以前より、反応が鈍くなった気がする。
郝慧宇は、教本を読み込む京太郎のうなじの匂いを嗅ぎながらそう思った。
「……」
「……」
部室にて二人っきりという状況だが、色気はまるで無い。
というのも、京太郎がハオの存在に気が付いていないからだ。
麻雀に対する熱意と、ネリーに対する愛情。
きっとこの二つは、余程のことがない限り揺るぎはしないと思う。
「……」
京太郎もハオも声を出さず、ページを捲る音と時計の針が進む音が目立つ。
ハオも、京太郎が好きだ。京太郎の匂いが好きだ。
しかし京太郎はネリーが好きで、ネリーも京太郎が好きだ。
二人の結び付きは強く、付け入る隙が無いわけでは無いが――
――思えば。
ハオは彼に対して告白をしたわけでも無ければ、フラれたわけでもない。
……だったら。
「……少し、欲張ってみましょうか」
彼の麻雀に対する熱意は本物。
強くなれるチャンスがあるなら、もしかしたら飛びつくかもしれない。
智葉の家に、一人で行ったくらいなのだから。
「……」
彼が誘いを断るならそれでいい。
だが。
もしも、誘いに乗ったのなら――。
「新しい教本?」
「ええ。その著者が、新しい教本を書いたので」
以前にハオから譲りうけた教本。
その著者による新作が、つい先日出版されたのだという。
「私は一通り目を通したので。良ければ貸しましょうか」
「お、おお……いいのか?」
「はい。京太郎が読む価値はあるでしょうから」
この後、部屋に来てくれれば貸してくれるという。
今日のこの後の予定は特に無いし、教本の受け渡しくらいならすぐに終わる。
京太郎は、この誘いを――
間違いなくタメになる。
雀士として次のステップに進めるきっかけになるかもしれない。
「……うん。でも、また今度じゃダメか?」
断った理由は単純で、先日の淡の時と同じ。
何となく、ネリーに悪い気がしたから。
「そう……ですか」
「悪いな」
いえ、気にしないで下さいとハオは微笑んだ。
少しだけ、その微笑みが、寂しそうに見えた気がした。
負けた、とは思いたく無い。
彼のことを好きな女は多く、自分もその一人。
負けた、とは認められない。
「……」
ぎゅう、と傘を持つ手に力が入る。
「……」
たとえ、彼が一人を選んだとしても。
それは、諦める理由には――。
「じゃあ、何で告白しなかったの?」
――。
「バカみたい」
――ああ。
「何で今更、そんな顔してるのさ」
――そうだ。
――私は、勝てない。
思わせ振りな誘惑をして。
それでも、彼は手を出さず。
だから、色々と計画を立てて。
『ネリーのぜんぶ。キョウタロにあげる』
全て、無駄になった。
色々考えたクセして――中途半端な私。
せめて、告白は彼からであってほしい。
彼から、私を求めてほしい。
悪女めいたクセして――中途半端に、乙女心を抱いていた私が。
全力で彼にぶつかっていったネリーに、勝てるわけがなかったのだ。
「……風神だなんて」
きっと私は。
いつまでも、この後悔を抱いていくのだろう。
「馬鹿、みたいですね」
がたんがたんと電車に揺られ、目的地へと向かう。
目当ての場所に近くにつれて、窓の外の景色は少しずつ自然に彩られていく――といえば聞こえはいいが、ようは田舎である。
「ふーん……?」
ネリーは興味深そうに窓の外の景色に目をやっている。
勿論、京太郎の膝の上に乗っかって。
二人きりでちょっとした旅行。
行き先は長野県で――京太郎の、故郷である。
彼女に自分の地元を紹介するワクワク。
ついでに地元の友人に彼女を自慢してやるぞという優越感。
そして――。
「キョウタロ、キョウタロ」
「ん?」
ちゅ、と唇に柔らかな感覚。
「お腹すいたから、つまみ食い」
「……俺は非常食か」
――膝の上の温もりに、京太郎の頬は緩みっぱなしだった。
田舎であることと時間帯のおかげで乗客は少ないが、それでも電車内という場所。
当然ながら京太郎たち以外にも乗客はいるわけだが、バカップルである二人には関係ない。
恋は盲目、という言葉をどこまでも引きずっていく。
「~♪」
ネリーは未知の期待を胸に、鼻歌を歌い。
京太郎は幸せな未来を想像して、頬を緩ませる。
当たり前のように、二人は寄り添う。
きっと、二人の恋は愛へと結ばれて。
京太郎の夢は、現実の前に折れる。
だが、そんな事は今の二人には関係ない。
今を全力で楽しむ。
お互いさえいれば、どんな場所だってデートスポットに変えられる。
「おし、着いたぞ!」
「♪」
ネリーの手を引いて、京太郎は立ち上がる。
彼女が出来たと紹介したら、果たしてあの幼馴染(ちんちくりん)はどんな反応を返すのやら。
期待を胸に、ネリーを連れて、京太郎は電車を降りた。
【これから】
10年という月日はあっという間に過ぎた。
果たして10年前の自分は予想出来ただろうか、今の自分を。
「よろしくお願いします」
ぺこり、と自動卓を挟んで対戦相手に頭を下げる。
日本、グルジア、中国、フランス――実に国際色豊かな雀卓。
コレ自体は高校時代も経験はある、が。
「それじゃあ、よろしくねい」
三尋木咏。日本代表チーム先鋒。
他の面子も錚々たる雀士が集う、この舞台。
高校時代とは規模がまるで違う、この雀卓。
男女混合世界大会――グルジア代表チーム先鋒として、京太郎は試合に挑んでいた。
高校時代、色々なものから逃げる為に恋人と駆け落ちをして。
日本国内を巡りに巡り、黒服のお兄さんやら風神やらの手の届かないグルジアに逃亡。
そのままグルジア国籍を取得し――。
「じぃー」
と、物思いに耽っていたら。
対面に座る三尋木プロからの視線に気付いた。
「えっと、何か?」
「いやー……どこかで、あったことあるような気がして……?」
「……あぁ」
京太郎にとっては忘れもしない、あの敗北の日。
三尋木咏にとっては忘れさった、日常の一部。
仕方もない。ずっと日本選抜であり続けている咏にしてみれば、あのつまらない日の出来事など忘れて当然だ。
「まぁ……打てば、わかりますよ」
「ほーお?」
強烈なプレッシャーが咏から放たれるが、京太郎は軽く受け流す。
この程度で躓くようでは、次に繋げられない。
「悪いですが、色んな意味で稼がないといけないんで。後ろで嫁が待ってるんでね」
「言うねい」
……そう。
大将戦の面子を考えれば、グルジアチームが集中狙いされるのは明らかであり。
自分と嫁の未来の為にも、無様な打ち方は出来ない。
かつてない強敵を前に、京太郎は笑ってみせた。
尚、大会後に咏に食事を誘われ一波乱起きるのだが、それはまた別のお話である。
「京太郎」
愛に濡れた唇が、耳元で囁く。
それに応えて、彼女を胸元に抱き締める。
艶やかな黒髪を撫でると、滑るように指が流れた。
「あぁ……」
恍惚に頬は染める彼女の顔。
閨で快楽に身を任せる表情は、自分以外の人間には、決して見せる事はないだろう。
『責任を、とってくれないか』
あの浴室での出来事から。
自分たちは、毎日のように身体を重ねていた。
――キョータロー?
何処からか聞こえる声に、滲むような胸の痛みに耐えながら。
今日も、彼女の愛に応え続ける。
それが決して、自分の内側から生まれたものではないと知りながら、それでもどうすることもできずに。
ただ――今日も、彼女に、与え続ける。
京太郎「好感度測定器……?」
ハギヨシ「ええ。異性限定で他人からの好感度が測定できるとか」
見た目はタブレットのようで。
測定したい相手の名前を画面に入力すると自分への好感度がわかる、とのことだが――。
和 99999/100
優希 99999/100
まこ 99999/100
久 測定不能/100
京太郎「……」
ハギヨシ「……」
京太郎「あの、これ……」
ハギヨシ「すいません、ちょっと急用を……」
京太郎「いやいやいや」
ハギヨシ「まぁ……試作品ですので」
京太郎「で、ですよね。こんなん嘘っぱちですよね!」
ハギヨシ「……」
京太郎「いやそこで黙らないでくださいよ」
ハギヨシ「まあ、それはさておき。数値以外でも様々なものが分かるようになっているんですよ」
京太郎「はぁ」
ハギヨシ「画面右上のステータス、というところを押してみてください」
京太郎「えっと、これですね」
ピッと軽い音が鳴り、画面が更新されると――。
咲 99999/100 爆弾
和 99999/100 爆弾
優希 99999/100 爆弾
まこ 99999/100 爆弾
久 測定不能/100 ■$、クぁ■■
京太郎「……」
ハギヨシ「……」
京太郎「爆弾って、なんですか」
ハギヨシ「爆弾です」
京太郎「いやだから」
ハギヨシ「爆弾です」
京太郎「……あの、部長のコレは」
ハギヨシ「……」
京太郎「……」
ハギヨシ「ちなみに、爆弾は他の女性と二人っきりで遊んだりすると点火します」
京太郎「点火……」
ハギヨシ「そして、爆発すると――」
京太郎「好感度が下がるんですか?」
ハギヨシ「はい。他の女性への好感度が」
京太郎「……他の、女性?」
ハギヨシ「あの女さえいなければ――という状態になりますね」
京太郎「あの、それって互いに爆発したら」
ハギヨシ「勿論。倍率ドンです」
京太郎「……」
ハギヨシ「爆弾ですから、解体することもできますが……」
京太郎「マジですか!」
ハギヨシ「ええ。爆弾状態の女性に構ってあげれば」
京太郎「……それって。他に爆弾状態の子がいたら」
ハギヨシ「爆発します。当たり前のように」
京太郎「……」
ハギヨシ「……」
京太郎「俺、転校します」
ハギヨシ「歓迎しますよ?」
飛行機での長旅を終え、凝り固まった首をぐりぐり回しながら京太郎はパリの空港に降り立った。
最早聞き慣れたフランス語のアナウンスを耳にしながら、電光掲示板の時刻を確認する。
待ち合わせの時間まであと一時間。
新聞でも読みながら待つかと鞄を開くと――唐突に、強めの風が頬を撫でた。
「Mon chéri!!」
続いて、頭上から女の声。
やれやれと苦笑を浮かべ、それでも愛しい女を迎えるべく、京太郎は両手を広げながら顔を上げた。
「Ma chérie――ただいま、明華」
傘を開き、風に乗って舞い降りる――そんなメルヘンチックな登場をした女性。
空港の中だというのに、一目をまるで気にせず愛する人に抱き付く彼女。
彼女こそ、風神と名高い女子プロ雀士であり――京太郎の妻の一人である、雀明華だ。
「あぁ……」
トレードマークの白い傘を放り投げ、京太郎の胸に頬ずりをする。
深く息を吸い、熱い吐息を零す。
彼の匂いを堪能し、自分の匂いを擦り込むような仕草。
彼女の想いに応えるように、京太郎は明華の頭を優しく撫でた。
さらさらと指の隙間を流れる髪の感触が気持ち良く感じる。
「あぁ、まるで夢のよう……」
「大袈裟。今回は二カ月はこっちにいられるから」
「……二カ月しか、です。次はグルジアに行ってしまうのでしょう?」
「……」
両想いの二人でも、触れ合える時間には限りがある。
彼の仕事の都合と、彼女『たち』との約束。
二人を阻む壁であり、二人を結びつける橋。
こんな歪な関係が出来てしまったのも、全ては京太郎が最善の選択を選べなかったからであり――
「ええ……時間は無駄には出来ません。行きましょう、ホテルをとってあります」
「マジかー……」
――と、物思いに耽る間もなく。
京太郎は、明華に引き摺られるように空港を後にした。
『彼の笑顔は見たいけど、他の女は必要ない』
『目の前で彼に擦り寄る女がいれば我慢できない』
『つまり。目の前に彼だけがいればいい』
『だけど。彼の悲しい顔は見たくない』
『だったら。国境さえ越えてしまえば』
そんな彼女たちの望みを出来る限り叶えた形が、今の関係。
彼は国を渡り、彼女たちは彼を待つ。
決められた時間の中で愛し合い、それが終われば次の時を待つ。
彼女たちの出した結論を、京太郎はただ受け入れた。
もう少しだけ彼に器用さか一途さがあれば、未来は違った形になったのだろうけれど。
「愛しています、あなただけを」
「あぁ――俺もだよ」
愛した女の熱と重みを受け止めながら、京太郎は微笑んだ。
微笑むしか、なかった。
「帽子とかサングラスとか。あと厚手の服とか。それだけで意外とバレないんだよ?」
イタズラっ子のように、彼女はわらった。
確かに、意外とバレないものだ。
自嘲するように彼も笑って、薬指の指輪を鞄にしまった。
「元気ないぞ☆ せっかくお忍びで来てるんだし、もっと楽しまなきゃ」
めっ☆と彼女は指を鼻先に突き付けるが、自分はそれどころじゃない。
この状況を楽しめるほど厚顔ではなく、図太くもなければ色ボケでもない。
「もー……そんな顔してると、みんなにバラしちゃうよ?」
……それは、ダメだ。
この『旅行』に来た意味がなくなってしまうし、『あの子』を傷付けてしまう。
それに、彼女だって破滅を迎えることになるだろう。
「んー……別に、それでもいいよ? 君が手に入れば、それで」
「キミとあの子の関係。瑞原はやりとキミのこと関係。あの子と瑞原はやりの関係。
あは――みーんな、ヒミツだらけだね☆」
彼女の業界での力は絶対的で、あの子の夢の妨げにも後押しにも成り得る。
そして、どちらに転ぶかは自分の行動次第なのだ。
だったら――選択肢なんてどこにもない。
この状況を利用してやるだけだ。
優しげな表情をわざとらしく作り、はやりの手を握る。
「はゃ?」
惚けた様子のはやりの手を引いて、演技感をたっぷり込めてこう言ってやる。
何ボーッとしてるんですか? せっかくお忍びなんだから楽しまないと
すると。
彼女は一瞬だけあっけに取られた顔になって。
「あは……あはっ☆ そうこなくっちゃ☆」
そうだ。
コレは、仕方のないことなのだ。
あの子を、瑞原はやりから守るために。
瑞原はやりを、味方につけるために。
仕方のないことなのだと、自分に言い訳をする。
あの子への裏切りで締め付けられる胸の痛みに耐えながら。
――心のどこかで、この状況を愉しんでいる自分に目を背けた。
【有珠山編ifルート】
「俺、先輩のこと好きだ」
ぽつりと、京太郎が言葉を零した。
ぽろりと、女子部員の手から牌が溢れた。
それは、無意識のうちに漏れたものだったのだろう。
女子たちの間で凍り付いた空気などまるで気にせず、京太郎はプリントの束を纏めている。
「須賀くん? い、今のはどういう……?」
「え? 何か言いました俺」
竜華は瞳孔が開くレベルで京太郎を見つめ。
怜は気怠げに目を細め。
フナQは眼鏡を光らせ。
泉は灰になった。
反応の差はあれど――千里山の主力メンバーは、京太郎の一挙手一投足を見逃すまいと目を見開いている。
麻雀部としては不幸な事に、顧問と監督は不在。
落ち着かない彼女たちに活を入れる存在がいないため、落ち着かない空気は部活が終わるまで続いた。
ちなみに。
勝ったなと言わんばかりの態度で胸を強調するように腕を組む竜華。
ささ、と髪を整えたりスマホを手鏡に身嗜みをチェックする怜。
ぶつぶつと高速で何事かを呟くフナQ。
集中放火で飛ばされ続けた泉。
このように、彼女たちの反応も様々であった。
そして、部活が終わりを迎えた時。
異口同音に、彼の真意を問いただそうとした瞬間に――。
「じゃ、俺用事あるんでっ!!」
「え、ちょっ!?」
鞄を引っ掴み、京太郎は風の如きスピードで部室を飛び出した。
腐っても元ハンドボール部のエース、彼が本気でロケットスタートを決めたら誰も追い付けない。
竜華が伸ばした腕が、虚しく宙をさ迷った。
京太郎が向かう先はただ一つ、三年のとある教室。
恥も外聞も無く、無作法に閉じられた戸を開く。
「せんぱーいっ! 江口せんぱぁあーいっ!!」
「おぅっ!? 何やいったい!?」
京太郎の視線の先。
そこには、クラスの用事で部活に不参加だったセーラが面食らった顔で座っていた。
周りのクラスメイトも目を見開いてビックリしている。
「せんぱーいっ! 好きだぁーっ!!」
「んなっ!?」
意味不明な不意打ち。
脳が理解に追い付かず固まるセーラ。
京太郎は、その間にずんずんと大股でセーラの元に歩みを進め、
「先輩、借りてきますね」
「え、あ、どうぞ……」
「え、おま」
勢いよく。
魔王が姫を掻っ攫うかの如く。
セーラを、お姫様抱っこで抱き上げた。
「おま、何のつもりや!?」
「何でしょうね――でも!!」
セーラを抱き上げたまま、京太郎は全速力で廊下を走り、階段を駆け上る。
一方の彼女、セーラはあまりの事態に抵抗する事も忘れていた。
だがまぁ――微かに緩んだ口元と、真っ赤になった頬。
彼女のこの反応も、また。
やがて二人は、屋上へ辿り着く。
完全に無計画な行動だったが、運良く扉は開いていた。
京太郎は沈む夕日と、茜色の空を決意の宿った瞳で見上げて――。
「せんぱーいっ! 江口セーラせんぱーいっ! 好きだーっ!! 俺と、俺と――むぐっ!?」
「やかましいわボケェッ!!」
京太郎の腕に抱かれたまま、セーラが手を伸ばし、大きく開いた口を摘むように塞ぐ。
不意打ちに対応しきれず、これには押し黙るしかなく。
「オレも――オレも好きや! 大好きやっ!! 愛しとるわ、こんのバカタレがぁーっ!!」
京太郎に負けず劣らずの大声量。
校舎を超えて、校庭の隅まで響き渡る未成年たちの主張。
学校から帰ろう、としていた生徒たちも足を止めざるをえない。
他の生徒たちにしてみれば、まるで意味がわからない。
なんせ、当の本人たちもわかっていないのだから。
しかし、まぁ。
「好きだぁーっ!」
「好きやあーっ! 京太郎ぉーっ!!」
それはきっと、幸せなことに間違いはないのだろう。
東京都内の、とある屋敷。
その中の、二十畳はあるだだっ広い和室。
エアコン完備、最新のパソコンもあり、男子高校生が好みそうな漫画や娯楽品も全て揃えてある。
ただ一人で暮らすには十分過ぎるほどに快適と言えよう――部屋を囲む木製の格子を除けば、だが。
「……」
そんな部屋の真ん中で敷かれた布団に寝っ転がって。
京太郎は、ただぼんやりと木目の天井を眺めていた。
もう、何日も外の景色を見ていない。
ここにあるのは、何の慰めにもならない娯楽品と。
「~♪」
一人の、狂った女だけだ。
彼女は何が楽しいのだろうか。
頬杖をついて、ニヤニヤと此方を眺めている。
「何が欲しい? 何でもあげるよ、きょーちゃん」
「……」
「~♪」
京太郎は、答えない。
答えても無駄だから。
「~♪」
食事に一服盛られ、気付いたらこの部屋にいて。
それからずっと、この部屋から一歩も出られない。
ペットか何か、飼われている希少動物のような扱い。
彼女が変わらない限り、きっとこの部屋は変わらない。
「さて、と」
やがて、彼女はこの状況に飽いたのだろうか。
ゆっくりとした仕草で立ち上がると、京太郎に背を向けた。
「それじゃ、また来るからねぃ。いい子でまってろよー?」
名残惜しげに振り返り、手を振る彼女。
そんな彼女に、京太郎は――。
「……」
彼女の言葉に応えず、背中を向けて寝っ転がった。
何も変わらない。外に出られないのも、彼女に言葉が届かないのも。
変わるとすれば、それは京太郎が諦めた時。
何もかもを彼女に委ね、自分の意思すら投げ捨てた時。
その時こそが、彼の終わりで彼女の始まり。
彼女は、焦らない。
ただひたすらに、ゆるりとその時を待ち続けるだけだ――。
【never end】
導いてくれる監督、支えてくれる後輩。
この二人あってこその自分だと、末原恭子は認めている。
恩義、信頼――恥ずかしいから口にはしないけれど、胸を占める温かな想いは彼女をいつも奮い立たせてくれる。
なのに。
「京太郎……んっ」
寄り添い、重なる二つの影を見た瞬間に。
まるで、全てが閉ざされたような気がした。
扉の隙間から覗く光景に酷く胸を痛めながら――それでも、目を反らせず。
「なんや、これ……ぇ」
京太郎は恭子の恋人でもなんでもない。
善野も、恭子の恩師ではあるがそれだけだ。
なのに――。
「――裏切られた。そう思う?」
耳たぶを嬲るような声音に、思わず肩が跳ねる。
大声を上げてしまいそうになるところを、辛うじて口を押さえた。
「……代行」
「これでも、ちゃーんと……みんなのことは、見とるんよ?」
いつから背後にいたのか。
いつものように目を細めて、静かに郁乃が立っていた。
「罪な男やねー。須賀くんも」
「……アイツは、そんなんじゃ」
「そう?……なら」
「私が、須賀くんをとっても――ええんやな?」
「……」
「ゆーっくり。じーっくりでええよ?」
郁乃の指が、恭子の頬を撫でる。
幼子をあやすように。
出来の悪い生徒を、導くように。
「答えが出たら……ね?」
恭子は、ゆっくりと深呼吸をして。
静かに、頷いた。
燃ゆる命の嵐を胸に戦うときだ叫けぶぜ
それは、月の綺麗な夜だったと思う。
「私も」
肌蹴た着物から露出した肩や、太腿の白さ。
頬を朱に染める、興奮と羞恥心。
プライドも倫理観も捨てて、俺を求め手を伸ばす。
「思い出が、欲しいな」
その姿も、心の内も。
久しぶりに再会した彼女は、少女とは呼べなくなっていた。
翌日。
恋人と二人並んで、旅館の入口で振り返る。
「次に来る時には、苗字も変わってるかな?」
「お、おう。多分な」
杏果の台詞で、恋人が照れたように頬をかく。
まぁ確かに、次に二人でここに来る時は彼女も須賀性に変わっているだろう。
いや、もしかしたら二人だけではなく、もう一人か二人か増えているかもしれない。
「それじゃ……また、ね」
そんなこちらの考えを、果たして杏果はどこまで読み取っているのか。
実に楽しげで、穏やかに手を振っている。
「ああ……『また』な」
それに応えるように、俺も手を振り。
恋人と手を繋ぐと、ゆったりとした足取りで旅館を後にした。
部長の睨みもどこ吹く風。
膝の上に淡を乗せ、抱きかかえる京太郎。
なすがままに京太郎の腕の中にすっぽり収まり、熟睡中の淡。
京太郎「いやいや部長。だって、淡ってすげぇやわっこくてあったかくて髪の毛ふわっふわでイイ匂いで」
菫「そうか。大変だな。帰れ」
淡「うへへぇー……すぴすぴ……」
どこから、どうしてこうなった?
冷たい視線と口調もまるで意に介さない。
馬鹿につける薬はなく、バカップルへの処方箋はない。
なんとなくコメカミをおさえ、菫は深く溜息をついた。
「私ね、きょーたろー中毒なんだ」
花のように、太陽のように。
穏やかな微風に、長い金髪をふわりと広げて、少女は笑った。
「きょーたろーってスゴイんだよ。麻雀は弱っちいけど」
「スゴくあったかくて気持ちよくって。がっしりしてて」
「こう。胸の奥から、ふわーってあったかくなるの」
目をキラキラ輝かせ、少女は語り。
でもね、と寂しそうに笑う。
「きょーたろーがいないと、さむい」
「厚着しても、布団被っても、ガタガタが止まらないの」
「いないとか、ムリ」
自分の長い髪を、両手に取って。
笑みを浮かべたままに、首に髪を巻き付ける。
「死んじゃうかも。こんな感じで」
「だから。ずっと」
「ずーっと、そばに、いてね?」
4月1日、入学式。
新入生たちは新たな生活に期待と不安を抱き、在校生は先輩になる。
新たな出会いに、少年少女たちは胸を震わせる――
爽「ドロツー」
誓子「ドロツー」
由暉子「ドロツー」
揺杏「ドロツー」
京太郎「ドロフォー」
成香「ドロフォー」
爽「………………………………」
――が。
ここ、有珠山麻雀部ではいつも通り。
麻雀卓をよそに、卓上ゲームを繰り広げていた。
爽と誓子はOBとして。
京太郎たちは上級生になりながらも、今まででと変わらないノリで卓を囲んでいた。
由暉子「……それにしても。いいんでしょうか」
成香「全国大会出場校が、初日から……」
揺杏「んー。でもなぁ……」
チラリと横目で自動卓に目を向ける。
『故障中。触るな』の張り紙と、可愛らしいライオンのイラスト。
真屋家から提供された古い自動卓は、ちょうど昨日からその役目を終えたようにうんともすんとも言わなくなった。
爽「きょーたろー、なんとかなんない?」
京太郎「ムリ言うなって」
誓子「まぁ……仕方ない、わね」
緩く、のんびりと。
第三者から見たら、とても全国大会出場校とは見えない部活動風景だが――これが、有珠山麻雀部の日常である。
変わらないメンバーに、変わらない日常。
安心感もあるが――少し、退屈を感じるのも事実。
ほんの少しばかり――少年、須賀京太郎の中に悪戯心が芽生えるのも仕方がないことだろう。
京太郎「……なあ、みんな」
ゲームがひと段落したあと。
京太郎は出来うる限りの真剣な表情を作り、みんなに声をかける。
揺杏「おー、なんだなんだー?」
爽「似合わない顔してんなー」
成香「……」ゴクリ
由暉子「?」
誓子「はぁ……」
反応は様々。
さて、次の京太郎の台詞は――
京太郎「誓子のことが――」
誓子「嘘、ね」
一瞬で切捨てられた。
食い気味に、最後まで台詞を語ることもできず。
今日がエイプリルフールだと、誓子は京太郎が話を切り出した時から気付いていたのかもしれない。
京太郎「いやいや、最後まで聞いてくれよ」
だが、京太郎はメゲない。
これしきで挫けていては、彼女たちと幼馴染なんぞやってられない。
誓子「……」
京太郎「ずっと考えてたんだ、誓子のこと」
京太郎「誓子が卒業してから、ずっと寝れなくて――」
誓子「はいはい。嘘ばっかりね」
はあ、と呆れたように溜息。
取り付く島もない。
誓子「だって、あなた。昨日は夜9時の24分には寝てたじゃない。ご丁寧に瑞原はやりの曲をアラームに設定して」
京太郎「……へ?」
誓子「朝5時にアラーム前に起きたかと思ったら二度寝するし」
京太郎「え、いや」
誓子「一昨日なんて夜中の2時に起きたかと思えば夜食にカップ麺なんて」
京太郎「あ、あの」
誓子「しかも、その後は……その、アレ、だし。由暉子の写真で――」
まるで、目の前で見てきたように語る誓子。
最後にポッと頬を染める彼女に、京太郎は言葉が出ない。
ちなみに、彼女の言葉に嘘偽りはなく――全て、真実である。
京太郎は引いていた。
爽たちも引いていた。
由暉子だけは、何故か少しドヤ顔だ。
誓子「――で、これで? いつ、私を想って眠れない夜があったのかしら」
京太郎「……ゴメンナサイ」
誓子「ちなみに。エイプリルフールで嘘をついていいのは午前中だけって、知ってた?」
京太郎「え、マジで」
誓子「ええ――だから、お仕置き……ね?」
京太郎「いや、ちょ――!?」
たすけて、と視線を爽たちに送ったら。
ごめんね、と返答と一緒に全身を巡る痺れ。
京太郎(ちょ、爽――!?)
爽(うむ、式には呼んでくれ)
誓子「そうね。その嘘、ほんとにしましょうか」
京太郎「――!?」
――藪を突いたら、アナコンダに呑み込まれた。
後日、幸せそうにお腹を摩る誓子の隣で、京太郎は泣いた。
京太郎「あの……爽さん? 何故服を?」
爽「そりゃ、風呂入るには服いらないし」
京太郎「あの、爽さん? 何故、俺の服に」
爽「そりゃ、一緒に入るんだから脱がないと」
京太郎「あの、爽さん? 俺……」
爽「女、だろ?」
京太郎「あの、爽さん――」
爽「あは」
爽「実は私、男なんだ。据え膳はいただかないとな」
――エイプリルフール、終了。
爽「私たち、結婚しました」
京太郎「うぅ……」
「お父さん」と、目の前の見知らぬ少女は言う。
「お前など知らぬ」と、少年は答える。
「認知してくれないの」と、少女は目尻に涙をためる。
「洒落にならぬ」と、少年は答える。
少年は天井を仰ぐ。
この状況、即ち――詰みである。
泣く女に理屈は通じない――というのを何となく、京太郎は身をもって理解した。
目の前の白髪の少女、小瀬川白望は自分のことを「おとうさん」と信じている……らしい。
泣いて縋り付く少女に、焦る少年。
端からこの場を見たら、所謂修羅場というものに見えるのではないか。
変な風に追い付いてきた頭を抱え、京太郎は考える。
この状況を、どうにかして切り抜けるには――
「シロー? 何してんのー?」
「あ、トヨ……」
――この、瞬間だ。
「じゃこれで!!」
「あ……」
「え?」
三十六計、逃げるにしかず。
理屈の通じぬ相手に理解を通す必要なし。
少女の意識が自分から離れた瞬間、京太郎は全力でこの場から離脱する。
ハンドボール部で鍛えられた足には、反射的に伸ばされた少女の手も届かない。
「おとうさ――」
解決にはなっていないが、自分一人では多分解決できない問題。
あとで部長にでも相談しようと、京太郎は全力で廊下を駆け抜けた。
廊下を走り、階段を駆け上り、足を止めて一息つく。
ただ離れることだけを目的に考えず走って来たが、これだけ距離を取ればあの少女も追っては来れないハズだ。
安心して」乱れた息を整える京太郎だが――彼は、忘れていた。
「あーっ!!」
一難去ってまた一難、という言葉を。
甲高い大声。
京太郎はその声に振り向く暇もなく、唐突な衝撃に押し倒され、冷たい床から背中に伝わった痛みに呻き声を上げた。
「ぐぇっ……!?」
目をパチクリしながら、衝撃の正体――倒れた自分に跨がる少女を見る。
ふわりと広がる金髪、鼻をくすぐるいい匂い、白い制服。
瞳をキラキラ輝かせ、マウントポジションをとったまま、少女は――
「パパーッ!!」
「……え゛」
――京太郎を見つめ、そう、言った。
小学生くらいのころまでは、『ハタチ』という響きに特別なものを感じていた。
20才からオトナの世界、自分から見ればとてつもなく遠い世界。
そんなものは幻で、ただの錯覚でしかなかった。
「くかぁ……」
少なくとも。
缶チューハイ片手に、半開きの口から涎を垂らす彼女からは、『オトナ』を全く感じ取れない。
やれやれと溜息をついて、京太郎は彼女の背中に触れる。
「おーい、風邪ひくぞー?」
「う……うぅ……ん…」
ゆさゆさと揺するが、返答は呻き声だけ。
アルコールで朱に染まった頬には、色気も何もない。
京太郎は彼女を起こすのを諦め――出来るだけ優しく、彼女を抱きかかえた。
寝るなら机ではなく、ベッドの上で。
自業自得と放置してもいいが、自分の恋人相手にそれは流石に薄情が過ぎるというもの。
この調子だと、二日酔いに苦しむ彼女の姿が容易に想像できる。
サークルに顔を出すどころか、出席すら難しいのではないだろうか。
そうなれば、完全に彼女の自業自得である。
「……俺も自主休講かな、コレだと」
が、京太郎はそんな彼女が放って置けない。
惚れた弱みというヤツである。
京太郎は再度溜息をつき、天井を仰ぐ。
『オトナ』とはもっと格好良くて、『レンアイ』とはもっと甘酸っぱい。
小学生くらいのころに抱いていた、幻想。
だがまぁ――現実は、この通り。
アルコールの匂いに顔を顰めながら、京太郎は部屋の電気を消した。
「パパ~」
ぎゅーっ、すりすりと。
見知らぬとはいえ、美少女相手。
問答無用でダダ甘えをぶつけて来る女の子。
柔らかい感触やら、心地よいあたたかさやら、ふわふわの髪から伝わる良い匂いやらで。
「……ああ」
――俺、もうパパでいいんじゃないか?
京太郎は、そう思った。
心身共に疲れ、混乱していた。
「ねね、ぱぱー」
「あぁ……」
――おお、なんだい我が娘よ。
ああ、そうだこれからお昼に牛丼とかどうだ?
よーしパパ特盛頼んじゃうぞ――
「久しぶりに一緒におフロはいろっ!」
「えっ」
京太郎は、現実に戻った。
「どしたの? 前みたいに――」
「いやいやいや」
前ってなんだ、前って。
京太郎は頭を振り、上体を起こすと金髪少女を脇に退かした。
キョトンとした顔が可愛らしいが、とりあえずこう言わねばなるまい。
「まず、俺はお前のパパじゃない」
「え」
「第一、初対面だろ。俺たち」
「……ぇ」
少女の表情が曇る。
天真爛漫だった態度が一変、捨てられた子犬を想起させるが――それに流されてはいけない。
「ぱ、パパ……?」
「だから、パパじゃないの」
「で、でも。そっくりだし、金髪も……」
「金髪ってなんだよ金髪って。そんなんで親子になるなら――」
辺りを見渡すと、ちょうど少し離れたところに金髪の少女。
確か彼女は――龍門渕透華。
この件においてまったく関係はないが――まったく関係がないから、こそ。
「あそこの人だって、俺の娘ってことになっちゃうだろ」
「え!? パパ浮気したのっ!?」
「なんでだよ!!」
認知とか浮気とか、まともな恋も知らぬ高1男子には話が重過ぎる。
詰め寄る少女をあしらおうとして、上手くいかず。
ぎゃいぎゃいと、周りを顧みずに少女と騒ぎ。
ふと、背後からシャツをくいと引かれて、振り向かされた。
「……あなた」
「あ、えっと」
少し、騒ぎ過ぎたか。
振り向くと、さっき話に出した龍門渕透華が京太郎のシャツの裾を引っ張っていた。
すいません、あやまるべく京太郎は口を開き――
「お、お父様……!?」
「な゛ん゛でだよ゛お゛お゛ぉ゛お゛!゛!゛!゛」
京太郎は、叫んだ。
嫌な奴に違いない。みんながそう言ったから。
悪い事をしてるに決まってる。みんながそう言ったから。
「だったら、なんだよ」
そうして欲しいんなら、そうしてやるよ。
お前らが、そうしろって言ったんだから。
清澄優勝から、数日後。
ある一人の男子生徒から、こんなことを言われた。
――あれ、お前って麻雀部だったの?
その時は苦笑した。
確かに自分は戦力的な意味では麻雀に貢献していない。
実力的にも、初心者に毛が生えた程度である。
「そうだよ、唯一の男子部員だぜ」
苦笑しながら、そう答えた。
胸の奥底で引っかかるものに、気付かないフリをして。
――ねえ、知ってる? 須賀って――。
妙な噂話。
ひそひそと陰で話す女子の声。
あまり質の良いモノではない。
無名の零細部からインターハイ優勝を成し遂げた清澄麻雀部には、様々な噂がある。
根も葉もないものから、わりと的を射ているものまで。
その中には、京太郎を小馬鹿にするものもあったが――京太郎は、それに気付いていながらも無視をした。
人の噂も七十五日。面倒だった。
名前も知らない奴らと話をして噂を晴らすよりは、下手な麻雀の練習でもしていた方がまだ建設的だ。
曰く、「須賀が麻雀部にいるのは女子が目的」
曰く、「須賀が麻雀部にいるのは弱味を握られてるから」
曰く、「須賀は麻雀部でドレーのような扱いをされている」
……よくもまあ、こんな妄想を噂に出来るものだと思う。
誰が流しているのか不明な噂、相手するだけバカらしい。
京太郎はただ全てを、苦笑で流す事を選んだ。
それが、間違いだったと気付くのはずっと、後の話だ。
数日後。
「はぁ……」
京太郎は、疲れていた。
噂と視線は、少しずつ少年の精神を削っていく。
「京ちゃん、大丈夫?」
「……なんでもねーよ。寝不足なだけだから」
心配そうにする幼馴染に適当な言い訳をしながらレディースランチを口に運ぶ。
部長が大学進学への準備で部活に顔を出せず、人手が足りない清澄麻雀の現状。
それを考えれば、部員に余計な心労を負わせたくなかった。
少年の間違いは、見栄と余計な気遣い。
少女たちの間違いは、何もしなかったこと。
「……?」
それは、ある日の放課後。
部活に行く前に、名前も知らない上級生に呼び止められて。
――ヤッたんたろ? 竹井先輩と。
――どうだったって、聞いてんだよ。
彼らにしてみれば、軽い気持ちで。
『竹井久がカラダを売った見返りに、京太郎を労働力にしている』
そんな噂の真偽を、確かめているにすぎない。
だが、しかし――あまりにも、間が悪かったちの
京太郎は、疲れていた。
余裕が、なくなっていた。
そんな時に、下卑た視線と口調で。
自分を、麻雀部に誘ってくれた部長を。
優勝した時、本当に嬉しそうにしていた部長の。
――竹井先輩、色々ヤッてるって話だし――
上級生の言葉は、続かなかった。
言葉を言い切る前に、殴り倒されたからだ。
瞬間的に頭に血が昇った。
つい手が出てしまった。
――な、てめ!
――須賀が、あいつがっ!
HRと部活動の合間。
多くの生徒が行き交う廊下で。
麻雀部について、色んな噂が流れている時に。
――やっぱり、あの噂は……。
時間も、場所も、タイミングも。
何もかもが悪かった。
噂は、あっという間に伝播する。
良いものを塗り潰して、悪いものだけが残る。
そして悪いものだけが残ると、また悪い噂が広まって。
「――それで、少年は非行へ走ったと。泣ける話だねぃ」
「……」
「そんなツラで睨むなって。イケメンが台無しだろー」
一人の少年が真面目さを捨て、部活を辞め、転校するまでの話。
何が面白いのかは京太郎には分からないが、目の前の女性は童女のように笑う。
「でもよー、何だかんだで未練はあるんだろ? こんなところでさー」
……それは、ただの勘違いだ。
気紛れに、暇潰しにフラフラと歩いていたら、雀荘が目に入ったから。
「……そっすか。じゃあ俺はこれで」
「ちょい待ちなって。今度はこっちの話も聞いとけよ、損はしねーからさ」
「お前さん、まだ学生……高校生くらいだろ? まぁ、すぐ終わる話。聞いとけって」
こんな時間に、こんな場所で、こんな相手と卓を囲んだのが運の尽きだったか。
京太郎は拗ねたように眉をひそめて、小さく舌打ちをすると上げかけた腰を下ろした。
「だからそんな顔すんなって。似合わねーから」
「……」
「……ま、いいか。コレ、私の連絡先だ。財布にでも入れときな」
「……ハァ?」
一枚の紙。
名刺くらいのサイズに、手書きで彼女の名前と携帯電話の番号が書いてある。
「なんで、こんな」
「わっかんねー」
「……」
「あ、ちょ、破くなって!……たく、しょーがないねぃ」
ペチペチと、扇子で自分の頬を叩きながら。
彼女――三尋木咏は、にやりと自分の唇を吊り上げて。
「もったいね~ってのと、女のカンってヤツかな」
「意味わかんねぇっすけど」
「ああ。私もわっかんねーから安心しろ……まぁ、ホントに気紛れみたいなもんだから」
「……」
「なんとなくだけど、さ。資質っぽいのはあると思うんだよねぃ。今は腐り切ってるけど」
「……」
「あとは――まぁ、一目惚れみたいなもんかな。婿養子って、興味あるかい?」
咏と別れて、深夜の帰路を歩く。
久しぶりに打った麻雀で、惨敗したが悪い気はしなかった。
……あの、意味不明な出会いを除いては。
「なんだってんだよ……」
今の高校でも、麻雀部に入る気は無い……というより、部活に入る気がない。
真面目にやる事に、疲れてしまったから。
「……」
煙草やら酒やらに興味はないが、誰かと喧嘩をする事に躊躇いはないし、学校だって平気でサボる。
不良だとかクズだとか言われても仕方ないような生活をしている――それが今の自分だ。
「……ホント、意味わっかんねーよ」
そんな自分に資質があるだとか、しかも一目惚れ?
あまりの意味不明さに、溜息を吐きながら空を仰ぐ。
「ま……どうでも、いいか」
どうせ、また会う事はない。
さっさと帰って、何も考えずに寝よう。
起きれたら登校して、起きれなかったらサボろう。
そんな舐め切った考えで、夜道を歩く。
……けれど、夜はまだ終わらない。
彼を引き止める声と出会いは、この後にもある。
「京……ちゃん?」
随分と懐かしい気がする呼び方に、足を止める。
こんな時間に、こんな場所で。
有り得ないと思いながらも、京太郎は振り向いた。
「ガンダムとかであんじゃん」
「んー?」
「初代が最高とかエイジはないとか、鉄血意外といいとか」
「あー」
「アレと同じでさ、俺にとっての牌のおねえさんははやりん一択なわけよ」
「ふーん」
「だから、他のアイドルの子が出てきてもナンバーワンは――」
「それがユキのおっぱいガン見してた言い訳か」
「はいすんませんっした!」
「第一さー。彼女への言い訳に他の女の名前使うのはどうなんよ」
「はい……」
「確かにユキかわいいけど。かわいいけど」
「うん……」
「でもさ、京太郎の彼女は私なわけじゃんか」
「……」
「なんつーか、彼女として自信なくすっつーか――」
「それはない」
「お?」
「俺のナンバーワンはいつだってお前だよ」
「お、おぅ……おう」
「……」
「……」
「いや。ちょっと今のキモいかも……」
「お、おう……言ってから恥ずかしくなってきた」
「……まーでも、許す。許してやろー」
「おお……!」
「その代わりメシ奢れよー」
「おー」
「いえーい」
「いえい」
……などとまぁ、ちょっと小学生的な会話をしたりする相手。
一個上の先輩で、同棲相手。
「いぇーい」
「いぇいえーい」
岩館揺杏、彼女が京太郎のガールフレンドだ。
「あたためますか?」
コンビニで弁当を買ったことがあるならば、誰もが聞いた事のある言葉。
それに対する返答は、すぐに弁当を食べるなら「はい」で、時間が経つなら「いいえ」である。
「……」
迷うことなんてない質問……だというのに、京太郎は即答出来ずにいた。
表情は強張り、焦りで頬に汗が伝う。
たかが、昼飯を買いに来ただけなのに――
「あたためますね?」
「あの。手を、話してくれませんか。神代さん」
――何でか、巫女さんに迫られているからだ。
自分と彼女、二人分の昼飯を買いに来ただけだというのに。
レジに立つ巫女さんに、熱っぽい視線で見つめられ、生暖かい手に握られて足止めをされている。
しかも。
「あたためませんか?」
「……いえ、結構です」
「あたためましょうよ」
「……」
この巫女さん、何か変なモノでも付いてんのか、と思うくらい会話が成立しない。
『はい』と頷けば解放されるのかもしれないが、それはそれでイヤな予感がした。
「あたためますかね?」
手を振りほどこうにも、ぴったりと接着されたかのように指が動かない。
そんなオカルト――と否定したいが相手が相手であるし――。
「あたためますね」
「はい、そこまで」
「ぎゃいんっ!?」
膠着した状況にトドメをさしたのは、レジの奥から出て来たもう一人のバイトさん。
その手に持つ祓串で、巫女さんの頭をひと叩きすると、巫女さんはあっさりと崩れ落ちた。
「……ふぅ。ごめんね須賀くん、迷惑かけちゃったね」
コンビニの制服と祓串という実にミスマッチな格好で、彼女は額の汗を拭った。
ネームプレートに書いてある名前は、狩宿巴。
巫女さんの先輩である。
「え、いや……その、神代さんは……」
「うん、まぁ……初めてのバイトだから。テンパっちゃうんだね」
「その、大丈夫なんですか……?」
「……大丈夫だよ」
「でも、さっきまで」
「大丈夫、だよ」
「……」
京太郎は、あたためた弁当×2を手に入れた。
暫く、あのコンビニは使えないな――なんて考えながら、京太郎は自宅のドアを開けた。
「ただいまー……っと?」
コンビニ袋を片手に帰宅すると、玄関に見慣れないヒールの靴があった。
どうやら、女性の客人が来ているらしいが――
本内成香。
揺杏の高校時代からの同級生で、京太郎とも知り合いである。
京太郎が帰って来たことに気がつくと、揺杏はヒラヒラと手を振り成香はペコリと頭を下げた。
「ちわっす、成香さん」
「あ、お邪魔してます」
「遅かったねー。コンビニ混んでた?」
「んー……まぁ、うん」
「?……まー、お疲れさん。お茶入れてくるわ」
揺杏が腰を上げ、台所へと向かう。
入れ替わるように、京太郎は丸いテーブルにビニール袋を置いて成香の隣に腰を下ろした。
「あ、そういえば。昨日の二限目、揺杏ちゃんと欠席してましたけど……」
「あー……アレはまぁ……自主休講、的な」
「えーっと……何か外せない用事があったんですか?」
「そんなもんです」
大変ですねー、なんて言ってくれる成香。
実際は二日酔いの揺杏を介護していただけなので、思いっきりただのサボりなのだが。
「コレ、ノートのコピーです。来週提出のレポートの題材とか書いてあるので使って下さい」
「ありがとうございます! すいません、わざわざ」
「いえいえ。大事なお友達ですから」
ニッコリ笑う成香が天使に見えた。
……思い返せば、高校時代から彼女にはよくお世話になっていたような気がする。
「今日はコレを届けに?」
「はい……それと」
「それと……?」
二人の出会いはインターハイ会場。
階段で足を滑らせ捻挫してまった成香を、京太郎が助けた。
それから、清澄と有珠山の付き合いが始まり京太郎が高校二年生になった頃あたりで、京太郎と揺杏は交際を始めた。
彼女にしてみれば――それはきっと、『間の悪い』ことだったのだろう。
本内成香は、須賀京太郎に恋をしている。
していた、ではなく、している。
この恋が始まったのは彼が高校一年生の夏の時。
つまるところ、インターハイ会場で出会った時から。
でも……今、彼の隣にいるのは自分ではなく揺杏。
『……そう、だよね』
自分という架け橋を経て二人は結ばれた。
それはきっと、自分より揺杏の方が京太郎との相性が良かったからだ。
そうに、違いない。
嫉妬をする権利は自分にはない。
揺杏を妬むのは筋違いだ。
そのように、自分に言い聞かせる。
ああ、でも、それでも――。
「お、おっす」
「……こんにちは」
――京太郎が、コンビニで怪しげな巫女さんに捕まっていた頃。
揺杏と成香は、互いに向き合わずに挨拶を交わした。
揺杏は、成香の恋心を知っている。
成香は、彼らの愛情を知っている。
それでも、二人は友達だから。
「……京太郎くんは?」
「昼飯買いに行ったよ。そろそろ戻ると、思う……」
「……そっか」
互いに、思うところはあるけれど。
口に出せば、自分も相手も傷をつける。
それは嫌だ――だって、友達だから。
二人とも、相手のことを大事に思っているから――だから、互いに向き合わない。
それが、岩館揺杏と本内成香の関係だ。
京太郎と揺杏は特定の部活・サークルにら参加していない。
いくつかのサークルを掛け持ちしている状況である。
新入生の頃は色々な麻雀サークルなどを見て回ったが、そこまで麻雀に熱が入らなかったのだ。
「さて、この後はどうするかな」
今日はバイトもなく、この後はただひたすらに暇である。
京太郎の選択肢としては――
――自宅にて。
京太郎は、成香から借りているノートを元にレポートを作成することにした。
パラパラとページをめくる限りではそこまで難しい内容ではなく、時間的な余裕はたっぷりある。
なんなら一夜漬けでも間に合いそうだが――『レポートは大丈夫ですか?』なんて、このノートの持ち主に微笑みかけられたら頑張らないわけにはいかない。
よし、と気合を入れて京太郎はタブレットの電源をつけ――
「にゃー」
わざとらしい猫撫で声。
背中に張り付く柔らかい温もりと嗅ぎ慣れた甘い匂い。
「にゃーにゃー」
「……」
「にゃーにゃーにゃー」
構え構え、と言わんばかりに身を寄せて来る猫。
なので、京太郎はとりあえず顎の下辺りを撫でてみる事にした。
「んっ……にゃぁ……」
満足しただろうか、京太郎は猫から手を離してタブレットに向き合――
「こらこら」
――えなかった。
中々満足しない猫である。
「おうどうした」
「どーしたじゃなくて。構えよー」
「レポート終わったらな」
「えー」
肩に顎を乗せて来る猫、もとい揺杏。
京太郎的にはこうしているだけでも満たされるのだが。
「にゃんにゃんしようぜー」
「んー」
「好きだろこういうの」
「んー……まぁ」
大好きである、が。
チラ、とノートとタブレットに視線を落とす。
まったく手付かずの状態だが、揺杏猫が引っ付いている現状で進められるかというと――。
「しょうがねえなあ」
「おっ」
振り向いて揺杏と向き合うと、脇の下に手を入れて抱き上げる。
そのまま有無を言わさずにベッドまで彼女を連れて行く。
「よっと」
自分が下になり、揺杏と一緒にベッドに寝転がる。
京太郎は揺杏の髪に手櫛を通しながら、彼女に問いかける。
「何か、あったか?」
「あー……まぁ、ね」
「そっか」
京太郎は深くは聞かない。
ただ思いっきり甘えたい、と自分の愛しい彼女が言っている。
だったら京太郎もそれに応えるだけだ。
「おーよしよし」
「にゃーにゃー」
レポートのことは今は忘れて、京太郎は揺杏を猫かわいがりする事にした。
宿泊所の布団にゴロゴロと転がりながら、爽はテレビを指差す。
『恐怖! 愛のあまり狂気に走るオンナたち!!』と、そんな三流以下の番組が垂れ流しになっている。
爽「うわー。監禁だってさ、こわいなー」
成香「……はぁ」
爽「これ全部実話なんだと」
『財力に任せてカレを屋敷に監禁』『複数人で協力してカレを管理』『カレをクスリ漬けにして支配』……等々、常識で考えればあり得ないものばかり。
ポカンとしている成香に代わり、誓子が呆れたような溜息を吐いてテレビを消した。
誓子「はいはい、明日も早いしもう寝るわよ」
爽「はーい」
成香「……」
成香「……私、そんなことしませんよ? もったいないですし」
――どっちも、台無しになっちゃいますし。
続く言葉は、彼女たちの耳には届かなかった。
須賀京太郎は恋を知らない。
脳が甘さに満たされる幸せも、胸を締め付けられるような苦しさも経験した事がない。
故に――これはまぁ、ある意味で当然のことなのかもしれなかった。
「……やっべぇかもなあ」
夏休み、インターハイも決着がつき日常に落ち着きが戻り始めた頃。
スマホのカレンダーを眺めながら、京太郎はポツリと呟く。
注目するは今週の土曜日、夏祭りの日。
「……どうすっかなぁ……」
ぽいっとスマホを投げ捨ててベッドに身を投げる。
天井を見上げながらウンウン唸るも答えは出ない。
なんせ、人生初めての悩み。
ダブルブッキングならぬ――ファイブブッキングをやらかしてしまったからだ。
「次の土曜日、おヒマ?」
最初の誘いは、一から。
夏祭りデートのお誘いに、京太郎は快く頷いた。
どうせその日はヒマであり――ちょっとした思い出になればとの下心もあった。
「おつかれさん。次の土曜日、空いてるか?」
次の誘いは純からで、一と同じく夏祭りデートのお誘い。
京太郎のミスは、この時に純の誘いにも頷いてしまったこと。
同じ龍門渕の面子に誘われたことで――二人っきりのデートだとは思わなかったのである。
ここまでならまだ、修正は効いた。
問題は、ここからである。
そう。
京太郎は同じミスをあと3回――智紀と透華と衣相手にもやらかした。
それが間違いだと気付いたのは、金曜日の夜。
寝る直前の、一からの着信。
『あ、もしもし? 起きてる?』
「はい」
『ゴメンね、こんな時間に』
「いえ、大丈夫っすよ。何かありました?」
『あはは……何がってワケでもないけど。声が聞きたくて』
「え、えっと……」
『ちょっとだけ話したかったんだ。明日が楽しみで、ちょっと眠れなくてさ』
「はは」
まるで遠足前の小学生だ、カワイイ人だなぁ。
この時までは京太郎も呑気に笑っていた。
その笑顔が凍りつくのは、次の瞬間。
『エスコート、楽しみにしてるからね? 王子様』
京太郎はここでやっと違和感を覚える。
ん? 龍門渕のみんなで行くのでは? ――と。
それを口に出さなかったのは、ある意味で運が良かったといえる。
『それじゃ、おやすみ。また明日ね』
「あ、はい……おやすみなさい」
もしかして、マズったか。
ようやっと焦り始めた京太郎は、それとなく全員に確認を取り。
『水入らずってヤツかな。楽しみにしてるぜ』
『人混みは苦手だけど……あなたと二人なら』
『わたくしの隣を歩くのです。半端は許しませんわ!』
『デートだからな! 色々見るぞキョータロー!!』
――あ、マズったわ。
ようやっと京太郎は、己の失敗を自覚した。
素直に謝るしかない。
普通なら誰だってそう思うだろう、が。
『他のみんな?……何故、明日のデートの話に他の女の話が?』
『二人っきりなのですから……あなたは、わたくしだけを見ていれば良いのです』
電話越しの透華の声音を聞いてしまってはそれすら出来ない。
冷や汗が頬を伝い、五臓六腑が冷え切る。
つまるところ、京太郎は詰んでいた。
素直に謝るには勇気と知恵と力が足りない。
どデカイ爆弾が複数個。
この手の経験が圧倒的に不足している。
「どうすんの俺、どうするよ……!?」
パッと思い浮かぶ選択肢は3つ。
1.『諦める』
2.『誤魔化す』
3.『逃げる』
カードの切り方が人生だ。
嫌な気持ちばかり膨らむ胸を抑え、京太郎は静かに息を吐く。
1を選んだ場合。
諦める――即ち素直に謝る。
透華が怖いしどうなるかちょっと想像がつかない。
2を選ぶ場合。
誤魔化す――即ち仮病で休む。
楽しみにしている5人には申し訳ないが……また後日に調整してお詫びをしよう。
3を選ぶなら。
逃げる――急に外せない用事が入った!とでも言い訳をして遠くに出かける。
男として最低だが今更の話である。
「……」
「……3、か?」
物理的に離れてしまえばニアミスの怖れはない。
親戚の叔母さんが急病て倒れて……とかそんな感じに言い訳をすれば仕方ないと諦めてくれる筈。
諦めてくれるといいなぁ。
「……よし!」
変な方に思い切りが良い京太郎。
財布を引っ掴みベッドから起き上がる。
今から終電で適当に遠くまで行って、適当にネカフェ辺りで過ごせば何とかなる。
根拠もない穴だらけの思考に無意味な自信を持って、京太郎は歩き出す。
修羅場なんて、逃げてしまえばどうということは――
「どこへ行くのですか?」
いざ玄関から踏み出した第一歩。
目の前には完璧執事――と京太郎が心の中で呼ぶ相手。
「ハ、ハギヨシさん……!」
「どちらへ行かれるのですか?」
フリーズする京太郎に、ハギヨシが一歩詰め寄る。
ハギヨシは笑顔を崩さない。
京太郎は冷や汗が止まらない。
「皆様、どうやら明日に何か良いことがあるらしく」
「……」
「えぇ、お嬢様も国広さんも、とても楽しそうにしていまして」
「……」
「何があるかはナイショ……との事ですが」
「……」
「とても――とても、楽しそうにしているんですよ」
「…………」
「ええまぁ。それは置いておくにしても」
「……」
「感心しませんね。こんな夜遅くに出歩くのは」
「……」
「須賀くん?」
「……すんません……」
最終更新:2026年01月05日 22:26