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唇。

たったの一文字で言い表せる言葉でも、想い人のそれが持つ魔力は計り知れない。


「……」


久が仮眠から目を覚ました時、すぐ隣に無防備な寝顔を晒す京太郎がいた。

――これは一体、どう言う訳か。

寝起きで回転の鈍った頭では答えを導き出すことはできない。


「……肌、きれいね」


答えを出すことを早々に諦めた久は、起き上がるよりも想い人の寝顔を堪能することを優先した。

何か特別なケアをしているわけではないのだろうが、京太郎の肌は綺麗だ。

中学の頃はハンドボールで土と汗に塗れていたらしいが、今一想像がつかない。


「……」


頭の天辺から顎までを見渡して――久の視線は、ある一点で釘付けになった。

京太郎の、唇。


「……ん」


意識をすると、胸の奥がふつふつと沸き立つような気持ちになって――頬が赤らんでいくのを、感じた。



暫くそれを見つめてから、久は人差し指で自分の唇を軽くなぞった。

恋する乙女の唇。捧げたい相手は目の前に。


「先っちょだけなら……なんて、ね」


久は、自らの唇をなぞった人差し指で――同じように、眠る京太郎の人差し指をなぞった。

コレは、親友への裏切りである行為。

相談があるのだけれど――と、恋話を持ち掛けた彼女への背徳。


「……呑気な寝顔」


勿論、目の前で眠る後輩もそれは同じ筈。

呟いてから、ふと気恥ずかしさに襲われる。


「責任……とってくれないかなぁ」


その気恥ずかしさを誤魔化すように、眠る後輩の腕を枕にして、目を閉じる。

この場を他の誰かに見られたら――それはそれで面白くなりそうだと。

小さな笑みを口元に浮かべ、久は想い人の温かさを堪能しながら夢の世界へ旅立った。








姉たちを選べば憧が悲しむ。

憧を選べば姉たちが悲しむ。


京太郎は選ばなければいけない。

片方を捨てることになっても。

或いは、両方を捨てることになっても。


誰もが笑える未来なんてものは、もう選べない。



上京途中で立ち寄ったサービスエリアのベンチに腰掛け、京太郎は浅く溜息を吐いた。

見上げた空には、少しだけ雲がかかっている。


「……ん?」

「……」


一人、ベンチに座って考えを巡らせて。

ふと、気が付けば。

隣に、白と紺のセーラー服を着た見知らぬ女子が腰掛けていた。


「……なぁ、キミ?」


気怠げな瞳に京太郎を映して、彼女が口にした言葉は――




「どっかで会ったこと……ない?」


関西弁らしいイントネーションで、彼女はそう言った。


「会ったこと……?」


記憶を辿り返しても、目の前の彼女のような女子は覚えがない。

強いて言えば灼が似ているかもしれないが、親族というわけではないだろう。


「……いや、私の勘違いだったわ。ごめんな」


京太郎が戸惑っていると、彼女は苦笑いを浮かべて軽く頭を下げた。

確かに初対面にしては少し馴れ馴れしいような態度だが――嫌な気はしなかった。


「ああ、言っとくけど逆ナンちゃうで?」

「はは……」


見知らぬ相手ではあるが、不思議と彼女とは仲良くなれそうな気がした。



「きょーたろー!」


彼女と見詰め合っていると、背後から大きな声。

振り向けば、千切れんばかりの勢いで手を振っている穏乃がいる。


「んじゃ、俺はみんなの元に戻るんで」

「ん、ああ……それじゃ」


軽く頭を下げて、彼女に背を向けて穏乃たちと合流すべく駆け足で斜面を登る。


「また、な」


背後の小さな呟きは、耳に届かなかった。

浜名湖サービスエリアから、更に車に揺られること3時間。

阿知賀麻雀部の面子は、無事東京へと辿り着いた。

都会の風景に目を奪われる暇もなく、早速麻雀の特訓が開始される――筈、だった。


「さて……一つ、問題があります」


宿泊先となるホテルを前に、晴絵が咳払いを一つ。


「京太郎」

「あ、はい」


「あんた――私と、同じ部屋ね」

「あ……はい?」





松実館の支援やら地元の人たちの応援やらで、零細部の宿泊先としては上等過ぎるホテルの予約を取り付けた阿知賀麻雀部だが、ここで問題が一つ。

予約出来た部屋の都合上、人数が半端なことになってしまったのである。

故に、問題が起きないように唯一の男子部員である京太郎と、顧問の晴絵が一緒の部屋に泊まる。


如何にも筋が通っているように、淡々と語る晴絵だが――


「……じゅるり」

「ひっ!?」


その舌舐めずりを、京太郎は見逃さなかった。




「あ、それなら」

「私たちと京ちゃんでも……いいよね?」


負けじと手を上げたのは松実姉妹。

晴絵は渋い顔で宥と玄の顔を交互に見詰めた。


「いや、女子と男子が同じ部屋に泊まるのは――」

「でも、姉と弟だし」


教師が相手でも引き下がるつもりはなく、玄は晴絵に言い返す。

その隣に立つ宥は、無言で京太郎を見詰めていた。




「……俺は、憧がいい」


ぽつりと零れたソレは、誰かに聞かせることを意識したものじゃない。

ただ――自然と胸の内から湧いてきて、無意識に呟きとなって口から零れ出た。


「……あ」


だが、本人にその気がなくとも、口から出た言葉は全員の耳に届いて。

瞬く間に波紋のように広がり、全員の視線を向けられた憧は――


「……ふ、きゅ」


何とも言えない、変な声を上げた。






「俺、成香さんが彼女で本当に良かったって思うよ」

「えっ」


どきりと、成香の心臓が跳ねた。

不意打ちで放たれた言葉は、成香の胸をときめかせるには十分過ぎる程の威力を持っていた。


「も、もう。なんですかいきなり……」

「いやさ、昨日テレビでヤンデレ? とかいうの見たんだけど……好き過ぎておかしくなっちゃうらしくて」

「ふむふむ」


相手への恋心で狂う。

それくらいなら、まだ成香も共感できる。

頷いて、京太郎に話の続きを促す。


「血とか髪の毛とか弁当に入れたりするんだって。汚いよなって」

「えっ」


どきりと、さっきとは違う意味で成香の心臓が跳ねた。


「血とか髪の毛とか、流石に汚いし……好きな相手にそんなモン食わせるなよっていうかさ」

「あ、あははは……」

「成香さんならそんなこと絶対しないだろうし」


そう言いながら、パクパクと京太郎が口に運ぶ成香特製チキンライス弁当。

程良く京太郎好みに味付けされたソレ。

成香曰く、美味しさは京太郎への愛情とのことだが――


「あ……」

「ん?」

「た、卵の殻とか入っちゃってますね!!」


そう叫ぶなり、京太郎から弁当を取り上げてしまう。

卵の殻程度なら避けて食えば問題ないのだか、成香は譲ろうとしない。


「……す、好きな人にこんなモノ……食べさせられません……」


やっぱり成香が恋人で良かった、と京太郎は思った。


【美味しさの秘訣】






変な子に懐かれたな――と、京太郎は一人ごちた。


「……俺、そろそろ帰らないとだから」


ふるふると首を横に振って、京太郎のワイシャツの端を掴む少女。

買い出しの最中に出会ったゴスロリ少女。

名前は知らない。問いかけても小さな声で何をブツブツ呟くばかりで答えてくれない。


「……これ、食うか?」


買い出し袋の中から取り出したるはコアラのマーチ。

言葉が通じない相手なら、と餌付けを試みる算段である。


「……」


すると彼女は、警戒する素振りすら見せず嬉々としてコアラのマーチの箱を開けた。

餌付け作戦は成功したらしく、ワイシャツの端から小さな指が離される。


「……あ、ヤベ」


その隙に時計で時間を確認すると、買い出しに出かけてから結構な時間が経過していた。

部長や部員たちをこれ以上待たせるのも忍びない。


「……それじゃ、な」


声が届いているかはわからないが、彼女がコアラのマーチに夢中になっている間に、京太郎は駆け足でその場を後にした。


結局、ゴスロリ少女の名前は知らないままだが――まぁ、また会うことは多分ないだろう。





京太郎がゴスロリ少女と再会したのは、それから二日後。

手持ち無沙汰に会場近辺を歩き回っていた最中である。


「……ねぇ、君?」

「……」


相変わらず返事はない。

リボンを眼帯のように顔に巻き付けた彼女は、二日前と同じように何かをブツブツと呟くだけ。


「……」


前回との違いは、掴まれているのがワイシャツではなく右手だということ。

無理矢理振り解くことは簡単だが――


「……これ、食うか?」


とりあえずは、餌付け作戦。

ポケットに入っていたビスコを彼女に差し出して、京太郎は先日と同じようにその場を後にした。




二度ある事は三度ある。

違いがあるとすれば、ゴスロリ少女に連れがいたこと。


「モコちゃんのお友達ですかー?」


ゴスロリ少女の連れはナース少女。

どことなく、イントネーションが関西っぽい。


「ええっと……」


さて、友達かと聞かれると反応に困る。

ワイシャツの端を掴んで顔を見上げてくる少女の名前すら京太郎は知らないのだ。


「運命の相手です」


キリッと格好付けて、京太郎は出来る限りのキメ顔でそう言った。

ナース少女は驚いたように目を見開いて、ゴスロリ少女は満足気に頷き――



「で、こっちのお兄さんがモコちゃんの彼氏さんの――」

「す、須賀京太郎です……」


――どうして、こうなった。


突き刺さる好奇の視線。

見知らぬ女子たちの中で居心地悪そうに、京太郎は頭を下げた。



インターハイ団体戦は、清澄が制した。

直接的に勝利に貢献したとは言えないが、それでも誇らしい気持ちはある。

ただ、一つ誤算があるとすれば。


「須賀くんも隅におけないわね」

「部長、それおばさんっぽいです……」


「……」


京太郎の膝の上に陣取ったまま動こうとしないゴスロリ少女――対木もこ。

『あ、対木さんの彼氏さんだ』と阿知賀女子の大将が零した呟きにより、瞬く間に埋められた外堀。


自業自得、なのかもしれないが。

流石にコレは、予想外過ぎた。


「ここで、合ってるよな……?」


携帯片手に、とある店の扉を開く。

待ち合わせ場所が記されている筈のそのメールには、ヒヨコやらネコやらの絵文字しか書かれていない。

まるで暗号を解くような労力を要したが、果たして――


「あっ!」


――正解だったようである。

京太郎が店内に入るなり、先に着いていた彼女は年齢よりも大分幼く見える顔を綻ばせて駆け寄って来た。


「久しぶりだね、京くん」

「おう。お前は、相変わらずだなぁ……」

「はやっ」


牌のおねえさん(28)こと、瑞原はやり。

ベテランアイドルであり、トッププロの一人。


「あっちの席、予約してるから」


そして、京太郎の昔の恋人である。







「凄いね、清澄。決勝進出」

「頑張ったからなぁ、あいつら」

「京くんが先生だからだよ」

「いやぁ……あいつらなら、俺がいなくたって決勝には行っただろうよ」


今年の清澄の新入生たちは才能の塊だ。

例え京太郎の指導が無かったとしても、彼女たちは決勝戦への切符を勝ち取っただろうと京太郎は予測している。


「……そんなこと、ないよ」

「あるさ。俺なんかより、よっぽど強いからあいつらは」


「で、でも……」


昔の話をすると、はやりは直ぐに熱くなる。

話を引き摺られる前に、はやりが言い淀んでいるうちに話題を切り替えることにした。


「それより、お前も凄いじゃん。牌のおねえさんで……まふふみたいだ」



片や、現役で活躍中のベテランアイドル。

片や、片田舎で教師をしている元プロ。


大分、差が着いたものだ――京太郎は、心の中で自嘲の笑みを浮かべる。


「……京くんだって。まだまだ、これからだよ?」


だが、そんな京太郎の心を否定するように。

はやりは、真っ直ぐに京太郎の瞳を見詰めた。


「……」

「出来るよ。京くんなら、絶対に」


瞳を逸らすことは許さないと、はやりが京太郎の手を握る。

簡単に振り払える筈の指なのに、京太郎は少しも動かすことができなかった。



「……先、生?」


はやりと見詰め合っているうちに、背後から聞こえた声。

懐かしいような、その響きに――京太郎は、今夜が長くなることを確信した。



【もしはやりんが彼女だったらな先生編IF】













オタサーの姫

おたさーのひめ(一般)


――男性の割合が多い文化系サークル(オタクが集まるようなサークル)に存在する数少ない女性メンバー。

――サークル内では希少な存在であるため、圧倒的美女でなくともオタク男性メンバーに姫扱いされることから「姫」の名を冠している


――ならば、差し詰め自分は「オタサーの王子」といったところだろうか。


「……つってもまぁ、姫扱いはされてねえなぁ」


むしろ、姫たちの為にあれこれ駆けずり回る召使の立場。

チヤホヤされるイメージはちっとも湧かない。

あと麻雀サークルを「オタサー」呼ばわりしたら何人かの先輩には途轍もなく叱られそうな気もする。


「……でも」


文句の付けようがない美女揃いの我が麻雀サークルで、もし「姫扱い」されるようなことがあれば――


「速攻で堕ちるな、俺」



下らない妄想を浮かべながら、京太郎はサークルボックスとして使用している部屋の戸を開けた。





「おー、似合う似合う。やっぱ私の見立ては正しかったね」

「はぁ……なんとも」

「なに? どっかキツイところある?」

「いえ、怖いくらいにバッチリ合ってますが」


――まさか、麻雀サークルで執事服を着ることになるとは夢にも思わなかった。


「ふふん、だろ?」


ドヤ顔で胸を張る先輩、その名を岩館揺杏。

裁縫が得意らしく、高校時代にも何度か後輩に服を作ってプレゼントしていたとのこと。


「うん。京太郎、ぱっと見はイケメンだから様になるねぇ」


その揺杏が自画自賛するだけあって、この執事服の着心地は中々のもの。

そんじょそこらのコスプレ衣装より遥かにしっかりと作られているのではないだろうか。


「よし決めた。それ、やるよ」

「え? いいんですか?」

「うん……ま、私が持っててもしょーがないしねー」

「確かに、そりゃそうですけど」


京太郎にしてもあまり着る機会はなさそうだが。

それでも、この執事服。手触りや質感から上質な素材を使っているのだろうし、タダで譲り受けるには気が引ける。

「お疲れさ――わわっ! 執事さんがいるよー!」


驚きの声を上げながら入室してきた、とても背が高い女子学生。

子どものように瞳をキラキラさせるその先輩の名は、姉帯豊音。


「あ、お疲れさ」

「おいおい、違うだろ?」


普通に挨拶をしようとすれば、隣から軽く肘で突かれた。

何が? と思いながら豊音に目を向けると――キラキラ輝く瞳の中に、何かを期待する様子を感じ取れた。


(ああー……なる程ね)


咳払いを一つして、仕切り直し。

ここで、先輩二人の期待に応えるには――



「――お帰りなさいませ、お嬢様」

「……うむ! 苦しゅうない!」


時々、ここが何のサークルだかわからなくなることがある京太郎であった。







「ウチも見たかったなぁ、京くんの執事姿」

「そんな珍しいもんでもないですって」

「えー? だってアレやったんでしょー?」

「『お帰りなさいませ、お嬢様』ってやつなら、まぁ」

「ええなぁー、揺杏ちゃんと豊音ちゃん」


ぶーぶー不満気に口を尖らせながらも、テキパキと手を動かしてゼミの課題を手伝ってくれる先輩。

荒川憩。ゼミでもサークルでも京太郎の面倒を見てくれる良い先輩である。


「えーなー、えーなーぁ」

「じゃあ今度着てきますか? 執事服は貰っちゃいましたから」

「是非是非頼みますわー。楽しみやなぁ」


憩の手の動きが、見るからに速くなる。

本気で京太郎の執事服を楽しみにしているようで、こうも期待されると京太郎も乗り気になるというものである。


「それじゃあ、誠心誠意ご奉仕しちゃいますよ」

「うっはー。京くんエロイ」

「なーに言ってんすか」








「ただいまー」

「おかえり。今日のゴハンは?」

「親子丼作る。卵が安かったから」


大学での用事を済ませて帰宅した我が家。

廊下の奥から自分を迎える声。

実家の長野から遠く離れた東京の大学に通っている京太郎だが、一人暮らしではなくルームシェアという形を取っている。


「おなかすいたーん♪」

「はいはい、ちょっと待ってなって」


ソファで足をバタバタさせる女子大生――自分と同じ年齢である筈だが、ちっともそうは見えない彼女。

どういう仕組みかわからないが、感情が昂ると髪の毛ゴゴゴなことになる彼女。


「あ、ついでに団子かってきたから。あんまり腹減ってるなら食うか? 一本くらいなら大丈夫だろ」

「おー! 気がきくじゃん!!」


高校時代は自分のことを「高校100年生分の実力」と豪語し、実際に化け物染みた強さを誇る元大将。

こうしてみたらし団子に釣られる姿と卓上で猛威を振るうあの姿はちっとも結び付かないが――


「ま、いいか」


今はそれよりも、夕飯の準備を優先しなければ。







――夜、寝床に着いた京太郎。

その枕元に置いた携帯に、メールの受信を示す明かり。


from:岩館先輩

今なにしてる?



from:岩館先輩

起こしちゃった?

ゴメン……



from:岩館先輩

そう? なら良かった

実は京太郎の執事服姿が結構好評でさ

んでこう、創作意欲ってのがメラメラっときたから色々作ってみたくなって



from:岩館先輩

えっとね

今度ウチにきてよ



from:岩館先輩

色々やるから






from:姉帯先輩

カッコよかったよー

執事モードの京太郎くん

みんなにも受けてたし



from:姉帯先輩

みんなっていうのはね

私の高校の頃のお友達なんだー



from:姉帯先輩

うん

写メ送っちゃった



from:姉帯先輩

それでね

そのお友達の中に京太郎くんに似てる子がいて

会ってみたいってみんなが言ってて



from:姉帯先輩

うん?

勿論女の子だよー

宮守は女子校だったから



from:姉帯先輩

で、今度会わせるって約束しちゃって……

ごめんね、勝手に………



from:姉帯先輩

ありがとう!

みんなにも伝えておくよー




from:荒川先輩

夜分遅くにごめんな?

でも、ちょっと伝えなあかんことがあって

ウチのカバンから知らないUSBが出てきたんよ

これ多分京くんのやろ?



from:荒川先輩

あ! そう紺色の!

ゴメンなぁ、ウチが間違えて持って帰っちゃったんやな

ホントごめん!



from:荒川先輩

そう言ってもらえると助かるわー

あ、お詫びといったらアレやけど

ゼミの課題提出したら、一緒にゴハンいかへん?

××駅の近くに新しく出来たお店あるやん



from:荒川先輩

そうそう

予算は気にせんでええよ

先輩らしくここはウチが奢りますからー



from:荒川先輩

そんな褒めても何も出ますんよー?

それじゃそういうことでー

「ねーねーきょーたろー」

「んー?」

「水族館のチケット貰っちゃった」

「へぇ、おめでとう」


「なんと! 二枚組!」

「……ほう」

「ふふんっ」



「でもね、これ期日が結構近くてさー」



from:岩館先輩

私も色々と準備が必要だから――



from:姉帯先輩

でね、みんなで会う日はね――



from:荒川先輩

きちんと覚えといてな、課題提出の日は――




「ちゃんと空けといてよ? えっと、この――」





――1月、11日。


「ま、マジかよ……」


どういう偶然か、彼女たちが指定した日付は全て重なっている。

当たり前だが全てを選ぶことはできない。


「も、モテる男はつらいなー……はははは……ハァ」




――オタサーの姫。

――またの名をサークルクラッシャー

――「姫」を巡り人間関係が壊れてしまうことがあるから、そんな印象がついたのだとか



【大学生編的なアレ】












――淡ちゃんには、ナイショですよーぅ?

唇に人差し指を立てて、先輩は、いつものように笑った。


「……ろー? もしもーし?」

「あ、ああ。悪い、なんだっけ」


――みんなにも、言えへんなぁ。こんなこと


「お土産どーするって、何度も聞いてるんですけどー」

「あー……このボールペンとかどうよ?」

「んー……じゃ、それでいっか」


俺は、先輩の言うままに。

ただ、夢中で。誰のことも、考えないで。


「……」

「きょーたろー? お腹痛いの?」


――上手やね、京くん。

先輩は、いつものように笑って。


「きょーたろー……?」


俺も、笑った。









「うちが重い女ってよく言われるんやけど、納得いかんわー」

「あの、重い女って意味は多分」

「ああ、体重の話じゃないことはわかっとるよ?」


「重い女ってアレやろ? 事あるごとに結婚匂わせてきたりとか、束縛したりとか」

「……」

「うち、そんなことせぇへんもん。なぁ?」

「……」


「風邪ひいてる京くんにそんなこと……」

「……」

「はやく治して、一緒に学校いこうな?」



「あの、竜華さん」

「ん、なに? 何でも言ってな。うち、京くんの為なら何でもやるで」


「じゃあ」

「うん」

「ちょっと一人にしてほし」

「あ、汗かいとるな! ちょっと拭く脱がすで! 体冷やしたらアカン!!」



「……」


「……」



「俺、いつになったら学校行けるんだろうな」


【37.1℃の看病】



「あ、あの人……」

「あの二人の……」


これ見よがしに囁かれる噂話に、京太郎は小さく溜息を吐いた。

好奇の視線は留まることを知らず、京太郎の心労を積み重ねる。


「きょーたろっ」


その内心を知ってか知らずか、京太郎の右腕が柔らかい何かに絡めとられた。

最早、振り向かずともわかるシャンプーの匂い。


「鶴田、先輩」

「姫子でよか♪」


袖を余らせた京太郎の先輩は、周囲の視線にも関係なく両手で抱き寄せた腕に頬擦りをする。

甘い香りが、身体に染み込んでいくような気がした。

美人の先輩に言い寄られること。

何も考えずに喜べたのは、既に昔の話。


「なんば、しよっとね」


下がる語尾に、低めのトーン。

明らかに不機嫌であることが伝わってくる声音。


「……ぐっ」


そして、半身が鎖で雁字搦めになるような錯覚。

そこには何も無いとわかっている筈なのに、鉄の冷たさと拘束の苦しさが、京太郎を縛り付ける。


「私のに、手ぇだすな」








二人まとめて愛してやるぜ――なんて度胸と甲斐性は、京太郎には無い。

私のものだと主張する哩と、マーキングのように擦り寄る姫子。


「お、俺! 買い出し行くのでっ!!」


問題なのは、別にどちらと付き合っているわけでもなく。

どちらを選んだとしたら、その先に待つ結果は――考えたくもない。

故に、逃げる。結果の先延ばし。


どうにかしたくても――どうすればいいのかが、わからない。





美子と仁美も、抑えようとしてはいるが効果はない。

チームメイトの友情も、情念の前では脆く崩れるばかり。

校内では好奇の視線が、自宅に戻れば哩か姫子のどちらかが待ち受ける。


最後に残された、京太郎の心休まる場所は――



「はあぁ……」

「お疲れ様です」


――女子寮、花田煌の部屋。

同郷のよしみで親しくなった先輩の部屋が、今では最後の避難場所であり聖域だった。





「すいません、俺がもっとしっかりしてたら……」

「いえ、あの二人を止められなかった私達にも責任はありますから……」






「すいません、俺がもっとしっかりしてたら……」

「いえ、あの二人を止められなかった私達にも責任はありますから……」


ずるずると、哩と姫子との関係に決着を付けることが出来ず。

ずるずると、徐々にエスカレートしていく二人のアプローチから逃げるように。

ずるずると、先輩の家に匿ってもらう。


男として情けないこと、この上なし。


「ですから、先輩を――もっと私を、頼って下さいなっ!!」


だからこそ――煌の笑顔は、聖母のように。

何よりも輝いてみえて、今日も今日とて依存していく。



【何気なく書きたくなった新道寺】







「姉弟で固まるのがいいと思……」と、灼。

「誰でもいいんじゃないの?」と、穏乃。


憧は全身茹で蛸色で、真面に口を開けない。

晴絵と松実姉妹は互いに譲らず。



ホテルの前で何時までも陣取っているわけにはいかず、阿知賀のメンバーが出した結論は――




晴絵と、同室。

最終的には、顧問であるということが決まり手となった。

例え姉と弟であっても、男女同室というのは教師として見逃すわけにはいかない、とのこと。

女子校から共学化したために、その辺りは妙に敏感なのだとか。


「よっしゃ、決まったしさっさと行くわよー」


意気揚々とロビーに向かう晴絵。


「はーい」


同じく晴絵の後を追う穏乃。


「……ズルい」


嫉妬の眼差しを向ける灼。


「……」


何かを言いたそうに――それでも尻込みして、俯きながら後に続く憧。


「……また、後でね」


最後に、宥と玄が名残惜しく言い残して。


多種多様な反応を見せた部員たちの後を追って、京太郎もホテルのロビーに向かって行った。


「お前は元気だなぁ」

「えへへー!」


別に褒めたわけじゃないのだが、ぴょんと跳ねながら満面の笑みを浮かべる穏乃。

長時間車に揺られれば誰だって参るものだが、穏乃は例外らしい。

放っておくと走り出してどこかに消えそうだ。


「そんなにウズウズしてなー……和にニアミスしたらどうすんだ?」

「……あ」


考えてなかった、という顔。

旧友との再会は、卓上に限定されるとは限らない。

ついうっかり、その辺で鉢合わせする可能性は高い。


「京太郎はどうすんの?」

「……まぁ。そしたら、嬉しいけど」

「ふーん……?」


「……」


穏乃が足を止めて俯く。

何かを考え込んでいるのか、先程の笑顔は一欠片も見つからない。


「し、シズ?」

「……」


そこまで深く考え込むことだろうか。

京太郎も正直に言ってしまえば、何も考えてなかったのだが。


穏乃は、呼び掛けにも答えず。

無言で、立ち尽くしている。

初めてみる幼馴染みの姿に、京太郎はどう声を掛けていいかわからなかった。

「おい、穏?」


少し強めに、肩に手を置く。

こんな道端で地蔵になっているわけにもいかない。

軽く揺さぶってみると、穏乃はゆるりと顔を上げた。


「……ちょっとさ、思い出してみたんだよね」

「なにを?」

「和とか、憧とか、昔のコト」

「あ、ああ……」


淡々とした声音で。


「そしたらさ、京太郎――他の子のこと、ばっかだなーって」


穏乃は、京太郎の手を握った。



「ちょっと前も、そう」


「私と話してるのに、口から出るのは憧のことばっか」


「和がいたころは、和のことばっかだったよね」



「私が、一番長く京太郎といるのに」



「さっきの部屋決めだって、憧」



「京太郎は――他の子のこと、ばっかだよね」



握られた手に、力が込められる。

思わず穏乃の瞳を見ると、自分がどこか霧深い中にいるような錯覚を覚えた。


「ねぇ。京太郎」


「女の子っぽさがないのは、わかるけど」


「私は、京太郎にとっての――なに?」


理由はわからないけど。

今の穏乃は、普通じゃない。

なら、京太郎にできることは――


「親友で、仲間で、幼馴染みってとこだな」


――霧の中でも、真っ直ぐに穏乃に伝えることだけだ。


「なら、もっと大事にしてよ」


淡々とした声音。

その中に、どこか悲痛な――縋るような響きが、聞こえたような気がして。


「……ああ、わかったよ」


京太郎は、ゆっくりと頷いた。

霧は、いつの間にかに晴れていた。

「……じゃあ、いこっか?」

「あ、ああ……っ」



穏乃に握られた手の平に。

爪の痕が、湖に浮かぶ三日月のように、血で滲んでいた。


「あ、あのぅ……!」


ゾクリと、背筋に何かが走る感覚。

天江衣と対局をした時以上のプレッシャー。


「聞きたいことことが、あるんですけど……!」


声をかけられて、やっと分かった。

彼女は恐ろしく強い。

このプレッシャーを相手に、穏乃は大将戦を勝ち抜かなければいけないのか――!!



「お手洗い、どっちだかわかりませんかぁ……?」

「……へ?」



……さて。

京太郎にも、特別な趣味があるわけではなく。

目の前の女子が、限界ギリギリと知れば助けないわけにはいかない。


「……なにが、プレッシャーだよなぁ……」


殺気立っていたように感じたのは、彼女が色んな意味で危ない状態にあったからだ。

色々先走って勘違いした自分が恥ずかしい。



「あ、あの……」


トイレから戻ってきた咲が、恥ずかしそうに口を開いた。


お礼を言いたいのだろうか。

人見知りのようだし、中々恥ずかしくて口に出せないのだろう。

そうあたりをつけて、京太郎は――


「次からは気を付けてな?」

「うん。そうだね、京ちゃん」

「……ん?」


――先程とは、まるで違う咲の様子に眉を顰めた。

彼女の口調は、長く一緒にいる幼馴染みに対するような気安さがある。

さっき会ったばかりの相手に対するものじゃない。


「それじゃ、帰ろうか」

「帰るって……なんだよ、お前」

「なにって」


「京ちゃんの、彼女だよ。私」

「……はぁ?」



「はやく、帰ろ?」

「おい、お前なぁ……」


麻雀が強い女子は、何処かズレている子が多い。

穏乃然り、天江衣然り。


だけど、目の前の女子――宮永咲は、それらとも、更に異なる。



「あ、そっか」

「……」

「また、騙されてるんだよね?」


「あの二人の、時みたいに」







『違う』人間。

宮永咲が見ている『京ちゃん』は、自分のことじゃない。


「大丈夫」

「今度は、守るから」


肌が、粟立つ。


「今度は」

「ちゃんと、繋いでおくから――」


気が付いた時は、我武者羅に。

何も考えずに両手足を全力で振り抜いて、走り出していた。


来た道を全力で引き返して、宿泊先の部屋に戻って、鍵をかけて。

そこで漸く、京太郎は腰を下ろすことが出来た。


「なにやってきたの、アンタ……」

「俺にも、わかんねえ……」


ずるずると、扉にもたれかかりながら。

晴絵に返せた言葉は、それだけだった。



「お、メール……?」


知らないアドレスからの着信。

タイトルは無い。


イタズラか、悪質な類のものか。

京太郎が、メールを開くと――



『ごめんなさい』


「……ん?」

たったそれだけの、簡素な一文。

イタズラメールだろうと、あたりをつけて。

京太郎が携帯を閉じた瞬間、また同じメール。



『ごめんなさい』



『ごめんなさい』



『ごめんなさい』



『ごめんなさい』



『ごめんなさい』



『ごめんなさい』



同じ、メール。



『ごめんなさい』




『京ちゃん』









「――っ!?」


『京ちゃん』


たったそれだけの文章で――さっき出会った少女を、想起した。


「クソ、なんなんだよ……!」


指を動かし、喧しい着信音をミュートにする。

明らかに異質な彼女に、京太郎が返すメールは――





『何で君が俺の名前を知ってるのかは知らない。

もしかしたら昔会ったことがあるのかもしれない。だから今度二人きりで会って話そう。』



わけがわからないなりに――画面に打ち込んだ文章は、案外冷静なものだった。

もう、どうにでもなればいい。

どこか吹っ切れたような気持ちで京太郎は返信ボタンを押した。


「なんだってんだ……」


憧に、姉たちに、先生に、穏乃に。

ひたすらにわからないことの連続で――そして、コレだ。


「少し、休むか……」


幸い、自由時間はまだ余裕がある。

少しの間は何も考えずにいようと、京太郎はベッドに倒れ込んで目を閉じた。


自分の優柔不断さが周りのヤバい奴らを刺激して
ドンドン追いつめられていく

闇金ウシジマくんかよ。期待



ずっと、二人だけで生きてきた。


――他には、何もいらなかったからだ。

――他には、誰もいなかったからだ。

「俺さ、明日の夕飯いらないから。泊まってくる」


天江京太郎が夕食の席でそう言った時――まるで、時間が止まったかのように感じた。

談笑していた純や一は、表情はそのままにピタリと動きを止めて。

元より表情が変わることが少ない智紀は、箸で米を摘んだままに停止している。


「……なぁ、誰だ?」

「……は?」


フリーズ状態からいち早く再起動したのは純だ。

にっこりと笑顔を浮かべてはいるが――煮え繰り返る程の怒りが、握った拳に現れている。


「お前を誑かしたヤツは――どこのどいつだって、聞いてんだよ……!」



純がこれ程までに激情を露わにするのは、初めて見る。

親友の豹変する様に、京太郎は困惑する事しかできない。


「誑かすって……大袈裟過ぎだろ」

「いいから、お前は――」

「はいはい、そこまでだよ。純くん」


遅れて、平常心を取り戻した一が純を宥める。

気の立った純に呆れた溜息を吐いて、話を進めようと京太郎に向き直った。


「随分と、急だね」

「まぁ、今日決まったばっかだし。学校の友達とさ――」


聞けば、クラスの友人たちと遊ぶ約束をしているのだとか。

友人宅へのお泊まりなので、危険なこともなく、純が想像しているような事もない。

京太郎の話を聞いた三人は、成る程と顔を合わせ、同じように頷き――


「……ダメだ」

「ね」

「うん」


――異口同音に、不許可の意を示した。



「お前にはまだ早い」

「まだって……俺もう高校生だぜ?」


腕を組みながら、険しい顔の純。

まるで保護者のような立ち振る舞いだが、当然ながら京太郎は納得がいかない。


「衣や透華にはどう言うの?」

「どうもこうも、普通に言えばいいじゃん」


わかってないなぁ、とばかりに両手を広げる一。


「………」

「……な、何?」


無言でじっと京太郎を見詰める智紀。

訴えるような視線に、罪悪感のようなものが湧いてきた。






とは言え、京太郎もこのまま押し切られるつもりはない。

何せ、初めての「外」の友達。

こうも頭ごなしに否定されては、まるで友達のことを悪く言われているような気分になる。


「……ああ、わかったよ」


だが、どうせ言ってもわかって貰えないことは理解している。

言い返すよりも、素直に頷くフリをした方が良い。


憮然とした顔で食事を再開する京太郎に――三人は、顔を見合わせた。



――つまるところ、行ってさえしまえばこっちのものだ。

学校が終わればそのまま友人宅に直行すれば良い。


「京太郎、何をしている?」

「え? あ、ああ。ちょっと明日の授業のね」

「そうか……」


着替えやらゲームやらの準備をバッグに詰め込んでいる最中、衣に掛けられた声に心臓が跳ねる。

咄嗟に出した言い訳は勿論ウソだが、小さな義姉は特に怪訝に思うことはなかったようだ。


「なら、早く……」


小さな手でベッドに誘う義姉の目は既に半分閉じられて眠たそうだ。

明日の満月に向けて力を貯めているのだろう。

卓上での雰囲気とは打って変わって見た目相応の可愛らしい姿に、京太郎も微笑ましい気持ちになる。


「わかったよ、義姉さん」


早々に明日の準備を切り上げて、いつものように義姉の待つベッドに向かう。


ちょっとした冒険気分に胸を高鳴らせながら、京太郎は義姉を抱きしめて眠りについた。



放課後、校門、仁王立。

それはまさしく、五条大橋の弁慶の如き佇まい。


「なぁ、天江。もしかしなくてもアレって」

「うちのとーかさんだわ……」


目立ってナンボ、という生き様を全身で主張する在り方。

友人も少し引き気味だ。

校門で待ち構えている透華の様子を見るに――恐らく、純たちの話を聞いて自分を迎えに来たのだろう。


「……なんつーか、なぁ」


それならば、透華がこちらに気が付かないうちに、また別の出口から帰るだけだ。

普段は偶に鬱陶しくなる透華の目立ちたがりだが、今回に限っては有り難かった。



スニーキングミッションはあっさりと成功した。

待ち構えていたのが透華ではなくハギヨシだったのなら、逃げ出すことすらできなかっただろう。


「けど……」


意外なのは、透華しか迎え役がいなかったこと。

昨夜にアレだけの怒りを見せた純や、察しの良い一が着いていなかったのは少し不思議に思ったが――


「どうかした?」

「なんでもない」


こうして友人宅にお邪魔できているのだから、何も問題はないだろう。

明日に大目玉を食らうことは確実だが、明日のことは明日考えればいい。

そう考えを切り替えて、京太郎は友人たちとの遊びに興じた。




楽しい時間というのはあっという間に過ぎ去っていくもの。

京太郎を含めて、男子が4人。

透華たちと遊ぶのとはまた違った楽しさを味わっているうちに、気が付けば夜になっていた。


「次なにするー?」


ゲームを終えてコントローラーを置いた友人が、京太郎を含めた3人に問いかける。

明日は休日。学校が休みであるために、やろうと思えば夜通しで何でもできる。


「あ、アレは?」


部屋を見渡して、ふと目に付いたモノ。

京太郎が指差す先には――少し埃のかぶった、麻雀の自動卓があった。





幸いに、京太郎以外の3人も麻雀が打てる。

一人は過去に小さな大会で優勝したこともあるらしく、意気揚々と卓に着いた。


「久しぶりだなー。身内以外と打つの」

「まぁ、麻雀部がアレだしなぁ」

「ここで天江を倒したら入部の資格とか貰えたり?」

「はは、ありかもな。それ」

「よし、じゃあちょっくら気合い入れて――」




「――ほう? それは、それは」





嘘だろう、と言いたくても。


「愚昧、蒙昧、暗愚もここまでくれば笑えてくるものだな――京太郎」

「義姉、さん……」


腕を組んで立つ義姉と、その傍らに立つハギヨシは、確かにそこにいて。


「姉さんって……天江の?」

「あ、ああ……」


フン、と。

つまらないモノを見るように、衣は京太郎の友人たちを見渡して。


「……とはいえ」


「弟が世話になった礼は、たっぷりとしなくては――なぁ?」







ある日まで、衣の世界には、京太郎しかいなかった。

ある日まで、京太郎の世界には、衣しかいなかった。


他には何も、いらなかった。

他には、何もなかった。


ただ、それだけの違い。



――懐かしい、夢を見た。


「……っ」


目を覚ました京太郎が、最初に感じたものは痛み。

ベッドに繋がれた鎖は、容赦なく京太郎の両足首を締め付けている。


「……なんで」


躾けだ、と義姉たちは言った。

今にして思えば――透華の役目は、迎えではなく警告だったのだろう。


「あぁ……」


京太郎は、それを破ってしまったのだ。

過保護ではなく、独占欲。

義姉たちの心の底を、わかっていなかった。

「起きたか」

「……義姉さん」


もう――何日経ったのかも、わからない。

時間の感覚を失くしてから、衣としか話していない。


「むぅ……衣とて、本意ではないのだ。早く京太郎と遊びたいのだが……」

「なら」

「だが、これは躾け。我慢が大事と透華たちが、な」

「……」


「また京太郎を誑かす輩が出ないとも限らん。残念だが……」

「……なんで」

「ん?」


「なんで、こんなこと……したんだよ……」

「……」

「友達、だったんだ……なのに……なんで」



「京太郎」




「それ以上言うなら――衣は、トーカたちも遠ざけなければならなくなる」




「トーカが智紀や一を連れて来て、此処も賑やかになった」


「だが」



「衣は、京太郎だけいれば良かった」




「今更、出て行けなどとは言わない」


「もう、家族のようなものだからな」


「だが」


「これ以上、増えるのはダメだ」

「透華たちが来て」

「更に、他のものたちまでも来て」

「京太郎が遠ざかるのなら」



「衣はもう――何も、いらない」

「京太郎が側にいないのなら」



「何もかも――消えて、なくなっちゃえばいいんだ」





京太郎の両親を失った日から、「須賀」は「天江」になった。

「友達」は「家族」になった。

そして、衣の両親を失った日から――「家族」は「半身」になった。



「絶対に、許さない」

「衣を置いて、何処かに行こうなんて」

「そんなの――絶対に、許さないんだからな」



【義姉】




「あれ、京太郎どこいくの?」

「ちょっと散歩。東京見ておきたくてさ」

「あまり遅くならないでよ?」

「大丈夫、時間までには帰りますから」

「ん。わかった」



「……ふーん?」



――さて、メールで決めた待ち合わせ場所の喫茶店。

集合時間は当に過ぎているのにも関わらず、いくら待っても彼女は現れない。


「……やっぱ、ただのおかしなヤツだったのか?」


京太郎の時間にも限りはある。

後数分待って来ないなら――



「ご、ごめん京ちゃん!!」


京太郎が腰を浮かしかけた瞬間、ここで待ち合わせをした少女――咲が喫茶店のドアベルを鳴らして駆け込んできた。

荒れた息と汗だくになっている顔から、本当に急いで来たであろうことが見て取れた。

道に迷ったと。

遅刻の理由を聞かれた咲は、そう言った。


「だって、ここら辺わかりにくくて……」


――ちなみに、集合場所にしたこの喫茶店には大きな看板が目印になっている。

インターハイ会場も近く、道も入り組んでいるわけではない。


「……いつもなら、京ちゃんが見付けてくれるから……」


――そして、この台詞。


「あのさ……本当に、申し訳ないんだけど。俺と君――どっかで会ったことある?」


京太郎からすれば、宮永咲は昨日にあったばかりの相手。

清澄高校に知り合いがいるとすれば、それは和以外にはあり得ない筈。

確かな記憶を持って、京太郎は咲に問いかけ――


「……やっぱり」

「はぁ?」

「あの二人は、どこ?」


出来る限り冷静に対応したつもりだが、返事はまるで脈絡がない。

咲に「あの二人」と呼ばれるような知り合いを、京太郎は思い付かない。

一瞬、姉たちを指しているようにも思ったが、それも考えにくい。


「誰だよ、あの二人って」

「……惚けないでよ」

「惚けてるのはどっちだよ。さっきから、意味わかんねえよお前」




畳み掛けるような語り口になっていることを自覚した京太郎は、一つ咳払いをした。

このまま苛立ちをぶつけたところで、何も解決しないだろう。


「……本当に、覚えてないんだ。だから、一から教えてくれないか?」


早口にならないよう心掛け、言い切った後に注文したコーヒーを口にした。

咲を待っている間に注文したそれは、冷めて味が数段落ちてしまっている。

不味いと感じながらも珈琲を飲み干した京太郎に、咲は――


「私、が」

「ん?」


「私が、思い出させてあげる」

「思い出させるって……」



「だって」


「それが、幼馴染みの、役目だもん」

また、これだ。

この調子では、咲から期待した答えを問い質すことは不可能だろう。

そう結論付けた京太郎は、早々にこの場を切り上げるべく立ち上がり――



「……え?」


見て、しまった。

咲の右掌に残された、


「お前、それ」


幾つもの、刺し傷を。




「……これ、ね。自分で付けたの」

「……!」


京太郎は、思い違いを、していた。

冷静な話し合いなんて、最初から不可能だった。


「京ちゃんが私を忘れても、私は京ちゃんを忘れないから」

「な、何、言って……」


咲の手が。

連なった鎖のように、傷だらけになった掌が。


「千切れたら、また繋ぎ直せばいいもんね」


真っ直ぐ、京太郎へと伸ばされて。


「――ウチの部員に手を出すなら、見逃せないなぁ」


届くことは、なかった。



伸ばされた咲の手を、阻んだ手。


「先生……」

「ごめんね、何か怪しいと思ってさ。話、全部聞いてた」


部屋を出た時から尾けていたと、晴絵は言った。


「……誰?」

「阿知賀の顧問。で、アンタはウチの部員の何なのさ」


晴絵の淡々とした口調と、眼差しを受けて。

初めて、咲の瞳が揺らいだ。


「……あ、阿知賀? 新道寺じゃ」

「はぁ? ウチと新道寺になんの関係があるのさ」

「で、でも! 確かに京ちゃんは引っ越して九州に――!!」


一方通行だった咲が、第三者の晴絵の言葉を受けて揺らいでいる。


「京ちゃんから、手紙もメールも……九州から」

「……俺は、産まれも育ちも奈良。九州なんて、行ったこともない」

「そゆこと。なんなら、証拠も見せようか。今、この場で」


晴絵が懐から取り出した、小さな手帳。

開いてページを捲ると、幼い頃から現在に至るまでの京太郎の写真が順を追って貼られていた。


「……で。宮永さん。あなたの言っている『京ちゃん』は、どこのどなた?」

「そんなの……」

「答えられない? 呆れた、ただの人違いじゃない」

「……」

「宮永さん」



「二度と、ウチの部員に近寄るな」

「行くよ、京太郎」

「あ、はい……」


ちら、と咲に横目を向ける。


「……」


俯いて、何かをブツブツと呟いている。

妄想に囚われている彼女。

昨日知り合ったばかりの京太郎に、かけられる言葉は無かった。


「……」


仕方がなかった、と。

誰に言い訳をするでもなく、心の中で呟いて。


「……これ、ここの料金」


京太郎は、晴絵の後を追って喫茶店を後にした。

「……大事にしてって」


「そう」


「言ったのに」




あれから――晴絵が一人で清澄に話を付けに行った為、あの後に何があったのかは直接は見ていない。

ただ、もう安心していいと、戻ってきた晴絵は言った。

そして。


「……なあ、穏?」

「んー?」


突如豹変した女子と言えば、穏乃もそうだ。

穏乃の場合は、咲のような妄想に包まれた狂気は感じられなかったが――


「なになに?」


こうして話しかけてみても、いつもの穏乃である。

風呂上がりであるにも関わらず、色気よりも子供らしさが強い、いつもの穏乃である。


「……うん。いつもの穏乃だ」

「? 変なの」


ポンポン、と頭を撫でてやると落ち着く。

あの時の出来事が、白昼夢のように思えてきた。


「落ち着くんだよ、穏といると」

「ふーん?」


唯一の癒し役、というか。

灼ですら嫉妬の視線を向けてくる現状、変わらないでいてくれる穏乃の存在は有り難かった。


「うりうり」

「えへへ……よくわかんないけど、なんか嬉しい」



「京太郎は、私といると落ち着く?」

「うん」

「私といると嬉しい?」

「うん」



「それって――憧よりも?」

「……穏?」

「ねえ、どうなの?」




「教えてよ」



「……ごめん」


誤魔化しでも肯定でもなく、否定。

穏乃の問いかけに――京太郎は、心の中に浮かんできた憧を、裏切れなかった。


「へぇ……」

「……」

「じゃあ……憧と、玄さんや宥さんは?」

「……っ」



また、新しく投げかけられた問いかけは――すぐに、答えられなかった。

一度、裏切って。

姉たちとの関係に、決着を付けないままに。

また――裏切ろうと、している。


「ねー、京太郎」


「最近、気付いたんだけど」


「私ねー?」


ガリ、と。

犬歯が、突き立てられる音がした。


「痛っ……」

「結構さ。嫉妬深いんだ」



また、深い霧の中。

京太郎の手の平に、血が滲んでいた。



「アルバイト、ですか?」

「そう。知り合いの雀荘でね。週給12万円」

「え、まじすか」


――この時、俺はまだわかってなかったんだ。


「須賀くんは卓に着いて打ってるだけでいいから。大丈夫、お金賭けたりとかそういうのはないから」

「うーん……」

「これも麻雀の勉強だと思って……ね?」

「……わかりました! やります!!」


「ふふ……よろしく、ね♪」


――これが、本当の恐怖の始まりだってことを――



【Five Nights at すこやん′s】





「この――クソアマが」


最早、それは妹に向ける言葉ではなく。

怒りによって振るわれた平手にも、躊躇いは一切なかった。


「――ッ」

「……いつまでも、許して貰えると思っとったんか? なぁ」


胸ぐらを掴む手は、震えていた。

裏切られた怒りと悲しみは、今まで踏み止まっていた最後の一歩を越えさせる。

吐き出される言葉と、暴力で、絹恵をひたすらに痛めつける。


「前から、京太郎に色目使って……」


絹恵は、やり返さない。

顔を、手足を、されるがままに。

洋榎 の怒りを受け止めている。


「なんか、言えや。黙ってんな」

「……」

「……クソがッ」


吐き捨てるように言い捨てて、最後に絹恵の頬を引っ叩くと、洋榎は部屋から出て行った。

黙りを決め込む絹恵に変わって、京太郎を問い詰めるつもりなのだろう。


「……」


一人、部屋に残された絹恵は。

唯一、洋榎に手を出されなかった下腹部に手を添えて。


「……あ、はっ♪」


笑った。







「先生」


最初はむず痒かったこの呼び名も――今では、呼ばれる度に心が躍る自分がいる。

京太郎専属家庭教師。何て良い響きだろうか。

つい、鼻唄を口ずさみたくなる気持ちを抑えて、明華は教え子の呼び掛けに応じた。


「なんですか?」

「ちょっと牌譜の研究というか……色々纏めてみたんで、見てもらえます?」

「ふふ――喜んで。それじゃ、採点してみましょうか♪」


椅子に座っている京太郎のすぐ後ろに立って、明華は机に広げられた牌譜を覗き込んだ。

立ち屈みになって牌譜に顔を寄せるということは――すぐ横に、京太郎の顔があるということ。

明華の髪の毛の感触や、芳香。それを間近で感じる京太郎は、最早牌譜の研究どころではない。

そして――


(あぁ――なんて。初々しく、可愛いのでしょう……♪)


その反応を、明華は手に取るように感じていた。


「あら……」


耳元で、囁くように。

それだけで、朱が差していた頬が更に赤くなる。

堪らず、少し体をズラして距離を置こうとした京太郎の手を取って。


「ふふ……早速、間違いがありましたね……♪」


染み込まされる声に――京太郎は、明華の顔を直視する事ができなかった。





麻雀の家庭教師として京太郎の家を訪れて。

足繁く通う内に、この部屋のことは全て把握した。

それこそ彼が致すのに使う本の隠し箱から、ゴミ箱の中身まで。


「ち、ちょっとお茶いれてきますっ!!」


そして、牌譜のチェックが終わった後に京太郎が逃げるように部屋から出て行くことも、明華にはわかりきっている。

一人で部屋に残された明華は、部屋の隅のベッドに潜り込む。

彼の匂いを堪能するように。自分の匂いを染み込ませるように。


(彼は――今夜、どんな反応をしてくれるでしょうか?)


いっそ、このまま寝たフリをして戻ってきた京太郎の反応を楽しむのもいいかもしれない。

その瞬間を想像して、頬を緩めた明華の耳に――枕元に置かれた携帯から、メールの着信音が届いた。

(あら……?)


そう言えば。

彼が携帯を使うのはよく見るが、その中身までは気にした事がなかった。


「教師としての義務、ですね」


そう自分に言い訳をして――例え言い訳がなくとも、明華には微塵の躊躇いもないが――携帯を手に取る。


「……これ、は」


明華の表情が固まる。

それは、メールの内容を読んだからではなく――


「……」


携帯のロック画面。

カメラ機能によって撮影された、ネリー・ヴィルサラーゼの寝顔。


「……そう、なのですね」


乾いた風が心の中を吹き荒ぶのを、感じた。



【家庭教師のトライ】






――嘘だ。信じたくない。

けれど、扉の隙間から覗く光景と、聞こえてくる嬌声は現実のもので。


「……う」


喉の奥から込み上げてくる吐き気に、口を押さえてその場にへたり込む。

両手で必死に堪えなければ、何もかもを吐き出してしまいそうで。


「……おかぁ、さん……」


目を閉じて、見ないようにしても、耳は勝手に声を拾う。

愛した男が、母に弄ばれる声。

愛した母が、善がる声。


「ぐ、う……っ」


指の隙間から、堪えきれなかったモノが滴り落ちる。

膝や床を、少しずつ汚す。


「どう、して……!」


湧き上がる感情は、彼を奪われた怒り。

湧き上がる感情は、欲のままに彼を貪る母と自分への嫌悪。


自分が姉にしたことを、母にされている。

板挟みになった絹恵は、一歩も動けなくて。


「……あ」


――お腹の中で、何かが動いたような気がした。



清水谷竜華にとって、須賀京太郎とは警戒するべき相手だった。

ネト麻で知り合ったとかで怜と仲が良く、スポーツもそこそこ出来る為にセーラとも交流がある。


「……それでもなぁ」


しかし、彼は、男子である。

高校に上がるまで年頃の男子との付き合いがなかった竜華には京太郎の目線は軽蔑の対象。

最初の出会いで、余りにも正直過ぎる態度を見せた京太郎の第一印象はマイナススタート。

マネージャーとして麻雀部に入部した時も、竜華はその整った眉根を寄せた。


「うん。変なコトしたら速攻で追い出したるわ」


そうして竜華は、高校最後の部活動を警戒心と共にスタートさせ――



「あ、京くん! 一緒に帰らへん?」


――ものの見事に、引っくり返った。

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最終更新:2026年01月05日 21:11