあるから」

「い、いつの間に……」

「今夜は寝かさないぞ♪」

「お手柔らかに……」



――このあと滅茶苦茶麻雀した。













「一回戦で一位通過か……面白いやつだとは思ったけど、ここまでやるとはなぁ」


海老で鯛を釣るというか、釣り上げたハゼが鯛に突然変異したというか。

最初に京太郎に目を付けた靖子だが、それだけに彼がここまでの奮闘を見せるとは予想できなかった。


「……」

「……どうしました?」

「……いえ」


そして、同じように隣で京太郎の闘牌を見守っていた貴子の様子がおかしいことに気付く。

自分以上に京太郎に入れ込んでいた彼女だからこそ、何かしらの反応はある筈だが。


「……」


眉一つ動かさないその表情からは、何も読み取ることができなかった。

















打ち筋が変わったのを読んだんだろうなぁ
京太郎が勝ったのは強くなったのは嬉しいんだろうけど、それと打ち筋の変化への想いとは別そうだ

しかし、かつ丼さんの中立の位置が客観的でいいな

自分が丹精込めて完成させたミルクパズル。

例えばそれに、赤色の絵の具を数滴でも垂らされたとしたら。

そして、カメラにほんの一瞬だけ映された、うなじの赤い斑点。

それがもし、虫刺されでないとしたら。



「そうですね、後で焼肉でも奢ってやりましょう」

「はは、それはまだ気が早いのでは?」

「そうですね」


貴子は、自分の握り拳に力が入っていくのを感じた。













熱を持った頬を、夜風が冷ます。

道路を通る車の音も、今の京太郎には心地良く聞こえた。


「ふぅー……勝ったんだよなぁ、俺」



控室に戻ったら「祝! 一回戦突破!」だなんてくす玉が用意されていた。

正直、打っている間はまるで白昼夢でも見ているような気分だったけど。

ドアを開けた瞬間に響いた軽い音と振って来た紙で、これが現実なのだと思い知らされた。

いつもは振り回されているけど、こういう時は部長の粋な計らいが素直に嬉しい。



「……にしてもスゲぇな東京、夜なのにめっちゃ明るい」



布団を被って目を閉じても、興奮で高鳴る心臓の音が五月蝿くて眠れない。

気分転換と明日の朝食を買いに行こうとコンビニに出かけた京太郎だが、今まで暮らしていた長野とはまるで違う景色に驚かされる。

この景色を実力で掴み取ったのだという実感に、京太郎は頬を緩ませた。


「!! そこの男子!!」

「はい!?」


しかし、そんな京太郎の思いを吹き飛ばすような声が、背後からかけられた。







バチッ


声に反応して振り向くよりも、速く。


そんな音が聞こえて。


京太郎は、意識を失った。

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最終更新:2026年01月05日 18:42