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俺たち四人は電車に乗って長野に向かう。

実は電車内での格好が格好なので目立ってはいた。

巫女装束二人に浄衣一人の中に私服一人。

浮いてる四人組みの中で更に浮いてる咲。

それに対して浮いていると文句を言うので「巫女装束を貸しましょうか?」と小蒔ちゃんが言うがそれは何か違うだろと思う。

結局咲は私服のまま俺たちは電車に揺られた。

そして戻ってまいりました第二の故郷長野へ。

久しぶりな感じがする山々そして山と山の空気。

……なんていうか山しかない。

霧島、長野、吉野……見事に山にばかり行き当たるな、都会だったのは東京大阪ぐらいか。

俺たちは嫌がる初美さんを引き摺りながら家まで歩いていく。

正直俺も足取りが重い。

生きて帰ったは良いが大怪我しちゃってるし、お袋の反対を押し切って帰ってきたらこの様です。

だからと言って生きているのに何も報告しないのはまずい……のでちょっと気が重い。

どうしたもんかと考え込む。

その次の瞬間身体を触られたと感じたら急に世界が回った。

いや、俺の身体が宙を舞っていた。


「京ちゃん!?」

「京太郎君!?」


小蒔ちゃんや咲が驚きの声を上げる。


「はい?」


ついでに何が起こったのか把握できてない俺も間抜けな声を上げていた。


「だ!?」



投げられた事に気付いたときには俺はアスファルトの上で寝転がっている始末。

いくら不意打ちで片腕を骨折してるからと言ってもそこらへんのやつに俺を投げられるとは思えない。

つまり……


「生きていたか、親不孝者。」


「開口一番にそれかよ……お袋……」


「げっ……浪おばさん……」


とてもとてもこわいお袋さん登場である。

生きて帰ってきた息子にこの仕打ちはいくらなんでもあんまりじゃないですかね。

小蒔ちゃんと咲が駆け寄ってくる。


「こんにちは京ちゃんのお母さん。」

「お久しぶりですおば様!」


「咲ちゃんに小蒔ちゃんじゃない。」


俺じゃなくてお袋に。

すこしは俺の身を案じてくれてもいいんじゃないかな。

俺も鍛えてるしお袋も怪我させる投げ方してないってわかってるかもしれないけど。


「久しぶりね小蒔ちゃん。」

「元気にしてたかしら?」


「はい、おば様も御変わり無いですね。」


お袋は小蒔ちゃんに会えて上機嫌だった。

昔からお袋は基本的に子供たちにはよく気に掛けていたが小蒔ちゃんは特に気に掛けていた。

それは多分お袋の……というより三隅の役割が関係していたからだろう。




「こんなところで立ち話もなんだし、皆家に上がっていきなさい。」

「ほら、咲ちゃんも。」


「はい。」


「あ、あと私を見て「げっ」とか言っちゃった初美ちゃんはあとでお話しましょうね。」


「ひいぃぃぃ!?」


お袋のニコニコとした満面の笑みが逆にこわい。

ああ……俺と初美さんはこれから処刑されるのか。

自宅が処刑場に見えるぜ畜生。

家に入るとお袋が口を開く。


「京太郎、あんたその腕どうしたの?」


「ん? ああ……ちょっと……」


お袋もある意味専門家で(小蒔ちゃんや初美さんも本職だが)俺の腕の痣が何であるか分かるかもしれないが咲がいたので言葉を濁した。

お袋が見透かすような視線を向けてから向き直って回りに聞く。


「お茶とコーヒーどっちがいい?」


「あ、おばさん、お構いなく。」

「おば様、お気遣い無く。」


「あ、俺コーヒー。」

「私はお茶ですよー。」


「あんたたちも少しは小蒔ちゃんや咲ちゃんを見習って遠慮しなさい。」


「えー、何でですかー。」

「我が家でお袋相手に何を遠慮するんだよ。」


俺と初美さんが文句を垂れながら抗議をするがお袋はそれを流して小蒔ちゃんと咲に聞く。


「それで何を飲む? 咲ちゃんと小蒔ちゃんは遠慮しなくていいのよ。」


「えっと、それじゃお茶で。」

「私も同じもので。」


「わかったわ。」


「すみませんおば様、いきなり押しかけた上にお茶まで……」


「いいのよ、淹れるのはこれだから。」


「俺かよ。」




息子に対してこれはないでしょう、これは。

ぶつくさと言いながら薬缶に水を入れて火にかける。

お茶葉を急須に入れてインスタントコーヒーの粉をマグカップに入れて待機。

お茶で思い出したが清澄のほうは大丈夫だったんだろうか。

白糸台で電話したときはいろいろ言われたが必要なところだけ聞いて早々に切ったから清澄の事情はあまりわからない。

染谷先輩にはお世話になってたしあとで顔でも出そうかな。

お湯が沸いたので注いで全員に渡した。

皆にお礼を言われながら俺も席に付いた、そんな中お袋が思いついたかのように口を開く。


「京太郎、ミルクは?」


「そんなもんねぇよ。」


「じゃあ買ってきて。」


「……はぁ、わかったよ」


お袋も俺もミルクなんて使わない。

つまり「女同士で話したいから席を外せ。」ってことか。


「俺がいない間に変な事吹き込まないでくれよ。」


「わかってるわよ、何かあったら携帯に電話するわ。」


「連絡は出来るだけ早くしてくれ。」


そう言って俺は家を出て宛ても無くぶらぶらと歩き始めた。

あ、着替えるの忘れてた……まぁいいや。

時間潰しにどこへ行こうかと考えて一つ思いついた場所がある。


『roof-top』


染谷先輩の実家である雀荘兼喫茶店。

麻雀を打つ気なんて無かったが時間を潰すのにはちょうどいい。

扉を開けて中に入ると席についてコーヒーを頼む。

卓にはおじさん二人と大学生くらいの若い男と顔は見えないが白い和服を着た白髪の女の人がいた。

どうやら清澄の人間はいないようだ。

多分部活なのだろうと思い、コーヒーに口をつけていたら卓の方で声が上がる。



「いやぁ、お姉さん強いねぇ。」


「ふふ、それほどでも~。」

「少し席を外しますね~。」


さっき見かけた女の人がカウンターの方にやってきた。

ちらりと覗かせる横顔にどこか見覚えがあったが思い出せない。

こちらが数瞬目を向けたことに気付いたのか俺に向かって女性が話しかけてきた。


「あら、京太郎ちゃん、お久しぶりね~。」

「いつもより立派な格好してたから気付かなかったわ~。」


「はい?」


「浪ちゃんは元気~?」


「お袋なら相変わらずですけど……」


俺は戸惑いながら受け答えをする。

前にあったはずなんだが名前が出てこない。

お袋の知り合いなのは確かなんだが……


「それにしても大きくなったわね~、見違えちゃったわ~。」


「そうですか?」


「もしかしてお姉さんの事忘れちゃった~?」


美女の類に属する顔立ち。

長くて綺麗なストレートの白い髪。

紅玉のような赤い瞳。

白い着物に赤い帯。

間延びするしゃべり方に声。

そして二十代前半を思わせる白くて若い肌。

記憶を掘り返すと一応合致する人物が浮かび上がった。

顔も話し方も声も姿格好も合致する。

だが決定的に食い違う事がある。



「御佐口さん、俺の記憶違いじゃなかったら……」


「んふふ~、あたり~。」


「でも……なんでそんなに若いんですか?」


俺がこの人に会ったのはお袋に連れられて長野に越してきたとき。

お袋は知人であるこの人の伝を頼ってやってきた。

そのときのこの人はお袋より年上で三十代半ばというところだった。

だが今は二十代前半にしか見えない。

この人は一体何者なんだ?


「ん~? お姉さんの事が気になる~?」


「ええ、貴女は今何歳なんですか……?」


「女性に年のことを聞くのは良くないわよ~。」

「だから秘密~。」

「ところで京太郎ちゃんその腕見せてくれるかな~?」


「え? はぁ……」


いきなり腕の事を聞かれて戸惑いながらもマフラーを外して見せる。

しげしげと御佐口さんは俺の腕を見ながら「ん~。」だの「あ~。」だの言ってた。

中々御佐口さんが言わないので俺から聞いてみる。


「なんでいきなり?」


「実は私、浪ちゃんに見るように頼まれてたの~。」


「お袋が?」


「うん、京太郎ちゃんが腕の事を隠してるみたいだからって~。」


やはりお袋にはお見通しだったようだ。

しかしこの腕の蛇状の痣は何なのだろうか。

問題があるようなら早目に何とかしておきたいが。


「それで俺の腕、何かありますか?」


「何も問題ないわよ~。」

「強いて言うなら浪ちゃんと同じってことね~。」


「お袋と同じ?」


「そうよ~、まぁ詳しくは浪ちゃんから聞いたほうが良いわね~。」


痣が何なのか気にはなるがそれ以上にこの人の素性が気になる。

なので聞いてみることにした。



「あの……御佐口さん、貴女一体何者なんですか?」


「ひみつ~。」


「お袋とはどういう関係なんですか?」


「友達よ~。」


「どういった経緯で?」


「蛇の道は蛇ってやつかしら~?」


「あと……」


「京太郎ちゃん~?」


質問を遮られた。

オーバーリアクション気味に肩を竦めて両手を上げて首を振る、そして悪戯っぽく御佐口さんが返してきた。


「あんまり詮索ばかりする男の子は女の子に嫌われちゃうぞ~。」


「じゃあ最後に……御佐口さん、貴女人間ですか?」


「んふふ~、それはひみつ~。」

「でも京太郎ちゃんはなんとなく分かってるんじゃない~?」


「…………」


「多分合ってるわよ~。」


やっぱりこの人、人間じゃないかも。

別に危害を加えてくるわけでもないし知らない間柄でもないので特に気にしないようにした。

コーヒーを啜っていると御佐口さんが突然何かを思いついたように口を開く。


「そうだ~京太郎ちゃん、今暇よね~?」


「ええ、まぁ。」


「だったら私についてきてくれないかしら~?」


「いいですけど……一体どこへ?」


「着いてからのお楽しみ~。」




御佐口さんに付いて行き、到着したところはでかい屋敷。

割と洋風な屋敷でここ長野のような場所にはそぐわない雰囲気だ。

門の前まで行くと屋敷に勤めてる人だろうか、その人が出迎えてくれた。

この人には見覚えがある、確か県予選決勝の時優希と当たった人のはずだ。

その人に案内されて屋敷の中に入ると背筋がぞくりとして身震いしてしまう。

何かいる、そんな予感がした。


部屋に通されると中には既に人がいた。

部屋の中には3人。

一人は俺にタコスの店とかを教えてくれた執事のハギヨシさん。

一人は咲と県予選で打っていた天江衣。

最後の一人は天江衣と同じ高校の龍門渕透華。

今年の龍門渕の大将と副将の選手だ。

ハギヨシさんが俺たちに向かって出迎えの挨拶と共に会釈をしてくる。

天江衣と龍門渕透華は微動だにしない。

何かいると思った原因は恐らくこれだろう。

突如俺の隣の空気が歪む。

それと同時に部屋にいた人物が全員御佐口さんの方を向いた。

途轍もない威圧感が一瞬だけ放たれていたようだ。

まるで「こっちを見ろ。」と言わんばかりの威圧感。

初めて見る御佐口さんの雰囲気に一瞬気圧される、身が竦む。

やっぱりこの人は人間じゃない。





こっちに気が付いた天江衣が問いかけてくる。

どうやら俺たちが来る事知らなかったらしい。


「誰だ? とーかの客か?」


「須賀京太郎です、宮永咲や原村和の知り合いの。」


「おお! ノノカやサキの知り合いか。」


「私は御佐口蘇宗よ~。」


「ミサグチソソウ? 妙な名前だな。」


「え~そうかしら~? 頑張って考えたんだけどな~。」


一応聞かれたからには応えておくのが礼儀かと思い自己紹介をする。

御佐口さんの下の名前って蘇宗って名前なのか。

というか「考えた」って何だ、偽名なのか?

御佐口さんがさっき言ってた事を思い出したのであまり深くは考えないようにしよう……


「それで何の用だ? 衣たちは今とーかのことで忙しいのだが……」


「私たちはその透華ちゃんについて手助けに来たのよ~。」


「なんだ、そっちの男が浄衣姿だから祓いに来たのかと思ったぞ。」


「こっちの京太郎ちゃんはおまけ~、メインは私よ~。」

「そこの執事さんに頼まれて来たの~。」


「ハギヨシか。」


「一介の執事が差し出がましいことを致しまして申し訳ありません。」


「かまわん。」


どうやら今回俺はパシリの真似事はしなくて済むようだ。

それは非常に喜ばしい事だと思う。

ただ成り行きとはいえ巻き込まれている事には非常に遺憾ではあるが。




「それじゃあ透華ちゃんを元に戻すために一局打ちましょうか~。」

「ほら、京太郎ちゃんも座って座って~。」


「え、俺もですか?」


「当たり前じゃな~い。」


「でも俺より麻雀上手い人ここに何人かいるでしょう?」


「いいのよ~、麻雀の腕なんか気にしなくて~。」

「必要なのは耐えられるかどうかよ~。」


どうやら何を言っても俺は参加らしい……なので諦めて卓に着いた。

全員が卓に着くと御佐口さんが口を開く。


「初めから本気で行くわよ~。」


御佐口さんから発せられる威圧感が俺達の体を強張らせる。

そのあとの対局は誰も動けなかった。

あの天江衣もそして龍門渕透華も。

御佐口さんの打ち方は隙の無い打ち方らしく、それを見た天江衣は「常山の蛇勢だな。」と言っていた。

何でも布陣が良くて頭を狙えば尻尾が、尻尾を狙えば頭が反撃するという意味らしい。

俺から見た印象は場の支配も気にもせず、まるで川底を泳ぐ蛇のように自由に打ってるようだった。

東場が終わる頃には龍門渕透華の雰囲気が変わり、本来の性格が戻ってきたのかうるさくなってきた。


「きぃいい! 全く和了れませんわ!」


「おお! いつものとーかだ!」


「あら、どうしましたの衣?」


「とーかが冷え込んでから元に戻らなかった。」

「それで客人を交えて打っていたのだが……」


「そうでしたの……これはご迷惑をお掛けしまして申し訳ありませんでしたわ。」


「いいえ~、こっちはただ打っていただけよ~。」


「俺に到ってはただ座ってツモ切りしてただけです。」


いやマジで俺は何もしてなかった。

和了り目なんて見えなかったから振り込まないようにするのに精一杯だった。

それに対して御佐口さんは龍門渕透華を狙い打ちにしていた。

天江衣も対抗して御佐口さんを狙っていたが逆に反撃を食らっていた。





「それじゃあそろそろお暇するわね~。」


「まて。」
「お待ちになって。」


御佐口さんが席を立とうとすると二人から声がかかる。

こっちの用は終わったのだから帰らせてくれても良いじゃないかとも思ったが二人は納得行ってないようだ。


「まさかまだ終わってない対局を放って帰る気ではありませんわよね?」


「衣もやられっ放しでは治まらん。」


「え~? 私はもう帰りたいんだけど~……そこまで言うなら仕方ないわね~。」


俺も帰りたい、というか最早俺要らないじゃん。

そう思いながら配牌を整えながら自分の手牌をみると聴牌だった。

すごく珍しい。

あまりの好配牌に戸惑っていると御佐口さんが笑顔で話し始める。


「久しぶりに打ったけどやっぱり麻雀って楽しいわ~。」


「そうですわね。」


「うむ、麻雀は楽しむものだ。」


「そうですか。」


そういえば前に咲が「麻雀って楽しいよね、一緒に楽しもうよ。」とか言ってた気がする。

もしかしたら麻雀って面白いのかもな。

そう思いながら打った先制のダブル立直。

それを見た御佐口さんが驚いたような仕草をする。


「立直!」


「あら~、京太郎ちゃんいきなりのダブリーね~。」

「でも残念でした~それ当たり牌よ~。」


「え?」


「四暗刻単騎で32000点~。」


まさかの一発トビ終了。

興がそがれたと言わんばかりの二人の目線が痛い。

俺だってトびたくてトんだわけじゃない。

というか第一打であんなのって、事故じゃん……

やっぱ麻雀ってクソゲーだ。




痛い視線に耐えかねてそそくさと門外まで抜け出した。

気付いたらお袋から戻って来いと記されたメールが届いている。


「御佐口さん、俺もう帰ります。」


「あら~、そうなの~? もう少し京太郎ちゃんとデートしていたかったのに~。」


「お袋から戻って来いとメールが来てたので。」


「仕方ないわね~、なら後でお酒もって伺うって浪ちゃんに言っておいて~。」


「酒かぁ……わかりました。」


きっと今夜家で酒盛りが始まるんだろうな……

二人ともかなり呑むから絡まれないように気をつけよう……

家に着くと初美さんが玄関先で待っていた。


「遅いですよー。」


「何でここに?」


「浪おばさんと話をしてたんですが途中で姫様と宮永咲に話があるからって追い出されたんですよー。」


「お袋は小蒔ちゃん達に何話してんだろ……」


「……さぁ?……さっぱりですよー。」


「へぇ……」


初美さん何か知ってるくさいけど言わないってことは自分で気付けってことだろうな。

さて、玄関の先からは鬼が出るか蛇が出るか。

しかし蓋を開けてみればなんてことは無かった。

三人ともにこやかに迎え入れてくれる。



「……ただいま。」


「おかえり。」
「京ちゃんおかえり。」
「京太郎君おかえりなさい。」


「京太郎、あんたやたら遅かったわね。」


「御佐口さんと会ってたからな。」


「何か言ってた?」


「酒もって伺うってさ。」


「なら買い物しないといけないわね。」

「あ、そうだ……京太郎、あんた咲ちゃん送っていきなさい。」


「……まぁいいけど。」


いくら咲でも何回か俺の家に来てるから自分の家まで一人で帰れるだろうけど……

お袋に何らかの考えがあるのだろう。


「あの、京太郎君、私も……」


「小蒔ちゃんダメよ、今は咲ちゃんに譲ってあげて。」


「うぅ……はい。」


「?」


その証拠に小蒔ちゃんが何か言おうとしたときにお袋が制止していた。

一体お袋が二人に何を吹き込んだのかわからないが碌な事では無い気がする。


「それじゃあちゃんと咲ちゃんを送るのよ。」

「私は小蒔ちゃんや初美ちゃんと買い物に行って来るから。」


「わかってるよ。」


小蒔ちゃんが何か言いたそうにこっちを見ていたがお袋が二人を車に乗せてさっさと出発していった。

どうせ車で行くなら俺たちも乗せろよ。

まぁ言っても無駄なんだろうけど。





咲を送るために二人で歩き出す。

最初咲は少し無言だったが話し始めるまでそう時間は掛からなかった。

俺が抜けてからの清澄の事、竹井久が引退した事。

店が忙しくて部活に中々顔を出せなくなった染谷先輩の事。

若干優希が荒れていた事。

それを和が宥めすかして落ち着かせていた事。

結局実質一年生だけで三麻を打つ日々など。

俺の居ない清澄を語っていた。

少し間が空いて再び咲が切り出した。


「ねぇ、明日、付き合ってくれない?」


「別に良いけど……どこにだ?」


「ん~……デートみたいなものかな?」


「おぉぅ……咲にしては珍しい単語が出てきたな。」


「そうかな? あ、そうだ。」

「小蒔さんや薄墨さんも一緒に呼んでね。」


「おいおいデートじゃないのかよ……というか『小蒔さん』っていつから……」


「秘密。」


どうやら女子には秘密が多いみたいだ。

咲がそれだけ言って家に入って行くのを見届けると俺は家路に付いた。

家に着くと既に夕飯の支度が整っている。

何でも三人とも頑張っちゃったらしい。


「家事とか出来ませんでしたけど一生懸命頑張りました!」


「そうですよー……私まで頑張ったのですよー……」


力なく言う初美さんは恐らくお袋にさせられたのだろう。

俺が戻ってから間も無くインターフォンが鳴る。


「はい。」


「今晩は~、お酒持ってきた~。」


出てみると案の定御佐口さんだった。

その片手にはお酒を引っ提げている。

挨拶もそこそこにさっさと席について御佐口さんとお袋は酒盛りを始めた。

初美さんが御佐口さんを見て俺に耳打ちしてきた。




「あの人って誰ですかー?」


「お袋の友達の御佐口蘇宗さん。」


「その御佐口さんってもしかして……」


「……多分そうだと思います。」


「御佐口さんの友達の浪おばさんって一体何者なんですかー……」


「息子の俺でもよくわかんないです。」


大人二人が酒を嗜んでいる横で俺たち三人は夕飯を食っていた。

二人ともウワバミなので見る見るうちに一升瓶の中身が減っていった。

御佐口さんが家で飼ってるカピバラを見るたびに「美味しそうな鼠ね~。」と言ってはカピをからかっている。

すっかり二人が出来上がった頃には俺たちは飯を食い終わって使い終わった皿などを洗って片付けていた。

来客用の布団を用意しておいたが御佐口さんはお暇すると言う。

なので酔い潰れたお袋を小蒔ちゃん達に任せてもう一人の酔っ払いを送る事にした。


送る途中、月が照らす夜道を歩きながら御佐口さんと話をする。


「久しぶりに呑んだわ~。」


「確かに……お袋が酔い潰れるところなんて初めて見ましたよ。」


「きっと京太郎ちゃんが帰ってきたから浪ちゃんうれしかったのね~。」


「そうなのかもしれませんね。」


鹿児島でお袋が呑んでいる所なんて嫌というほど見ていたけれど酔い潰れたところなんて見たことは無かった。

それはこっちに来て御佐口さんと呑んでるときもそうだ。

何せお袋は鹿児島でも『ウワバミの浪』と揶揄されるくらい呑む人間だったからだ。

御佐口さんが懐かしむように口を開く。


「それにしても京太郎ちゃんおおきくなったわね~。」

「もうちゃん付けで呼んだらダメかもね~。」


「そうですか? お袋もちゃん付けですけど。」


「女の子はいいけど男の子はね~?」


「そんなもんですか。」


お袋を女の子と呼ぶのはいささか問題があるような気がするけど気にしてはいけないのだろう。

長野に来てから五年間、色々と変わった物があった。

それに伴って思い出もそれなりにできた。

それは御佐口さんも同じようで昔話として語ってくれる。




「そうだ~、少し昔の話をしてあげる~。」

「ある所に白い蛇が済んでいてその白蛇のところに蛇の親子がやってきました。」

「母親が言います、『今日から親子で住まう蛇です、どうかよろしくお願いします。』と。」

「対して白蛇は言います、『住むのはかまわないけど他所から来た子供が

 ここら辺をうろちょろしていると間違って食べてしまうよ~。』と。」

「それを聞いた子蛇はこう返します『僕を食べようとしたら貴女の尾を食べます、

 すると貴女は僕を食べると同時に貴女自身の体も食べてしまうでしょう。』」

「子蛇は続けてこう言います、『それに僕には蛇に良く効く毒を持っています、

 僕をお腹に入れるとその毒で貴女は一生お酒が飲めなくなります。』と。」

「そう返された白蛇は『それは困るな~、私はお酒が大好きだから~。』と言って子蛇を大層気に入りましたとさ。」

「もしその子蛇が10歳では無く7歳だったらきっと白蛇に食べられていたわ~。」


「七つまでは神のうちってやつですか。」

「でもなんだか妙な話ですね。」


「あらそう~? 私の生きてる中では指折りの面白い話よ~。」


「というかその子供は馬鹿ですね、自分が食べられたら元も子もないし、何より母親を悲しませる。」

「ある意味子供らしい無鉄砲な感じはしますが。」


「……うふふ、あははは~。」


俺が昔話の感想を言うと御佐口さんはケラケラと笑い出した。

何か気に入る事でもあったのだろうか。


「やっぱり京太郎ちゃんは面白いわ~。」


「そうですか?」


「うん~、笑わせてもらったお礼に一つ助言してあげる~。」

「多分京太郎ちゃんはこうと一度決めたら茨の道でも進んじゃうタイプだから~。」

「決めた女の子はしっかりと護ってあげないとダメよ~。」


「はぁ……わかりました。」


「あと~、私は長野から出られないけど京太郎ちゃんが困っていたら助けてあげる~。」

「京太郎ちゃんは私のお気に入りだから~。」


「ありがとうございます。」


そういう御佐口さんはその綺麗な白髪を月夜に照らしながら妖しく笑っていた。

そこからある程度歩いた所の神社の前で足を止めた。




「ここまでで良いわ~。」


「そうですか、お気をつけて。」


「京太郎ちゃんもね~。」


俺は御佐口さんが言った意味を考えながら家に戻る。

家では初美さんと小蒔ちゃんが待っていた。

片方は眠そうな目を擦りながら。

そしてもう片方はうつらうつらと舟を漕ぎながら。

そういえば春が言ってたな、神社は朝が早いって。

寝室に二人分の布団を敷く、お袋と俺の部屋に一組ずつ。

家は寝室が二つしかないから仕方ない事だ。

俺の寝室には初美さんと小蒔ちゃんを寝かせてお袋の寝室には俺とお袋が寝る。

隣で布団を敷いて寝ている俺にお袋が声をかけてきた。




「京太郎、あんた一回死に掛けたんだってね。」


「ああ。」


「親不孝者。」


「悪かったって。」

「それにしても酔い潰れるまで呑むなよ。」


「久しぶりだったからね……」

「死んだと思ってたあんたが帰ってきて……」

「小蒔ちゃんや初美ちゃんにも会えたんだし。」

「そのせいで呑みすぎてあんたに迷惑かけたけどさ。」


「気にすんなよ、それに親父からも『母さんをよろしくな』って言われたからな。」

「まぁ酒は程々にしてくれ。」


「……わかったわよ。」

「それよりも父さんのこと話して。」


酔っ払ったお袋に親父と会った時のことを少し話す。

親父が恨んでいなかった事、親父が守りたかったもの、親父に言われた事。

ついでに親父が言った『お前も母さんみたいな情の篤くて器量の良い娘を見つけろよ?』という件は余計だが言ってしまった。

それを聞いたお袋が口を出してくる。


「初美ちゃんから聞いて良子ちゃんにも電話で聞いたけど、あんた色んな危ない橋を渡りすぎよ。」


「それで助かった人が居るんだからいいじゃねぇか。」


「私が言いたいのはそういうことじゃない。」

「小蒔ちゃんや咲ちゃんを泣かせるような事はするなって言ってるの。」


「……別にそんな積もりで人助けしてるわけじゃねぇよ。」


「京太郎はそうでも相手はどうかしらね。」


別にそんなことはどうでも良かった。

俺にはそんな気にはなれないし。

というより俺が居ない間に良子さんに電話掛けていたのか。

良子さんのことで一つ気になったことがあったので聞いてみる。

良子さんのことに関しては俺よりお袋の方が付き合い長いから何かわかるかもしれない。




「良子さんに『許してあげて』って言われたんだけどさ……言葉通り受け取ればいいのかな?」


「……それは多分良子ちゃんなりの優しさよ。」

「本家の歴々がどうのというよりも京太郎に前を向いて欲しいのよ。」

「あの子は割りと本家より私達寄りだから。」

「良子ちゃんにとって京太郎はかわいい弟みたいなものなんでしょう。」

「だから『過去にばかり囚われないで新たな道に目を向けて』って意味よ。」

「まぁ、それは私にも言えることだけど。」


「……そうか。」


良子さんの言っていた事の真意はどうかわからないがお袋の解釈は妙に納得が行った。

何と言うか良子さんらしいと言える。

突如としてお袋が何かを思い出すように言う。



「あ、そうだ。」

「京太郎、お帰り。」


「ああ、ただいま。」



その日の夜はそれを最後にして目蓋を閉じる。




翌日の朝、二日酔いのお袋の為に胃に優しい物を作って置いといた。

初美さんと小蒔ちゃんは既に起きていたが小蒔ちゃんは勝手がわからないのかおろおろしていたので座らせといた。

初美さんは鬼の居ぬ間に洗濯と言わんばかりに俺に任せてくれた。

流石二つ年上の貫禄、いつも俺と一緒に悪さしてたからかとてもそうは見えないけど。

俺は朝食を作り終えるとお袋を起こして全員で食べる。

料理については母一人子一人だからか軽い物を作ったり出来る程度には学んだ。

お袋もこっちに来てから女性用護身術の教室などをして食い扶持を稼いでいて

家事までには手が回らないときがあったから仕方ないといえば仕方ない。

元々三隅家の技は非力な女性が本家代々の姫様や六女仙を護る術として

編み出した物だからそういう意味ではお袋の今の職は天職とも言えるかも知れない。

そういう因果もあってか、お袋の代はお袋と仲の良い人が多い印象だ。

そしてそれはその子供までにも影響が出ていた。

先代の姫様、つまり小蒔ちゃんの母親と仲が良かったお袋が

小蒔ちゃんを自分の娘同然に構うのは多分そこらへんにあるのだろう。

そんな昔話を思い出しもしたが考えを切り替えて皆に切り出す。

昨日の咲との会話についてだ。


「俺ちょっと咲と会いに行って来ますけど。」

「小蒔ちゃんや初美さんも来ますか?」


「えー……」


「は、はい!」


「ああ……まぁ姫様が行くなら私も行くですよー……」


小蒔ちゃんは意気揚々と初美さんは渋々と言った感じで付いてくる。

咲と合流するため咲の家に向かう。

その途中初美さんが小声で俺に聞いてきた。


「どういうことですかー?」


「なにがですか。」


「宮永咲に会いに行くのに私や姫様まで誘った事ですよー。」

「多分宮永咲はデートの為に京太郎を誘ったんですよねー?」

「だったら私達はお邪魔虫なのですよー。」


「俺もわかんないです、何せ誘えって言ったのは咲本人ですから。」


「むむむ……何考えてるのかわからないのですよー……」




そんなもん俺にだってわからなかった。

咲が意図してる事なんて想像がつかない。

その話はそこで切り上げて二人と会話していたら咲の家に着いた。

玄関のインターフォンを鳴らすとバタバタとする音が家の中から聞こえる。

その音が止んでから少しすると咲が出てきた。

普段よりはめかし込んでいる様だったがそこまで気取った感じはしなかった。

そんな咲が俺達を連れて行ったところは図書館。

ここは俺達が中学の頃よく来ていた場所だ。

何で今更こんなところに……



「ねぇ、京ちゃん、懐かしいね。」

「私達が仲良くなった切っ掛け……覚えてる?」


「ああ、学校で周りと距離を置いてた俺がここで勉強してたんだよな。」

「そしたら危なっかしい女の子がやってきて……」

「それで女の子が台の上に乗って高い所の本を取ろうと頑張ったら足場がぐらついて……」


「それを見ていた京ちゃんが見事に助けてくれたんだよね。」

「それからちょくちょくここで会って、話をして……」

「小学校卒業したらもう会えないかもとか思ってたけど。

「そしたら中学で同じクラスになって再会して……」

「あれが初めての出会いだったね……あれが無かったらきっと私達今みたいな関係じゃなかった。」

「あの時の京ちゃん無愛想だったし。」


「……そうかもな。」


もしあの時、気紛れにここに来ていなかったら。

もしあの時、何となく見知らぬ少女を目で追っていなかったら。

もしあの時、危なっかしい少女助けていなかったら。

今の俺達の関係は無かったかもしれない。

過去の事を振り返りすぎてもどうしようもないかもしれない。

未来の事なんて考えても鬼が笑うだけかもしれない。

今は今を考えないといけない時なのかもしれない。





「多分あの時咲がちんちくりんじゃなかったらキャッチできてなかったな。」

「まぁ今でもちんちくりんだけど。」


「もう! 今はそんなにちんちくりんじゃないよ!」

「……うん、ちんちくりんじゃない。」


「下と比べたって空しいだけだぞ、咲。」


「ちょっと!? 何でこっちを見るんですかー!?」


「……んふふふ……」


「姫様まで笑うんですかー!?」


「ご、ごめんなさい……ふふふ……」


揶揄う言葉に否定する言葉。

何故か飛び火して憤慨する初美さん。

そんなやり取りを見て笑いを堪えてぷるぷると震える小蒔ちゃん。

さっきまで少し不安そうな顔をしていた小蒔ちゃんが笑ったのならそれはそれでいいか。

咲と思い出話をしながら次の目的に向かう。

次の目的地として咲が向かったのは『roof-top』俺が昨日来た染谷先輩の実家だ。

扉には『臨時休業』とあったが咲は躊躇い無く中に入るとそこには清澄の麻雀部員が揃い踏みしていた。


「京太郎!」


「おっとと、あぶねえからいきなり突っ込んでくるんじゃねぇよ。」


優希が俺の顔を見るや否や体当たりを噛まして来た。



「遅いじぇ! 全くいつまで飼い主を待たせる気だじぇ!」


「わりぃわりぃ、あの時はマジで長野にまた来れるとは思えなかったからさ。」


「むむ……確かに怪我してるみたいだしこのくらいで勘弁してやるじぇ。」


「そうしてくれると助かる、それより何でみんなが?」


「なんじゃ京太郎、咲から聴いとったんじゃないのか。」

「まぁええじゃろう、卓に着いておれ、今飲み物持ってくるけぇ。」


「ありがとうございます。」


「ほら、神代さんも。」


「は、はい。」


卓に着いたのは俺と小蒔ちゃんと和と咲。

両サイドがぽよんぽよんである。

もう一度言う、両サイドがぽよんぽよんである。

俺の視界の中には桃源郷がある。

それはもう見事な桃が生っていた。

サイズはメロンだが桃が生っていた。

そんな思考を察したのか、それとも俺の目線が露骨だったのか、

はたまた女の勘というやつなのか真ん前から殺気に近い怒気が見える。

多分後ろからも殺気を感じる。


「ねぇ京ちゃん、ちょっと麻雀楽しもうか。」


「おう咲ちゃん、こんな駄犬はきっちり躾けないと駄目だじぇ。」


「……はぁ、須賀君は相変わらずですね。」


「?……京太郎君がどうかしたんですか?」


「姫様はそのままでいいのですよー。」


「いや……違うんだって……そんなの男として仕方ないじゃん……」


「京ちゃん……問答無用だよ?」


呆れ顔の和に何もわかってない小蒔ちゃん。

小蒔ちゃんはそのままの小蒔ちゃんでいてくれ。

あと咲のにこりとした笑顔が無茶苦茶怖かったです。

それと対局してるときに思ったんだが……



「槓! 槓! もいっこ槓! ツモ、清一・対々・三暗刻・三槓子・赤1・嶺上開花、責任払いで32000。」

「京ちゃん、麻雀って楽しいよね。」


ってなんですか、魔法の呪文ですか。

特技欄にイオナズンとか書けちゃえるレベルの魔法ですか。

食らった相手は32000点のダメージですか。

「よかったね、今日はMP(麻雀ポイント)が足りないみたいだ。」

って言われてもMP(点棒)が足りないのはこっちのほうなんです。

ついでにMP(メンタルポイント)も削るのはやめてください死んでしまいます。

対局(東一局)が終わった後、咲がふと聞いて来た。


「そういえば京ちゃん、昨日と違って今日は私服なんだね。」


「あれは礼服というか正装みたいなもんだから年がら年中着てるわけじゃないぞ。」


「へぇ……そうなんだ。」


「何の話だじょ?」


「京ちゃんが神主さんのコスプレして東京に迎えにきたんだよ。」


「ちょっと待て、あれはコスプレじゃない。」

「万が一の場合に備えて神様を降ろすためにだな……」


「須賀君、宗教は個人の自由ですが神様を降ろすとかそんなオカルトあるわけないじゃないですか。」


「俺達全否定!?」


「巫女さんの衣装か……今度試してみるのも手じゃのう……」


ぽつりと呟く染谷先輩は商魂逞しいなと思える。

そういえば竹井さんの姿が見えない。

聞きたいことがあったんだが別に聞けなくとも問題は無いといえば無い。

和と少し話をする。




「そういえば和、俺奈良に行ったんだけど阿知賀のメンバーに会ったぞ。」


「そうですか、皆は元気でしたか?」


「まぁ色々有ったけど元気だと思うぜ。」

「ああ、あと玄さんに写メか何か送ってやってくれ、喜ぶと思うぞ。」


「そうですね、そうしておきます。」


和と差し障りのない会話をして終了。

折角和の昔の友達に会ったという話をしたのにさっくり流される。

なんと言うか和って俺に興味無さ過ぎじゃね?

いや、それがもしかしたら和なりの感性なのかもしれないが。

そこら辺を深く考えると死にたくなってくるから考えるのはやめて次の卓に入れ替わる。

咲、和、小蒔ちゃんが抜けて優希と初美さんが入り(俺はトびラス終了だったので居残りらしい。)

最後の一人をどうしようかと言う所で来訪者がやってきた。


「たのもー。」

「失礼致しますわ。」

「失礼致します。」


「すまんのう、今日は貸切なんじゃ。」


「がーんですわ、出鼻をくじかれました。」


三人ほど昨日見た面子が入ってきた。

そしてまるで合言葉をあわせるかのようなやりとり。

この人たちは何がしたくてやってきたんだ……?




「昨日ここにミサグチが来たと衣は耳にしたぞ。」


「ミサグチ? そんな人は知らんが……昨日わしは入っておらんかったからのう……」

「まぁ龍門渕さんならええじゃろ。」


「突然押しかけてしまい申し訳ありません染谷様。」


「気にしちょらんよ、それに人が多いほうがいいしのう。」


「さぁ打ちますわよ!」


龍門渕透華が奮起して今までの鬱憤を晴らそうとでも思っているのかやる気は満々だ。

その横を通り過ぎてこちらにやってきた天江衣が俺に気づいて聞いてくる。


「お? 昨日のきょーたろーとやらではないか。」


「どうも、とりあえず卓にどうぞ。」


「うむ、ところで昨日のミサグチとかいう女はどうした?」

「衣もとーかもあやつに再び見えることを願ってここに来たというのに。」


「御佐口さんなら昨日俺ん家で酒呑んでお袋と絡んでましたよ。」

「もしかしたら来てくれるかも知れませんから連絡しましょうか?」


「本当か? 是非頼む!」


「少し待っててください。」


「京太郎、無理なら無理で早めに戻ってくるのですよー。」


「京太郎、誰だか知らんがお前待ちだから早めにするんだじょー。」


「あいよー。」


後ろ向きに手をひらひらと振ってお袋に電話を掛ける。

俺は御佐口さんの連絡先を知らないからお袋を介さないといけないわけだ。

手短に用件を伝えるとあっさりと快諾された。

卓に戻ってみると何故か三人が険悪な雰囲気だった。

初美さんがこっちを見て何か訳のわからないこと聞いて来た。



「京太郎、この中で一番大人っぽいのは私ですよねー?」


「何を抜かす、きょーたろー、一番お姉さんに見えるのは衣であろう?」


「ぷぷっ、ちんまい二人が何か言ってるじょ。」

「私はこの中では一番年下だが成長率はトップだし、それに一番グラマラスボディーなのも私だじぇ!」


「ぐぬぬ……」
「むむむ……」
「がるる……」


どんぐりの背比べ。

というかくだらなさ過ぎて不毛だ。

タコスマント幼児体型(同い年)に巫女装束幼児体型(身内)に金髪幼児体型(年上)とか。

これはひでぇ、保護者になった気分だ。

適当に会話を流して打ち始める。

対局が始まると優希がぽつりぽつりと聞いてくる。


「なぁ京太郎、麻雀は好きか?」


「ん? ああ、麻雀は好きだぞ。」


「そうか……じゃあ清澄は?」


「まぁ嫌いじゃねぇな。」

「思い出も少なくはねぇし。」


「……だったら、なんで長野に戻ってこないんだじぇ?」


初美さんも天江衣も無言で牌を切った。

初美さんはちらりと俺たちを見ている。

俺はそんな視線をやりすごして優希に質問の意図を聞いた。


「……何が言いたいんだ優希?」


「京太郎はあのおっぱいお化けに唆されて鹿児島に行ったんだろ?」

「だったら戻ってくれば良いじぇ、浮気くらい大目に見てやるじょ。」


「…………」


「昨日急にのどちゃんとかに電話してたって聞いて驚いたじぇ。」

「……咲ちゃんがいなくなったって聞いたときもびっくりはしたが理由はわかってたからそこまで心配はしなかった。」

「京太郎がいなくなってからなんか張り合いがないじょ。」

「だから、長野に戻って来い、京太郎。」


「……浮付いた気持ちじゃなくて本気だって言ったらどうする?」




優希をまっすぐ見据えて言い放つ。

言葉を受けた優希の視線が揺れるのが見て取れた。

初美さんは黙りこくって視線を下げたままだ。

しばらく沈黙が流れる。

その沈黙を破ったのは天江衣だった。


「海底自摸、1300・2600。」

「……片岡とか言ったか、自分の言葉で素直に言わなければ相手に伝わらないぞ。」


天江衣の言葉を受けた優希と初美さんが牌を伏せた。

一体二人の手牌はどういう状況になっていたのだろうか。

天江衣の言葉の意図や手牌がわかるのは二人だけだろうから意味はないけど。

黙々と打っている内に終局した。

それから少しすると店の戸が開く。


「お邪魔するわ。」


「お祭りの会場はここかしら~?」


御佐口さんとお袋がやって来た。

染谷先輩が何か言おうとしたのを手で制して御佐口さんを迎えにいく。

龍門渕透華と天江衣の目の色が変わったのを感じた。


「すみません御佐口さん、急に御呼び立てしてしまって。」


「いいのよ~、京太郎ちゃんの為なら飛んできちゃうから~。」


「長野限定だけど本当にくるのよね……それより京太郎、これ。」


「? 浄衣? なんでまた……」


「あんたのは父さんのお古でぼろぼろだったから新しいの頼んだのよ。」

「蘇宗さんに感謝しな。」


「わざわざありがとうございます。」


「いいのよ~家で余ってたの浪ちゃんに渡しただけだから~。」


御佐口さんがそういうとフラフラと歩いていく。

お袋が浄衣を寄越してきながら御佐口さんを眺めてこう言った。


「袖、通しておきなさい。」

「私は蘇宗さんを見ておくから。」


「わかった。」




お袋に返事すると染谷先輩に許可を貰って更衣室で着替えた。

普通の白小袖に白の奴袴(差袴)と浄衣、それと立烏帽子も入っていた。

多分お袋がやってくれたのだろうが浄衣は通常のとは違って動きやすいように袖などが小さく調整されてある。

手早く着替えて立烏帽子を懐に入れて店内に戻ると不穏な空気が漂っている。

俺が丁度目にしたのはふらふらと御佐口さんが執事のハギヨシさんにちょっかい掛けているところだった。

ものすごく嫌な感じがする……


「あらあら~昨日のイケメン執事さんだわ~。」


「昨日は御迷惑をお掛けしました。」


「ああ、もう……蘇宗さん、一般の人を毒牙に掛けないでください。」


「あらやだ~、私は浪ちゃんと違って毒なんて持ってないわよ~。」


お袋が御佐口ワールド全開の御佐口さんを止めに行った。

御佐口さんは相変わらずマイペースだな……

その内何か話しかけたそうにしている龍門渕透華と天江衣を他所にお袋と御佐口さんの喋っていた。

若干二人のボルテージが上がっているのでこのままではやばいと思い、とりあえずその場凌ぎの提案を出した。


「あら~京太郎ちゃん着替えてきたのね~、似合ってるわ~。」


「御佐口さん、折角来たんだし麻雀でもどうですか?」


「ん~? それも良いかも知れないわね~……浪ちゃんも打ちましょうよ~。」


「いいですよ、久しぶりに蘇宗さんと打てるなんて嬉しいです。」


御佐口さんとお袋の間に火花が散ってるようにも見える。

というかお袋麻雀打てるのかよ。

もしかしてたまに俺の部屋の麻雀牌が使われた形跡があったのってお袋の仕業か。

そんな時、お袋を見た和がこっちにやってきて声を掛ける。




「三隅先生? どうしてこちらへ?」


「あら和ちゃん、こっちには付き合いで来たのよ。」


「二人とも知り合いなのか?」


「ええ、うちの教室(女性用護身術)の生徒よ。」


「和って護身術やってたのか、意外だな。」


「ええ、近頃物騒だからと父の奨めで……他には東横さんも三隅先生の下で習っているんですよ。」


「へぇ……でもなんで三隅を名乗ってるんだ?」


「流派が三隅だからよ。」


「あの……須賀君と三隅先生はお知り合いなんですね。」


隠すようなことではないが母親が来てるのは男子としてはちょっと小恥ずかしいもので、何となく言うのが躊躇われた。

というかなんでここで食いついた……さっき話したときは興味無さ気だったじゃん……

あれか? 話題の問題だったのか?

俺が言うか言うまいか迷っているそんなときにベストタイミングで現れたのが咲だった。


「おばさん、来てたんですね。」


「ええ、咲ちゃんの方は上手く行ってる?」


「えへへ、そこそこ、かも?」


「やるなら上手いことやりなさいね。」


お袋と咲にしかわからない会話。

多分咲がわざわざ人を集めてこんなことをしたのもお袋に何か言われたからだろうけど俺には見当がつかない。

和の表情が困惑していた、今にも頭の上に疑問符が出てきそうだ。


「あの、咲さんも三隅先生の知り合いなんですね。」


「三隅先生? 誰のこと?」


「私のことよ。」


「はい、私が通っている護身術の先生で……でも咲さんなんで名前を知らないんですか?」


「え、だっていつも須賀だったから……」


「はい?」


「和ちゃん、そこに突っ立っている朴念仁、それうちの馬鹿息子。」


「へ? 三隅先生、須賀君のお母様なんですか!?」





和の頭が状況に追いついていないようだったが御佐口さんが口を出してきた。


「ねえ浪ちゃん~そろそろ打たないかしら~?」


「蘇宗さん待たせるのも悪いからまた後でね、和ちゃん。」


「は、はい。」


どうやら待ち兼ねた御佐口さんが退屈になって口を出してきたようだ。

和を他所においてお袋と御佐口さんが卓に座る。

座った二人がお互いの目を見て話し始めた。


「そういえば浪ちゃん、久しぶりすぎて麻雀の腕錆付いたなんてことはないわよね~?」


「まさか、蘇宗さんこそ若返りすぎて打ち方まで忘れたなんて言わないですよね?」


「「…………おほほほほ。」」


お袋も御佐口さんも笑顔だが目が怖い。

俺やだよ、こんな卓に入りたくねえよ……

誰か早く入れよ……

突如二人がこっちを見る。

お袋が口を開いて俺や初美さんに怒る時のような口調で言った。





「京太郎、入りな。」


「……マジで?」


「京太郎ちゃ~ん、おねが~い。」


直々の御指名入りましたー、京太郎、逝っきまーす。

燃え上がって燃え上がって燃え上がって焼き鳥。

そんな未来が見えます。

だが麻雀は本来4人で打つもの。

つまりあと一人は犠牲者を募らなきゃ行けないわけだ。

誰か俺と一緒に心中してくれる心の優しい仲間がほしい。

そんな意を汲み取ってくれたのか一人の勇者が現れる。


「その卓、衣が入る!」


「天江さん……!」


「衣で良いぞきょーたろー。」

「そもそも呼んでくれときょーたろーに頼んだのは衣だ。」

「衣の蒔いた種だ、衣が引き受けるのが筋だろう。」


その責任感は立派だと思います……でも衣さん、蛮勇と勇気は違います。

お袋の腕は知らないけど御佐口さんの腕は昨日打ったからわかる。

御佐口さんは腕の立つ打ち手だ、力量がオカルトと言っても良いくらいの。

というよりオカルトそのものだろうけど。

お袋と御佐口さんにギャラリーが集まる。

二人が自摸って切るたびに固唾を飲むのがわかる。

誰か何が起きているのか教えてくれ……

終局した後聞いたのだが、敵の見に回った龍門渕さん曰く……




「御佐口さんは一見デジタル打ちに見えますが恐ろしく勘が良い方ですわ。」

「相手方(対面)に対して当たり牌を掴むと即座に手変わりをしていました。」

「それも気配も感じさせない上に最短で。」

「状況によってはデジタル打ち、感覚打ち、オカルトを打ち分ける多彩さですわ。」


お袋の方は染谷先輩から聞いたのだが、染谷先輩曰く……


「お前さんのお袋さんは一言で言うならハンターじゃな。」

「しかも罠をはった所に追い立てるように、そして自分自身が罠になったように待つ。」

「まるで蛇が獲物を自分の懐に入ってくるように仕向ける感じじゃけぇ。」

「更にわしの印象で言うなら自分の武器にきっちり毒を塗っておく感じじゃな。」

「……タイプで言うなら久や鶴賀の大将をえげつなくした感じかのう。」


時系列は戻って東三局。

俺と衣さんはお袋と御佐口さんのツモ和了りで削られていた。

衣さんの場の支配が効いていないわけじゃない。

現に俺は一向聴から動けてない訳だ。

その中を悠々と泳ぐ二人が異常なんであって決して衣さんが強くないわけじゃない。

攻めても攻めても攻めきれない、それでも衣さんは果敢に攻め入っていく。


「立直だ!」


衣さんが10巡目で牌を曲げた。

何でこの人はわざわざ藪を突くのだろうか……

一方俺はというと蛇に睨まれた蛙の様に動けないでいた。

御佐口さんがその紅くて温度を感じさせない瞳をお袋から離さないまま口を開く。





「ねぇ京太郎ちゃん~、縁って不思議よね~。」

「複雑に絡み合ってるから何処と何処が繋がってるかなんてわからないのよ~。」

「京太郎ちゃんもそういう経験したことない~?」


「……ここ最近はあり過ぎてびっくりするくらいですよ。」


今までの出会いを掘り返す。

最初は鹿児島の縁。

霞さんが清澄にやってきた。

過去の縁が俺の元にやってきた。

次は親父の縁。

仇敵と対峙し、親父の言伝を受けてきた。

その次は良子さんが繋げた縁。

姫松と千里山に行き、春はインターハイの縁を、俺は新たな縁を繋いだ。

その次の縁は和と縁が有った阿知賀。

そこでも俺は縁を繋いだ、そしてそこでは和の縁と繋がっていた。

五番目の縁、咲の縁。

宮永咲と宮永照の縁。

俺は今まで繋いだ縁を使い、そこを抜けて二人を迎えにいった。

そして今繋いだ縁。

お袋と御佐口さんを繋ぐ縁。

お袋と和を繋ぐ縁。

御佐口さんと龍門渕の縁。

俺と衣さんを繋いでしまった縁。

複雑に絡み合って方々に拡がっていく。

そこには全て神様との縁があった。

御佐口さんが突然変なことを言い出す。


「京太郎ちゃん~、貴方がその気なら私と浪ちゃんを倒せるはずよ~。」

「こっちのお嬢ちゃんは倒せなくても私たちは倒せるはずなのよね~」


「またまたご冗談を。」

「衣さんにも一矢報えない俺が二人に勝てるわけ無いじゃないですか。」


「あら~、相性の問題よ~、所謂じゃんけんみたいな三竦みってやつ~。」






その気ってことは神様を降ろせば衣さんには勝てなくとも二人に勝てるってことか……?

そんな感じには思えないけど確かに俺たちが祀っている神様は強力だ。

でも御佐口さんの言葉が含んでいるのはそれだけではない気がする。

考えている内に巡目は進む。

お袋たちは相手が振り込まないと察しているのかツモ合戦をしていた。

御佐口さんが聴牌したのを感じたのかお袋が鳴いて巡目をずらす。

御佐口さんはすぐにそれに対応して別の和了り目に手をつけた。

次はお袋が和了り目が見えたのか御佐口さんが鳴いて邪魔をする。

お互いの当たり牌と当たり牌の場所がわからないと出来ない芸当だ。

多分だが二人ともすごく勘がいいのだろう。

衣さんがまた仕掛ける。

多分相当楽しんでいるのか力の限りの立直を放った。


「立直だ!」

「二人ばかり楽しみおって……いつだったか覚えていないがあいつの言葉を借りるとしよう……」

「そろそろ衣も混ぜてもらおうか。」


御佐口さんの口角が吊り上がる。

二人がお互いを探り合うのと衣さんが出した気配に目を回した俺はその時にぷっつりと意識を無くした。






現実で俺が意識を無くしたその間、見たものがある。

真っ暗な空間に卓が一つ。

それを囲むお袋と御佐口さん。

対面には衣さんがいるがさらにその後ろにまだ誰かいる。

その誰かの特徴を挙げると。

豪奢な髪飾り。

黒と白を基調とした衣服。

男とも女とも判別がつかない端正な顔立ち。

何も喋らないがただ衣さんの後ろでこちらを見つめている。

そして俺の後ろにも誰かいた。

俺の家の御祭神だった。

家の御祭神は先程の衣さんの後ろに付いている誰かを見ている。


お袋は御佐口さんを見て、御佐口さんはお袋を見て。

御祭神は『誰か』を見て、『誰か』は御祭神を見て。

そして俺と衣さんは卓を見つめている。

御祭神が『誰か』に向かって言う。


『兄上、久方振りです。』


家の御祭神が兄上と呼んだ『誰か』は何も言わずこちらを見ている。


『兄上には前から謝って置きたい事があった。』

『兄上は夜の食国(おすくに)を治めていたのに俺が抜けたせいで滄海原(あおのうなばら)まで治めさせてしまった。』

『俺は父上の言付けを守らず母上に会いに行き、兄上にまで負担を掛けてしまった。』

『申し訳ないと思っている。』


家の御祭神が言い終わると兄上と呼ばれた『誰か』はこちらに向かって首を振った。

『そんなことはない。』という意味なのだろうか。

家の御祭神曰く『月の満ち欠けと塩の満ち引きが一緒に起こるのは兄上が二つとも司っているからだ。』と言っていた。


『そうだ兄上、姉上が「偶にはそちらから顔を見せに来い。」と言っていたぞ。』


『誰か』が首肯した。

『誰か』が姉上とやらに昼間会いに行くとすれば、きっと地球では日食が起きるだろう。

姉弟が次に会う日はいつになることやら。

俺が意識を失っていた間見聞きしたのはここまでだった。

次の瞬間には俺は現実に戻って卓で打っていた。

御佐口さんが声を掛けてきた。





「京太郎ちゃん~、二人で何を話していたかは知らないけどあんまり現を抜かされると私たち拗ねちゃうわよ~?」


「……ああ、すみません。」


やはり御佐口さんは気付いていた。

話していたことはわかっているが内容まではわからないみたいだが。

ということは卓が同じだったお袋も何か感じ取っているのか?

だがお袋を見てもポーカーフェイスなせいか何も窺えない。

急に御佐口さんが声を上げた。


「ツモ~、タンピンドラで2600オールよ~。」

「今日はこれでおしまい~。」


御佐口さんの和了り止め宣言。

どうやら俺が意識を失っている間にオーラスになっていたようだ。

お袋がぽつりと呟く。


「届かなかったわね。」


「あら~一歩間違えたら浪ちゃんがトップだったかもしれないわね~。」


御佐口さんがトップ、それに続いてお袋が二位。

衣さんが三位で俺がラスだった。

持ち点を見てみると意識を失っている間に健闘していたみたいで点差は縮まっていた。


「ん~……今日はこれくらいにしておこうかしら~?」


「そうね……蘇宗さんをこれ以上ここに居させたら何が起きるかわからないし、そろそろお暇しようかしら。」


「え? さっき来たばかりですわよ?」

「というよりもあんな闘牌見せられたら、わたくしだってお二方と打ちたいですわ!」


「透華ちゃんごめんね~、浪ちゃんに怒られるから帰るわ~。」


「ぐぬぬ……折角のリベンジがぁ……」


「まぁまぁ、ここには他にも打つ面子はいますよ、お袋と打ちたいなら家にくれば打てると思うので。」


「そういうことなら……今日は我慢しますわ……」


一時的にでも龍門渕さんの矛先が逸れてよかった。

あのまま御佐口さんが居たら何が起こっても不思議ではない。

お袋と御佐口さんを見送った後、龍門渕さんが麻雀で暴れているのを横目にカウンターで飲み物を飲んでいた。

ストンと隣に衣さんが座る。






「さっきの闘牌はなかなかに楽しかったぞ。」


「そう言われると御佐口さんを呼んだ甲斐があります。」


「それもそうだが衣が言いたいのはきょーたろーと打ててよかったということだ。」

「途中きょーたろーから妙な気配がしてからは打ち筋が変わったな。」

「それと同時に何者かに見守られてる感触も在ったが。」

「恐らくだがあれはきょーたろーの力の一種なのだろう?」


「まぁ、ある意味そうですかね。」


「またきょーたろーやミサグチ、そしてきょーたろーの母君と打ちたいな……今度はとーかも一緒に。」


「機会があれば打てますよ、それまでには俺も練習して腕を上げないといけないな。」


今から練習して追いつけるかどうかはわからないがしておこう。

衣さんの満足そうな笑顔は見ていて飽きない。


「期待してるぞ、それからきょーたろーには借りが出来た、何かあったら衣に言え。」


「衣さんはやさしいですね、俺は大した事していないのに。」


「衣ときょーたろーは魂の同胞だからな。」

「……一応言っておくがきょーたろーが弟だからな?」


「わかってますよ、『衣お姉さん。』」


「『衣お姉さん』……何と甘美な響きだろうか……」


衣さんの顔がすごくにやにやと締まりの無い顔をしている。

どうやら何か変なスイッチを押してしまったようだ。


「うむ、きょーたろーにはまた今度、そう呼んで貰うとするか。」

「それでは衣はこの辺りで失敬するぞ、純とハギヨシがご馳走を作ってくれてるはずだからな。」

「ハギヨシ。」


「はい、ここに。」


「衣は帰る、とーかも連れて夕餉を取りに戻るぞ。」


「畏まりました。」


ハギヨシさんがそういうと何時の間にか外に停めてあった車に衣さん達を乗せて帰っていった。

あれ? ずっとハギヨシさんここに居たよな? しかも衣さんが言うにはご馳走を作ってくれてるって……

確かにちょくちょく消えてたけど……ここからあの家まで結構あるぞ?

もしかしたら今回一番の人外はハギヨシさんなんじゃなかろうか……

御佐口さんより人外とか……やっぱり執事ってすげぇわ。





それから少し間が空いて今は染谷先輩が奥に引っ込んでて、卓には和・咲・小蒔ちゃん・初美さんが着いている。

手持ち無沙汰な優希が俺の方に突っ込んできた。


「どーん!」


「だからあぶねえって。」


「連れない事言うなよダーリン!」


「誰がダーリンだ、誰が。」


優希が俺の体から離れて隣の椅子に座る。

やけに店内が静かだ。

カウンター側を見ながら優希のお喋りに付き合う。

横目でちらりと覗いたがその顔付きは神妙だった。


「なぁ京太郎、これからどうするんだじょ?」

「長野に残るのか? それとも鹿児島に行くのか?」


「ん~、まだわからん……一旦は鹿児島に戻るとは思うけどその後長野に来るかどうかは決めてねぇな。」

「でも多分だが鹿児島に戻ったら長野に来れないかもしれないな。」


「そうか、もしかしたらこれで最後かもしれないんだな……」


「そうかもな……」


優希が何か考えている素振りしたかと思ったら大きく息を吸って満面の笑顔でこう言った。


「愛してるじぇ! ダーリン!」


牌山が崩れる音がした。

恐らく俺と同様にビックリした人間が居るのだろう。

誰だってさっきまで水を打ったような静けさの中であんな大声を出されたらビックリするだろう、俺だってビックリしている。

でも多分こいつなりの精一杯の告白だったんだろうな。

だから俺も精一杯の返事をする。




「ありがとう……それでもってごめんな、優希。」


こんな俺を好きになってくれた感謝の気持ちとそれに応えられない謝罪を述べた。

返事をした時、一瞬時間が停まったようにも感じた。

そして停まった時間を再び動かしたのは優希の言葉だった。


「なーにマジに返してるんだじょ!?」


まるでからかってやったのだと言わんばかりの口調で俺の背中をバシバシと叩いて来た。

だが優希の表情は苦笑いのままだった。

俺も無理矢理笑顔を作って応対する。


「だろうと思ったぜ。」


時間がぎこちなくも動いていく。

それと同時に和の声が店内に響いた。


「ロン、11600。」

「私のトップですね。」


どうやら卓の方が終わったようだ。

それに気付いた優希が卓の方に走っていく。


「次は私も入れろー!」


「じゃあ、私が抜けるね。」


そういうと咲は席から立ち上がり、優希を代わりに座らせてから俺の方に寄ってきた。

咲が俺の隣に座って聞いてくる。

俺と咲は二人して卓の方に体を向けていた。


「京ちゃん、今日はどうだった?」


「……楽しかったよ。」


「そう、よかったー。」

「昨日は京ちゃんが何をしたら喜ぶか考えたんだから。」


咲が明るい声で話す。

何か無理しているようにも感じる。

きっと無理しているんだろう。


「なんじゃあ、やけに静かじゃと思ったらいつもうるさい優希が騒いでおらんのか。」


「ひどいじょ染谷先輩! 私だってお淑やかなときだってあるじぇ!」


「おおすまんすまん。」





染谷先輩が戻ってきた。

染谷先輩の軽口で場の雰囲気が軽くなる。

それを見て咲が俺の目を見て話す。


「ねぇ京ちゃん、ちょっと付き合ってもらっていいかな?」


「……あいよ。」


さっきから俺を見てそわそわと落ち着きのない小蒔ちゃんを尻目に咲と一緒に店外に出た。

咲がのんびり前を歩いていく。

そして俺は咲の少し後ろを付いて行く。

いつもとは逆だ。


「ねぇ京ちゃん。」


「なんだよ咲。」


「私京ちゃんに感謝してるんだ。」

「私に再び麻雀する切っ掛けをくれたこと。」


「きっと咲は俺が誘わなくても麻雀やってたんじゃねぇの?」


「確かにそうかもしれない、でもそうじゃないかもしれない。」

「それに、それだけじゃないよ?」

「あの時、初めて会ったとき、助けてくれてありがとう。」


「あんなもん、誰だって助けるだろ。」


「そうかな? でも助けてくれたのは京ちゃんだよね。」


咲は笑いながら思い出を掘り返す。

あたかも昔を懐かしむように。

咲がまだ続ける。




「中学の時、友達のいない私と一緒に居てくれてありがとう。」


「あのときはお前が勝手についてきただけだ、俺は何もしちゃいないぞ?」


「あれ、そうだっけ? でも京ちゃん、私を遠ざけようとはしなかったよね。」


「気にならなかったからな。」


「それと……」

「私と友達でいてくれてありがとう。」


「……お礼を言われるほどのことじゃねぇよ。」


「京ちゃんにとっては大した事なくても、私にはすっごく救われたことなんだよ。」

「多分今の私がいるのは京ちゃんのおかげ。」


「そうか……」


次々と咲にお礼を言われる。

だけどな、咲……感謝してるのはこっちもなんだ。

お礼を言いたいのは俺の方なんだ。

一緒にいてくれて、救われたのは俺の方なんだ……

咲はいつも一緒にいてくれた。

俺の荒んだ心を、本家への恨みを忘れさせてくれた。

俺の閉ざされた心を開いてくれた。


「昔の事、話してばかりだね。」

「でもね、京ちゃんにどうしても伝えたかったんだ……」

「『ありがとう』って。」


もし俺があのままなら、不良になっていたかもしれない。

もし俺が咲と出会わなかったら、荒んでいたかもしれない。

本当に救われていたのは俺の方なんだよ、咲。


「ああ……俺も伝えたかった。」

「咲……『ありがとう。』」


だから咲には感謝してる。

俺が本来の俺らしく在れたのは、俺らしさを取り戻せたのは間違いなく咲のおかげだ。


「ううん、こちらこそ、どういたしまして。」






しばらく沈黙が続く。

もうだいぶ歩いて来た。

近くには川と橋が隣接してる原っぱがあった。

ここはよく咲が本を読んでいた場所だ。

その原っぱに咲は入り込んで行く。


「ねぇ京ちゃん……小蒔さんと、私たちの前の京ちゃんはどっちが本当の京ちゃんなの?」


咲が真摯な眼差しで俺を見てきた。

透き通った真っ直ぐな目。

吸い込まれそうな目。

嘘を吐く事すら憚られる目。

俺は応えた、嘘を含まない答えを。


「多分、どっちも俺だよ。」


咲と他愛の無い会話をする俺も。

優希とくだらない揶揄い合いをする俺も。

和を見て鼻の下を伸ばす俺も。

竹井さんに揶揄われてあたふたする俺も。

染谷先輩の何気ない優しさが嬉しかった俺も。

良子さんと一緒に稽古をしていた俺も。

霞さんに世話になって深い約束した俺も。

誰かと一緒になって巴さんを揶揄う俺も。

兄妹同然に一緒に育った春と肩を並べた俺も。

初美さんと一緒になって悪戯していた俺も。

小蒔ちゃんを守りたいと思った俺も。

全部、俺だ。


長野の俺も俺だ。

鹿児島での俺も俺だ。

どっちが仮面とか偽りとかじゃないんだ。

きっとどっちも俺なんだ。

また咲が口を開く。



「ねぇ、京ちゃん、私と小蒔さんって似てる?」


「いや……咲は咲だろ。」

「どっちも放っておけないけどな。」


なんで咲がそれを聞いたのかはわからないが思った事を口にした。

何故か仄かに嬉しそうな、そして悲しそうな笑みで咲は応える。


「そうだね、小蒔さんって何か応援したくなるし、それに私から見ても放っておけないもんね。」


今度は俺が聞く番だ。

今日の催しを開いた理由。


「なぁ、咲……今日清澄が集まったのって……」


「京ちゃんのおばさんに聞いたんだ。」

「『このままだときっと京太郎は長野に残らない。』」

「『だから止めるなら今が最後のチャンスよ。』って。」

「京ちゃんが昔の事を思い出して懐かしめば残るかなとも思ったんだけど……」


「じゃあ、小蒔ちゃんや初美さんも誘うようにしたのは……」


「小蒔さんの前で正々堂々京ちゃんにアプローチしたかった……」

「ていうのは建前、だね……」

「本当は京ちゃんだけじゃなくて小蒔さんにも諦めて貰わないといけなかったからだよ……」


「そっか……」


「ねぇ、京ちゃん……」





咲が重々しく問いかけてくる。

きっと、咲が本当に聞きたかった核心を突いてくる。


「京ちゃん……長野には残らないの?」


「ああ。」


「……私が京ちゃんのこと好きだって言っても?」


「……ああ。」


「そっか。」


原っぱの草が風で靡いている。

まるで細波の様に喚き立っていた。

先程まで微かにだが鳴いていた虫の声が聞こえない。

この世界には俺たち二人しかいない、そんな錯覚に陥る。


「どうしてか聞いて良い?」


わかっていた。

聞かれるとわかっていたけど、動揺してしまう。

だけど咲が聞いたなら、俺は応えなくちゃいけない。


「俺は……神代の守人だから。」


俺の精一杯の答え。

咲に言える答え。

中途半端な、答え。





だけど咲は満足しなかった。

この答えでは足りなかった。

だから咲は叫んだ。


「……京ちゃん、もっと本音で言ってよ。」

「本気で私を振ってよ!」

「ちゃんと私を諦めさせてよ!」

「じゃないと……じゃないと私……」


俺が臆病者だから、はっきりとした拒絶が出来なかった。

俺は臆病者だから、大切な親友を傷付けるのが怖かった。

俺が臆病者だから、救ってくれた恩人を突き放せなかった。

だから今、そのツケを清算しなくてはいけない。

俺は、搾り出すようにして声を出した。

噛まない様に、咲にはっきり聞こえるように。


「わかった……俺は……須賀京太郎は……」

「神代小蒔が好きです。」

「だから咲、お前とは付き合えない。」

「長野にも、残らない。」


「うん……ありがとう、京ちゃん……」


咲の声が震えていた。

咲は俯いたまま土手の斜面を登っていく。

少し足取りが危なかった。

だから思わず言ってしまった。


「咲、大丈夫か? 送っていくか?」


「ばーか、私一人でも大丈夫だよーだ。」


振り返った咲の作った笑顔が俺の胸に刺さる。

きっとこれは中途半端な俺への罰なんだ。

これでさよならだな……

もう一人のお姫様……




「大丈夫ですか、咲さん?」

「よう咲ちゃん、失恋か?」


「優希ちゃん、和ちゃん……」

「うん……振られちゃった。」


「そっか、実は私もだじぇ。」

「京太郎を好きな気持ち……負けるつもりは無かったんだがなぁ……」


「私も……京ちゃんとは付き合いが長かったから……負けないつもりでいた……」

「でも……付き合いの長さも、そして気持ちでも勝てなかった……」

「京ちゃんが神主さんの格好をした時……『長野に戻る』じゃなくて『長野に来れる』って言った時……」

「京ちゃんの中ではもう決まってたんだね……」


「大丈夫ですよ、世の中には須賀君よりいい人が一杯居ますから、良い出会いがあります。」


「……そうだ、これからタコスを自棄食いしに行くんだけど、一緒にどうだ?」


「私は勿論付き合いますよ、二人の親友として。」


「うん、ありがとうね、優希ちゃん、和ちゃん。」



俺が店に戻ろうとすると、橋柱の近くに人影が見えた。

橋柱の裏を見てみると、そこにはしゃがみ込んで震えながら涙を流す小蒔ちゃんと。

小蒔ちゃんの右手を握ったまま気まずそうな表情をする初美さんがいた。

なんだ、追って来たのか。

ということはもしかしたら咲とのやり取りを聞かれていたのか……

小蒔ちゃんが一言「ごめんなさい。」と言い、ごしごしと装束の袖で涙を拭う。


「『一緒に帰ろうか』、小蒔ちゃん。」


一言そう言って小蒔ちゃんの空いてる手を握った。

家に帰る途中、小蒔ちゃんは俺の手をギュッと握っていた、多分初美さん側の手もそうだろう。

小蒔ちゃんはぽろぽろと涙を流す。

まるで大きな子供だ。





家に着いて小蒔ちゃんを休ませたら電話を掛ける。

染谷先輩の所だ。


「染谷先輩ですか? 須賀です。」

『おお、京太郎か。』

「すみません、勝手に帰っちゃって。」

『ええんじゃ、わしらがした事や京太郎にしてもらったことを考えるとな。』

『むしろこっちの方が頭を下げんといかんじゃろ。』

「いえ、そんなことは……」

「そういえば優希や和は?」

『仲良く帰っとったぞ。』

『……のう、京太郎。』

「はい。」

『困ったことがあったらいつでも言いんさい、わしはお前の味方じゃけぇ。』

『それから……辛い時は辛いと言え。』

『京太郎の仲間じゃ、きっと助けてくれるじゃろう。』

「……はい。」

「……ありがとうございます。」


すこし、少しだけだが、染谷先輩の言葉が心に沁みた。

染谷先輩は今でも尊敬してる人の一人だ。

俺が辛い時に発破を掛けてくれた先輩には感謝してもしきれない。


『ま、わしからはそんくらいじゃけぇ。』

『お前さんはお前さんで頑張れ。』

「はい。」


涙腺が緩む前に後日改めてお礼を言うことにして電話を切った。



居間に戻ると真剣な表情をした小蒔ちゃんが待っていた。

隣には居心地の悪そうな初美さんとその向かいには落ち着き払ったお袋も居た。


「どうしたんだ、みんなして?」


「京太郎君とおば様にお話があります。」


小蒔ちゃんがしっかりとした口調で話す。

どうやら相当重要なことみたいだ。

だがお袋が話を遮る。


「その前に三隅に伝わる昔話をしてもいいかしら? 小蒔ちゃんの話はその後じっくり考えてね。」


いきなりなんだと思った、お袋が昔話をするなんて珍しいし、そもそも三隅の話なら俺は嫌というほど聞いてる。

何しろ「自分の家のことくらいは知っておかなければいけない。」とお袋から聞かされていたからだ。

だがこれからお袋が話すことは聞いたことが無かった話だった。



「昔、子供の出来ない夫婦が居ました。」

「困ったその夫婦は神様にお祈りをしたらやがて子宝が恵まれました。」

「生まれてきたのは双子の姉妹で片方は病弱で、もう片方は健やかに育ちました。」

「双子の姉妹は仲がよく、美人でしたが18歳の時、片方が生贄にならないといけませんでした。」

「結果として片方の姉は男と結婚して子供を産み。」

「もう片方の病弱な妹は生贄となって霧島山にある湖に沈められ、そのあとは大きな蛇となりお姫様を狙うようになりました。」

「御終い。」



「どう? この話に何か感じた?」


初美さんは何か気付いたようだ。

小蒔ちゃんも何か思うことがあるようだ。

俺も記憶の中を掘り返して考えてみる。

お袋の話の骨子自体は鹿児島では有名な話だったはずだ。

だが、あまり覚えていないが民話となった『大蛇になった女』の話は確か双子では無かった。

つまり何らかの意味がある。

ここで小蒔ちゃんの親父さんに聞かされた話を思い出す。

本家の爺達が比較的若い頃に呪詛をやった話。

その呪詛で大蛇を作った話。

じゃあ呪詛で媒介や形代にしたのは何なのか?

多分、お袋が指しているのはそういうことだろう。

もしかしたら、俺は身内を討ったのかもしれない。

ふと、蛇女房という話も思い出した。

俺が討った大蛇の顔を思い出す。

その顔は隻眼となりながらも尚、恨みを晴らそうとしていた。

やはりあの大蛇にも家族がいたのだろうか……

そして大蛇の片目は何処に行ったのだろうか……

突如、小蒔ちゃんが話し始める。



「例えどんな昔話を聞いたとしても私の気持ちに変わりはありません。」


「そう、なら小蒔ちゃんの話を聞きましょうか。」

「……初美ちゃんはここで待っててくれないかしら?」


「……おばさんに言われなくてもわかってるのですよー。」


「ごめんなさい、初美ちゃん……」


「気にしないでいいのですよー、それよりも姫様はきちんと二人に伝えるのですよー。」


「はい!」


初美さんを残して俺とお袋と小蒔ちゃんが別室に移る。

戸を閉め、お袋が座るとそれに倣って俺たちも座った。


「それで……小蒔ちゃんの話って何?」

「一応察してはいるけど小蒔ちゃんの口から直接聞きたいわ。」


「はい。」

「私は、京太郎君のことをお慕いしております。」

「なので、おば様にはお付き合いを認めていただきたいのです。」


素直に嬉しい事を言われた。

小蒔ちゃんがこういう行動に移ったのは多分、咲とのやり取りを目にしていたからだと思うが……

小蒔ちゃんとも付き合いは長いし何となく考えてることはわかるけども。

それでも直接口にしてもらえるのは嬉しい。

お袋が返答する。


「付き合うのは本人同士の問題だと思うのだけれど?」


「そうかもしれません……でも、婚姻を前提にお付き合いをしたいので。」


流石小蒔ちゃん、今時の女の子にしては何とも古風でお堅いことか。

そこに俺も口添えする、鹿児島で行った事についてだ。


「お袋、実は俺たちあっちで婚礼の儀をして縁結びしたんだ。」


「……はぁ?」


「大蛇と戦う前に形だけなんだけど神前で婚礼を挙げた。」

「しかも霧島の人達の前で。」


「……はぁ、なるほどね……あんたが生きて帰れた理由がわかった。」

「というかそれだとほぼ事後報告じゃないの……」


「すみません……」
「悪い。」


俺たち二人はお袋に謝っていた。

お袋が再度口を開く。


「でも、小蒔ちゃんが改めてそういうことを伝えてきたってことは何かしら思うことがあったのよね?」

「聞かせてもらえる?」




「……はい。」

「私と京太郎君は婚礼を挙げたものの、それは形だけの上に成り行きのものでした……」

「ですから……きちんとお伝えしたかったのです。」

「もう……もう待つだけなのは嫌ですから……」


小蒔ちゃんが膝の上に置いた手をギュッと握って拳を作る。

小蒔ちゃんの今までの不安を表しているかのようだ。

俺には何も言えなかった。

今まで何度か小蒔ちゃんを不安にさせるようなことをしてきたからだ。

一度目は10歳の頃。

二度目は大蛇退治の時。

三度目は俺が鹿児島を再び離れて奈良などを回ったこと。

俺が神代の守人として守るのは物理的なことや霊的なことだけではいけないのを悟った。

いや、『再認識した』の方がより正しいのだろう。

これからは今まで疎かにした分だけ小蒔ちゃんの支えになってあげよう。

少しの沈黙の後、お袋が口を開いた。

それは鉛のように重い問いだった。



「一ついいかしら。」

「小蒔ちゃん……貴女と共に附いて回る霧島の神紋、十六八重菊……」

「菊花紋の重さはそんなに軽くないわよ。」

「必ず、権力というものには附いて回る物がある。」

「貴女はそのしがらみに耐えられる?」


「今、お父様が中から変えようとしています。」

「もしそれでも変わらないなら私の代で変えてみせます。」

「誰も犠牲にならなくていい場所にしてみせます。」


その答えには小蒔ちゃんの確固たる意思が感じられた。

お袋が答えを聞いて安堵したようだ。

恐らく小蒔ちゃんの答えに満足したのだろう。


「そう……もし「大丈夫です」なんて無責任な事を言っていたらいくら小蒔ちゃんでも放り出していたわ。」

「だから認めてあげる、あんたたち二人のこと。」


「ありがとう、お袋。」
「ありがとうございます。」


「あとそれと……あんたたちこっちでも神前で婚礼をしなさい。」


「なんでまた……」


「息子の結婚式に呼ばれなかった母親の気持ちを考えなさいよ。」


「……悪かったって。」

「それよりも式の道具と人はどうするんだよ?」


俺の質問を聞くとお袋は箪笥からなにやら取り出し始めた。

出した物を小蒔ちゃんの前に置いてお袋が一言聞いた。


「小蒔ちゃん、私のお古で悪いんだけどこの白無垢着てくれる?」


「はい。」


「ありがとうね、小蒔ちゃん。」


小蒔ちゃんは快く引き受けた。





そのあとお袋はスッと立ち上がって音も鳴く戸に手を掛けて勢いよく開ける。

そこには盗み聞きしていたであろう初美さんが間抜けな格好をして固まっていた。


「初美ちゃん、話は聞いていたわね?」


「こ、これは魔が差したというか悪気は無かったんですよー……」


「じゃあ初美ちゃん、明日からしっかり手伝ってもらうわよ。」


「……はい。」


初美さんが明らかに余計な事をしたという表情してがっくりと項垂れる。

まさか扱き使われるとは思ってなかったのだろう。

翌日から準備が始まったが俺は何もすることが無かったのでフラフラしていた。

そういえば染谷先輩に改めて御礼をしようと思っていたので寄ってみる。

店の戸を開けるとそこには染谷先輩と竹井さんが居た。


「いらっしゃいま……おお、京太郎か。」


「染谷先輩に改めてお礼が言いたくて来ちゃいました。」


「そんなことわざわざせんでもええじゃろうに。」

「少しまっとれ、今コーヒー淹れてくるけぇ。」


「ありがとうございます。」


そう言ってカウンターの席に座る。

竹井さんの隣だ。

竹井さんがコーヒーを啜る。

俺はこの人に聞きたいことがあったので丁度よかった。


「竹井さん、聞きたいことがあるんですけど。」


「なに? 須賀君。」


「霞さんと知り合ったのはいつですか?」




最初霞さんは俺のことに気付かなかった。

つまり俺の姿格好はわからなかったけど麻雀部にいることは知っていた。

それは清澄に知り合いが居ると言うことだ。

霧島の人間は基本外に出ない。

交流の機会なんてかなり限られている。

そこから考えると永水女子が出てきた麻雀のインターハイくらいしか清澄は接点がないはずだ。


「俺、思ったんですよ。」

「あの竹井久があんな簡単に騙されるものなのかってね。」


「あら、買被り過ぎよ……実際に騙されているわけだし。」

「あの時の自分を張り倒してやりたいわ。」


「で、見事に引っかかったということがわかったわけですか、しかもインターハイ中に。」

「自業自得じゃないですか。」


竹井さんの眉がピクリと動く。

多分ビンゴだ。

白を切ってきたので更にブラフを重ねて揺さぶりを掛けてみる。


「……インターハイって何のことかしら?」


「あいつに聞いてみたんです。」

「あくまでそれとなくですけど。」


「須賀君が何処まで知っているか知らないけど、それを言われると痛いわね。」


「でもまぁ多分、霞さんはインターハイの1回戦の時点である程度仕込みはしていたと思いますよ。」


「それ本当?」


「多分ですけど、わかってたのは霞さんだけだと思いますけど。」

「だからあいつは特に竹井さんをどうにかしようと思って近付いた訳ではないと思いますよ。」


あくまで推測だが竹井さんが引っ掛かったとしてそれを出来るのは霞さんくらいしか居ない。

それに霞さんとしては本位で無かっただろう、色々と。

竹井さんが聞いてくる。




「……須賀君としては私に何をしてほしいのかしら?」


「う~ん、俺としては竹井さんがあいつに対して責任をちゃんと取ってくれるなら特に言うことは無いですかねぇ。」

「あ、でも竹井さんと腐れ縁になるのだけはやだなぁ。」


「あら、私は須賀君の腐れ縁になるのも吝かではないわよ?」


「そりゃ、そっちは基本迷惑掛ける側じゃないですか、掛けられる側は堪ったもんじゃないですよ。」


「? 何の話じゃ?」


戻ってきた染谷先輩が冷たいコーヒーを置いて聞いてきた。

俺はそれを一気に飲み干した後、席を立って揶揄うように告げる。


「綺麗所には気を付けろって話ですよ。」


「久……もしかしてお前……」


どうやら染谷先輩にも竹井さんに対して心当たりが有ったらしい。

被害がこちらまで及ばない内にさっさと退散することにしよう。


「あー……それじゃ俺はこれで御暇しますね。」


「ちょっと須賀君!? フォローくらいしていってよ!」


「身から出た錆じゃないですか、自分で何とかしてくださいよ。」


「久、詳しく話してもらうからな。」


「それじゃあ竹井さん、何かあったらあいつのこと宜しくお願いしますねー。」


いや、まさか適当に言っただけなんだけど見事に当たるとは思わなかった。

小蒔ちゃんはまず霞さんが許さないだろうから除外。

後は三隅の穴を埋めたであろう、分家のちびっ子二人(明星と十曽)辺りも可能性はあるだろうけど

年下だったはずだしインターハイには来ていないと思う。

この二人が来ていないのなら多分初美さんか巴さんか春か。

案外良子さんという可能性も……ないな。

気にしても仕方ないので考えるのをそこでやめた。






そのあとはまたぶらぶらして式の準備の間に東横桃子と一悶着あったがそれはその内余裕が出た時にでも誰かに語ろう。

そして式の当日がやってきた。

式には身内だけだと思っていたので誰にも言わなかったがお袋が御佐口さんを呼んでいたようだ。

御佐口さんにも色々と手伝って頂いたみたいで頭が下がる思いだ。

式が始まる直前、御佐口さんに言われた。


「縁結びは本職ではないけど~、私の前で夫婦の契りを結んだら違える事は出来ないわよ~?」


「そりゃ神前ですからね、それに例え貴女の前で無くとも違えはしないです。」


それは決意であり、本音でもあった。

お袋が俺の縁者と神主役を。

初美さんが小蒔ちゃんの縁者と巫女役を。

御佐口さんは仲人役を引き受けながら基本は神棚の前に座っていた。

粛々と進められていく。

鹿児島と同じ事をして、同じ様に終わった。

式が終わると、俺は居住まいを正し、拳を床に付けてお袋に告げる。


「お袋、今まで育ててくれてありがとう。」

「俺はこの時を持って、神代小蒔の守人と共に神代小蒔の婚約者になります。」


「そう……あんたたちが決めた事だもの、私から何も言う気は無いわ。」

「……京太郎、小蒔ちゃんをちゃんと守ってあげなさいよ。」


「ああ。」


それが終わった後、御佐口さんが早々に帰り支度をしていた。


「御佐口さんもう帰るんですか? もっとゆっくりしていけばいいのに。」


「仲人は宵の口って言葉があるのよ~。」

「それより京太郎ちゃん~、何か困ったことがあったらいつでも言ってね~。」

「なるべく応援するから~。」


「何から何まで……ありがとうございます。」


「いいのよ~、京太郎ちゃんは私のお気に入りで小蒔ちゃんはそのお嫁さんだから~。」


「籍は入れてないですけどね。」


「私たちにそれは関係ないわ~。」

「要は私みたいなのに誓ったかどうかだけ~。」

「それじゃあ帰るわね~。」


誓い、契り、約束。

御佐口さんの言葉でふと思い出した。

ガキの頃、霞さんと二人で交わした約束を。

巴さんも、初美さんも、春も、そして小蒔ちゃんも知らない俺たち二人だけの約束。

俺と霞さんはあの頃とは立場はもう違うけど幼少の頃交わした約束は守ってもらおう。

俺たちはあの頃の関係より少し進んだ。

あんたはどうだ?

あの頃のままか。

それとも俺たちを置き去りにしてもっと先に行ってるのか。

それは霞さんに聞かないとわからないけど、でも俺たちは少しずつでも進める。

変わらない関係はないかもしれないけど、変わらない意志はある。

俺たちの関係はそんなに簡単に変わらない。

決して袂を別ったつもりはないけど、どこかで互いの道が、ずれていった。

だからこそ今からけりをつけないといけない。

ここでのけりをつけたんだ。

次は鹿児島にてけりをつける。


【京太郎「神代の守人~里帰り編~」】

カン

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最終更新:2013年11月24日 18:42