強い怨念を抱いたまま結婚できなかったモノの呪い。
それはアラサーがかつて留まっていた場所に蓄積され「業」となる。
その呪いに触れたモノは彼氏を失い、新たなアラサーになってしまう。
茨城県T市の片隅、そこには古い一軒家がある。
三人家族が住んでいた家で、かつて結婚できない娘が失意のまま
人生を終えたという曰く付きの場所だ。
死んだ娘の名前は小鍛治健夜。
彼女の死後、かつて小鍛治邸だった廃屋には何回か住人が移った。
しかしそこを訪れたカップルや夫婦は次々と謎の別れ話や離婚、
行方不明を遂げていく。
そう、この家にはおぞましい(結婚できなかった女の)怨念が
満ち溢れていたのだ。
そして、今夜もまた哀れな被害者がこの家に立ち入ってしまった...
京太郎「おいビビってんるのか和。幽霊なんか信じないって言ってたよな」
和「正確にはそんなオカルトありえません、です」
和「ですが、私は自説を曲げるつもりはありませんよ」
長野県清澄高校一年生、須賀京太郎と原村和。
二人は紆余曲折の末に去年の年末にゴールインしたカップルだった。
彼等の関係は初々しくも、どちらかといえば喧嘩友達や気の合う
幼馴染が一歩前に前進したような関係としたほうがしっくりくる。
だが、オカルト好きな彼氏とオカルト否定派の彼女は運の悪いことに
足を一歩でも踏み入れたカップルは絶対別れるという心霊スポットに
冬休みを利用してきてしまったのだ。
くだらない理由だが、そんなことは知ったこっちゃない。
健夜「...ァ...アアアア...」
二階の窓からイケメンを見下ろす霊体健夜。
死んだ彼女にとって、イケメンとはこの世に留まり続ける理由である。
健夜「イ...ケメン...京、太郎君」
獲物の名前を呟くと、健夜の姿が徐々に丸みと色を帯びて変化する。
五秒後、二階の部屋には原村和そっくりの健夜が立っていた。
京太郎「うっへ~きったね~部屋だなこりゃ」
和「野ざらしになれば家なんてこんな感じになりますよ」
リビング、和室を土足で踏み荒らしながら京太郎と和は家に住まう
幽霊を見つけようと携帯のカメラで部屋の至る所を撮影していた。
京太郎「居間も汚ねぇ、風呂も汚ねぇ。加えて脱いだ服は脱ぎっぱ!」
京太郎「この家の人間ってほんっとずぼらな奴しかいなかったんだろうな」
和「同感です」
和「全く、なっ...きゃあああああああ!!!」
京太郎「和ッ!?」
生前の痛いところをつかれた健夜は、姿を消して和の首根っこを掴み、
即座に居間から放り出した。慌てた京太郎は廊下に出るが、最愛の彼女の姿は
どこに見当たらなかった。
京太郎「うそだろ...本当に幽霊っているのかよ...」
その時、京太郎の後ろに何者かが動いた気配がした。
京太郎「和?どこにいるんだ?」
音がした方に振り向いた京太郎は、突き当たりの角にちらりと見えた
見間違えようのないピンクの髪を視界の端に捉えた。
京太郎「和ーっ!和ーっ!」
彼女を一刻も助け出したい一心で京太郎は、その角を曲がる。
曲がった先にあったのは風呂場。まだ踏み荒らしていない場所だった。
和「...はい。はい...わかりました。」
和「京太郎君がそういうなら...はい、そうします」
風呂場から途切れ途切れに聞こえてくる声。
それは紛れもなく彼女の声で、当然、恋人の安否を確かめたい彼氏に
とっては、到底我慢出来るような状況でもなかった。
故に彼は、風呂場の扉を蹴破ってその中に押し入った。
京太郎「いない?いや、でもさっき確かに声が...」
ボロボロに崩れた壁と、窓から入る月の光以外の物はなにもない。
ただ、水道が止められて久しいのに並々と水が張っている浴槽以外は...。
和「京太郎君?」
自分のすぐ後ろ、首筋の辺りから聞こえて来た恋人の声。
怖気が全身に走り、なんとか背後を振り向く。
京太郎「...誰もいない?」
ポコン...ポコポコポコ...ボコンボコンボコボコボコボコォ!
それは一瞬の出来事だった。
黒い水面が盛り上がり、そこから出てきたのは死んだ時と全く変わらない
この家の主、小鍛治健夜の最後の姿だった。
顔はむくみ、見るからに黄ばんで汚らしい灰色のゴムが伸びきった
スウェットを見事に着こなした彼女は、ぐるぐると回り続ける斜視を
目の前のイケメンに向けた。
京太郎「ひっ...はっ...あ、あ...」
健夜「オマエモ、フコウニ、ナレ」
黒い水が自分の身体に覆い被さった所で、京太郎の記憶は途切れていた。
京太郎「いない?いや、でもさっき確かに声が...」
ボロボロに崩れた壁と、窓から入る月の光以外の物はなにもない。
ただ、水道が止められて久しいのに並々と水が張っている浴槽以外は...。
和「京太郎君?」
自分のすぐ後ろ、首筋の辺りから聞こえて来た恋人の声。
怖気が全身に走り、なんとか背後を振り向く。
京太郎「...誰もいない?」
ポコン...ポコポコポコ...ボコンボコンボコボコボコボコォ!
それは一瞬の出来事だった。
黒い水面が盛り上がり、そこから出てきたのは死んだ時と全く変わらない
この家の主、小鍛治健夜の最後の姿だった。
顔はむくみ、見るからに黄ばんで汚らしい灰色のゴムが伸びきった
スウェットを見事に着こなした彼女は、ぐるぐると回り続ける斜視を
目の前のイケメンに向けた。
京太郎「ひっ...はっ...あ、あ...」
健夜「オマエモ、フコウニ、ナレ」
黒い水が自分の身体に覆い被さった所で、京太郎の記憶は途切れていた。
三学期
優希「おはようだじぇ、和ちゃん」
和「おはようございます、ゆーき」
咲「おはよう和ちゃん」
いつもと変わらない朝。『彼女』は親友達と共に冬休みの話に花を咲かす。
優希「どうだったんだ、のどちゃん?幽霊はいたのか」
和「うーん、微妙でしたね」
和「確かに雰囲気は怖かったけど、結局幽霊は出ませんでした」
咲「そっか、でも京ちゃんも薄情だよね」
咲「和ちゃんを置いて、先に家の外で待ってるなんて」
和「そんなことないって信じたいですけど...」
和「でも、やはり何か彼も不吉なものを感じていたんでしょう」
上履きに履き替え、教室に向かう和とその後ろに続く咲と優希。
京太郎「...和」
先を歩く彼女とその後ろに続く二人を見遣る須賀京太郎は、魂の抜けた
生気の籠もらない目で、かつて彼女だった『存在』の体を見る。
恋人を覆うようにうっすらと重なる黒いもや、目を眇めればそれが
あの家の主だというのは言わずとも理解できる。
アラサー。
それは取り憑いた相手の魂を押しだし、その肉体に入り込む。
一度押し出された魂は、押し出された場所に永劫留められる。
ただ一つの例外を除いて...
京太郎「待ってろ、和。必ずオマエを救ってやるからな」
茨城県T市の片隅の廃屋、その二階の一室にて...
和「あ...アアアア....ドウシテ、タスケテ...」
完
最終更新:2017年10月12日 21:26