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――俺は、何をしているんだろう。

「京ちゃんも、来年は一緒に頑張ろう?」


――みんな、頑張ってるのに。

「ま、タコスの恩は返すじぇ」


――俺は、こんなところで。

「……私も、協力しますから。今までのお礼を」


――みんなに、手間を。

「安心せい。時間はあるからな、とことんやろう」


――俺は。

「……今までは、何もできなかったから。せめて、これぐらいはやらせて?」


――俺は。

「あの、先輩?」




――駄目、だ。





「須賀くん」


手を握られている。温かい。

聞き覚えのある声だけど、誰かは思い出せない。

目を開いて確認するのも億劫だ。


「ごめんね。私の、せいだよね」


謝れている。わからない。

思い出せない。誰だろう。

この人は、何で悲しそうなんだろう。


「……私は、側にいるから。何も出来ないかもしれないけど」


口を開くことも出来ない。


「だけど、せめて……私は、私たちは」


頬に何かが伝う。


「ずっと、側で」


それが何かは、やっぱりわからないけれど。


「待っているから。あなたのことを」


ほのかに、あたたかいと、おもった。




【病んだ京ちゃんと彼女たちと】










【宮守篇 プロローグにて】


「ふふ、眠いでしょ? 一杯頑張ったからね。少し眠る?」

「いえ、そんな……」

「大丈夫、ちゃんと起こして上げるから」

「……」

「無理しないで休みなって、ホラ」

「……あれ?」

「ん?」

「……なんだか、むしろ! 元気がモリモリ湧いて来ました!」

「ええ!?」

「こーんな風に! 塞さんをお姫様だっことかしちゃいますよ!!」ガッ

「はぁ!? ちょっと、ここ電車なんだけど!!」

「次の駅で降りましょう! エネルギーがスッゲー勢いで燃えてくる!!」

「ち、ちょっと待って!?」

「命ばくはーつ!!」ダダダダダダダダダダダダダッ

「こ、こんな筈じゃなかったのにぃいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ…………」ダダダダダダダダダダダダダタッ……



【色々間違えた塞さん】





「ふふふ……これで、ずっと一緒だね。京ちゃん」

「よっこらせ」ガラッ

「あ! そんな!?」

「詰めが甘いっつーか、ほんと麻雀以外は駄目駄目だよな。お前」

「うぅ……」

「ま、だから俺が見てやらないと駄目なんだけどさ」なでなで

「えへへ……」

【ポンコツといえばやっぱり】



「うふふ……今日も、こっそり京太郎くんと一緒に寝ちゃいます! 既成事実ってこういうことですよね!」

「こんな真夜中に出歩いて。何してるんすか」

「あ、京太郎くん!? どうして!?」

「まぁ、ちょっと雉打ちに……で、早く戻らないと霞さんに怒られますよ」

「うぅ……」

「……ふぅ。あ、そうだ。ちょっと最近寝不足なんですけど」

「……え?」

「良かったら、抱き枕が欲しいなー。なんて」

「……!」パアァッ

【きっと霞さんもポンコツ】














「異類婚姻譚って知ってる?」

「あ、鎖取れた」

「うそっ!?」

「あーもう、痣になってるじゃないですか。カメラに映らないからいいけど」

「そんな……」

「さて、咏さん」

「……」


「お友達から、始めませんか?」

「……それは、どういうことだい?」

「正直、まだ咏さんがどうしてこんな事したのかは分かりません」

「……」

「……けど、咏さんが俺のことを好きだってのは、わかりました」

「……」

「いきなり、結婚とか言われても困っちゃうけど……でも、俺がここまで来れたのも咏さんのお陰ってのは、わかります」

「……京ちゃん」

「だから、その……話が上手く纏まらないけど……咏さん」




「――お友達から、始めませんか?」




【きよくただしいおつきあいを】



「やっべ、俺もアイツを笑えねーなコレ……」

「あら、新入生?」


校舎の中で迷子になっている京太郎に煌が声をかけたこと。

これが、二人の出会いの始まりだった。


「では、須賀くんも長野から?」

「ええまぁ、そうですけど」

「すばらっ!」

「すばらっ!?」


同じ長野出身で、根は真面目なもの同士。


「おや、まだ明かりが……誰ですか、もう下校時刻は過ぎていますよ」

「あ、すいません! すぐ片付けますんで……」

「あら、須賀くん?」


ある意味で似たもの同士の二人。


「まぁ、何というか……癖みたいなもんですね。気が付くと雑用やってたりだとか」

「ふむふむ、献身的な精神ですね……大変、すばらです!」

「すばらって……」

「ですが、一人で頑張り過ぎるのも良くありません。きちんと周りにも頼ること!」

「花田先輩……」


話してみれば、打ち解けるのはすぐだった。


「花田先輩、少し教えて欲しいところが」

「お任せあれ!」

「……あれ、何だろう。おかしいところは無いのに違和感が」


共通の話題もあり、会話も尽きることがなかった。

「須賀くんは私の後輩とも面識があったんですね」

「すぐにこっちに転校してきたんで、そこまで仲良くはなれなかったですけどね。まぁ、優希のヤツなんかは――」

「……ふーむ」

「……? 花田先輩?」

「いえ、煌と」

「はい?」

「私も、煌と。名前で呼んでくれませんか?」



そして――


「支えたいんです、あなたを。あなたが俺を、助けてくれたみたいに」

「……」

「一人で頑張り過ぎるのは良くないって、言ったじゃないですか。頼ってくださいよ、俺にも」

「……すみません。少し、胸を借ります」



「……花田、その妙に大きな包みは?」

「お弁当です! 京太郎くんも成長期ですからたくさん食べないと!」

「二人の愛妻弁当ってやつか。そりゃ、その量も――」

「いえ、これは須賀くんの分です! 私のはこっち」

「……成る程、須賀のやつが羨ましか」

「あげませんよ?」

「いらなか。見てるだけで満腹ばい」



「……花田、ちかっと痩せたか? 顔色も悪い」

「そう、ですか?」

「うん。そいけん、今日は早退した方がよか」

「しかし、お弁当を届けなければ……」

「そいくらい私がやる。花田はベッドで――」

「駄目です」

「はぁ?」

「これだけは譲れません。私が、絶対にやります」

「……ばってん、その弁当渡したら」

「……はい」




「……後で、須賀のやつに言っとかんとな」







「誰だろ、こんな時間に……煌さん!?」

「メールの返事が無かったので、もしかしたらと思って……やっぱり、部室に携帯を忘れてましたよ?」

「いや、びしょ濡れじゃないっすか!! どうしてこんな」

「携帯無いと色々と不便ですから……くしゅっ」

「ああもう、今すぐ入ってください! 風邪引いちゃいますよ!?」

「でも、迷惑が……」

「そんなこと言ってる場合ですか!」

「あうっ」



「勢いで風呂にまで入れたはいいけど着替えが……」

「ふふふ……このワイシャツ、中々にすばらです!」

「……まあ、先輩がいいなら」



「……布団が一組しかないから仕方ないとは言え……」

「zzz……」

「ね、眠れん……」

「すばらぁ……zzz……」


「……くしゅっ」

「38度、風邪ですね。今日は一日ゆっくりしないと」

「何故に……普通、逆では……」

「鍛えてますからっ!」

「くしゅっ」



「でも煌さん……学校は?」

「恋人を放って勉学が身に入るものですかっ!!」

「はは……こりゃ、梃子でも動かないな……」





「卒業式、か……煌さんも来年は3年生なんだよなぁ……」

「そう言う京太郎くんには後輩が出来ますね」


「お、ここにいたか」

「部長」

「もう部長じゃなか」

「あ……すいません、哩先輩」

「ん。で、最後に須賀と花田に言うことがあってな」

「はい?」

「何ですか?」



「あー、その……くれぐれも、新入生の前では」

「ああ、節度を守れってことですね」

「大丈夫ですよ。俺も煌さんも締めるとこは締めるべきってのは分かってますし」

「私も、京太郎くんのそういうところが好きになりましたから……」

「煌さん……」

「京太郎くん……」

「まるで出来とらん……」





「しかし、それより心配なのは花田の……」



「花田、ちかっと須賀貸して?」

「ええと、何を?」

「一年に雑用ば教える。須賀が一番上手く説明しーゆっから」






「花田、ちかっと須賀貸して?」

「ええと、何を?」

「一年に雑用ば教える。須賀が一番上手く説明しーゆっから」

「ああ、そういうことでしたら」



「そいぎ、また明日ー」

「すいません、お待たしちゃって」

「いえいえ、こうして待つのも楽しいですから……ん?」

「? どうしました?」

「いや……何だか、京太郎くんからいい匂いが……これは、香水? それに……コレは……虫刺されですか?」

「あー……すいません、実はさっき……その、鶴田先輩と転んじゃって……」

「……」

「……それで、その……鶴田先輩を、思いっきり抱き締めたみたいになっちゃって……この首のとこも、その時に……」

「なんとっ!?」

「すいません! でも、決してわざとじゃなくて――」

「怪我は!?」

「――へ?」

「そんなことになってたなんて! 怪我は大丈夫!?」

「あ、ああ……はい、俺も先輩も大丈夫でした」

「ほっ……」

「……」

「まったくもう、そんなことがあったら早く教えて下さい。凄く心配したじゃないですか」

「は、はは……すいません」



「……」












「きょーたろっ♪」

「わっ!? 危ないっすよ、先輩!」

「京太郎がそぎゃんヤワなヤツじゃないのは私がよー知ってる」

「そんなこと言っても……それに、京太郎って」

「もう一年の付き合いばい。京太郎も私のこと名前で呼んで欲しか」

「で、でも……」

「んー? 花田のことなら気にしなくてよか。もう話してある」

「……はぁ、わかりましたよ。姫子先輩」

「花田みたいに呼んでくれんもん?」

「すいません。それは、流石に」

「むー……まぁ、今はそれでよか」



「あ、京太郎くん! 後で明日のお弁当の具材を買いにいきませんか?」

「お! いいですね、荷物持ちなら任せて下さいよ」

「すばらっ! 頼りにしてますよ」




「えへへ……♪」



「んー? 京太郎、どこいくー?」

「どこって……煌さんが熱出したって」

「それで部活サボると?」

「……」

「そぎゃんことしたら花田も悲しむ。花田のこと思うなら」

「……でも煌さんだって、俺が風邪引いた時に」

「……あー、京太郎も頑固もんだったか」

「あの……姫子、先輩?」

「ん。どうしても花田んとこ行きたいなら私ば引きずってけ」

「……はぁ、わかりましたよ。今はメールだけに」

「そいでよか。今は練習!」





「……今は、ね」














「んふふ……♪ 」


「熱か? 痛か? 苦しか?」


「我慢せんでよかよ?」


「おねーさんがまとめて、もらったげるけんね♪」



「あはっ……♪」

「? 随分と、機嫌が良いようで」

「んふふ♪ 貰っちゃったぁ、京太郎の初めて♪」

「まぁ」

「……?」


「あの、どいて貰えます? 明日のお弁当の具材を買わなければ」

「それだけ?」

「はい?」

「自分の彼氏取られたんに、そぎゃんこと言える?」

「むぅ、何と言いますか」

「……京太郎のこと愛しとらんの?」

「それはありえません、が……そうですね。姫子、あなたは哩先輩のことは嫌いですか?」

「ありえん」

「そうです。それですよ」

「……はぁ?」



「好きな人が増えたからって、前から好きな人を嫌いになるわけじゃないでしょう?」





















「それに、今だって私は京太郎くんを愛しています。愛されてもいます」


「……ですが別に、愛されなくても良いんです」


「京太郎くんも男の子ですから。私より魅力的な女性を好きになることもあるでしょう」


「むしろ、心配なのは……京太郎くんが私を気にしてその人を心から愛せなくなることですね」


「だって、そうでしょう? 想い人が自分を引きずって幸せになれないなんて……とても、悲しい」


「勿論、その時が来れば私は京太郎くんの前から消えるけど……陰ながら、彼には見えない場所で一生を支え続けます」


「私を踏み台にして彼の幸せが守られるなら……これほど幸せなことはない」


「だって、それが」


「愛するってことでしょう?」





「それでは、私はここで。セールに間に合わなくなっちゃいますから」

「ふふ、今日は彼の大好きなオムライスなんですよ♪」




【きっとそれは、とても幸せな 了】

















【ポンコツ白糸台 プロローグより】



「こんな風にメディアを使って、外堀を埋めるやり方をするなんて」

「……それは、私の京ちゃんに勘違いして近付く奴が多いから」

「私の、か。彼の好みとは随分と遠い位置にいる、お前が?」

「っ!!」


「……だって」

「?」

「だって、全然気付いてくれないんだもん!! ずっと前からアプローチしてるのに!! 」

「!?」

「ぎょうぢゃ゛ん゛のバカ゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛っ!!」

「ちょ、照!?」


「あーあー、泣かしちゃった」

「あ、茶柱」



「ほら、ホットチョコレートだ」

「……」ズズッ

「落ち着いたか?」

「……」こくっ

「……ま、まぁ、こうなったら直球でいくしか無いだろう。お前の身体つきは彼の的からは外れてるわけだし」

「……寄せて上げてるくせに」

「……」

「着痩せの逆のくせに」

「……照」

「……菫」


「なぁ、私にも一口くれよ」

「ごめん、今ので品切れ」

「……自分で淹れるか」



「バッカみたい」

「ん? 何か言ったか?」

「んーん? それより早くカラオケいこーよ」

「……お前なぁ」




【チーム虎姫は今日も平和です】





「おはようございます!」


朝、目が覚めたら一面金世界だった。


「……」


確か昨日は宿題を終わらせて、参考書を枕元に置いて寝た筈だ。

それに、こんな目に焼き付くようにギラギラ眩しく光るシャンデリアなんて京太郎の部屋にはない。

枕やベッドもここまで手触りの良い上等なものではなかった筈だ。


「……夢、か」


きっとこれは夢なんだ。

目が覚めたらいつも通りカピバラを撫でて、カバンにテキストを入れて、ダラダラ登校するんだ。

そう結論付けた京太郎は、布団を被り直し――


「起きなさい!!」

「ぐえっ!?」


透華のボディプレスの直撃を受けることになった。





「まったく、いくらなんでもあり得ませんわ。この私を前に二度寝など」

「そう言われましても……」


正直、現実に脳が追い付かない。

気が付けば寝巻きもどこぞの富豪が着るようなバスローブに変えられていた。

それなりに実家が裕福であることを自覚している京太郎でも、この贅沢の限りを尽くした部屋には萎縮してしまう。


「あの、どういうつもりかは分からないけど……そろそろ、家に帰らないと」

「?」

「いや、なぜそこで首を傾げる」

「いや……おかしなことを言うなと思いまして」

「はい?」

「だって、帰るもなにも……ここが、あなたのお家でしょう?」

「……は?」


透華の言葉が、理解できない。


「……どうやら、互いに認識の違いがあるみたいですわ」


透華が腕を組んで溜息を吐く。

それはこちらの台詞だと、京太郎は言いたくなった。











「ハギヨシ」

「はっ」


透華が指を鳴らすと、長身の執事服を着た男性が姿を現した。

扉を開けて入って来たわけでも、物陰に隠れていたわけでもない。

まるで魔法使いのように、急に意識の中に入って来たのだ。

ハギヨシと言われた男がリモコンを操作すると、天井からスクリーンが降りて来た。

その動作に合わせて床の一部が開き、プロジェクターがせり出て来る。


「なんつー……」


この部屋だけで自動卓がいくつ買えるのだろうか。

京太郎は目眩を感じて額を押さえた。


「ふふふ……私の考えた仕掛けに、声も出ないようですね」

「もう……それでいいです」


このお嬢様を理解できる日は来るのだろうか。

京太郎がツッコミを放棄すると、ハギヨシの準備が整ったようだ。


「こちらが、京太郎様の昨日までのお住まいです」

「……え?」


そして、スクリーンに投影された映像に、本当に声を失った。

「正確には、昨日までのお住まいの、現在の様子……ですが」


ハギヨシの声も耳に入らない。

人工衛星によって撮影された、見覚えのある景色。

昨日まで京太郎が通学路として通っていた風景。

違う箇所があるとすれば、ただ一点。


「俺の……家が」

「ですから、あなたのお家はここです!」


昨日まで寝泊まりしていた自分の家が。

まるごと、更地になっていた。


「どうして……」

「面倒ですもの、一々会いに行くのが。だったらこうして同じ家にあなたを連れて来た方が効率的ではありませんこと?」



京太郎は、隣に寄り添う彼女が自分とはまるで違うということを、改めて思い知らされた。








「ご家族やペットについては御心配なく。我が龍門渕によって今まで以上の環境を提供していますわ」

「は、ははは……」


力を抜いて、ベッドに身を預ける。

上質で柔らかいシーツが、京太郎の身体を包み込んだ。


「ふふふ……気に入っていただけようで何より。なにせ、あなたが一生を過ごす部屋ですもの」

「……え?」

「ああ、勘違いなさらぬよう。この屋敷の敷地内、という意味ですわ」

「それは」

「最高の設備に最高の環境。外に行く必要があって?」

「でも、買い物とか」

「この部屋を見てまだ足りないものがあると?」

「……学校、とか」

「それも抜かりなし、ですわ! 我が龍門渕によって最上級の通信教育が揃っています!」

「……」

「そ、それに……その、殿方は……色々とお困りになることがあるとお伺いしましたが……」


急に、乙女のように頬を赤らめ指を組む透華。

しかし、京太郎にはその様子を気にしている余裕はない。


「ハ、ハギヨシ! 席を外しなさい!」

「……」


透華の言葉通り、ハギヨシは無言で頭を下げて部屋から出て行く。

最後に京太郎を一瞥した瞳に哀れみの感情が混ざっていることは、誰も気が付かない。


「……コホン! 私が! 責任を持って処理しますから!」


京太郎の服に手をかける透華。

抵抗する気力は、湧いて来なかった。

























「ツいてないよな、お前も……ま、犬に噛まれたものと思って諦めてくれや。相談があれば乗るぜ? オレも、お前のことはけっこー気に入ってるからさ」


「あはは……透華の思い付きは凄いからね、いつも。でも、ボクも君のことは好きだからさ。抜け出そうなんて、思わないでほしいな」


「……息抜きがしたいなら、いつでも来て。ネット環境なら、この部屋な世界でも有数だから」


「キョータローか! 気に入ったぞ! 一緒に遊ぼう!! ずーっとな!!」




「最高の友人たちに、最愛のあなた」

「ああ――きっと、この世にこれ以上の楽園はありませんわね」

「ふふ、あなたも――そう、思うでしょう?」




【きっとずっと、いつまでも 了】









――4月1日、入学式。

桜の花びらが新しい始まりを告げるように舞い散り、白糸台高校も多くの新入生を迎えていた。

そして、京太郎もその内の一人として、片手のプリントの指示通りに自分のクラスに向かっていた。


「ふぁ……」


込み上げてきた欠伸を噛み殺す。

昔からの知り合いは一人もいない環境だが、不安はない。

なんだかんだ言って上手くやっていける自信はある。

ただ一つ、心配があるとすれば。

長野においてきたアイツは、上手くやっているだろうか――



「京、ちゃん?」

「え?」



『京ちゃん』


自分をその名前で呼ぶ女の子は、そう多くはない。

それに、聞き覚えのあるこの声は。


「うん。やっぱり、京ちゃんだ」


振り向けば、クスリと笑う彼女の姿。

見覚えのある特徴的な髪型。

懐かしい記憶が掘り起こされる。

これが間違いでなければ、彼女の名前は――


「……照さん?」

「久しぶり、だね」


宮永照。

長野に置いてきた幼馴染の、姉だ。







「久しぶりですね」

「京ちゃんも白糸台に来てたんだ」

「はい、色々あって……でも、咲のやつが――」


直後、校内に鳴り響く予鈴。

新学期一番最初のホームルームが間も無く始まることを知らせる音に、京太郎の言葉は遮られた。


「……ほら、京ちゃんも行かないと。新入生がいきなり遅刻だなんて、大変だから」


予鈴に掻き消された為か、今の京太郎の台詞がまるで耳に入らなかったかのように。

照は、一年生の教室の方向を指差して、京太郎に先に行くように促した。


「……それじゃあ、また後で」


その態度は腑に落ちないが、急がなくては遅刻してしまうのもまた事実だ。

納得はいかないものの、京太郎は照に頭を下げて、急ぎ足で自分の教室に向った。




「……」


その後姿を見つめながら、照は自分の胸の内に芽吹きつつあるモノを感じた。

頬が緩み、口角が吊り上がる。

チームメイトにも、マスコミにも見せたことのない、花開くような微笑み。


「京、ちゃん」


ホームルームが始まっても尚、教室に来ない来ない照を怪訝に感じた同級生が迎えに来るまで。

照は、その場に立ち尽くしていた。










……あれから、何度問い詰めても。

咲の名前が出る度に、照はまともに答えてくれなくなる。

家族の事情に赤の他人が入るのは野暮だ。

だが、それが分かっていても――京太郎は、照を放っておけなかった。


「……あ、もうこんな時間か」


下校時刻を知らせるチャイムと、暗い空。

白糸台麻雀部の入部テストを辛うじて潜り抜けた京太郎は、新入生の役目である雑用に勤しんでいた。

照を追い掛けて入部したはいいが、麻雀に関してはまるで才能の無い京太郎。

当然ながら、一軍のエースである照と触れ合える機会は無い。

だから、こうして最もヒエラルキーの低いものに与えられる役目をこなしている。


「ハンドボールの経験が麻雀に活かせれば……なーんて、なぁ」


「……ん? 誰か、残っているのか?」



今日は顧問の不在やメンバーの欠席等、様々な要因が重なって部活動自体は早めに終わった筈。

菫自身、図書室で自習を済ませた後で忘れ物に気が付かなければこうして部室に来ることもなかった。

だと言うのに、部室に灯りが点いている。誰かが居残りをしているようだ。


「感心なことだが……ふむ」


部室からは殆ど音が聞こえてこない。

麻雀をしているわけではないのだろう。

部内のPCでネット麻雀をしているのかもしれないが、その話は聞いていない。

既に下校時刻を知らせるチャイムは鳴っている。

伝統ある白糸台の部長として、この状況を見過ごすわけにはいかない。

意を決して、菫は部室の戸を開き――


「何……だと……?」


――心を、弓矢で撃ち抜かれた。










蛍光灯の灯りを受けて煌めく金髪。目を離せない。

高い身長と引き締まった体躯。あの腕に抱き締められたい。


「あ、部長?」


そして聞き心地の良い声。もしこの口から、愛の囁きを聞くことが出来たのなら――


「あの、どうしました?」

「はっ!?」


気が付けば目の前に彼の顔。

脳内で彼と結ばれる瞬間まで想像していた菫は、一気に現実まで引き戻されて後退った。


「ん、ゴホン! 今日の部活動はもう終わった筈だが?」

「え? でも、一番下手なヤツが最後まで残って雑用をするものだって、先輩が」

「……ほう?」


自分の鬱憤を新入生で晴らすような屑。

しかもそれを、よりによって彼に押し付ける輩がいるらしい。


「……私は3年間この部にいるが、そんな話は始めて聞いたな」

「え」

「ふむ、わかった。次からはそのような話が出たら必ず私の元にまで来るように。分かったな?」

「は、はぁ……はい」


素直に頷く彼に、菫は満足して腕を組む。

そうだ、それでいい。

お前は、私のことだけを見ていればいい――





「だが、気に入った」

「はい?」

「投げ出さずに最後までやり抜くのは立派じゃないか、うん」

「まぁ……そんな、大したもんじゃないっつーか」

「謙遜しなくてもいい。それはきっと、いつか君の為になることだからな」


菫はいったん京太郎から視線を外すと、部室の机に置き忘れていた携帯を手に取った。


「アドレスを交換しないか?」

「え!?」

「同じことがあったらすぐに私に連絡してくれ。顧問の先生にも伝えよう」

「あ、ああ。そういうことでしたら……」


彼もポケットから携帯を取り出し、菫とアドレスを交換する。

須賀京太郎――赤外線通信で送られて来たプロフィールを見て漸く、菫は彼の名前を聞いていないことに気が付いた。


――そうか、彼が『京ちゃん』か。


チームメイトがしきりに口にしていた名前。

あの照が気にかけるのだから相当な人物なのだろうと予想していたが、確かに彼ならば頷ける。


――だが、悪いな照。彼は、私のものだ。

――お前には、勿体無い相手だ。


菫はそっと、カバンのポケットに携帯をしまった。

















――なに、遠慮することはない

――で、君は大体どの時間帯が空いている?

――ふむ、なるほど。ところで、君の好きな食べ物を教えてくれないか?

――ふむ、好きな映画は? 本は読むか?

――もし良かったら、私の――



「……これ、途中から部活関係ないような」


この後も何十通と続くメールのやり取り。

お陰で少し寝不足だ。

携帯を閉じて、京太郎は溜息を吐いた。


「……ん?」


爪先が軽く、何かを蹴飛ばした。

陽の光を受けてキラリと光るソレを拾い上げてみると――


「これは……ルアー、だっけ?」


釣りに疑似餌として使う道具。

何故かそれが、廊下に落ちていた。






摘み上げて見てみる。

プラスチック製の魚。銀色に光る針が付いている。

うん、どう見てもルアーだ。


「何故に……?」


まさかこんなところでフィッシング、なんて洒落込む人はいないだろう。

そして白糸台には釣り部なんてものは存在しないし、余計に疑問は深まる。



「あ、それは!」


京太郎がルアーを摘み上げて突っ立っていると、廊下に元気の良い女子の声が響いた。

振り返ると――










「ありがとう、君が拾ってくれたのか」


女子にしては短い髪。

運動系の部活に所属していそうな印象を受ける容姿だが――確か、彼女も。


「亦野先輩」

「お? どこかで会ったっけ?」


白糸台麻雀部の、一軍だった筈だ。


「いえ、俺も麻雀部なんで」

「あー、成る程! じゃあ私の可愛い後輩ってところか」


ハキハキと元気の良い声。

白糸台の女子では始めて話すタイプの人だ。


「まぁ、何にせよ助かったよ。この前、友達と一緒に釣りに行ったんだけどさ、学校で待ち合わせたのはいいけど、ソレをどっかで失くしちゃってたんだ」

「あー、道理で」


こんな場所にこんな物が落ちているわけだと、京太郎は納得した。


「やっとスッキリした。ありがとな」

「どういたしまして」



ルアーを受け取って去って行く誠子の後姿を見送り、京太郎も自分のクラスに戻った。







「須賀くーん、お茶淹れてよー」

「ハイハイ」


同級生にせがまれて給湯室へ。

初めは雑用の一環としてやっていたことだが、何度も繰り返しているうちに楽しくなってきた。

今では自腹で用意したものをこっそり棚に置いていたりする。

さて、今日はどのお茶を――



「……」




「……」

「あの、先輩?」

「……」


京太郎の問いかけに、尭深は答えない。

ただ無言で、京太郎から奪い取ったポットと茶葉を使い、本来なら京太郎が淹れる予定だったお茶を淹れている。


「……お茶にも、ちゃんとした淹れ方があるから」

「へ?」


手際良く作業を進めながら、尭深が口を開く。


「自分で買ってくるくらいなら、もっとしっかりやったほうが良いと思う」

「バレてましたか……」


中々に上達してきたと思っていたが、尭深からすればまだまだなようだ。

尭深の淹れたお茶は、京太郎が自画自賛するものよりも、ずっと美味しかった。

同じ茶葉なのにここまで味が違うのか――と、京太郎は自分の未熟を思い知らされた。


「……」


そんな京太郎を眼鏡を通して見つめながら、尭深はマイペースにお茶を啜った。











「じーっ……」


春の陽気に耐え切れず、転寝していた京太郎が目覚めて一番最初に目にしたものは、自分を見詰める緑の瞳だった。


「……」

「じーっ……」


距離が近い。

少し動けば鼻先が触れ合うだろう。


「……」

「じーっ……」


それでも京太郎が何も言わなかったのは、未だ頭が覚醒しきっていなかったからだ。

そんな京太郎に対して、この緑の瞳の持ち主は――






「金髪だ!」

「……まあ、うん」


何言ってんだコイツ。

それが、京太郎のこの女子に対する第一印象だった。


「うーん、テルが気にするヤツっていうから見てたけど……」

「……」

「うん! 金髪だ!」


それはあんなに詰め寄って見なくても気が付くだろうと突っ込みたくなったが、今の京太郎の中ではそれよりも寝起きの気怠さが優先された。


「まー、しょーがないかー。私と同じ金髪とあらばテルーもほっとけないよね!」

「……」


腕を組みウンウン頷く金髪女子。

「あ、コイツアホだ」と、寝起きで頭が上手く回らない京太郎でも、それだけは強く感じた。


「よし!」

「へ?」


手首を強く握られる。


「打つぞー! どっちが真の金髪を賭けて勝負だ!」

「はぁ!?」


拒む暇もなく、京太郎は金髪の女子に連れられて教室を出て行った。









「弱い!」

「うぐぐぐ……」


真っ白に燃え尽きて卓に突っ伏す京太郎と、腕を組んで勝ち誇る淡。

同じ金髪同士でも、二人の様子は対照的だった。


「うーん、あっさり勝っちゃったけど……テルーはこんなヤツのどこがいいんだろ?」


「知りたい?」


「あ、テルー! 私勝ったよ!」

「知ってる。見てたから」

「テル……?」


照の様子が少し変だ。

マスコミに向けたものとも、身内に向けたものとも違う、完全なる無表情。

少なくとも淡は、照のこのような顔を見たことは一度も無い。


「淡、打とうか」

「へ? 良いけど」

「……」

「え? 何か言った?」

「別に」



――数時間後、真っ白に燃え尽きた金髪頭が仲良く二つ並んだそうな。








「京ちゃん」

「なんです?」

「読んでみただけ」

「……」



「な、なぁ須賀くん。君の好みはどれだ?」

「……あの、麻雀の指導では?」

「ああ、君の趣味嗜好を知ることでスムーズに教える事ができるんだ」

「マジかよ……」



「今度、釣りに行かないか? 道具一式は貸すからさ」

「マジすか! 行きます行きます!」

「はは、頼むから釣りの時はもうちょっと抑え目にな」



「紅茶も緑茶もちゃんとした淹れ方があって、ちゃんとした考えがあるの……」

「へぇー」

「須賀くんも、やってみて」

「はい!」



「きょーたろー!! 勝負しろー!」

「おわっ!? 引っ付くな鬱陶しい!」

「なんだとー!!」


「……」


















こうして京太郎は、チーム虎姫の5人と出会った。

勢いに任せて始めた麻雀だが、この5人のお陰で何だかんだと上手くやっている。

――だが。


「……」


京太郎は、気が付かない。

自分の周りの変化に。

自分の周りの女子が、自分のことを、どう考えているのか。

自分のことで手一杯な今の京太郎に、気付く余裕は、ない。




【白糸台出会い編 了】





――ああ、まただ。


京太郎は、全身の自由が失われていく感覚に目を閉じた。


首を絞める鋼鉄の輪。

手足を縛る冷たい枷。

自分にしか見えない無機質な鎖。



「京ちゃん、お腹痛いの?」

「いや……何でもない」

「何でもない……って」


幼少時から続くこの感覚は、誰にも共有する事は出来ない。

不安気に顔を覗き込む幼馴染にも理解はされないだろう。


「本当に、大丈夫だから。ちょっと考え事してただけだ」

「ん……なら、いいけど」


この繋がれた鎖の先に、何があるのか。

それを知る日は、来るのだろうか。



「ほら、そんなとこで本読んでたら目ぇ悪くなるぜ」

私には、幼馴染がいる。

「だからって外に出てまで本読むヤツがいるかよ……」

人の気持ちなんか知らないで。

「が暮れてもまだ読んでんのか……スゲぇよお前」

ズケズケと入って来て。



「ほら、コレ。風で飛ばされてたぞ」

放って置けばいいのに。

「やれやれ、本当面倒くさいなお前」

それはこっちの台詞なのに。

「よっと……気持ちいいな、風」

何故か、いつも隣にいて。

「ほら、タオルケットとか。このぐらいはあった方がいいって」

世話を焼いてきて。

「……そろそろ帰るか?」

それが、当たり前になっていた。


そんな男の子が、一人いる。





「ほら、この本だろ?」

「背が低くて届かないって……そりゃ本ばっか読んでるからなぁ」

「ちょっとは外に出て運動くらい――あ、失礼」

「……へいへい。お姫様は人使いが荒いことで」


その男の子は本当に無神経なのに。


「……その、さ」

「俺には……お前がなんでそんな顔してるのかは分からないけど」

「ああ、うん……言わなくてもいい。けど」

「愚痴ぐらいなら、聞くぜ?」


一緒にいても、嫌じゃない。



「お前はダメダメだからなー」

「……え、マジで? 料理できんのお前」

「今度食わせてくれよ」

「……ああハイハイわかったわかった。買い物でも何でも付き合うよ」

「全く、面倒くさいお姫様だこと」


何となく、これからも一緒にいるんだって。

そう、思ってた。





「……今度、引っ越すことになった」

「九州の方だって、一月後に」

「……嘘じゃねえよ。冗談で、こんなこと言わない」



なのに。


「多分、暫く戻って来れない」

「カピーも向こうで設備が整うまで知り合いに預けるってさ」



どうして。


「だから、こうするのも……」



そんなこと、言うの――

「……そんな顔すんなって、今生の別れじゃないだろ」

「でも……」


今にも泣き出しそうな咲の顔。

京太郎にとって、彼女のこの表情は何よりも苦手だった。

だから、京太郎は――


「うりゃっ」

「わっ!?」


両手で咲の頬を包み込む。

そのままこねくり回す様に手を動かす。

モチモチの感触が弄くってて楽しい。


「手紙、書くから。毎日は流石に無理だけど」

「……」

「あと、メールも――ってお前携帯持ってなかったか。まぁ、手紙にアドレス書いとく」

「……」

「それにSkypeとか、ビデオチャットとか、色々あるんだ」

「……京ちゃん」

「……咲?」


手を降ろす。

咲の両肩がプルプルと震えて――


「仕返しっ」

「甘い」

「ひゃんっ」


――飛び掛かって来たので撃墜する。

彼女の行動など既に読み切っているのである。
















車の窓から覗ける景色が段々と知らないものに変わっていく。

長野に残した咲のことは心配だけれど、京太郎にも自分の生活がある。

彼女ばかりを気にしてはいられない。


「……やっぱり、か」


新しい環境への不安と期待。

京太郎の胸の内を読み取ったかのように、あの鎖が喉に巻き付く。

獲物を見付けた蛇のようだと、京太郎は思った。


――心なしか、道が進むにつれて、鎖の締め付けが強くなっているような。

そう考えたところで、鎖に身体の自由を奪われた京太郎には何もできない。

拘束に抗うことも考えることも放棄して、京太郎は目を閉じた。




九州の新居に着き、引っ越し後の荷解きを終えた夜。

新しく買った机を前に、京太郎は唸っていた。


「うーむむ……」


咲に手紙を送るとは言ったものの、いざペンを手に取ると何を書けばいいのかが分からない。

これが携帯のメールならばもっと気安いやり取りが出来るのだが、今手にしているのはシャーペンと便箋。

一言二言で済ませるのは何となく勿体無い気分になる。


「あー……わからん!」


考えるのが面倒になったのでペンを放り投げて背伸びをする。

全身からペキパキと小気味の良い音が響く。

引っ越しの手伝いで重たい荷物の持ち運びを繰り返し行ったことで、身体が疲れていた。

眠気もあり筆も進まない。


「……また明日にするか」


明日に少し、家の周りの散歩をしてみよう。

その方がアレコレと考えるよりも、話のネタが出て来るような気がする。


「……」


布団を被り目を閉じる。

何処からか視線を感じた気がするけれど、今はそれより眠気が勝る。

明日から始まる新生活への期待と不安を胸に、京太郎の意識は落ちて行った。



そして翌日。

よく晴れた青空の下、見知らぬ風景を前に京太郎は立ち尽くしていた。


「やべぇ……」


――迷子になった。

携帯と財布を持って意気揚々と出掛けたものの、帰り道がわからなくなった。

頼みの綱の携帯はバッテリー切れ。昨夜に充電し忘れた。

道を通り過ぎて行く車の音が無情に聞こえる。


「俺もアイツを笑えねえな……」


こんな時に脳裏に浮かぶのは幼馴染の困り顔。

放って置くとよく迷子になる彼女の気持ちが少しだけ理解できた。

ただこの場合、彼女と異なるのは、迷子になっても助けてくれる存在がいないことで――


「なんばしよっと?」

「……はい?」








長い髪を二つに纏めた少女――白水哩に先導されて道を歩く。


「すいません、ホント」

「気にせんでよか」


買い物に出掛けたところ、いつもの道に見知らぬ男が困り顔でウロウロしていたので気になって声をかけてみた、とのこと。

引っ越して来たばかりで道が分からず迷子になったと正直に話すと、哩が道案内をしてくれることになった。


「そいに、私の後輩にも一人長野から来んしゃったのが居る」

「へぇ」


所々に訛りはあるが、余所者の自分にも聞き取れるように配慮して話しているような話し方。

見知らぬ土地でも親切な人はいるものだと、京太郎は胸が温かくなった。


「……そうだ」


帰ったらコレを手紙のネタにしよう。親切な人がいた、と。

もしかしたら長野にもこの人みたいに親切な人がいて、お前が迷子になっても助けてくれる人がいるかもな――なんて。

手紙の文面を頭に思い浮かべながら、色んな意味で出掛けてみて良かったと、京太郎は思った。


「ここばい!」

「ありがとうござ――え?」


そして、少女に先導されて辿り着いた場所。

そこは、自分の家の近所ではなく、これまた見知らぬ建物の前だった。














「ごめん!」

「ああいえ、そんな謝らないで下さいよ!」


テーブルを挟んで頭を下げる哩を慌てて止める。

どうやら道案内をする筈が、いつもの感覚でつい友達を招くように自分の住む寮に連れて来てしまったらしい。


「ぬっか日にこんな連れ回して……」

「いえ、そんなことは」


哩に出された麦茶を啜る。

確かに、春先にしては暑い日の中で必要以上に歩き回ることになったが、こうしてお茶を淹れて貰った上に携帯の充電までさせて貰っているのだ。

これで文句を言おうものなら罰当たりというものである。


「折角張り切ったのに……」


だがしかし、当の本人はそう思ってはいないようで。

出会った時のクールな印象とは打って変わってしょげている哩に、京太郎の頬が緩む。

――意外と抜けたところがある人かもしれない。

美人な人だけあって、その仕草から生まれるギャップは中々のものだ。


「あ! お茶お代わりいる!?」

「ああいえ、大丈夫で――」


そして、どうにかして挽回しようと躍起になっているらしかった。

頭を上げたかと思うと、空になった京太郎のコップを持って、止める間もなく台所に向かう哩の姿に言葉を失う。


「九州の女性って強引な人が多いのかなぁ……?」


手持ち無沙汰になった京太郎は天井を見上げて――急激に訪れた眠気に負けて、意識を失った。







「……本当に、ありがとうございました」

「そいぎ、また今度ー」


玄関で手を振る哩に頭を下げて、女子寮を後にする。

京太郎の目が覚めた時にはすっかり日も暮れていて、充電の完了した携帯には両親からの留守電とメールが残されていた。


「いい人……だったなぁ」


哩から見れば自分は初対面であるにも関わらず自宅で爆睡した男だ。

それなのに風邪を引かないようにタオルケットまで掛けてくれて、気遣ってくれた。


「綺麗な人は心も綺麗だとか――くしゅっ」


柄にもないことを呟いて、吹いて来た風に身を震わせる。

昼間は少し暑い日だったが、夜は少し肌寒い。

寝汗のせいか首筋も湿っているし、少し窮屈な体勢で眠ったせいか体が締め付けられたような感覚がある。


「……ちょっと速く帰るか」


携帯を開き、自分の家までのルートを検索する。

きっかけさえあれば、自分の通って来た道は思い出せる。

少しだけ歩く速度を早めて、京太郎は家に帰った。



「……」


遠くから自分を見つめる瞳と、鎖の擦れた音。

まだ、気が付かない。






その日の夜。

自分の部屋で机に向かう京太郎の筆の進みは、昨夜よりも速い。

体のダルさはあるが、昨日ほど疲れてはいないし、何よりもネタがある。


「哩さん、また会えるかな……ん?」


咲への手紙をキリのいい所まで書き終えて、椅子に背中を預けるとジーンズのポケットに違和感を覚えた。

財布と携帯以外に、ポケットに何かを入れた覚えはないが――


「……え゛?」


ジーンズのポケットから出て来たものに、絶句する。

黒い下着。女性のもの。絶対に母親のものではないことは断言できる。


「つーことはだよ……コレって……」


今日、哩の部屋に上がった時に偶然紛れ込んだとしか考えられない。

だとすると、コレの持ち主は――


「うわ……」


ずるりと、顔を真っ赤に染めて椅子から滑り落ちる。

心臓がバクバクする。


「……どーすりゃいいんだ、コレ」


親には絶対に言えない。

勿論、咲への手紙にもこんなことは書けない。

持主に返すにしてもどう渡せばいいのか。

母親に「さっさと風呂に入れ」と部屋のドアをノックされるまで、京太郎は床の上で大の字に寝転がっていた。






……今度、部屋に行った時にこっそり置いて来よう。


一晩悩んだ末にそう結論付けて、京太郎は再び哩の部屋に行くことに決めた。

お礼ということで菓子折も持っていけば不自然ではない筈だ。

色んな意味で眠れない夜を越えて、哩の住む女子寮を訪れた京太郎だが、


「あ、白水さんいないんですか……」


運悪く、哩は出掛けているらしかった。

菓子折については受付に預ければ渡してくれるらしいが、それでは例の下着が返せない。

まさか菓子折に下着を添えて渡す訳にもいかない。

京太郎が首を傾げて悩んでいると――


「部長に何か用?」


一対のヘアピンで髪を留めた女子に、声を掛けられた。




事情を話した京太郎は――勿論下着の件は伏せたが、鶴田姫子と名乗る少女に連れられて再び哩の部屋に訪れた。

どうやら彼女と哩は同棲しているらしく、いつもは二人一緒にいるとのことだが、今日と昨日は偶然巡り合わせが悪いようだ。


「君が須賀くんね。部長から話は聞いたけん、ゆっつらーとしてて?」

「ああいえ、お構いなく」


菓子折を渡すと、目の前に出される麦茶。

お構いなく、というか構うのを止めて貰わないと下着を返すタイミングがない。

そんな京太郎の心境に構いなく、姫子は京太郎のすぐ隣に座った。

女の子らしい、シャンプーの匂いが鼻を擽る。

肩が僅かに触れ合っている。耳を澄ますとお互いの呼吸の音が聞こえそうだ。


「あの……?」

「んー?」


――近くないですか?

と、言えたら楽だが言いにくい。

ニッコニッコと満面の笑みを浮かべる姫子を前にすると、喉に出かかった言葉が引っ込んでしまう。


「……何でもないです」

「んー♪」


初対面の筈なのに妙に上機嫌だ。

何処となく居心地の悪さを感じて、それを誤魔化すように京太郎は麦茶を飲み干した。




「ところで、部長って?」

「部長は部長――って、ああ。そいね」


間を持たせる為に京太郎が質問をすると、姫子は得意気に腕を組んだ。


「ふっふっふ、聞いて驚くことなかれ! 何と我らが部長こと白水哩は――あの新道寺麻雀部の部長ばい!」

「はぁ……?」

「……アレ?」


力説する姫子だが、京太郎は首を傾げることしか出来ない。

一種の滑った空気が流れ、姫子は怪訝な顔を浮かべた。


「須賀くん、もしかして麻雀は……?」

「さっぱりです、役もわかりません……あ、牌を凄い力で握って白くする技とかは聞いたことありますよ」

「――なんて、こと」


絶句する姫子だが、京太郎にはその理由がわからない。

頭上に浮かべる疑問符が増える。


「――須賀くん!」

「うわっ」


いきなり両手を姫子に掴まれる。

爪が食い込んで少し痛い。


「おねーさんがばっちり教えてあげるけんね! 安心してよかよ!!」

「え? え、え?」


わけも分からないまま、姫子に引き摺られるようにPCの前に座らされる。


「熱血指導ばい!」

「は、はいぃ……?」


そのままネット麻雀のアカウントを作らされて、強制的に「指導」が始まる。

ある意味で病的な姫子の熱気にとり憑かれたようにマウスを操作し続けて――ある対局の途中で、急激な眠気に襲われて、京太郎の意識は沈んでいった。



「ど、どうもでした……」

「そいぎ、またー」


ツヤツヤな笑顔で見送る姫子とは対象的に、京太郎の頬はげっそりとやつれていた。

恐らくネット麻雀の途中で疲れて寝落ちしたのだと思うが、それにしては妙に体が怠い。


「風邪かな……季節の変わり目は体調崩すって言うし」


今日も寝汗を多くかいたのだろう、シャツが肌にベトベトと張り付く。

早く家に帰ってシャワーを浴びて休もう。


「……にしても、意外と楽しかったな。麻雀」


打つ、というよりは打たされた、という感じで基本的なルールも覚えていないが。

役を作って上がれた時は気持ちが良かった。

本格的に始めてみてもいいかもしれない。


「姫子さんのネト麻のアカウントも教えて貰ったし――ん?」




確認してみようとカバンの中を探ると、覚えの無い感触が指に当たった。


「何だコレ――え゛」


取り出してみて、絶句する。


「え、え? 」


それは、中学の頃に馬鹿話をしている時に存在を知ったもの。

つい好奇心で画像検索してしまった、女性が行為に用いる『玩具』

恐らく、前回の下着のように偶然紛れ込んだのだろうが、つまりコレの持主は――


「うわわっ!?」


慌ててソレをカバンの奥に突っ込み、何が何だか分からなくなって走り出す。

混乱する頭の中でも、ただ一つ分かったことは――また、あの部屋に返すべきものが増えたということだけ。




「くしゅっ」

「風邪?」

「いえ……きっと、須賀くんです♪」

「むぅ」






それから、モノを彼女たちの部屋に返しに行く度に、何故か持ち物が増えて帰って来て。

まさか、無意識のうちにあの部屋の持って帰ってるのか――? だなんて、自分が恐ろしくなっても答えは出ない。

色んな意味で眠れない京太郎の夜は続き――



「ついに、明日……か」

ベッドで横になって天井を見上げながら呟く。

新道寺高校。

京太郎が通うことになる高校の入学式が、明日に迫っていた。


「……咲はどうなってるかなぁ」


手紙でのやり取りからは元気にしていることが伝わってくる。

しかし、長野と福岡での手紙はどうしてもタイムラグが出来る。

咲が携帯を使ってくれれば此方ももっと楽に連絡が取れるのだが。


「……まぁ、どうしようもないか」


――そして、電気を落として目を閉じると同時に、自らを縛り付けるあの鎖の感覚。

重みが増しているように感じたけれど、京太郎には何も出来ない。

京太郎はただ何も考えず、自分が眠りに付くのを待った。

持ち物増えていったのか、無意識とか考えたら怖いよな
もう行くの止めたらいいんだよ! ww

色んな意味に[田島「チ○コ破裂するっ!」]は入ってないんだろうなぁ……・





京太郎が新入生として新道寺高校に入学してから一週間が経過した。

初めは浮き足立っていた新入生たちも、そろそろ新しい環境に慣れてきた頃だが――


「やっべ、俺もアイツを笑えねーなコレ……」


――京太郎は、迷子になっていた。

今でこそ共学の新道寺高校だが、かつては女子校だった。

その影響で施設も未だに女子向けのものが多く――平たく言えば、男子トイレの数が少ない。

校内を彷徨い歩き、何とか最悪の事態は免れた京太郎だが、気が付けば見覚えのない廊下を歩いていた。


「あら、新入生?」


だが、そんな京太郎に救いの手を差し伸べる者がいた。

2年生の女子生徒で、真面目そうな雰囲気を漂わせている。

2年生のクラスの前を新入生の男子生徒が歩いていることを不思議に思ったようだ。


「なにか先輩に用事ですか?」

「いえ、そういう訳ではないんですけど……」

「……んん?」


そして、京太郎に話し掛けた女子生徒が首を傾げる。

彼の言葉には訛りが感じられない。


「……失礼ですが、出身は?」

「? 長野ですけど――」

「すばらっ!」

「……すばら?」


急にハイテンションになる先輩に目が点になる京太郎。

学校内で言えば、京太郎にとってコレが始めての上級生との触れ合いだった。














話し掛けてきた2年生、花田煌の後に付いて廊下を歩く。

こうして迷子になったところを先輩に助けてもらうのは、これで2回目だ。


「じゃあ、花田先輩も長野出身なんですか?」

「ええ、中学は高遠原というところに通っていました。が、ふむ……」


煌が京太郎の顔を見つめ、目を細める。


「須賀くんは姫子や、白水部長のことは知っていますか?」

「ええまぁ、二人とも知ってますけど」

「部屋に行ったことは?」

「まぁ、何度か」

「ふーむ、成る程」


歩きながらも、考え込むように顎に手を添える煌。

やがて納得がいったのか、手をポンと打ち付けた。


「成る程! 二人の彼氏とは、須賀くんのことだったんですね!」

「……は、はい? 何ですと?」

「ご存知ないのですか? 2、3年の間では結構噂になってますけど」


初耳である。

驚きに京太郎の足が止まる。


「寮住まいの二人の部屋に足繁く通う金髪の男子がいると。今までそういうことはなかったし、話題になったんですけど」

「いやでも、それだけで」

「ほら、女子って恋バナが好きでしょう? それに生徒の比率も女子の方が多いですから」

「そんなもんですか……」

「そういうものですよ。最初は、どちらの彼氏かで盛り上がっていたのですが、その内あの二人なら共有でもおかしくはない、ということに」

「おかしいですよ白水さん!」

「むー……本人たちも満更ではないようなので、ほぼ公認の事実のようなものだったのですが」

「……」

「その様子では、噂は間違いだと?」

「……ええ。間違いです」


そんな解消が自分にあれば、長野にいた頃に彼女の一人や二人は出来ていた。

……いや、彼女が二人はおかしいけれど、それでも。


「とにかく、俺はあの二人とはそんなんじゃ――」

「すーがくんっ♪」


否定しようとした京太郎の声を遮るように。

廊下の角から姫子が姿を現した。

元女子高だしね
二人なら共有でもおかしくないww

さて、噂はちゃんと否定できるのかww

けど、パンツの事とかを出されたら、彼氏じゃないとまずいんじゃなかろうかww





猫撫で声で京太郎の手を取る姫子に、煌の目が点になる。

姫子がこのような態度を取るのは、今までは部長に対してだけだったからだ。


「部活動紹介、見てくれた?」

「あ、はい。放送されてたヤツですよね」

「部長の勇姿! 素敵しゃったね!?」

「え? ええ、まぁ……」


数日前に放送された部長の哩による麻雀部紹介。

正直、見てる側としては哩のテンパった姿ばかりが印象に残ってロクな紹介になっていなかったが。

この先輩のフィルターを通して見れば、哩の行動は何もかもが素晴らしいものに映るらしい。


「……成る程、成る程」

「はっ」


そして気付けば煌にジト目で睨まれていた。

『何だ、噂は本当なんですね』

口は動かないが、目がそう語っている。

確かに、この懐いた猫のように京太郎に擦り寄る姫子の姿を見れば、そう受け取らざるを得ないだろう。


「それでは、馬に蹴られる前に。私はここで」

「んー? 花田、いつからそこに?」

「いましたよ、ずっと」

「あ、待っ」


踵を返し、自分のクラスに去って行く煌の後ろ姿に、思わず手を伸ばすが、


「ん……♪ ぬっかぁ♪」


その手も、姫子に取られて頬擦りされる。

姫子の体温を肌で感じながらも、京太郎は廊下に一人ぼっちでいるような気分になった。

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最終更新:2026年01月05日 19:09