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松実玄は献身的でありながら、少し自虐的である。

想い人の為に何かしてあげたい。

けれども、彼の周りには魅力的な女の子ばかり。

悩んでいるうちに、どんどん彼はどこかへと行ってしまう。


「……ああ、そっか」


だから、彼を誰の手も届かないところに閉じ込める。

準備はできた。

後は、彼をここに連れ込むだけ――


「で、ついうっかり自分が閉じ込められたと」

「……てへっ」


「……」

「……」


「あと一晩、そこで反省を」

「そんなーっ!?」


――惜しむべきは、彼女のうっかりである。

松実宥は、嫉妬心が強い。

彼が他の女と話しているだけで、胸の奥が焼かれるような気持ちになる。


「……いなくなっちゃえ」


邪魔をするなら、たとえ、妹でも。

その細い首を、このマフラーで――



「……自分のマフラー踏んづけて転ぶって……」

「うー……」


「まぁ、そりゃ長過ぎますもんね……これ」

「だって……」


「はぁ……とりあえず救急箱とってくるんで、待っててください」

「……うん」


――惜しむべきは、彼女の運動神経の低さである。

新子憧は、玄以上に自虐的である。

彼が欲しい。振り向いてほしい。

でも、自分の女としての魅力は足りてない。

まだ足りない。

なら、無理矢理彼を振り向かせる為に。


「……あはっ」


彼女は、ハサミを手に――



「おーい、憧ー。ハサミ持ってなにやってんだ?」

「ふきゅっ!?」


「もしかして工作? 久しぶりにアレ作るか?」

「あ、アレ?」


「クジだよ。指令引くやつ……でも紙がないな。よし、一緒に貰ってこようぜー」ぐぃっ

「あ、あんた……て、手……!?」



――惜しむべきは、手を握られただけで満足する、彼女のチョロさである。



鷺森灼は、努力家である。

好きな人に振り向いて貰いたければ、何だってする。


「……あぁ」


それこそ、自分の体にメスを入れる覚悟も――



「……バイトし過ぎで倒れたって」

「……面目ない」


「おばあちゃんも心配してましたよ?」

「……」


「とりあえず、今日は一日看病しますから……」

「ありがと……」



――惜しむべきは、彼女の懐事情である。



穏乃は、依存している。

彼がいなくなったら、生きていけない。

二度と離したくない。

ずっと一緒にいたい。


「あは……だったら……」


彼と、山の深いところで――



「おーいシズー。久しぶりにうちでマリカーやろうぜー」

「おー、やるやるー!!」


「おわ、引っ付くなっての!」

「いーじゃん、どーせ一緒に行くんだしー」


「はぁ……んじゃ、さっさと行くぞ」

「おー! ゴーゴー!」


――惜しむべきは、三歩歩いたら全て忘れる彼女の能天気具合である。

赤土晴絵は、生徒思いである。

いつだって、彼に立派な教育を施したいと思っている。

毒牙を向ける女から、彼を守るために。


「こうすれば……良かったんだよ」


そうして彼女は、彼を自分の部屋に監禁し――



「ほら、起きろ!」

「あ、あと五分……」


「今日のゴミ当番レジェンドだろ!?」

「う、明日もやるから……」


「んなこと言ってると今日メシ抜くぞ!!」

「あ、待って! それだけは勘弁!!」



――惜しむべきは、彼女のプライベートのだらしなさである。




神。

それは本来ならば、人の手に負えるものではない。

彼女たちが借りている力も、あくまで一時的なもの。

過ぎたように扱えば、それは己の身を滅ぼす――


「オラァッ!!」

「ひっ!?」


――などと、格好付けても。

目の前の光景は、何一つ変りなく。

とある執事の元で修行を積んだ。

金色の気を身に纏い、そう語る京太郎には、どのような神であれ通用しないだろう。

一歩ずつ近付いてくる彼に、小蒔はヘタレ込み――


「……すいません。俺が、間違ってました」

「……え?」


そっと、涙を拭われる。

それは、小蒔が予想していなかった――けれど、ずっと欲しかった優しさ。


「全部……ウソだったんですね」

「あ……あぁあああっ!!」


彼の鍛え抜かれた胸の中で、子どものように泣きじゃくる。

京太郎は彼女の涙を染み込ませ――もう二度と離さないと、彼女を強く抱き締めた。






東横桃子には、悩みがあった。

それは、同じ一年生の男子のことで――


「おーモモ。よかったら一緒に学食いかね?」

「っ……」


ズケズケと、心の中に踏み込んでくる男。

何故か自分のことが見えているようで、ベタベタ構ってくる男。

なんと昨晩は夢にまで出てきた男。

それも、内容は――


「お、おい……モモ? 頭痛か? なんか凄い顔してるけど――」

「……大丈夫っす。ええ。問題ないっすよ」

「そ、そうか……?」

「はい……ちなみに、今日は私はお弁当持参」

「あら、残念。なら――」

「ちょい、待つっす」


「……ちょっと、量が多過ぎるんで。ちょっとくらいなら、分けてやってもいいっすよ」

「……なんてことがあったんですよ」

「それは……珍しいな。モモが男子に……」


「……お返しとか、した方がいいんですかね?」

「まぁ……別にモモはそういうつもりだったわけじゃないだろうが――ふむ」


――先輩に手作り弁当とか、貰えたらなぁ。

――そうか。モモが……。


「そうだな。良ければ次の休みに一緒に何か探しに行くか? モモの好みは私の方が知ってるからな」

「マジすか!」


――どれ。可愛い後輩のために一肌脱ごうじゃないか。

――先輩と一緒に買い物……いや、そういう目的じゃないけど……でも。



交わらない感情のベクトル。

それは、少しずつ歪みを生んでいく。

後輩の恋を応援してたら本命は自分でしたと知らされた時のかじゅが見たい




「京太郎くん……今日は、どこに行きますか?」


頬を赤らめて、はにかみながら聞いてくる成香は本当に可愛らしいと思う。

周りから聞こえてくるヒソヒソ話さえ無ければ、だが。


「京太郎……くん?」


何も答えないのを不安に感じたのか、上目遣いで袖をくいくいと引いてくる。

全国大会が終わってから、成香は本当に積極的になった。

その潤んだ瞳が何を求めているのか。

今なら――それを、理解できる。


「あの……良かったら、私のお家に――」

「先輩」


成香の言葉を遮って、手を払う。

困惑したように彼女は眉を寄せるが、止めるわけにはいかない。

だって――


「俺、ユキと付き合ってるんで……先輩と一緒には、行けません」

「あーあ、泣かしてやんの」

「先輩」


全てが終わった後で。

物陰から様子を伺っていたらしい爽が顔を出した。


「でも……キツく言わないとダメだと思って」

「そう、ユキに言われたのかー?」

「……」

「ふーん……ま、別に私がどうこう言うのもアレだけどさー」


「成香、泣かすとこわいぞー?」

次の日。

京太郎と由暉子が手を繋いで下校すると――下駄箱に、成香が立っていた。


「……なんですか」


京太郎が何かを言う前に、由暉子が一歩前に出た。

不機嫌な様子を隠そうともせず、眉に皺を寄せて。


「……ごめんなさい」

「……はい?」

「昨日は、ごめんなさい」


それだけを言うと、成香は振り向いて去って行く。

よく見ると、右手の人差し指には包帯が巻かれていた。

部活でも――どこか、ギスギスした空気が流れているように感じる。

京太郎は、その原因が自分たちだということに気が付いてはいるが――


「京太郎くん。良かったら一緒に」

「……須賀くんの指導は、私がしますから」


成香が伸ばした左手を、由暉子が押し退ける。

叩くような勢いだが、成香は何も言わず。


「……」


ただじっと、赤くなった自分の手の甲を見つめていた。

「……なぁ、ユキ」

「なんですか」

「少しさ……その、先輩に厳し過ぎないか?」

「……」

「あ、いや……ユキの気持ちもわかるんだ……でも」


――あの人も、俺を思ってのことだから。

喉まで出かかった言葉は、由暉子に見つめられて引っ込んでしまった。


「……わかりました」

「え?」


「須賀くんは、あの人を気にかけるんですね」

「……」

「なら……私も」


「考えることが、あります」

「あなたが、邪魔なんですよ」


二人っきりの部室で――由暉子は、成香に言い放った。



「私が……」

「はい」


成香を見やる由暉子の眼差しには、軽蔑の色が宿っている。

理解していない様子の彼女に、由暉子は更に苛立った様子で口を開いた。


「あなたの存在そのものが。須賀くんにとって邪魔なんです」

「そんな……」

「その指の包帯は、自分でつけた傷でしょう?」

「……」

「その左手のガーゼも……私が叩いた場所ですが、そこまで強くは叩きませんでした」

「……」


「そうやって、自分を傷付ければ彼が見てくれるとでも?」

「……っ」

「あなたは彼の優しさに付け込んで……だから、もう一度いいます」


「あなたは――邪魔です」

それ以来――成香を、部室で見ることはなかった。

一人がいなくなると、少しずつみんなも来なくなって。

自然と――有珠山麻雀部は、消えつつあった。

本当に、これで良かったのか。

一人での登校中に、物憂げな溜息が出てくる。

もっと、うまいやり方はあった筈だ。

誰も傷付かない、そんな方法が。


「……?」


携帯に、着信。

その相手は――成香だ。


「先輩……?」

「……」

「先輩ですよね? 何を――」



「さようなら」

ぐちゃり、と。

目の前に、何かが落ちてきて。

嗅いだことのない、酷い匂いが鼻を突き刺す。


「……え?」


理解が、できない。

目の前には、黒いような、赤いような。

ぐちゃぐちゃになった、何か。


「……あ」


その中にある、包帯が巻かれた何か。

そして、糸のようなアレは、きっと髪の毛で。

その色と、リボンには、見覚えが――

「――っていうお話を考えたんですけど……」


成香が考えたという話のあらすじに、言葉を失う麻雀一同。

ハッキリ言うならばドン引き状態であるが――部長である誓子が咳払いをしつつ、真っ先に口を開いた。


「却下よ」

「ダメですか……」


しゅん、と肩を落とす成香。

普段なら誰かが何かしらの慰めの言葉をかけるのだが、今は誰も何も言えない。

何を言えばいいのか、かける言葉が見つからない。


「あ、じゃあ――」

「そ、それじゃ! 次は爽が話してくれる? 文化祭の案!!」

「お、おう。じゃあ、こんなのはどうよってか――」


妙な空気を払拭すべく、全力で話を爽に振る。

とりあえず成香をキレさせるのは絶対によそう――と、麻雀部一同は堅く心に誓ったそうな。



【有珠山愛憎劇場.V3】







憧(私が京太郎をおんぶして帰る……なんて、本当にあり得ないわよねー)


背中ですやすやとのんきな寝息を立てる京太郎。

穏乃より小さくて軽くて――本当に、この子が成長するとあんな風になるなんて信じられない。


憧「まぁ、悪い意味じゃないけど……ほら、着いたわよ」

京「ん……んー?」


グシグシと、背中で彼が目を擦る。

その仕草にもう少しだけ寝かせてあげたくなるが、そういうわけにもいかない。

憧は彼が目覚めるように、それでいて苦しくならない程度に軽く体を揺すった。


憧「ほらほら、起きて起きて」

京「あ……ん…おはよ……?」

憧「うん。おはよ」

京「……あこちゃん、いいにおいする」

憧「えふ」


不意打ちで受けた言葉に、どきりと胸が高鳴る音がして。

子ども相手に何を――と、憧は頭を軽く振った。


憧「ん、んん……とりあえず、降りてね」

京「はーい」

憧「ただいまー」

京「おじゃましまーす」


憧「あれ……出かけてるのかな。まぁ、説明省けていいけど」

京「おゆはん?」

憧「その前にお風呂。アンタ泥塗れに汗塗れでしょ」

京「おふろ……」

憧「どうかした?」

京「……」


憧「まぁいっか。とりあえず案内するわね」

京「うん……」



憧「これがシャンプーでこっちがボディソープ。体を洗うヤツね」

京「……」

憧「……ちゃんとわかってる?」

京「うん」

憧「そう。一人で入れる?」

京「うん!」

憧「なら大丈夫ね。ちゃんと100数えるのよー?」

京「はーい!」



憧「さて……今のうちに――」

京「でたよー!」

憧「速っ!?」

憧「……って、アンタ」

京「なに?」


ガシ、と彼が逃げ出さないように肩を掴む。

じっと近付いて匂いを嗅ぎ――憧は、確信した。


憧「ちゃんと、入ってないでしょ」


精々がお湯を少し浴びた程度。

体の汚れも疲れも、ちっとも落とせていない。


京「うっ……」

憧「……キレイにしないとカッコよくなれないわよ?」

京「だって……こわいんだもん」

憧「こわい? お風呂が?」

京「……」


憧「なら――」

憧「私が一緒に入ってあげるから」

京「あこちゃんが……?」

憧「そ。どんなこわいオバケが出たって私がやっつけてあげる。それでもまだこわい?」

京「……」ふるふる

憧「いい子ね。じゃあちょっと待ってて。準備してくるから」


着替えやら何やらを用意しながら、憧は苦笑した。

お風呂がこわい、とは変わった子だ。

アイツが元に戻ったらコレをネタにからかってやろうかしら――って。


憧「……よくよく考えたら私」

憧「もしかして、結構スゴイこと言ってない……?」





京「まだー?」

憧「あ! う、うん! 大丈夫! すぐ行くからー!!」


憧「……そうよね」

憧「これは、あくまでちっちゃい子のお世話なんだから」

憧「うん。何も、おかしいことなんてない。やましい気持ちなんてないんだから……」


京太郎「あこちゃんー?」

憧「……お待たせ。それじゃ、入りましょ」


憧に手を引かれながら、京太郎は再び風呂場に足を踏み入れた。

隣で「ゾウさんなんかに負けはしない」とブツブツ呟く憧に、首を傾げながら。

京「うー……」ざばーっ

憧「こら、ちゃんとシャンプーも使いなさい」

京「だってしみるし……」

憧「なら目を閉じて。私がやってあげるから」

京「うん……」


憧「かゆいところない?」わしゃわしゃ

京「だいじょうぶ……」

憧「じゃ、流すから。しっかり目を閉じててよー」

京「はーい」ざばーっ


憧「ね? 痛くなかったでしょ」

京「うん。ありがとーっ!!」ダッ

憧「こら、風呂場で急に――」


京「あっ」つるっ

憧「あっ!?」




憧「せ、セーフ」

京「……やわらかい」



憧「……あんた。よく見たら体の洗い方もテキトーね」

京「ちゃんとやってるよー」

憧「いいえ、ダメッダメよ。背中とか垢が残ってるし……ほら、ここ座って」

京「はーい……」


憧「はい、万歳してー」

京「はーい」

憧「脇とかこーいうとこもしっかりね。ハイ、手を降ろしてー」


憧「じゃあ、次ね」

京「まだあるのー?」

憧「だって、アンタ。ちょっと大雑把過ぎるし」

京「うぅ……」

憧「ガマンなさい。じゃあ次……は……」

京「あこちゃんー?」


――そう。

彼はとっても小さな子ども。

故に、体の洗い方はとても大雑把で、憧が手伝ってあげないといけない部分がたくさんある。

だから、垢が残っているところをスポンジで洗ってあげると、次に洗うべき場所は――


憧「ぞ、ゾウさん……」

ゴクリ、と喉がなる。


京「あこちゃん?」


何を緊張しているのか。


京「もう終わり?」


負けないと、自分に言い聞かせたばかりではないか。


京「……むぅ」


そう。

相手は、子どもで。

京太郎だけど、今は穏乃よりちっちゃい京太郎で。


憧「こども……こども……!」


子供で、子どもで、こどもで――



――だ が オ ト コ だ。

どこからか、そんな声が聞こえてきた気がして――


憧「……あはっ」

京「あこちゃん……?」


困惑している彼をよそに、憧は彼の下の部分へと手を伸ばす。

そこはデリケートで、未知だった場所。

それに憧は躊躇いなく、よく整えられた白い指を伸ばした。


京「ひゃっ!?」

憧「あら、女の子みたいな声」

京「あこちゃ、そこは洗えるから――」

憧「ダーメッ♪」

京「ひぃんっ」


彼が身動ぎして、悶える声を上げるたびに。

ゾクゾクと、全身を何かが走り抜ける快感。


憧「しっかり洗って……しっかり覚えてもらうんだから」

京「あ、あこちゃん……こわいよ……」

憧「ふふ……」


抵抗する力も可愛らしいもの。

ぎゅっと彼の手首を握って、憧は耳元で囁く。


憧「だって――次は、私がアンタに洗ってもらうんだから」




ぷるぷると小刻みに震えて――なんとも、可愛らしい。

やわらかい肢体はまるで女の子のよう。

これが京太郎なのだと思うと、その気持ちは、益々強くなっていく。

荒くなる呼吸。乱れる吐息。


憧「ふ、ふふ……♪」





憧「こら、暴れないの……♪」


ビクビクと震えるが、それも大した抵抗にはならない。

むしろ、手が退かされる分だけ色々なところに手が届く。


京「あ、あ……!」

憧「いい加減、諦め――て?」


暴れているのかと思ったが、何かがおかしい。

震えている、というよりは痙攣しているといった方が正しい。


京「あ、いたっ……あああっ!?」

憧「京太郎……!?」


明らかにおかしいその様子に、火照った頰から血の気が引いていくのを感じる。

そういえば、京太郎がこうなった元々の理由は奇病。

もしかして、何か命に関わるような症状が今になって――


京太郎「あ………アレ? 俺は……」

憧「……へ?」




泡まみれだが、よく見慣れた顔。

元ハンドボール部らしく、細身ながらも引き締まった肉体。


京太郎「あ……あ、こ?」

憧「京太郎! 戻ったのね!」


いずれ元に戻る、とは確かに言っていた。

タイミングについては詳しく聞いていなかったが――偶々それが今だった、ということだろう。


憧「大丈夫? 痛いところとかない?」

京太郎「い、いや……そういうのは大丈夫だけど……」


彼の様子がどこかおかしい。

真っ赤になって、恥ずかしそうに憧から目を逸らしている。


京太郎「あ……あのさ……」

憧「なに? どこかやっぱり悪いところ――」

京太郎「ふ、服……?」

憧「ふ……く?」


服とは、何だろう。

今は風呂に入っているんだから服を着るのはおかし――


憧「……あ」


風呂。お互いに裸。元の体。

そして目の前にはゾウさんというよりマンモスさん。

冷静になった後でこの状況に置かれて、憧が導き出した答えは――


憧「ふ、きゅぅ……」

京太郎「ちょ、憧ォッ!?」


意識を、失うことだった。




――そして。


京太郎「憧!? おーい!?」


京太郎にしてみれば、この状況は訳がわからない。

気が付いたら憧と二人っきり。それも風呂場で全裸で。

倒れそうになった憧を慌てて抱え、ペシペシと頰を叩くが起きそうにない。


京太郎「……どうすんだコレ」


泡で所々が隠れているとはいえ――憧の肢体は実に魅力的で。

殆ど密着状態にあるというのは、色んな意味で心がヤバい――ではなく。




――ピンポーン。


京太郎「ちょ、今は……!」


来客らしいが、とても今はそれどころじゃない。

悪いが、帰って貰わないと――


「いない……? でも、電気が……」


「あれ、開いた……」


「そっちの方に、いるのかな……?」


パニクる京太郎には、この場を切り抜ける知恵は思い浮かばず。

段々とこっちに近付いてくる声と足音の正体は――





宥「あ、お風呂入ってるんだ……」

京太郎「っ!」


どきりと、心臓が跳ねる。

その声の主――宥は、ちっとも止まりそうにない。

どこかへ行ってくれと、京太郎の願いも虚しく――


宥「憧ちゃん? 京太郎くんのわすれもの……が」

京太郎「あぁ……」


ばっちりと、見られてしまった。

宥の立っている場所から見れば――裸の憧を、同 裸の京太郎が抱きかかえている姿を。





宥「二人とも……?」


底冷えするような、宥の声音。

思わず後退りするが、風呂場の壁にぶつかるばかりで逃げ場は無い。


京太郎「いや、これは違くて、その……!?」


慌てて弁明しようとも――京太郎自身、今の自分の状況を理解していない。

口が上手く回らず、一歩ずつ距離を詰めてくる宥を止めることができない。


京太郎「あ、あぁ……」

宥「あったかく……ない……」

京太郎「あ、いや……っくしゅっ」


土壇場になって出てきたのは、この場にはそぐわないくしゃみ。

体が濡れたままだし、宥によって心身共に冷たい気持ちになっている。

しかし、それが功を奏したのか――宥は、ピタリと足を止めた。


宥「京太郎くん……寒いの?」

京太郎「いや……まぁ……」

宥「そっかぁ……憧ちゃんと一緒なのは……寒いんだぁ」

京太郎「いっ!?」


くすくす。

妖しげに笑う宥の雰囲気は――普段のそれとは、あまりにかけ離れていて。


宥「じゃあ……私が、あったかくしてあげるね」


宥「憧ちゃんより――ずっと♪」

マフラーを解き、カーディガンを脱ぎ捨てる。

スカートも下着も、何の躊躇いもなく。

驚くばかりで頭の回らない京太郎には、宥を止めることはできなかった。


宥「あは……っ」

京太郎「ゆ、宥さん……!」

宥「そんなに震えて……かわいそう」


宥「すぐに私が……憧ちゃんより、あっためてあげる」




憧「宥姉が……私より?」

京太郎「憧!」


胸の中で、憧が目を覚ます。

唯一この状況を説明できる彼女なら、きっと宥を止めてくれるだろう。

漸く救いの手が差し伸べられたと、京太郎は胸中で胸を撫で下ろし――


憧「バカ、言わないでよ」

京太郎「あこ……?」

憧「私の方が――ずっと、京太郎のことを知ってるんだから」


何かのスイッチが入ってしまったのか、今の憧はまるで別人のようだ。

何を言っているのか、問い質そうとしても。

憧の指に、太ももの内側を撫でられると――まるで幼少期のトラウマのように、恐怖心に体が縛られて一歩も動くことができなかった。


宥「……そんなこと、ない」

憧「ふふ……やってみる?」


京太郎「あ、ああ……!」


ゆるりと伸びてくる、二人の指。

京太郎に出来るのは――ただ、蹂躙されることだけだった。










――変わったことは、3つ。



晴絵「いやー、京太郎が戻って良かったねぇ!」

穏乃「思ったより速かったねー」

京太郎「は、はは……」




――やけに、部長が世話を焼いてくれるようになったこと。


灼「……京太郎」

京太郎「あ、部長」

灼「この教本、お勧めだから……読んでおいて」

京太郎「うす、ありがとうございます!」

灼「……」こくり




――やけに、甘えさせてくる先輩。


玄「京太郎くん、ちょっと疲れたでしょ? 休みなよ」

京太郎「そっすね。じゃあちょっとだけ――」

玄「はい、どーぞ!」ぽんぽん

京太郎「……えっと」

玄「? 膝枕、だよ?」

京太郎「じゃあ、遠慮なく……」

玄「うん!」



――そして。



憧「京太郎っ♪」

宥「どこ、行くの……?」

京太郎「あ……」



憧「今日も……」

宥「これから……」


「たっぷり」


憧「可愛がってあげる……♪」

宥「あっためてあげる……♪」



――誰にも言えない、秘密の関係。

憧「……私、最近食欲なくて……」

京太郎「大丈夫か?」

憧「でも、酸っぱいものはたべたいのよねぇ……」

京太郎「えっ」

宥「あ、私も」

京太郎「え゛っ」



――明るみに出るまで、あと少し。










「京太郎……今、なんて……?」


信じられない。

今、聞いたことが間違いであって欲しい。

そう願って、再び聞いても――彼は、嘲るように口の端を歪めるだけ。


「だからぁ……何度も、言わせないで下さいよ」

「っ! いややっ! 聞きとうないっ!」

「あーもぅ、面倒いなぁ」


ゆっくりと、彼が私の眼鏡を外す。

前は、このまま優しく瞼にキスをしてくれた。

けれど、今は――


「一回ヤッたくらいで、彼女面しないでくださいよ」





「あ……」


余命宣告を受けたように。

私の体の震えが、止まらない。


「じゃあ、そういうことで……もう、部室で話しかけないでくださいね」

「あ、ま、まって」


彼は一度も振り返らず、足を止めず。

追いかけようとしても、上手く立ち上がれなくて、私は近くの机の中身をブチまけてしまった。


「……あ」


床に散らばる教本や、筆入れの中身。

鉛筆や、定規――そして、銀色の鋏。


「……京太郎、くん」


私は。

蛍光灯の光を白く反射する、その刃から目を離すことができなかった。

――末原恭子は改造人間である。


「そこまでや。残念だったな」


紫色の髪を靡かせ、恭子は密室のドアを蹴り破る。

暗い部屋の真ん中で縛られている彼。

恭子の意中の人――須賀京太郎。


「く、もうバレるなんて……」

「なぁ……恭子? うちらで、須賀くんを共有せぇへんか?」


彼を監禁した姉妹を前に、恭子は笑う。

今回の郁乃の視覚は――随分と、手緩い!


「悪いけど――主将の頼みでも、そいつはできん相談や!」


想い人の為に戦い続ける彼女。

自らを改造されても、想い人の為に自らを捧げる彼女を――人は、こう呼ぶ。


「ふ……残念やったなぁ。トリックや」

「代行っ!」

「そこにいる京ちゃんは――ただの、ニセモノや」

「そんな……」

「ふふふ……本物は、今頃お寝んねしてるんとちゃう?」


「……メゲルわ」


――メゲルマン、と。





「『彼女は、これからも京太郎の為に戦い続けるのだ――』」


ナレーターの吹替を終えた京太郎は、そっと台本を床に置き、横目で部員たちを見る。

腹を抱えて爆笑している洋榎、口を手に当てて笑いを堪えている絹恵。

何ともコメントに困るといった具合の由子に、うっかり笑ってしまった為に顔全体に変なドクロみたいな落書きをされた漫。

そして――紫色の某鉄男のコスプレ姿で、膝を抱えて盛大にメゲているメゲルマンこと末原恭子。


「いやー、良い出来やなぁ。これなら文化祭でも大ウケ間違いなしや」

「あの、赤阪監督」

「ん~? なに、京ちゃん?」

「あの――これ、マジで文化祭の出し物なんですか?」

「せやで~。善野さんも見にくるから、末原ちゃんを主役にしたんよ~」

「そ、それは――」


文化祭当日は、さらにメゲている恭子の姿が見られることだろう。

京太郎は彼女の心中を察して――今度、高い喫茶店で何か奢ってやろうと思った。


【姫松愛憎劇場?】






「おまえひとりか? こっちでいっしょにあそぼーぜ!」





「須賀くんは……」

「ん?」


一人で運ぶには多過ぎる紙の束も、二人なら余裕がある。

もう片方が力持ちの男子なら尚更で、両手で紙束を運びながら会話に意識を回すこともできる。


「どうしてあの時、声をかけてくれたんですか?」

「あの時?……あぁ」

「……」

「んー……まぁ、特に理由は無いんだけど。強いていうなら……」


彼に対する印象は、親切な人。

部活が始まる前に、こうして自分の時間を割いてまで手伝ってくれる。


「まぁ、ほっとけなかったって感じ?」

「……頼りがいないですか、私」

「いや、そーじゃないんだけどさ」


ちょっとだけ、困ったように笑う彼。

自分の中の彼に対する気持ちは、まだよくわからないけど。

ただ、この時間は嫌いじゃなくて。


「……」


彼女は、もう半歩だけ隣に歩み寄った。

「んー……あ、あと少し……」


目当てのものは、棚の上段の本。

精一杯に背伸びをしても、指の先が背表紙をなでるだけ。

震える指先でどうにかしようと彼女が奮闘していると――背後から現れた腕が、あっさりと彼女の目当ての本を抜き取った。


「コレっすよね」

「あ、ありがと――」

「先輩、ちっこいんですから無理しないでくださいよ」

「……もう!」


この後輩は――少し、先輩への敬意が足りていないと思う。

ほんのちょっとの胸の高鳴りを返してほしいと頰を膨らませても、彼は意地悪に笑うだけ。


そんなこんなで――彼女の気持ちが花開く日は、まだまだ先のことである。

不覚にも――岩館揺杏は、ときめいた。


「うぁ……」


ちょっと前まで弟分だと思っていた相手の、意外に大きな背中。

軽々と怪我した自分を背負って歩く逞しさ。

回した腕から感じる筋肉の形とか、体温だとか。

高まる胸の鼓動は、挫いた足首の痛みすら忘れさせてくれる。


「ん? どうかした?」

「い、いや! なんでもないから!」


赤くなった頰を誤魔化すように、彼の肩口に顔を埋めて。

益々強く彼の匂いを感じてしまい、さらに鼓動が早まって。


その日の夜、彼女は全く眠れなかった。

「なるかには悪いけど――なんてね」


ジャンケンで決まった買い出しのメンバー。

他のみんなはグーで、誓子と京太郎が出した手はチョキ。

そんなわけで二人っきりのこの状況。

出発間際の成香の羨ましそうな眼差しには悪いが――恨むなら、握り拳を出してしまった自分を恨んでほしい。


「何か言った?」

「ん、ナイショかな」

「なんだそりゃ」


こうして並んで歩いてみると、成長の差を実感してしまう。

昔は同じくらいの背丈だったのに、男子と女子の違いとは不思議なものだ――と、何となく感慨深い気持ちに浸ってみたりして。


「ねぇ」

「ん?」


成香が自分の気持ちに気付いているのかは知らないけど、彼を見つめる眼差しに含まれた感情は明らかで。

その気持ちが報われるかどうかは彼女の努力次第。

頼まれれば応援だってしてあげるけど――


「昔みたいに、ちーちゃんって呼んでくれない?」



今は、もう少しだけこの距離感を楽しみたい。

「意外ときれーな肌してるなコイツ」


ノンキに寝息なんぞを立てている後輩を、頬杖をついて見つめてみる。

爽が部室に来た時、彼女を待っていたのは座って眠る京太郎の一人だけ。

一番最初に部室に来たはいいものの、多分みんなを待っているうちに眠ってしまったんだろうと爽は当たりを付けた。


「……ふぅん?」


となれば、擽られるのはイタズラ心。

ペンを片手に忍び寄ってみたものの――よく見れば、整った顔立ちをしているではないかこの後輩は。


「……」


じっとその寝顔を眺めていると、変な気分になってくる。

二人だけの空間で、しかも相手は眠っているというのに何だか照れ臭い。

触ってみたら、どんな反応をしてくれるだろうかなんて考えてみたりして――


「ちーっす」

「遅れてごめんなさいね」

「お……おぉ。よし、それじゃ部活はじめるかー」


――ちょうどいいタイミングで遅れてやって来た残りのメンバーたち。

目指せ全国、とさっきまでの照れ臭さを飛ばすように檄を飛ばす。


胸の奥に芽生えつつある気持ちがどうなるのかは、これからの彼女たち次第。












『今! 未来だけ見上げて――♪』


隣の席の男子のけたたましい着メロで、京太郎は目を覚ました。

気が付けば、あっという間に放課後。

そろそろ、部室にも部員が集まり始める頃だろう。


「んー……っ!」


座ったまま思いっきり伸びをして肩をほぐす。

さて、今日は――



肩を鳴らしながら部室に行けば、既に成香が準備を始めていた。

他の部員の姿はまだなく、どうやら彼女が一番のりらしい。

戸を引く音で彼女はこちらに気が付いたらしく、手を止めて振り向いた。


「はやいですね」

「ホームルーム終わってからすぐに来たんで」


自動卓を前にした麻雀部員らしい姿に――改めて、自分たちが全国を目指すのだと思い返す。

牌もマットも無く、トランプやボードゲームで遊んで頃がもはや懐かしく感じる。


「あの……京太郎くん」

「はい?」

「ちょっと、この牌譜で気になったところがあるんですけど……」

「あー、はいはい」


そう言って、成香は鞄からプリントアウトされた牌譜を取り出した。

高校生になってから麻雀を始めた彼女は、部の中で一番経験が浅い。

京太郎も、由暉子や爽にはまるで及ばないとはいえ、そこそこの経験はある。

指導というほどではないが、自分に教えられるものがあればと京太郎は成香の手元を覗き込み――


「えー、どれどれ……」


身を乗り出して、成香が指差す箇所を覗き込む。

真面目な成香が気になるというのだから、そこには何かしらの意味があるのだろう。


「あ、え、えっと……」

「先輩?」


だが、どうしたことだろう。

さっきまで真剣な表情をしていた彼女が、今は何故か顔を赤くして狼狽えている。


「先輩? どうかしました?」

「あ、いや、あの……!」


何かおかしな点があるのか。

牌譜を見ても彼女がここまで慌てる様子がわからず。

京太郎は、成香の顔をより近くで覗き込むようにじっと見つめて――



「……なにやってんだ、お前ら」

「……さぁ」


急に慌ててバランスを崩した成香を、結果として抱き止めるような体勢になった京太郎。

後からやってきた爽の目が点になっても、当の成香は腕の中で真っ赤になって縮こまるばかり。











『精一杯! 輝く! 輝く星に――♪』


由暉子と一緒に買い出しをしている最中。

何やら近所で今話題のアイドルグループの野外ライブがあるらしく、女性たちの歌声と観客たちの歓声が聞こえてきた。


「……」

「……ユキ?」


ふと、隣を歩いていた由暉子が足を止めた。

その視線の先にはライブステージ。

ほんの一瞬だけ由暉子は目を閉じてから、ポツリと口を開いた。


「……爽先輩は、私をアイドルのようにしたいようですけど」

「まぁ、全国行くやる気になったのもそれがデカいからな」

「もし私がアイドルデビューしたとして――私も、あんな風に歌ったり踊ったりするのでしょうか」

「あー……」


目を閉じて、イメージしてみる。

由暉子がキラキラの衣装を身に纏い、スポットライトを浴びて踊っている姿。

小さいながら懸命にダンスをする姿は可愛らしいし、何よりその胸が弾む様子はきっと何よりも――


「……須賀くん?」

「え、あ……まぁ、うん。凄く似合うと思うぜ。そういうのも」

「そうですか……」


「なら」

「ん?」

「須賀くんは――もし、私がアイドルデビューしたら」


「側に、いてくれますか?」


それは――友達として、だろうか。

そうであるのなら、それは考えるまでもないし――


「おう。なんだったらプロデューサーとかやってもいいぜ」

「プロデューサー……」

「運動とか苦手なら色々と手伝ってやるし――ってそれはトレーナーか?」


さっきの邪な妄想を退かしつつ、イメージを続けてみる。

ライブステージで由暉子が踊る中、舞台裏でそれを見守る自分。

……うん、中々に悪くない。


「そうですか」


ふっと、由暉子が口元を緩めた。

返事は素っ気ないものの、京太郎の返事は彼女のお気に召したようだ。


「まー、まずは全国……というか予選を突破しないとな!」

「そうですね。最初から躓いちゃったら笑えません」


ちょっとだけ歩くペースを上げた由暉子に合わせて、京太郎は袋を持ちながら爽たちの待つ部室へと戻っていった。

「……笑顔、です」



「こんちゃ――」


いつも通り、放課後になって京太郎が部室の戸を開いた時。


「あ」

「――す?」


そこには。

着替えをしている最中の、揺杏がいて。


「……」

「……」


揺杏は、スリットの入った改造スカートを履こうとした体勢のまま。

京太郎は、戸を半端に開けたまま。

お互いにフリーズして、ようやく先に動いたのは――


先にフリーズが解けたのは、揺杏だった。

呆けた顔が真っ赤に震えて、羞恥やら怒りやらが入り混じった表情に変わり――


「――ッ!!」


彼女は、手に持っていたそれを京太郎に投げ付けた。

反応が揺杏よりも遅れた京太郎はそれを回避することが出来ず、顔面に直撃してしまう。

軽い衝撃の後に顔全体を覆ったそれ。痛みはなく、柔らかいそれの正体は――


「……スカート?」


揺杏が履こうとしていた改造スカートだ。

ということはつまり、今の彼女は――


「……あ」

「あっ」


露わになった、少し大人っぽい黒色。

再びお互いにフリーズして――今度は先に動き出した京太郎は、揺杏に合掌して。


「ごめん」


京太郎はそっとスカートを置いて、戸を閉めて部室の外に出た。

間を置かず、彼女の甲高い悲鳴が辺りの廊下一帯に響いた。

由暉子アイドル計画の為の改造制服。

試作品を試しに自分で来てみようとした瞬間に、京太郎が訪れてしまったというわけである。

見られる可能性のある場所で着替えていた揺杏の過失ではあるが、京太郎に全く非がないとも言えない。


「うわっひゃあ……」

「あー、その――」


さて。

乙女にあるまじき声を出して突っ伏す彼女になんと言葉をかけるか――



「み、見なかったことにするから……」


声が震えているのが自分でもわかる。

かける言葉が上手く見つからなかっ結果であったが――


「……」


むっくりと起き上がった揺杏は膨れっ面のまま。

彼女のお気に召す答えでは無かったようだ。


「……」

「……」

「……」

「……」


「……ごめん」

「……うん」

「……今度、なんか奢るから」

「……」


「……うん」







まずは声に出して、呼んでみること。

それがきちんと出来たのなら、きっと照れや恥ずかしさを克服できるだろう。


「須賀くん」


問題ない。

学校のある日は毎日のように呼んでいる名前。

なら、次は――


「き、京太郎……くん」

「呼びました?」

「あ、いやっ!?」


いつから部室にいたのか。

予想していなかった想い人からの返事に、成香は慌てて――




思わず飛び上がった成香の背後には机。

そして、彼女の意識に当然それはなく――


「あぅっ!?」


鈍い音と、突然の強烈な痛み。

右手の甲が痛々しい赤色に染まり、少し擦り剥けている。

背後の机の角にぶつけてしまったのだと理解した頃には、少し涙が出てきて――


「大丈夫ですかっ!?」

「あっ……」


酷く慌てた様子で彼が駆け寄り、手を取ってくれた。

いつもなら、それだけで舞い上がってしまう距離。

だけど、今は――その顔を、じっと見つめることができる。


「すぐに保健室行きましょう!」

「……」

「……せ、先輩?」

「あっ……はい……わ、わかりました……」


彼の付き添いで、保健室へと向かう。

右手の甲は酷く痛むけれど。

それでも、口から自然と零れた言葉は――


「……すてき、です」




成香は、もう自分に恋心に気付いてる。

それは間違いないが――なら、その相手となる彼はどうなのか。


「……」


誓子は雑誌を捲りながら、ちらりと彼に横目を向けた。

部活が始まるまでの時間を携帯の画面を見て過ごす彼。

少しだけ緊張しながら、思い切って口を開いてみる。


「……ねぇ、京太郎」

「はいはい?」

「もしかして、今気になる相手とかいたりする?」

「は? なにいきなり」

「いいから、ね?」

「まぁ……」



「いるけどさ」

「本当っ!?」

「なにその反応」


身を乗り出すような誓子の勢いに、少し引き気味の京太郎。

誓子な恥ずかしそうに一つ咳払いをして、ゆっくりと身を引いた。


「それで、相手は?」

「ああ、それは――」


内心でドキドキしながら、出来る限り冷静に返答を待つ。

成香か、それともやっぱりユキか。

ああ、もしも――


「部の皆かな」

「……は」

「俺の周りの女の子っていったらやっぱりみんなが浮かぶし――ってなにその顔」

「……なんでもないわ」


少し期待した自分がバカらしくて、溜息を吐く。

どうやらまだまだ、親友の恋が実るのは先の話らしい。

誓子は気を取り直して、再び雑誌を開いた。


どこかで安心していた自分には、気が付かないまま。












京太郎「あーわーいー」

淡「なーにー……ふゅ」


膝の上に座る淡の頬っぺたを特に意味はないが摘んで見る。

やわっこくてモチモチする。


淡「きょーたろー?」

京太郎「うりうり」

淡「あぅー……」


さらにコネコネしてみる。

それで何か得られるものがあるわけじゃないが――凄く、楽しい。


淡「やったなー」

京太郎「おぁっ」


お返しだー、と振り返った淡が俺の頰に手を添える。

そのまま、俺がやったのと同じように頰をグニグニと押される。


淡「あはは、へんなかおー」

京太郎「なにをー」

淡「わー」


やったりやられたり。

お互いの頰を福笑いみたいにこねくり回しながら、放課後の時間は過ぎていった。




誠子「いいんですかね、アレ」

菫「ほっとけ」



【特に山も落ちも意味もない京淡】









ツーサイドアップ。

隣で寝っ転がって雑誌を読む憧の髪型の名前。


憧「~♪」


当の本人は鼻歌なんぞを口ずさんでいらっしゃる。

どうやら彼女は機嫌が良いらしく――何となく、その髪を一房だけ手にとってみる。

滑らかですべすべ、枝毛が一つもない。

美容に詳しくない俺でも、よく手入れされていることがわかった。


憧「なに?」

京太郎「いや、キレイだなって」

憧「あ、そう」


素っ気ない返事。

雑誌から顔を上げない彼女だが――さらに機嫌が良くなったことは、その語尾から伝わってきた。


憧「~♪」


あ、足がパタパタしてる。

なんか犬みたいだ――なんて感想を言ったら怒られそうなので、口にチャックをしておく。

スカートがちょっと捲れてパンツが見えちゃってるし。


京太郎「……ふむ」


何にせよ。

俺の彼女は、超可愛い。


【特に山も落ちも意味もない京憧】







女性の魅力、とは何だろうか。

ヤケにスッキリしている頭で考えてみる。

胸、腰、お尻、ふともも、うなじ――様々なものがあるが、大事なのはバランスである。

よく俺は巨乳好きだと思われがちだが――いや、実際に好きだけど。

一番に拘るポイントはそこではなく、性格や全体との調和が大切なのだ。

つまるところ、何が言いたいのかというと。


久「……ヤッちゃったね」

京太郎「……はい」


――部室のベッドに残るアレやソレや赤い染み。

いくら考え事をして誤魔化そうと――部長と部室のベッドではじめてを致してしまった事実は変わらない。

咲や染谷先輩に知られたらどうしようか。

誰か人が来る前にさっさと後片付けをしなければならないのだが、部長の体力的にそれは難しそうで。

なら、他にどうすればいいのか――


久「ね」

京太郎「あ、ハイ」

久「勢いでここまでしちゃったけど」


――私、今スゴく幸せよ。

そう言って、俺の胸に顔を預けてくる部長は凄く魅力的で。


京太郎「俺も、ですよ」

久「ふふ……♪」


その他諸々の事情を考えるよりも――今は、彼女を抱き締めることが大事だろう。




【特に山も落ちも意味もない京久】




京太郎「ほらよ、お土産」

ネリー「ん、なになに?」


俺の言葉に、瞳をキラキラさせて手のひらを差し出してくるネリー。

まんま予想通りの反応に、口元が緩む。

俺はポケットから小包を取り出して、その小さな手のひらに乗っけた。


ネリー「なんだろなんだろ……♪」


ネリーが開けた小包の中身は、紫色の石のペンダント。

長い休みを利用して行った旅行先で買ったものだ。

この後のネリーの反応も、きっと――


ネリー「キョータロッ」

京太郎「おう。言っとくけど売っても大して――」

ネリー「絶対大事にするから! 返せって言っても返さないからね!」

京太郎「……お、おう!」


――違った。

智葉さんからお裾分けしてもらったお中元ですら、即効で換金しようとしたネリーのことだから、そっち方面での反応を予想していたのだが。

準備していた突っ込みが空回りした俺をよそに、ネリーは早速お土産のペンダントを首にかけた。


ネリー「ね、似合う?」

京太郎「あ、ああ……バッチリだ」

ネリー「えへへ――ありがとっ!」

京太郎「っ」


その、屈託のない笑顔に。

不覚にもときめいてしまったことは――内緒に、しておく。




【特に山も落ちも意味もない京ネリ】













「ちかちゃん、相談したいんだけど……」

「相談?」

「うん……須賀くんのことで」


――やっときたか、と誓子は心の中で握り拳を作った。

ちょっと彼と手が触れ合っただけで真っ赤になってしまう成香。

アプローチと呼ぶのも烏滸がましい彼女の拙い努力を見るのも悪くはなかったが――


「わ、私……須賀くんのことが好き。だから……ちかちゃんに、応援してほしくて……」

「ふふ……」

「……ちかちゃん?」

「ええ、わかったわ。協力してあげる」


こうして頼まれれば、手を貸すのも悪くはない。

成香にとっては天使のようにも見える微笑みで、誓子は頷いた。


成香が愛おしげに撫でた、右手のガーゼには気が付かなった。

「んー……zzz……」


京太郎が部室に来ると――机に頬杖をついて、揺杏が眠っていた。

なんというか、色気がない。

口が半開きだし、寝息が乙女らしくないのもマイナスだ――と、京太郎は無駄に上から目線で頷いた。


「さて――」


京太郎は、どうしたものか――



ふと沸き上がる悪戯心――とは言っても、大したことをする気はない。

眠っている揺杏の頰を人差し指で突っついてみる、ただそれだけである。


「……おぉ」


――柔らかい。

普通に考えてみれば当たり前だが、人差し指から伝わってくる感覚が意外と楽しい。

柔らかく滑らか、それでいて程良い弾力がありそうだ。

揺杏のクセに、なんとも女の子らしい。

これは、下手するとクセになってしまいそうな――



「……ぱくっ」

「……へ?」


京太郎が間抜けな声を漏らした時には、もう遅い。

頰を突っついていた指先は、見事に彼女の口の中。


「んぅ……ん」


寝ぼけた彼女は咥え込んだ指先を離さず、むしろより味わうように舌先を動かす。

食物を食べる夢でも見ているのか、彼女の歯が何かを咀嚼するように上下する。

だが痛みは感じない。甘噛み程度の力は逆に心地よさを――


「――っ!!」


指先が十分にふやけた頃に、ようやく京太郎は我に返り――







「ん……ちゅっ」


――ヤバイ。エロイ。

相手は揺杏だぞ、小さいころは一緒に馬鹿みたいにはしゃいで笑った相手だぞ。

必死に自分に言い聞かせても、頰に集まる熱は止まらない。

さっきまで色気の欠片もないと思っていた筈なのに。


「じー……」

「はっ!?」


視線の正体は由暉子。

その顔は軽蔑でも呆れでもなく、ただ無表情。

正直、一番キツイ。


「……須賀くんは、そういう趣味をお持ちなんですか」

「いや、違っ」


由暉子の目線が心を貫く最中も、相変わらず舌先で転がされる指先。

慌てて揺杏の口から指を引き抜くと、唾液で湿った空気の流れを敏感に感じ取った。


「……」

「……ご、ごめん」

「何で謝るんですか。謝るなら先輩にでは」

「いや、怒ってるように見え……」

「怒ってません」


相変わらず、由暉子の思考は読みにくいが。

この時、京太郎が取るべき行動は――

「ゆ、由暉子も舐める……か?」


言った直後に後悔。

何をトチ狂ってんだ俺、と自分を責めても取り消せない。

京太郎の言葉に、由暉子は目を閉じて――

「……何を言ってるんですか、あなたは」


ですよねー。

気のせいでもなんでもなく、目付きが鋭くなった由暉子に京太郎はガックリと項垂れた。


「んー……よく寝、た……?」


話題の中心人物は、呑気に欠伸。

イマイチ状況を把握しきれていない揺杏は、目の端の涙を拭いながら首を傾げた。










「……」

「……」


久しぶりに一年コンビでの買い出し。

が、互いに流れる沈黙の空気。

原因は言うまでもない。


「……」


チラ、と横目で彼女を見る。

心なしか、いつもより二人の距離が離れてる気がする。

……嫌われてしまったのだろうか。

もしそうだとしたら――再起不能なまでに心が抉られる。


「須賀くん」

「は、はい!?」


思わず敬語で由暉子に応える。

彼女が口に出した言葉は――

「須賀くんは……揺杏先輩のことが好きなんですか?」

「え?……いや、それは……」


その言葉で思い返すのは涙目の揺杏。

想起するのは指先の感覚。


「うん……ないな」

「……」


一拍遅れてから、京太郎はそう答えた。

揺杏とは小さい頃――幼稚園の頃からの付き合いだが、彼女にそういった感情を抱いたことはない。

先日の指の一件で変な気分になったことは否定できないが。


「……なら……」

「ユキ?」

「いえ……何でもありません、早く戻りましょう」


由暉子の意図が掴めないが、嫌われていないのなら良しとしよう。

二人で歩調を速めると、買い出しの品を入れたビニール袋がぶつかり合って、ガサリと揺れた。












「おまえなんか、キライだ」


その言葉を聞いた途端――瑞原はやりの頭の中は、全部が真っ白に染まった。

なんで? どうして?

色んなことが頭の中をグルグル回って、それでも口は開かない。

そんな彼女の震えて滲む視界の中で、彼はくるりと振り向いて。


「じゃあな」


彼女に構わず、走り去って行った。

美味しいハズのお母さんのゴハンが喉を通らない。

マネージャーさんにも心配されて、いつも通りの力が出ない。


「みんなを元気にするのが牌のおねえさんなのに……」


多分――今の自分を鏡で見たら、とても酷いと思う。

面会できなかったころの真深と、きっと似たような顔をしている。


「……あ。かんなちゃん」


力なく歩く学校の帰り道。

ふと顔を上げたら、曲がり角の向こうを歩く友達の姿が見えた。


「あれ……なんか、オシャレしてる?」

いつもなら声をかけに行くけれど、今は元気がない。

はやりは早く休もうと、閑無を無視して家に帰ろうとして。


「閑無、話ってなんだよ」


聞こえてきた声に、その足を止めた。

思わず、物陰に隠れてしまう。

盗み聞きはいけないことだってわかっているけれど、それでも耳を澄ます。

だって、その声は、はやりの大好きだった人の声。

この前にいきなり「キライ」だって言ってきて、それから一言もお話しできてない男の子。


「……なぁ、ちゃんと言ったんだろうな。瑞原はやりのヤツに」

「……」

「おい」


「……言ったよ。お前の言う通り、アイツのことキライだって」


須賀京太郎の、声だったから。

鼓動が高鳴ると同時に、心の中が冷たくなっていくのを感じる。

お前の言った通り? じゃあ、アレは閑無のせい?

物陰に隠れるはやりに気付かない二人は、そのまま会話を続ける。


「アイツがアイドル目指してることは知ってんだろ?」

「……ああ」

「アイドルってのはな、恋愛とかやっちゃダメなんだよ。わかるだろ」

「……」


「だからぶっちゃけるとだな――お前、アイツにとってジャマになっちゃうんだよ。あのままだと」

「……そっか」


全部、わかった。

なんだかんだで優しい彼が、急にあんなことを言った理由が。

そして、閑無がオシャレをしている理由が。


「気を落とすなって……まぁ、今日はアタシがおごってやるよ」

「……親の金のクセに」

「細けーこと気にすんな。ほら、行くぞ」


手を繋いで歩いていく閑無と京太郎を。

はやりは、追いかけなかった。

「……わかったよ」

「応援してくれてるんだよね、かんなちゃん」

「はやりの夢を」


「あはっ」


「はやりね、かんなちゃんの言う通りアイドルに――牌のおねえさんになるよ」

「そしたら、もう一個の夢も叶えるから」


「プロの人とか。マネージャーの人とか。色んな人と仲良くなって、いっぱい勉強して」


「かんなちゃんから、全部とりにいくから」

「京太郎くんも。友達も。全部、ぜんぶ」

「いいよね? 背中を押してくれたのは、かんなちゃんだから」



「応援――してくれるよね?」

















女の子が5人。男の子が一人。

もしも、女の子みんなが男の子を好きになったとしたら――それは、悲劇であり喜劇である。


「由々しき事態、です」


京太郎を抜いた有珠山麻雀部のミーティング。

その内容は――彼に近付く女の排除。


「成香がいつになくヤル気満々だ……」

「何があったんだ?」

「はい。この写真を、見てください」


机の中央に置かれた写真。

これこそが今回のミーティングの議題となるべき物、なのだが――


「……殆ど、わかりませんね」


画鋲やらカッターでズタズタにされており、無傷なのは写真の右側に写る京太郎だけ。

かろうじて――誰かが、京太郎と腕を組んでいることは判別できた。



「私は、みたんです」

「なにを?」

「この女の人が――京太郎くんを連れて、ホテルに入るのを」


「……へぇ?」


「よし殺すか」

「いや待って……この写真、いつに撮ったの?」

「はい。前の日曜日です」

「にちよ……?」

「爽、どうかした?」

「え? いや、なんでもないよ。うん」


「女の髪型は?」

「ツインテールでした」

「ゔぇっ」

「爽、具合悪いの?」

「いやいや、何でもないって。うん」



「……ヤッベ」

翌週。

有珠山麻雀部の必死の捜索にもかかわらず――件の女は、見付からず。

結局、問題は解決しないままに再びミーティングが始まった。


「はい、今日は私から」

「また何かあったんですか?」

「ああ……しかも、また飛びっきりのがな」


ゴクリ、と部員たちが喉を鳴らす。

その反応に爽は満足気に頷いて、口を開いた。


「なんと――また、日曜日に京太郎に近付く女が現れたんだ」

「にちよぅ……?」

「ああ……しかも、腕を組んでホテルにだな」

「っ!」

「なるか? 具合悪いの?」

「う、ううん。大丈夫だよチカちゃん」

「そう。それで、その女の特徴は?」


「ああ――兎に角、髪が長い女だった。髪の色は成香みたいなの」


「な、なるほど……」



彼を共有するための集まり。

外敵を排除すべく、彼女たちは日々活動を続けている。

そして、間違いなく――また来週も、似たようなミーティングが開かれることになるだろう。


「あ、あはは……」


真実が明るみに出る日は、来ない。

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最終更新:2026年01月05日 21:52