十月二十七日、誕生日。
そう、宮永咲にとっての誕生日だった。
生まれた日を祝福する、その人にとって特別な一日。
しかし誕生日が憂鬱に感じる様になったのは、いつの頃からだろうか。
アルバムを捲っていると、そんな考えが咲の脳裏にふと過った。
「少なくとも……この頃は考えもしなかったよね」
言いつつも、そもそも十代の年齢なんて気にせずにいられた頃と、丁度三十路となった今を比較するのは、間違っているのかもしれないと思う。
一般的には、肌だって今はもう曲がり角を過ぎている歳だ。
それは咲にも当てはまっている。
若く見られたいという欲求が強いわけではないが、やはり少し悲しい。
それに、見られることに羞恥を覚えてしまうのも、致し方ないことだろう、とも思う。
慣れているとはいえ、こればかりは仕方がない。いや、慣れているからこそ、昔と比較されたくないという感情があるのだ。
「本当に……昔はこんなこと考えもしなかったんだけどな」
高校時代の写真を見ながら、過ぎ去った日々を想う。
須賀京太郎、原村和、片岡優希、染谷まこ、竹井久。友人がいた。仲間がいた。
鮮明に思い出せる場面もあれば、もはや朧気にしか記憶していないものもあった。
けれど、明確に憶えているかどうかによらず、在りし昔日が酷く懐かしい。
清澄高校麻雀部での、咲にとって眩しく輝いていた日々。
思わず目を細めてしまいつつも、アルバムのページを捲っていく。
「そう言えば……次の同窓会はいつするんだろ?」
誰が決めたという訳でもないが、夏と冬に定期的に行っているのだ。
勿論、各自の仕事の都合もあるのだが。
毎度、幹事を務めるのは、いい加減に見えて、意外にそういうことに如才ない竹井久と――須賀京太郎。
「聞いてみればいっか」
咲がそう呟いた時のことだった。
「おかあさん! おかあさん! ケーキ食べていい!?」
誕生日ケーキが入った箱に目を輝かせている娘。そのあどけない声が聞こえた。
夕食も摂っていないのに、気の早いことだ。
こういうところは誰似たんだろうと一瞬過るが、答えは簡単。
「ったく……ケーキは晩御飯食べてからって言っただろ? 我慢しろって」
その似た原因だろう彼が、キッチンから娘を窘めた。
「えぇー……お父さんの意地悪っ!」
「い、意地悪って……いや別に、そういうわけではなくてだな……」
娘に弱い彼のこと。
このままでは押し切られてしまう可能性もあるかもしれない。
そう判断して、咲は助け舟を出す。
「お父さんを困らしちゃ駄目だよ?」
「……むぅー」
不満も露わに頬を膨らませる娘。
なんだか既視感を覚える表情に、思わず苦笑いしてしまう。
例えば何か嫌なことがあった時に、鏡に映った自身がしている類に良く似ている……こういった所作は、自分に似たのだろうと咲は思った。
「むくれても駄目……京ちゃん、やっぱりお料理手伝おっか? その方が早く出来るよね」
「あー……このままだと、うちのお姫様が我慢出来そうにないか……誕生日なのに悪い」
「ん、気にしないで」
見えはしないだろうけども、なんだか申し訳なさそうな声音の夫に対して、微笑みを一つ。
そうして、お揃いのエプロンを片手に、もはや自身の指定席とも言える京太郎の隣へと、咲は進むのだった。
了
最終更新:2014年11月16日 06:29