担当医は無言のまま心臓の辺りを撮影したレントゲン写真を京太郎に見せる。
「……君の心臓に極めて危険な異常が見つかった」
「………え?」
担当医の言葉に京太郎は言葉を失った。極めて危険な異常だって?どういう事だよ、それ。
京太郎は逃げ出したい気持ちをおさえながら担当医に質問を続ける。
「それって…、どういう異常なんですか? 治すためには手術も…必要だって事ですか先生?」
手術をすれば治る、京太郎はそう担当医に言って欲しかった。
しかし、担当医は首を横に振ると写真をそっと京太郎に手渡した。
「京太郎君……残念ながら君の心臓の異常は現代の医療技術では治す事は不可能なんだ」
「治す事は不可能って…!?じゃあ俺は、一体どうなってしまうんですか!?」
「……辛い現実かもしれないが、君の心臓はかなり病に蝕まれている。
恐らく一ヵ月…長くても二ヵ月しか君の心臓は耐える事は出来ないだろう」
担当医から告げられた無情な余命宣告――自分は後一ヵ月しか生きる事が出来ない。
そんな現実に直面した京太郎は目の前が真っ暗になっていく感覚に襲われた。
嘘だろ?俺が…死ぬ?たった一ヵ月で死ぬ…?
身体中の震えが止まらない、これが夢であったらどんなに救われるだろう。
でも――今、自分がいるのは紛れもない現実。自分に残された時間は一ヵ月のみという残酷な現実である。
「京太郎君…私は君に入院する事を勧める。 今の君は非常に危険な状態だ」
「……でも、入院したとしてもそれで治る事はないんですよね?」
「確かにそうだが……それでも幾何かは余命を延ばす事は出来る。 それに今の状態で日常生活を送るのは極めて困難だろう。 それは君が一番分かっている事じゃないのかね?」
担当医の言葉に京太郎は自分の胸に手を当てる。確かに担当医の言う通り何時、どこで胸の痛みが襲って来るのか分からない。
もし、昨日みたいに咲達と一緒にいる時に痛みに襲われてしまったら…?
普通に考えれば担当医の言う通り、入院するべきなのだろう。
けれども――
「少し…考えさせてください」
その日の夜、京太郎はベッドに横になりながら物思いにふけっていた。
余命一ヵ月――自分に残された時間はあまりにも短い、その時間をどう使うべきなのか?
病院に入院して、ただただ死ぬのを待つだけなのか?
それとも悲しみに暮れ、毎日を泣きながら過ごすのか?
いっそ、どうせ死ぬんだったらと己の欲望のままに生きるのか?
「違う…」
そうだ、俺にはやらなくてはならない事がある。入院しては助からないのは分かっている。
やけを起こしたり開き直って欲望に生きるなんてのは愚の骨頂だ。
京太郎はある決意を固めた。
「何かしら須賀君、私達に話があるって」
「いえ、ちょっと皆に言いたい事がありまして…」
京太郎は麻雀部の面々を見渡しながらニッコリと微笑む。
(きっと皆、怒るだろうなぁ…でももう決めた事なんだから仕方ないよな)
京太郎の決意、それは――
「俺、今日で麻雀部をやめさせてもらいます」
京太郎の退部宣言、いきなりの事態に麻雀部の一同は驚愕した表情で京太郎の顔を見た。
京太郎は考えた。これ以上、自分が麻雀部にいれば必ず彼女達の足手纏いになるだろう。
それならば自分がいなくなれば良いだけの事だ、空気である俺がいなくても皆は構わないろうしな。
五人だけでも楽しくやっていけるさ…今までだってそうだったのだから。
「ちょ、ちょっと待て京太郎!やめるってどういう事じゃ!?」
「ええ、ですから今日をもって麻雀部を退部させていただきます」
「な、なんでだじょ京太郎!!もうすぐ全国大会があるのに……理由を言え理由を!」
「理由か……まぁ、単純に飽きたから…かな?」
「飽きたって、そんな無責任な…そんな理由で退部なんて恥ずかしいとは思わないんですか!?」
「仕方ないだろ?本当に飽きちまったんだから」
まこを始め、タコス、和が口々に質問を京太郎に並びたてる。
咲はその様子をただ呆然と眺めていた。
(京ちゃん…なんで?)
自分が麻雀部にいるのは京太郎が誘ってくれたから。なのに何故、その誘った人間がやめるなんて言い出すのか?
何故、このタイミングで言い出すのか――咲には全く理解出来なかった。
咲はチラッと部長である久の方に目をやる、久はまこ達の様子を見ているだけで何も言おうとはしない。
「とにかく、もうここには来ないから! 退部届け、ここに置いておきますんで。 今までありがとうございました、それじゃ!」
京太郎は【退部届け】と書かれた封筒を机の上に置くと足早に部室から出ていった。
「ちょっと待って京ちゃ…!」
「宮永さん!あんな人、追う必要はありません!」
京太郎の所に行こうとする咲を和が止める。
「なんで止めるの原村さん…? このままじゃ京ちゃんが…」
「須賀君の事なら放っておきましょう! 飽きたからって理由でやめるなんて……見損ないました!」
「でも……」
「のどちゃんの言う通りだじぇ! あんな裏切り者なんか……いない方が…いいんだじぇ……」
「そんな…優希ちゃんまで…」
「あんな奴…あんな奴、もうどうでもいいんだじぇ!」
タコスは目に涙を浮かべながら叫ぶ。タコスも咲と同じく、京太郎が退部すると聞いて大きなショックを受けていた。
少なからず京太郎に好意を抱いていたタコスにとって、京太郎の退部宣言は自分の気持ちを裏切られたようなものである。
だからこそタコスはそんな京太郎に強い怒りを感じてしまったのだろう。
その事がタコスが咲を止める理由になっていた――本当は自分も京太郎の所に行きたいはずなのに。
「なぁ部長、アンタさっきから何も言わんがどういうつもりなんじゃ? …ワシはてっきり京太郎を止めるもんかと」
48 名前:名無しさん[sage] 投稿日:2010/02/06(土) 02:23:14 ID:ZXn58CdE
咲達が揉めている一方でまこは久に問い掛ける。
自分の部のメンバーがやめようとしているのにもかかわらず、一向に動こうとしない久。
そんな彼女をまこは疑問に思っていた。
「ええ、ちょっと気になる事があってね」
「気になる事……なんじゃいそれは?」
「まぁ、そう大した事じゃないんだけど……今はこの状況をどうにかしないとね」
「確かに部長の言う通りじゃのう。 このままじゃあ練習どころじゃないわい」
京太郎の事も気になるが、咲達を落ち着かせないといけない。
久はパンパンと手を強く叩いて彼女達の注意を引いた。
「はーい、皆!須賀君についての話はここまでにして、練習を再開するわよ!」
「そ、そんな…部長! 部長は京ちゃんの事が気にならないんですか!?」
「もちろん、須賀君の事については気にはなっているけど…。 彼の処遇については後々決めるとして、今は練習に集中するべきだと私は思うわ」
「で、でも……」
「宮永さん、私は部長の言っている事が正しいと思います。 須賀君と違って私達には全国大会があるんですよ?
宮永さんの気持ちは分かりますけど、今は大会に向けて練習をするべきです…違いますか?」
「……………」
久と和の言葉に咲は押し黙ってしまう。二人が言うように自分達には全国大会がある…
お姉ちゃんを始め、全国の強豪が待ち構えているだろう。
それは頭では分かっている、分かってはいるけど――。
「咲ちゃん! しっかりするんだじぇ! あんな奴の事なんか気にする必要はないじょ!」
タコスもまた、咲に練習をするように促す。
「優希ちゃん…」
このまま京太郎の話をしていても時間は無駄に過ぎていくだけである。
「分かりました…」
皆の説得に咲はようやく京太郎の件について諦める事を決めた。
「じゃあ、練習を始めるわよ!」
咲は雀卓の椅子に座りながら京太郎の事の思う――京ちゃん…本当に麻雀部やめちゃうのかなぁ?
咲はギュッとスカートを握った。
――さっきからずっと胸騒ぎがする。なんだろう、凄く嫌な感じがするけど…。まるでお姉ちゃんがいなくなったあの時…ううん、それ以上に感じる。
「考え…過ぎだよね」
咲はボソリと呟く。京ちゃんがいなくなるなんて絶対にない。
だって京ちゃんとは……昔からずっと一緒にいたんだから。そしてこれからもずっと京ちゃんと一緒に……。
最終更新:2012年06月23日 10:25