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――翌日。



「……2番だ。2番しかねぇ……」


布団を頭からすっぽり被り、カーテンまで完全に締め切る。

完全に外と部屋を遮断し、薄暗い部屋の中でスマホを操作する。


熱出て夏祭りにはいけないこと
喉やられて声が出ないのでメールを送っていること
また今度埋め合わせをすること


要約するとこんな文面のメールを一人一人に合わせて作成。

上手くいきますようにと祈りを込めて、京太郎は送信を押した。

少し経つと、スマホから着メロが鳴り始める。

相手は見るまでもなく龍門渕の誰かだろう。


「……すいませんすいません……!」


震える手をぎゅっと握り、布団の中で丸くなる。

目を瞑り、ひたすらに時間が過ぎるのを待つ。


兎に角、誰からの連絡にも答えない。

そうすればきっと、諦めてくれるに違いない。

京太郎は恋を知らない。

好きな人を思いやる心も、デートの期待に胸を膨らませた経験もない。

故に、この後の展開もまるで予想ができない。



「……仕方ないなぁ。まったくもう」

「オイオイ、ガキかっての……ったく」

「……風邪……粘膜……接触……」

「むむ……キョータローは苦しんでいるのか……」

「…………」



メールを読んだ五人が看病のために自宅に集うまで。

そう、時間はかからない。














「……さむいな」


窓から差し込む朝で目を覚ました照は、猫のようにその身を丸めた。

彼が声をかけるまで、ベッドから起き上がるつもりはなかった。

京太郎と照が付きあっている、というのは本人達が語らずとも白糸台の生徒達には公認の事実だ。


――朝早く京太郎の家から出る照を見た。

――虫が湧く季節でもないのに京太郎の首筋に赤い点があった。しかも、赤い髪の毛が肩にかかってた。

――電車で京太郎に寄りかかりながら眠る宮永先輩がいた。


……等、目撃談は山程ある。

誰もが知る有名人の恋バナ、スキャンダルともなれば食い付く生徒は多い。

本人達が否定も肯定もしないうちに、噂は学校中に広まっていた。














「でもさー。実際、きょーたろーってテルのことそんな好きじゃないよねー?」


淡のその言葉に、京太郎は特に驚きもしなかった。

噂は事実であるし、否定はできないが――そこに、恋慕の情は無い。


求められたから、応えた。

嫌いではないし、照は美人だから。

今はlikeだが、そのうちloveに変わるかもしれない。


そんな風に、引きずるように関係を続けて。


「……いや、そんな事はねえよ」




男として、中途半端な自分を自覚している。

決して褒められたものではないその本心を、淡に伝える理由はない。


「互いに好き、だから付き合ってんだよ」

「ふぅん?」


つまらなそうに小首を傾げる淡。

幼子のように目を丸くして、じぃっと京太郎を見詰める。


「告白はどっちから?」

「……」


ずいっと身を乗り出して、パーソナルスペースを遠慮なく犯してくる。

居心地が悪くなり、京太郎は目線を逸らす。


「ねね。どっちから?」

「……向こう、から」

「ふーん」


更に一歩。淡は踏み出す。

もう一歩近付いて、京太郎が身を屈めたら、鼻先が触れ合う距離。

「じゃあさ」


小さな口が、言葉を紡ぐ。


「私がおんなじことしたら」


無邪気で、悪意もない。


「テルと同じこと。してくれる?」


ただ純粋に、欲しいと強請る言葉。











「……はぁ」


小さな溜息を一つ。

ねーねーねーねーと纏わりつく淡を見下ろし、右人差し指を彼女の額に向ける。


「ばーか」

「あいたっ!?」


ペシリ、と軽く力を込めてデコピン。

とてもキレイなフォームで放たれたそれは見事デコのど真ん中を打ち抜き、淡は大袈裟に額を押さえて仰け反った。


「体罰反対っ」

「大丈夫だろ。中身ないし」

「ひどくないっ!?」


正直なところ。

淡が照よりも先にアプローチをしてきたなら、自分は淡を選んでいたのだろう。


「……ん。校門で待ち合わせ、か」


……などと考える京太郎だが、まったくもって意味のない仮定である。

さっさと思考を切り替えて、恋人からのLINEに返信を送る。


「テルからー?」

「ん。つーわけだから」

「私も行って――」

「だめ。あの人怒るし」

「ちぇ」


ヒラヒラと手を振って淡に背中を向ける。

卒業も近い訳だし、なるべく二人っきりの時間を作ってあげたい……というのが、京太郎が照に示せる少ない甲斐性だった。


「じゃさ、きょーたろー」

「ん?」

「テルにもし飽きたら」

「じゃな」

「ちぇっ」













幼馴染というのは、得であり。

そして、少女とは小悪魔なのであった。


「ほれ行くぞ~」

「ま、待ってよ」


ギュッと手を繋いで、東京の人混みの中を逸れないようにして歩く少年少女。
歩幅の違いから少女は少し早歩きになり、それに気付いた少年は何も言わずに歩くペースを落とした。


「しっかりしてくれよ、大将」

「だ、だってゴチャゴチャしてるんだもん、このあたり」

「ちょっと遠出するといつもソレだな……」


気安い関係といえばそれで終わりだが、お互いとって唯一の相手。
同じ卓に着くことは少ないけれど――だからこそ、少女は彼の時間を独占できるのだ。


……ね? そんな風に睨まないでよ

ずーっ前から、ここは私の場所なんだから


「わっ、た、た……」

「ほら、余所見してんなって」


少し強めに手を引かれて、躓きながら少女は歩く。

仕方ないなぁ、と微笑ましげに見つめる少年の瞳には――隣の少女しか、映っていなかった。






「ふぅー……」


彼女の白く、細い指が滑らかに動く。

慣れているような、それでいて愛おしそうな手付きで『それ』を包み込む。

命の温もりを、手のひらと指先に感じて――成香は、頬を緩ませた。


「いっぱい、出してくださいね。京ちゃん♪」


張りつめていた『それ』が、彼女の指の動きに導かれるように――


「……なぁ、その名前変えないか?」

「えぇー?」


……というのが、須賀牧場の朝の一幕であった。



有珠山高校を卒業した京太郎は――成香と寄り添う未来を選んだ。

ある意味で順当な結果だった。
他の先輩3人は純心で初心な成香を応援していたし、ユキという強敵の出現には焦りを見せたものの――


『わたしに、すがくんを、きざみつけてください……!』


インターハイ直後、敗退が決定した時に『おんな』としての覚悟を見せ付けた成香に軍配が上がった。

紆余曲折の末、牧場経営をする事になるとは思わなかったが……。


「かわいいのに、京ちゃん……」

「そんなこと言うなら、次の子の名前はなるちゃんだな」

「そ、それはちょっと……恥ずかしいし……」


まぁ、二人とも今の生活を幸せだと思っているから、それでいいのだろう。

もしかしたら、アイドルユキのマネージャーになる未来があったのかもしれない。

デザイナー揺杏をサポートする生活をしていたかもしれない。

誓子のヒモをやってたかもしれない。

爽と面白おかしく、刹那的に生きていたかもしれない。


けれども全て、意味のない振り返りだ。

今、京太郎の隣に立っているのは、成香一人なのだから。


「そうか、じゃあ隣の『なるちゃん』を絞ろうかなー」

「ひゃっ!? ま、まだお日様が出たばかりなのに……!?」


モーモー、と『京ちゃん』に見守られながら。

今日も、須賀牧場の1日は幕を開けた。


――そして。

いつも通りの日常は、『アイドルユキの牧場訪問』オファーによって、破られることになった。













「おかえりー」

「ただいまー。その人は? お客さん?」

「ああ、なんというか……拾った?」

「は、はは……よろしく?」


「……はぁ?」

「まぁ、悪い人じゃないけどー……」


アイスティーをストローでブクブクさせながら、はやりはボンヤリと物思いに耽る。

お行儀が悪いけれど、たまにはそんな時もある。

自分の部屋だし。おかーさんも誰も見ていないし。宿題だって終わらせたし。


「でも拾ったってそんな……」

「はやりちゃーん。ごはんできたよー」

「あ、はーい!」


自分を呼ぶ男の声に、ストローから口を離して返事をする。

考え事は中断。

元々答えなんて出ないモノだし、この後その悩みの原因と向かい合う事になるのだから。

いただきます、と両手を合わせて晩御飯。

今日のメインディッシュは鳥の唐揚げ。

美月特製の味付けははやりの大好物だ。

パクパクと箸が進み、あっという間に皿が空になる。


「おお、見事な食べっぷり」

「そーいうあなたはもっと食べなきゃ。育ち盛り男子だし」

「いや、流石に」

「はーい、遠慮しないのー」


……そして。

はやりの目の前で、美月に唐揚げを押し付けられている男性こそ、彼女の悩みの種であり。


「すいません、いただきます!」

「皿をさらっと空にしてねー」


瑞原家の、居候であった。



数日前に母が拾ってきた男性。

名前は須賀京太郎。

何でも大分遠くから来たそうで、諸事情があって帰れないから居候しているとのこと。

母曰く、『ああ、未来から来たんだって』との事だが……無論、はやりは信じていない。


(はやや……)


高橋さんみたいに家政婦さんが一人増えたと思えばいいのかもしれない。

この数日で京太郎が悪い人ではないというのもわかっている。

それでも、年上の男性を身近にというのは中々に落ち着かない。

無意識にはやりの視線が京太郎の箸を追う。


(わぁ……あんなに食べれるんだ、男の人って)


お店の手伝いや力仕事が絡む家事。

瑞原家に不足していた男手を補える存在として、母は京太郎を重宝していた。

見たところ真面目に働いているし、女の子に囲まれているのに必要以上に萎縮しない。

それに、顔だって悪くないし――


「ん? はやりちゃん、俺の顔になんかついてる?」

「い、いえ! ごちそうさまでした!」


目があって。

つい、慌てて食器を片付けて食卓を後にする。


「え、俺なんかした……?」

「あらあらー」


後には、ポカンとした表情を浮かべる京太郎と、したり顔の美月が残された。

はやりは、京太郎が苦手だ。

つい目で追ってしまうのに、目が合うと恥ずかしくって胸がドキドキする。

その理由は、まだわからない。







――京太郎の朝はそれなりに早い。


「ん……ふぁあ……」


美月よりも少し早く目を覚ます彼は、欠伸を噛み殺しながら店の前の掃除やちょっとした家事をする。

あまりやり過ぎても家政婦の高橋さんの仕事を奪う事になるので程々に、だが。


『そこまで気にしなくてもいいのよー』とは美月に言われているものの……。


「さすがに、ニートってのはなぁ……」


チリを集め終え、一通りの掃除を終えた京太郎は軽く溜息を吐く。

太陽が昇ってきたばかりの朝方は、少し肌寒った。


「……はやく、元の時代に戻らねぇと……」

京太郎は時を駆けた少年である。

デロリアンもなく、タイムリープ能力を持った同級生もいない――フィクションではない、現実。


「はぁ……」


何故自分が、過去に来てしまったのかは分からない。

元の時代で、最後に自分が何をしていたのかはうろ覚えだ。

道端で倒れているところを美月に助けられたのが、唯一ハッキリ覚えている記憶だ。


詰まる所――手掛かりがなく、詰んでいた。


「美月さんには、頭が上がらねえよ……」


そう、目を覚ました時、自分は……




目を覚ました時、自分は病院のベッドで横たわっていた。

第一発見者の美月がそのまま保護者になってくれたお陰で、何とか生活できている。

タイムスリップしてしまった事を自覚した時は、みっともなく取り乱したものだが……。


「おはよー」

「あ、おはようございます美月さん」

「今日もありがとうね。朝ごはん出来たし、あの子起こしてきてくれる?」

「はい!」


未来から来た、という戯言を信じてくれたのかは分からないが……自分に居場所をくれた美月。

落ち込んでいたところを、麻雀牌を使った手品で励ましてくれたお姉さん。

色んな人に支えられて、京太郎はここにいる。

はやりの自室をノックするも返事はない。

そっとドアを開けてみると、規則正しい寝息を立てる彼女の姿。

よく整っている寝顔は、将来を期待させる。


「おーい、朝だよー」

「んんー……ぅ……」


とりあえず耳元に声をかけてみるも、瞼が僅かに動くだけ。

さて、この眠り姫を覚ますには――





ふむ、起きないならもう少し大きな声で呼び掛けてみよう。

そう決めた京太郎は軽く息を吸い、


「眠り姫の起こし方なら、ちゅーでむちゅーにねー」

「……何言ってんスか」


いつの間にか背後にいた美月の言葉に、少し呆れる。

小二相手に、いや小二でなかったにしても、それをするには些か以上に度胸が足りない。

気を取直して、京太郎は腰を屈めてはやりの耳元に口を寄せた。


「おーい、はやりちゃーん」

「ん……あ、れ……?」


ゆっくりと、大きな目が開いていく。

未だ覚醒しきっていないのだろう、何度か瞬きを繰り返して、寝惚け眼で京太郎を見つめるはやり。


「あはぁ♪」

「お、おう?」


はやりの手が京太郎に伸ばされ、胸に飛び込んで来る。

キュッと、小さな手でしがみついてくる彼女を抱きとめる。

そうしないと、はやりがベッドから転げ落ちてしまうからだ。


「はやりちゃん、まだ寝ぼけて――」


そして。

はやりを抱きとめているため、動けない京太郎の唇に。


「京太郎、くん♪」


はやりの唇が、重ねられた。



幼く柔らかな感触に、京太郎はフリーズ。

はやりは彼の胸の中で、再び夢の中へ。

そして母親、美月はというと。


「……我が子から、28歳アラフォーのオーラを感じたような……」


娘が見せた可能性の前に、一人戦慄していた。














「誕生日おめでとーっ!」

「ダル……」


ジュースで乾杯する宮守麻雀部員たち。

お菓子やらジュースやら手作りの料理やらで、高校生が用意できる範囲内で豪勢な食卓が展開されていた。

そして、この場の主役である筈の少女は――気怠げに、テーブルに頬杖をついていた。

相変わらずな様子に、塞も苦笑を浮かべる。


「こら、主役」

「年取っただけだし……」

「そう言わないの。折角準備したんだから」

「まぁ……ね?」


例年通りなら、誕生日だからと言ってパーティを開いたりはしない。

ちょっとしたプレゼントと祝いの言葉を送る程度だった。


では、どうして今回わざわざ部員全員で集まったのかというと――

「うぅ……ちょー感激だよー……」


――二人の視線の先の、小動物(身長197cm)。



小瀬川白望とて、泣く子と豊音には勝てぬ。

『みんなで集まって、誕生日パーティとかするのかなっ』なんてキラッキラした眼差しを向けられては、『ダルいからいいよ』なんて言葉も封殺される。

ずぅっと孤独(ぼっち)だった豊音にとって、同世代の女の子とのイベントは憧れそのもの。

それにまぁもう来年には卒業だし記念にね、
ということで今回のお誕生日会の開催が決定されたのだった。


「ほら、姉帯先輩。おかわりどうぞ」


そして、豊音の隣で空のコップにジュースを注ぐ後輩。

彼の存在がものぐさなシロの心を多少なりとも動かしたのだろう、と塞は思っている。


「……」


豊音を甲斐甲斐しく世話する彼を、面白くなさそうに――表面上はいつもと変わらないが――見つめるシロ。

長い付き合いの塞だけは、その眠たげな視線に嫉妬が込められていることに気付いていた。



「ありがとーっ!」

「うわっ!?」

感極まった豊音が京太郎に抱き着く。

困った様にしながらもデレデレと鼻の下を伸ばす京太郎。


「……」


想い人が他の女とじゃれついている。

シロの肩が苛立つ様に揺れる。


「えへへー、京太郎くんにも分けたげるね」

「あ、ありがとうございます」


「……はぁ」


愛しのあの人があの女と関節キッス。

そこまでいって、ようやくシロは重い腰を上げた。


「……やれやれ」


その様を隣で見ていた塞は、呆れて溜息を吐く。

ものぐさにも程があろう。

胡桃とエイスリンも、概ね似たような反応をしていた。

「そういえば、須賀とシロって似てるよね」


ポツリと、胡桃が呟く。

へ?と間抜けな顔を浮かべるのは京太郎。

その言葉に頷くのは、シロを除く女子部員全員。

『誕生日プレゼント』という言葉で京太郎の膝枕というポジションを豊音から勝ち取ったシロは一人御満悦である。


「まぁ確かに。シロを男にして筋肉つけたら京太郎になるかな?」

「キョウダイ?」

「え、いや」

「京太郎くん、けっこーかわいい顔してるもんねー」

「うーん、というより京太郎をもうちょい女子っぽくしたらシロになるかな?」

「メイク、スル?」

「はは、何を言って」

「あ、いいかも」

「え」

「んー。どうせなら本格的にやってみる?」

「え、え」


話が、変な方向に進みつつある。

思わず腰を浮かしそうになるが、シロに太腿を掴まれ身動きが取れない。


「服なら私のお古とかどうかなー」

「あ、じゃあ私詰め物もってくる」

「オッケー。じゃあ私は――」


トントン拍子に、当の本人を抜きにして話が進んでいく。

狼狽える京太郎の肩を――満面の笑みをを浮かべたエイスリンが、優しく叩いた。


「ダイジョウブ!」

「せ、せんぱ――」

「カワイク、スル!」


――違う、そうじゃない。

天使の死刑宣告に、京太郎は肩を降ろす他なかった。





そして。


「ほほぅ……」

「これは、これは……」

「very cute!」


女顔にエイスリン渾身のメイク。

服は豊音のお古の白シャツとロングスカート。

ご丁寧に胸には胡桃持参の詰め物まで。


「ちょーかわいいよー!!」


宮守麻雀部員が本気を出した結果――最早、女子大会に補欠として参加してもまるで問題がないレベルに仕上がっていた。


「うぅ……見ないでぇ……」


……当の本人は、羞恥心で燃え尽きそうになっているのだが。

目の前の後輩の痴態に思わず喉を鳴らす塞。

恥じらいで朱に染まる頰が妙に艶めかしく感じる。


「……塞?」

「あ、あ、うん? だ、大丈夫だよ?」

「……」


高鳴る胸の鼓動は、果たして?

これ以上深く考えると未知の扉が開きそうな気がしてきたので、軽く頭を振って思考を切り替える。


「と、とりあえず! 時間もアレだし今夜はこれで……」

「じゃあみんなでお泊まりだね!」

「え゛っ」

翌朝。

誰よりも早く目を覚ました京太郎は、自分の身形を確認するなり疲れを吐き出すように溜息を吐く。


「……はぁ。そうか」


妙に足元の風通しが良いと思えば、昨夜の女装姿のままだったことを思い出す。

先輩たちがはしゃぎ過ぎたせいで、夜遅くなった為に誕生日会がお泊まり会に発展。

後はその場の勢いとノリで、京太郎は女装したまま眠ることになったのだ。


「とりあえず……さっさと顔洗って着替えるか。また弄られる前に」

「……ん?」


洗面台で顔を洗った京太郎は、違和感に首を傾げる。

エイスリンのメイクは洗い流した筈なのだが……何故だか、顔の印象が昨夜と変わらない気がする。

女顔、ではなく完全に美少女の顔。


「ふ、服装のせい……かな?」


あるいは、まだ寝惚けているのか。

首を傾げ、シャツのボタンを外すべく胸元に手をやり――


「あ、れ?」


――自分の胸から伝わる、柔らかな二つの感触に頭が真っ白になった。

詰め物、だよな?

自分に言い聞かせ、『それ』を取ろうとするも――張りのある、それでいておもちのように柔らかく形を変える『それ』は、京太郎の胸から離れる事はない。


「痛っ」


そして、引っ張ると感じる痛みはコレが夢でない事を嫌でも自覚させる。

嫌な想像が、京太郎の頭を過ぎった。


「……」


顔、胸、と来て更にその下とくれば。

背筋に冷や汗が流れ落ちるのを感じながら、京太郎はスカートのホックに手をかける。


……数十秒後。

響き渡る悲鳴を目覚ましに、宮守部員は一斉に目を覚ます事になるのだが。

その悲鳴は、衣を裂くような、女子のものだったという。









三尋木咏にとって、義弟の存在は目に入れても痛くない――どころか、ずうっと瞼の裏側に閉じ込めていたい程である。

所謂ブラコンというヤツで、それは自他共に認めていることだ。


「は……オイ、なんだいありゃあ……?」


では、ここで一つ問題がある。

そんな愛しの義弟が、目の前で余所の女に誘惑されて。

対局相手の女子プロに、ハニトラ染みた勧誘を受けて。

そんな様子を、解説として招かれているために、モニター越しに見せつけられている状況で。

その激情の矛先は、果たしてどこに向かうのか。


「あ、あの。三尋木プロ? ちょっと、落ち着いてですね……?」


彼女の相方であるえりは、全力で放送事故が起きぬように務めるしかない。

しかし、内心では逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

三尋木京太郎。

今年度インターハイ男子の部の優勝者にして、三尋木咏の弟。

血の繋がりは無いが、圧倒的火力で卓を蹂躙するスタイルは間違いなく姉譲りのもの。

女子に比べて実力が低いとされる男子の部では、予定調和のようにトップの座を捥ぎ取って見せた。

そうして今は、優勝後のエキシビション・マッチで卓についているのだが――


「三尋木プロ、とりあえず落ちついて……」


ぎり、ぎり、ぎり。
みし、みし、みし。


返事の代わりに返ってきた、歯軋りと扇子が軋む音。

とてもじゃないが、その表情は直視できない。

冷や汗を流しながら、えりはモニターを注視する。

『卒業後の進路は決まってる? ハートビーツなんかオススメだけど☆』


ばちこーん☆とウィンクと星を飛ばす現役ベテランアイドル雀士。

憧れのアイドルを前に、京太郎は鼻の下を伸ばして頬を赤くする。


『ノーウェイ。彼の才能を活かすならフロティーラ一択でしょう』


何が一択なのか、具体的な理由は不明。

だがしかし、彼女も京太郎好みのスタイルをしている。

それがより一層、咏の機嫌を悪くさせた。


『神戸! いいところっ』


……どの辺が? と突っ込みを飛ばしたいがえりとしてはそれどころじゃない。

ここで京太郎全部きっぱりと断ってくれたのなら状況は好転するのだが、残念ながらそれはあり得ない。


咏は、義弟の教育には全身全霊を込めている。麻雀においても、私生活においても。

始めて出会った日の事や、始めて麻雀を教えた日の事。

瞼を閉じれば、五分前の事のように脳内再生が可能だ。


それほどまでに溺愛していて――だからこそ、女と関わらせる事は殆どさせなかった。

指導の為に仕方なく他の女と関わらせるにしても、物理的に手の届く範囲内でしか許さなかった。


詰まる所、京太郎は咏の保護なく女性と関わる機会がなかった為に。

女性に対する免疫・耐性がついていないのである。

「ああぁ……京太郎ぉ……」

「だ、大丈夫ですよ三尋木プロ……えぇ、多分……」


京太郎という存在は様々な意味で期待株であり優良物件だ。

長い間不足していた男子麻雀界の期待の星。

女子プロ達にとっては、将来が楽しみな逸材であり――あわよくば、といったところ。

元々出会いが少ない仕事において舞い込んできた数少ないチャンス、それを逃す道理はない。


「……えりちゃん」

「あ、はい」

「あと任せた」

「は、いえ!?」


もう我慢できねぇ。

席を立つ咏と、羽交い締めで止めるえり。


『ふふ……良い手、だね。いっぱい練習してることがわかります』

『いやぁ、それほどでも……』


その背後のモニターには、良子に手を握られて赤面する京太郎が映っていた。












「お、お父様!? どうしてここに!?」


と、龍門渕の透華さん。

どうしても何も。
あなたの龍門渕を決勝で破った清澄所属ですが……雑用だけど。


「パパ、モッテモテだねー」


そうだね。
できれば身に覚えのない父娘じゃなくて普通に知り合いたかったなぁ。


「……おとーさん……私より、そいつらが大事なの……?」


騒ぎを聞きつけたのか、さっきの子も追い付いてシャツの裾を引っ張ってくる。
捨てられた子犬のような目線が、事実無根の筈なのに胸の内を抉る。


複数の女子に取り合いをされる、と書くと喜ばしい筈なのに。
いざ、その直面になると何もかもを放り出して逃げ出したくなった。

「待ちなさい、あなたたち」


そんな混沌とした状況に、また新しい声。
どうせまた厄介ごとだろう――と半分諦めながら京太郎は振り向く。


「京太郎が困ってるでしょ?」


有無を言わせず女子3人と京太郎の間に割って入ったのは、風越のキャプテン福路美穂子。
女子3名の抗議の目線を物ともせず、彼女たちを京太郎から引き離した。


「大丈夫? 怪我はない?」

「あ、はい……大丈夫、です」

「そう、よかった――あなたに何かあったら、私……」


ホッと安心して息を吐く美穂子。
京太郎としても、やっと現れてくれた唯一の味方。
この状況を喜びたい、が。


――この人、こんなに俺と親しかったっけ……。


なんとなく、不安が拭いきれない。

「パパ、その人はー?」

「お父様……まさか、私達というものがありながら……」

「おとうさん……そいつのせいで……?」


異口同音に抗議してくる娘(仮)たち。


「あ、いや、コレは違くて……」

「わかってるわ、安心して」


テンパる京太郎だが、美穂子は落ち着いて微笑む。
もしかすると、本当に救いの手が現れたのかもしれない。


「あなたがそんな人じゃないって、わかってるから」

「ほ、本当ですか」

「ええ、だって」


京太郎は、気を抜かずに身構える。
またこの人も、娘とか言い出すんじゃ――


「私の――おかーさんの育てた、自慢の息子ですもの」


――ああ、そうきたかぁ。

ガックリと両肩を降ろして、京太郎は項垂れた。














サードマン、或いはイマジナリー・フレンドと呼ばれるモノがある。
危機的状況に現れ助けてくれる人、自分を絶対に助けてくれる友達。


例えば、遭難しかけたところを導いてくれたとか。
例えば、寂しい想いを過ごした幼少期の頃に励ましてくれたとか。

世界各地で様々な例が挙げられているが――それらには、一つ共通点がある。


不要になれば、いなくなるということだ。



「アレ……?」


くらり、と目眩を感じて京太郎は宿泊所の壁に寄りかかった。
体調は悪くないし、ずっと室内にいたから日差しにやられた訳でもない。

なのに、急に全身から力が抜けていく。


「……あー、そろそろ、かぁ……」


家族と別れ、傷付いた心の隙間を埋める。
麻雀部へ参加する。
姉と再会し話をする為に、全国に行く。

須賀京太郎という存在は、少女をこの流れへと運ぶ為に生まれてきた。
彼女が全国大会に来た時点で、目的の3分の2は果たされた。

後は、最後の一つを満たせばお役御免となるだろう。

『須賀くんて、意外と面倒見良いのね』


大分前、部長にそんな事を言われた覚えがある。

当たり前だ。
少女の心を慰め、迷子になったら助けてやる。
その子にとっての頼れる存在となる為だけに、自分は存在しているのだから。

――もっとも、もう直ぐその必要もなくなるのだが。


「全国に来てから、こんなんばっかだなぁ……」


清澄が勝ち進んで行く度に、部内での自分の存在感は薄れていく。
それはつまり、その少女が自分の助けを必要としない程に成長しているということ。

それは嬉しいことだけど、少しだけ寂しい。


「……まぁでも、しゃーないか」


ぐっとヘソに力を入れて持ち直す。
せめて結末を見届けるまでは、少女の側にいたい。


「気分転換に、どっか出かけるか」





外は曇り空。
空気はジメッと生暖かく、少し不快感がある。

気分転換にと出掛けてみたものの、これなら合宿所にいた方が良かったかもしれない。


「ん、アレは……」


それでも何だか勿体無い気がして外をブラブラしていると、見覚えある少女が困った様子で辺りを見渡していた。
特長的な民族衣装に身を包んだ彼女は確か――ネリー・ヴィルサラーゼといったか。


「どうかしました?」

「エ?」

「いや、なんか困ってる風なんで」

「エ、なんで?」


助けになれるかも、と声をかけてみたら益々困惑気味に。
赤の他人に声をかけられれば、確かにそうなるかもしれない。


「なんでってまぁ、特に理由はないけど……」

「なにそれ……けど、助けてくれるの?」

「ん、まぁ……内容によるけど……」

「……何も、あげられないよ?」

「いらねーよ」

「……」


ネリーは、悩んだ様子で口を閉じ。

少し経ってから、京太郎を上目遣いで見つめて。


「えっとね――」


「財布を……? 特長は?」

「白い、ネコみたいなの」

「なるほど……心当たりのある場所は?」


ふるふる、とネリーは無言で首を横に振る。
思い当たる場所は全て探しているのだろう、その首筋には彼女の疲労を示す汗がじんわりと浮かんでいる。


「このままじゃ……」


不安げに空を見上げるネリー。
雲の色が段々と濃くなっていくその様子は、今にも強い雨が降り出しそうに見えた。


「わかった、一緒探そう」

「いいの? 中身は」

「だからいらないって。この辺でまだ探してない場所を探すか」


未だオロオロしているネリーの手を掴んで歩き出す。


「あっ……」

「あ、わ、悪い」


つい、いつものノリで手を掴んでしまったが相手は初対面。
掴んだ手のひらから驚いた様子が伝わってくる。

慌てて、謝りながら手を離そうとするが――


「……別に、いいよ」


きゅっと、繋いだ手を、小さな手で握り返された。


「そ、そっか……んじゃ、急ごうぜ。天気が崩れる前に」

「……うん」

天候が荒れる前に、と口に出しながら。
気恥ずかしくなって熱くなる頰を誤魔化すように、急ぎ足で。


「良かったぁ……!」

「何とか見つかったなぁ」


結論から言えば、財布は見つかった。
自販機の下の奥の方にに転がり落ちていて、ネリーの体格では手が届かなかっただろう。


「ありがと! えっと――」

「須賀。須賀京太郎」

「キョウタロ!」


ピョンピョンと跳ねて、文字通り小躍りするネリー。
様々な理由から懐事情に厳しい彼女にとって、この状況は九死に一生。気分は奇跡の生還者である。

自然と京太郎の頰も緩む。


「あ、ヤベ」


しかし、そんな時間は長く続かない。
いよいよ崩れ始めた空から、ポツポツと雨の雫が降り始める。


「それじゃ! 俺はこれで!」

「あ! ちょっと――」

雨の向こうに消えて行こうとする背中。
反射的に、ネリーは手を伸ばし――




伸ばした手は、彼を引き止められず、すり抜けていく。

あっという間に、雨の向こうに消えて行く背中を見送ることしかできない。


「あ……」


何で手を伸ばしたのか、それすら分からない。
財布は見つかったのだから、それでいいじゃないか。

自分にそう言い聞かせても、胸の内が締まるような気持ちになる。


「キョウタロ……」


彼の名前を小さく呟き、微かに温もりの残る手のひらを胸にやる。
少しだけ、胸が楽になったような気がして――鼓動が、速くなった。












身体が怠い。

まるで、この雨と一緒に溶けていくような……などと、らしくない感想を抱く。


「あぁー……」


自分はあの少女の心の隙間を埋める為に生まれてきたのだから、今の状態はむしろ喜ばしい筈なのだ。

自分という存在がいなくなっても、少女は充分にやっていけるということだから。


だが、それでも。


「……キッツいなぁ……」



重たい足を引きずるように、雨の中を歩く。







合宿所まではまだ少し距離がある。

雨足が強くなるにつれて、身体の怠さも増していく。

このままでは、下手すると帰るまでに倒れてしまうかもしれない。


「……雨宿り、するか」


辺りを見渡すと、ちょうど良さそうなカフェが見つかった。

身体も冷えているし、雨宿りしつつ休憩しよう。


そう思って、少し古風なカフェのドアノブに手をかけようとして。


「あっ」

「……あ?」


同じ金髪の、高校100年生に遭遇した。



ドアノブを握ろうとした手の甲に、淡の手のひらが重なった。

柔らかな暖かさが、湿った肌に伝わる。


「つめたっ!?」

「お、よぅ?」


とりあえず挨拶でも、と口を開いた京太郎だが淡の勢いに押されて変な声が漏れた。

京太郎の手を握った淡はブルブルとその身を震わせていて、何と声をかけていいのかが分からない。


「きょーたろー冷たい!」

「この雨だしな。早いとこ――」


なんかあったかいものでも飲もうぜ、と続けようとした言葉は。


「あっためなきゃっ!」

「――は?」


むぎゅっと。

突然の抱擁によって、遮られた。





確かに、京太郎の体温は低くなっている。

彼固有の事情と、雨の直撃を食らった事が原因だ。


「えいっ」

「お、おおお……」


そして、冷えたものを温めるにはより温度の高いものを当てれば良い。

成る程、確かにそれは道理である。

この高校100年生にしては実に論理的な――


(――わけ、ねえだろっ)


淡の体温がダイレクトに伝わり、鼓動が早くなるのを自覚する。

シャンプーか何かだろうか、髪から立つ香りにもより胸が高鳴る。

サードマンだとか気取ったモノローグで語っていても、根っこは純情な高校一年生であった。


もっとさわりたい、しかし勇気が足りない。

そんなもどかしい時間も、唐突に淡がその身を離した事により終わりを告げた。

勿体無いようなホッとしたような、判断のつかないままに京太郎は淡に問いかける。


「あ、淡? どうした?」

「……グッショグショ……」

「……ああ、まぁ、な……」


雨でびしょ濡れの相手に抱き付けば、そりゃそうなる。


「と、とりあえず。何か頼んであったまろうぜ」


色々と透けそうになっている淡の格好からできるだけ目を逸らして、京太郎はカフェのドアを開けた。


天候のせいか、カフェは空いていた。

店主の厚意で借りたタオルケットに包まりながらココアを啜り、一息つく二人。


「雨、止まないねー」

「小一時間もしたら止みそうな気もするけどな。この時期って通り雨多いし」

「ふーん?」


ちびちびとココアを口にして、淡は窓の外を眺める。

激しい雨がカーテンのように降り注ぐ外を見ていると、帰るのが酷く億劫に思えた。


「ねー。きょーたろー」

「んー?」

「このまま雨が止まなかったら」


「一緒に、どっか泊まる?」



「それもいいな……」


強くなる雨音に比例して怠さを増していく身体。

帰るのが非常に億劫になっていた京太郎は、冗談混じりにそう答えた。


「名案でしょー」

「そーだな。お前が高校100年生じゃなかったらな」

「なんで!?」


実際、淡が白糸台大将ではなく京太郎が清澄の一年生という立場でなかったらその誘いに乗っていたかもしれない。

もっとも、もしそうだったらこの二人が出会うこともなかったのだけれど。



「……眠くなってきたな」

「お昼寝する? 雨止んだら起こしたげよっか」

「あー……」


ココアのお陰で冷えた身体はマシになってきたが、そうすると今度は眠気が湧いてきた。

倦怠感が限界を迎えつつあった京太郎にとって、それは非常に魅力的な提案だ。


「悪い、頼む……」

「らじゃっ」



「……きょーたろー」

「……前より、元気ない?」



「……」



「いらないなら」

「いらないなら、私にくれたらいいのに」








……ちなみに。

雨が止んだら起こす、と気張っていた淡だが。

京太郎の寝顔を見ているうちに自分も夢の中へと旅立ち。

二人揃って目を覚ましたのは、すっかり雨も上がって絵本のような夕焼けが沈む頃になってからだった。

何件か入っていた自分を心配するメールに返信しつつ、京太郎は早足に帰路につく。

ダルかった体調も幾らかはマシになった。

全快とは程遠いが、無茶をしなければ暫くは持つだろう。






「うわっ」


急いでいたせいか、道中の階段で足を滑らせてしまった。

咄嗟に手摺を掴めたので大事には至らなかったが、手首を痛めたのか鈍い痛みが残った。


「つつ……」

「うわー。ダイジョーブかい?」


手摺に寄りかかりながら手首を摩っていると、全く心配していないような声音で声をかけられる。

大丈夫です、と返そうと京太郎は顔を上げて


「ほーほー、なるほどねぃ」


パーソナルスペースをガン無視して、顔を覗き込んでくる女性と目があった。

赤い着物に扇子といった、珍しい出で立ち。

下駄を履いて背伸びする姿勢は、身長差が無ければ髪先が触れ合う程に顔を寄せていただろう。


「あ、あの……何か、用ですか?」

「用? まぁ、用は無いんだけど」

「はぁ……」

「ただ、珍しくてさぁ」

「珍しい?」


自分の出で立ちは、目の前の女性に比べれば有り触れたものだ。

特別、目を見張るものがあるとは思えないが。


「大抵、幼少期に消えちゃうんだけどね。ここまでハッキリ形が残ってるのは珍しいよー?」

「え……」

「ふーむ、ふむ」

「キミ、もーらい♪」


ピシッと、鼻先に畳んだ扇子が突きつけられる。

完全に女性のペースに呑まれた京太郎は、目を何度か瞬かせるも上手く返事ができない。


「いや、もーらいって……」

「んふふー。キミにキョーミが湧いたのさ。わっかんねーけど」

「は、はぁ……」


扇子を広げて口元を隠す女性。

よくわからないが、楽しそう……なんだろうか。

まるで、宝物を見付けた子どものような――


「あ、いや……そうだ。オレのこと、何か知ってるんですか?」

「いや、知らんけど」

「……」

「あっはっは、そんな顔すんなってー……そうだねぃ、キミのことは知らんけど」


女性は、懐から名刺を取り出した。


「これ、私の連絡先。夜の12時に連絡ちょーだい。色々教えてあげよっか」

「いやいや、12時って……」

「んー? どーにかなんじゃね?」

「適当だなぁ……」

「そんなもんだよ……ま」



「とにかく、そーいうことだから。よろしくね♪」













「おかえり。随分遅かったわね」

「ええ、確かに凄い雨だったけど……ふーん?」



「長い金髪、肩のとこ」



「雨宿り、大変だったみたいね?」

「……まぁ、いいけど……」

「とにかく、早く暖まって休んでちょうだい」


「……」

「よかった、無事に帰ってきてくれて」


「なんだか、あなたがどこかに行っちゃうような気がして……」


「……ごめんなさい、忘れて?」

「おうおう、こんな夜中に出歩くなんて。補導されちまったりしてね?」

「あなたが指定したんでしょうが」

「あー、そうだっけ?」

「……帰りますよ」

「待ちなって、きょーちゃん」

「……俺、名乗りましたっけ」

「あっはっは、細かいこと気にすんなっ……じゃあ、こう呼ぼうかね。『サードマン』?」

「……あなたは、俺の何を知ってるんですか」

「いんや、何も知らんけど」



「でも、きょーちゃんみたいなのは知ってるかもね」

「アイツら……『サードマン』はイマジナリーフレンドだとか実在しないだとか言われてるけど。それは違う」

「確かにそこに『いる』んだよ。力が弱すぎるのと、大抵は幼少期の寂しさがなくなったら消えるんだけど」

「その点、きょーちゃんはスゴイね。ここまでハッキリ形があって、ずっと残ってるんだから」

「きょーちゃんを生み出したその『お友達』は、よっぽど強い力があって、よっぽど大きな寂しさを持ってるとみた」

「うんうん、だから大丈夫」


「『サードマン』が消えるのは、『お友達』に不要とされるからさ」


「少なくとも、ここに。欲しいって思う女が一人いるからな」




「私は、きょーちゃんが欲しい」




「消えないよ、きょーちゃんは」

「ソイツがきょーちゃんを捨てるってなら。私は奪い取るだけだ」


「……ま、その存在理由はちょこーっと歪んじゃうかもしれんけどね?」











翌日。

僅かな倦怠感が残っているが、昨日ほどではない。

全国大会に来てから力仕事もほぼ無くなったし、この調子なら今日一日は問題ないだろう。


「じー……」


この阿知賀大将の実にこそばゆい視線に耐える事が出来れば、だが。








「大丈夫? ウチくる?」

「何言ってんだ、お前……」

「だって、京太郎が……なんか、捨てられた犬みたいな顔してたから……」

「……」


ある意味、鋭いというか。

変なところで勘が働いているように感じた。

別に自分は捨てられてもいないし、帰る場所が無いわけでもない。


「そだ! こっちのホテル来なよ! 憧も喜ぶだろうし――」

「何言ってんだよ」

「あたっ!?」


少し強目のデコピンを一つ。

こうでもしてツッコミをいれないと、直ぐにでもこの暴走特急は出発していただろう。


「うー……」

「ほら、さっさと戻れよ。ミーティングとか、色々あんだろ?」

「……」

「高鴨?」



「あの子とは、ぎゅーって抱き合ってたのに?」



「んなっ」

「対戦校だからって関係ないと思うんだけどなぁ」


純粋に、疑問を感じているのだろうか。

なんで『あの子』はよくて『私』はダメなの?と、小首を傾げる穏乃。


「ほら、あの雨の日。一緒にお昼寝までしてたし?」

「……まぁ、あの時は……その、お互い冷えてたし」

「ふうん?」


「じゃあ、似たような感じになれば私もオッケーなんだ」



穏乃を適当にあしらい、自由時間を得た京太郎は近くの公園のベンチに腰掛けた。

見上げた空は先日と違い、雲ひとつない晴天。


「ふぅー……」


ここに来た理由は何をするでもなく、ただノンビリと過ごすため。

怠いからといって合宿所で寝て過ごすのは勿体無いような気がしたのだ。

非常にジジくさいようにも感じるが、老い先短いという意味では似たようなものかもしれない。


「……いや、流石に笑えねーわ」


骨を抜かれたかのようにぐったりとベンチに腰掛け、雲の流れを追う。



「……何、してんのさ」



「何って……何?」

「ニホン名物・公園でハトに餌やるサラリーマンのマネ?」

「微妙に古いイメージだな、それ」


声をかけてきたのは、先日出会った少女。

臨海の大将、ネリー・ヴィルサラーゼだった。

今日の彼女は民族衣装ではなく、ラフな格好で髪を後ろで一つに纏めている。

取材や試合の無い、所謂オフの日というヤツだろうか。


「今日はどうした?」

「どーしたって……どーもしてないけど」

「そっか」

「そうだよ」


ネリーは京太郎の返事に興味無さげに頷くと、その隣に腰掛けた。

お互い揃って、会話なく空を見上げる。


「何してんだろうな、俺ら」

「何って……何だろ?」


お互いの間を、涼やかな風が流れていった。












少女が京太郎を不要とした時、京太郎は消える。
それはサードマンには覆せない流れであり、京太郎も望んでそのように少女を運んで来た。

だがあの咏と名乗った女性曰く、少女に負けぬ程の想いで自分を必要とする誰かがいるのなら――自分は、消えなくても済むらしい。


「……いや、考えてもしょうがねえよな……」


本当かどうかも疑わしいし、もしそうだったとしても自分の将来なぞ考えた事もない。


それに――あの時の、咏の目。

瞬きもせず、少しも揺らぐことなく。


ただじっと京太郎を見つめて来たあの瞳は、出来れば思い出したくなかった。

溜息を吐き、牌譜を整理する。

こうしている間にも、『終わり』が近づいて来ている事を、京太郎は感覚的に理解していた。




激化していく大会に備え、部内での練習も密度を増していく。

試合では役に立てない京太郎は、皆の為に買い出しに出かける事にした。


「お、おはよ?」

「おぅ」


合宿所を出た瞬間に、ネリーと鉢合わせをする。

コレで彼女と会うのは3度目だ。

服装は前回と同じようなラフな格好をしている。


「どうした? また財布でも落としたか?」

「ち、違うよ! えっと……」


ネリーは歯切れが悪いようでモゴモゴと口を動かし、それでいてどこか嬉しそうに口角を上げている。

京太郎には言いにくい理由でもあるのだろうか。


「んーと、じゃあ……」





「もしかして多い日か?」

「? 多い日?」

「ああ、いや……何でもない」


意味が通じなかったらしく、今度は京太郎が歯切れ悪く口を閉じた。

外国人である彼女には意味が通じなかったようで、流石にその意味を解説するのは気が引けた。

……というか出会って3回目の少女に何を言っているのだろうか、自分は。

同学年でちびっこいせいか、ネリーとは妙に距離感を近く感じてしまう。


咳払いを一つして、話題を切り替える。


「とりあえず、俺は買い出し行くから」

「買い出し? キョウタロ、マネージャーなの?」

「んー、そういうわけじゃないんだが……」


ただ現状を振り返ると、似たような事はしている。

裏方作業も嫌いではないし、誰かの為に――というのはある意味自分の存在意義だ。


「……似たようなことはしてるな」

「へー……」



「それって、楽しい?」

「んー……」


近場のコンビニを目指して歩きながら、その問いへの答えを考える。

どうだろうか、少なくともつまらないとは感じていない。

今では雑用をこなす事が当たり前のように感じているが、そこに楽しさを見出すことは考えもしなかった。


「なんつーか、『そういうもん』だと思ってやってたからなぁ」

「お金も入らないのに?」

「あぁ。そういうもんなんだよ」


楽しくはないが、苦でもない。

ただ、『そういうもの』として自分の境遇を受け入れている。

ネリーの問いに、強いて答えを出すならばこういった解答になるだろう。

コンビニでは皆が好きなお菓子や飲み物を補充する。

やや量が多くなったが、京太郎なら十分一人で運べる量だ。


「う、うぅ……重……」

「大丈夫か?」


が、ネリーにとってはそうではなかったようで。

何を思ったのか、京太郎の一挙手一投足を隣で見ていた彼女は京太郎と同じように部内のメンバーへの差し出しを飼い始めた。

普段の彼女なら絶対にしない行為だが、京太郎はそれを知る由もない。


「ほら」

「へ?」


プルプル震えながら両手で袋を支えていたので、片手で手伝ってやる。

相変わらず身体に怠さはあるが、この程度なら問題ない。


「あ、ありがと……」


ネリーの袋を持つ手が、少し温かくなった。

湿気が高く暑い時期だが、彼女はこの熱を不快には感じなかった。

――その後。



「ネ、ネリーの差し入れ……デ、スカ?」

「そんなバカな……」

「どういう風の吹きまわしだろうね」

「明日は雪でしょうか」

「槍でもおかしくないな」


と、好き放題言われた言葉も気にならず。

ネリーは両手をそっと胸に当て、瞳を閉じて微笑んだ。



「須賀くん、大丈夫?」

「へ?」

「ポーッとしてたし……顔色、悪いわよ?」

「ああ、いや……大丈夫、す」

「そう、ならいいけど……無理はしないでね?」


「大丈夫ですって。ちょっくら、顔洗ってきます」

控室から出て、角を曲がったところで。

京太郎はぐったりと、施設の壁に寄りかかった。


「あー……クソ……」


体調に、酷く波がある。

調子が良いと思えば、唐突に倦怠感に襲われる。

その波のうねりは、清澄が大会を勝ち進む度に大きくなっていく。

まるで、少女の期待と不安に連なるように。

清澄のメンバーには悪いが、こんな姿は見せられない。


もう少し離れた場所で、調子が安定するまでじっとしていよう。



「キ、キョウタロ……?」


知った声に、顔を上げる。

そのまま挨拶を返したかったが、力が抜けてズルズルとその場に膝をつく。

ネリーは慌てて京太郎に駆け寄り、その顔を覗き込む。

血の気が引いた顔と、荒い呼吸。

専門的な知識がないネリーでも、今の京太郎を放って置く事が危ないことは理解できた。


「大丈夫、だって」

「そんなわけないじゃん! えと、救護室っ」


ネリーは京太郎の手を引き、無理矢理にでも連れて行こうとする。

手のひらから伝わる体温は冷たく、また彼の身体は不自然な程に軽く感じた。

しかし、それを疑問に思う余裕は今のネリーにはない。

とにかく、人手が必要だとネリーは辺りを見渡し――。



恐らくは貧血だろう、とスタッフに判断された京太郎は救護室の簡易ベッドで寝かされている。

寝息は落ち着いているが、顔色は中々良くならない。


「きょーたろー……」

「……」


そんな彼の寝顔を覗き込む、二人の女子。

最初に彼を見付けたネリーと、偶然その場を通りかかった淡。

二人の間に面識はないが『京太郎が危ない』となれば、次の行動に迷いはない。


戸惑いながらも、二人は協力して京太郎を救護室へと運んだ。

「やっぱり、元気、ないんだ」

「やっぱりって……キョウタロは、白糸台なの選手なの?」


何か知っているような口振りの淡に、ネリーは目を釣り上げて問いかける。

京太郎個人の事情についてはネリーが知る事は少ない。

だが、もし彼を目の前の女が苦しめているのなら。


「ちがう。私なら絶対、きょーたろーをこういう風にしないもん」

「……そっか」


着火しかけた胸の内が、急速に冷めていく。

今の自分に落ち着きが欠けている事を自覚したネリーは、短く息を吐いた。


「ねぇ」

「っ、なに?」


急に声をかけられて、ネリーは肩を小さく震わせた。

未だ、冷静さが戻ってきていない。


「名前、なに?」

「……ネリー。ネリー・ヴィルサラーゼ」

「ふーん……」



「じゃあ、ネリー」

「なに?」

「ネリーは、きょーたろの……何なの?」




自分は京太郎の何か――と言われれば、答えに詰まる。

落とした財布を拾ってもらったり、一緒に日向ぼっこしたり。

けれど、二人の関係が何か特別なモノかといえば、そうではない。


「……わかんない。けど」

「けど?」

「……」


瞳を閉じて、胸に手をやる。

先日の彼の温もりと、先程の彼の手の冷たさを思い返す。


「……」


彼が嬉しいなら、きっと自分も嬉しい。

彼が苦しいなら、きっと自分も苦しい。

この気持ちの呼び方はまだ分からないが、それを口にするのなら。


「キョウタロは、だいじな、ひと」

「……」


たどたどしく返ってきた解答に、淡は笑うでも怒るでもなく、ただ興味深そうにその瞳を見詰める。


「そっか」

「うん」

「なら、敵どうしだね。私たち」

「うん?……元から、でしょ」


京太郎を抜きにしても、白糸台と臨海は打倒すべき相手。

今の会話の流れから、どうしてその言葉が出て来たのかが分からない。


「あー……うー……そーじゃなくて」

「なくて?」

「こーいうのはね、敵は敵でも――」


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       リ / !イ: : : ハ! .,ィ=≧ミ、    ,/._,∠二/!|: : !: :|   ノ
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   i: :r―ー-‐'/: :!: i:.丶.i ヒ二⊥  ,/ /ヲ-:!/ ;! :/:/リ
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 ー=ノノー---< ,.┤ |:.|    \     '     _ノ/: :/、
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        /  ヽ  ヽヾ    ト、 ` i / ̄/     //       |
    r'´      \  ト、、   ! フノ―/    /// i      |
.    ゙、.           |`i:、゛、.   i'´   /   //::::/ i...:;    ヽ
     ゙、.          |  i::\\ i   /  //::::::::/_ //      ゙、
     |、ヽ       λ |:::::::\\! / //:::::::::::/ ̄ノ           l

「コ、イ……?」

「あり?」


淡としてはバッチリ決めたつもりだったのだが、ネリーにはイマイチ伝わらなかったようで。

呆けた顔で首を傾げる二人と、その隣で安らかな寝息を立てる京太郎。

きっかり十秒ほど沈黙が続き、まーいいやと淡が先に口を開く。


「じゃー、きょーたろーは私が貰っちゃうから」

「ハァ?」


淡の言葉の意味は理解していない。

してはいないが、その台詞は見過ごせない。


「……何言ってんのかは分かんないけど。ネリーから、大事なものを奪うなら」


冷めかけていた胸の内の戦意に、再び火が灯る。


「やっぱり、敵だね」

「へぇ?」


連絡を受けた清澄の部長が救護室を訪れるまで、二人は互いに睨み合っていた。







「大分楽になったような感じがするだろ?」

「そいつはねぇ、ただぐーすか寝たからってわけじゃないぜー」

「まー、そもそも倒れた理由も貧血なんかじゃないしねぇ」


「『満たした』のさ。あの二人が、きょーちゃんの『中身』をね」


「前にも話したろ? サードマンが消えるのは、『友達』に不要とされるからだ」

「だから、そいつの想いを上回る程に必要とされれば……おっと、でも今はまだ一時的なもんだねぃ」

「今のきょーちゃんの土台になってる部分。そいつが揺らいでるうちは、満たされてもすぐ薄れちまう」

「だから、きょーちゃんが解放されるのは」

「そいつの心の隙間が埋まった時か」


「そいつの心に、昔と同じぐらいデッカい隙間を作ってやるか……ま、こっちは論外だとして」


「植物と似たようなもんだよ。土台がなくなったら植え替えをすりゃいい」


「きょーちゃんだって、本当は消えたくなんかないだろー?」

――どうして、そんなことを知ってるんですか。


「んー?」


――いや。どうして、そんなことをしてくれるんですか。


「あー、そいつはねぃ」





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                 |:| |::::::/ ィ芹ハ::|l:::::::::l:::::: |:::::::.:.:.:.:.l
                 |:| |:::/∧  Vソ |::l}::::::: |:::::::|:::::::::.:.:.:.乂 ____      「わっかんねー……ってね♪」
                     ` 乂:::{:::)   .l::|:::::::::|:::::::′::::::::.:.:.:.:.:.:<⌒ヽ
                _r'\\}\ /ヽ|::::::: ′:/:::::::::::::::\.:.:.:.:.:\
                r' \. ヽ ∨>`=彳::::/:::::イ::::::::::::::::::::::.>-=::::ヽ
               / ` 、 \ . }::/r―':::::ィ::: / |:ハ::::::::::::::::::::::::`ヽ`ヽ}
                」 ー- ≧ rヘj「}/f7⌒7:::::/ 八:.乂:::::::::::::::::::::ト::}  ′
              {二ニニ=- /ヾ{:::{ぃ〃./:./⌒ヽ.:.:.::{  ̄| ̄`ヾ{ ′
               ー‐――┴ /⌒>{{ //(_人,\人::/|
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           } ::::::::::::.:.:.::r' ヽ.Lノ:.\ | -=≦::.:::::.乂__{/ :f^Y:ハ
            { (⌒) ___:.:.::::〈  }{厂r' _):.:.:.:..:.::::/:::::::ノ l:::::}
             八 .:.Y∠二二二≧=-⌒マ (⌒)::::厂⌒/r'´ ̄::7::::/
            ヽ  __   人__人: \.:.マ .:.:厂廴/ {:{::::::}::/:::/
             } ):::ヾ⌒Y⌒ヽ:.::::::\マ (⌒):.::r'⌒|」:::::|/:::/
             | `ヽ::廴人__r勹:.r‐ぅ≧=- ..::..:.て_「|:::::}::::i{
             |⌒):::::..:.:.:.:.:.)__人/⌒i.:.:.:.:.:.:___.:.:.:.:/:j:::/:::::ij
             |.Y⌒Y^Lノ⌒i.::..:{包ノ.:.:.r'⌒Y⌒Y{:::V:≧く
             |.:.  人 {/⌒Y.:.:: ̄.:.:.:人__人__人>=--べ










清澄のメンバーの目を盗んで、京太郎は夜の街へと歩き出す。

行き先は近くの公園。

その目的は、


「よう」

「遅い、罰金!」

「悪い、みんなを誤魔化すのにちょっとな……って、時間指定なかったろーが」


会いたいと連絡を入れて来た、ネリーに会うため。

いつぞやと同じように京太郎はベンチへと腰掛けた。


「ホラ、座れよ」

「……うん」

「それで、話って?」

「……」

「ネリー?」


今のネリーの服装は、試合へ挑む時と同じ民族衣装。

特徴的な帽子を膝の上に置いて、ぎゅっと指を食い込ませるように掴んでいる。


「キョウタローは」

「おう」

「……ネリーは、キョウタローの、なに?」

「……いきなり、どうした?」

「いいから。答えて?」


「それは――」









ネリーと出会ったのはつい最近。

さて、では自分の中のネリーが『何』なのか――というと。


「……」


言葉に、できない。

最初は困っているところを助けた。

次は一緒に日向ぼっこをして、その次は一緒に買い出しに出かけた。

さっきは、倒れかけたところを助けてもらった。


「えーと……」


知り合い以上の関係ではある。

しかし、友達とはちょっと違うような気がしている。


「うーむむむ……」


腕を組んで、考え込む。

答えはきっと一言で済むのだろうが、その一言が導き出せない。

そもそも、どうしてネリーはこんな問いかけをして来たのだろうか?


「なぁ――」


どうして、こんな事を聞くんだ?

そのように開こうとした口は、


「……わかんない、のかな……」


ネリーの不安げに揺れる瞳を見た瞬間に、閉じられた。

自分がお人好しだから。

ネリーがちびっこくて気安く絡める性格をしてるから。

あの少女と同じように、何となく放っておけない気がするから。


今まで彼女と接して来た理由は、きっと、そのようなモノではなく。


「そうだな……」


不安そうなら、晴らしてやりたい。

泣きたいのなら、支えてやりたい。


「そう、だなぁ……」


京太郎は軽く息を吐いて、ネリーの瞳を真っ直ぐに見つめた。

帽子を掴む手を取って、安心させるように手のひらで包み込む。



「きっと、お前とおんなじような理由だよ」











「昨夜はお楽しみでしたね」


「え? 違う?……ふーん、夜にこっそり出かけたのは見間違いかしら?」


「ふーん」

「ふーん?」


「……ん、わかればよろしい」



「……」


「心配」


「心配、したんだからね?」

長かったようで短かった全国大会も、後少しで終わりを迎える。

その時――京太郎は、どうなっているのか。

未だ想像もつかないが、きっと何かが大きく変わる。


「んー……」


右手を閉じたり、開いたり。

体調は悪くない――が、咏の言葉を信じるならまた直ぐに倒れてしまうかもしれない。

まだ元気なうちに、後悔が残らないようにしたい。


そう考えた京太郎は、スマホの連絡先一覧を開き――。




「おうおう嬉しいねぃ、そっちから連絡くれるなんてさ」


話がしたいです、とダメ元でコンタクトを取ったらあっさり了承してくれた。

彼女も全国大会の解説役として免れたトッププロの筈なのだが……意外と、暇なのだろうか。


「まー、えりちゃんに全部おっ被せて来たからね」

「針生アナ……哀れな……」


咏の用意した料亭の個室で向かい合う。

今さっき連絡したばかりなのにこういった場所を即座に用意できるのは流石だと思う。

……その煽りを受ける女子アナについては、心の中で合唱した。


「それで」

「え」

「わざわざそっちから連絡して来たってのは――なにか、知りたいことでもあんだろ?」

「ああ、えっと……」






咏にそう聞かれても、特に理由はないので返答に詰まる。

下手な事を聞いてもわっかんねーと返されるのは目に見えているし。

ただまぁ、強いて言えば――


「ただ、貴女に会いたかっただけです」





ぷ、と咏は小さく噴き出した。

小刻みに肩を震わせて、笑いを堪えている。


「きょーちゃんそれ、狙ってやってんの?」

「え? 何が?」

「くくく……いや、なんでもねー。もし狙ってやってたら10年早いって突っ込んでたけど」


――ま、そういうところも可愛いんだけどさ。

そう言って、咏は上機嫌そうにお猪口の日本酒を一杯呷った。












Aブロックの準決勝を勝ち抜いたのは白糸台と阿知賀。

Bブロックからは臨海と、清澄。

決勝では、この四校が激突する事になる。


「なんつーか……見事に知り合いだらけだな」


清澄が参加していなければ、大将戦で誰を応援するかで悩んだに違いない。

もっとも、その場合だとそもそも自分の存在自体が成り立たなくなってしまうので、その仮定に意味はないのだが。


「さて、と」


残り少ない時間を、どう過ごそうか。




ネリーにとって麻雀は目的ではなく手段である。

お金を稼ぐ為に一番適した手段が麻雀だった、というだけ。

故に全国大会という場においても彼女が重視するのは如何に魅せるか、というその一点のみ。

どのように戦えば次の稼ぎに繋がるか、彼女はソレを重要視して対局に臨む。


『臨海女子! 圧倒的な強さを見せて決勝進出です!』


そしてソレは、今までもこれからも、きっと変わることはない。


(宮永……清澄……)


ただ、魅せる対象が、もう一人増えた。


「……勝つ、絶対に……」

会場付近の、自販機の前。


「ほらよ」

「ありがと」


適当にペットボトルのコーラを購入し、ネリーに差し出す。

自分も同じものを購入すると、近くのベンチに二人揃って腰掛けた。


「準決勝……凄かったな、お前」

「まー……アレぐらいは、ね」


準決勝の大将戦におけるMVPを選ぶとしたら、間違いなくネリーだろう。

彼女が、一番あの場を支配していた。


「スゲーヒヤヒヤしたわ」

「ふふん」


得意げに口角を上げるネリー。

こうして見ればただのちびっ子なのに、卓に着けば恐ろしい魔物と化す。

……思えば、彼の知る少女も似たようなモノだった。

というか決勝戦の大将全員に同じ事が言える。


「今から決勝が怖くなってきたぜ……大丈夫かな、あいつ」

「……アイツ?」

「我らが清澄の大将だよ。お手柔らかに頼むぜ?」

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最終更新:2026年01月05日 22:37