風越 コーチの部屋
池田「失礼します。コーチ」
コーチ「おう、池田。まぁそこに座れや」
キャプテンが引退した後の次の部長にアタシが就任することになった。
そりゃそうだ。
才能もカリスマもないやつらから次のキャプテンを選ぶとしたら、
度胸や根性論で強い奴の間に割っては入れるような奴を選ぶしかない。
確かにアタシはキャプテンより貫目がないけど、根性だけは一丁前、
更に図々しさでは一人前と言われるくらいのメンタルの強さがあると
自負している。だから選ばれたんだろう。当然だし!
コーチ「....」
池田(にゅああああああ!コーチがすっごい睨んでる!睨んでるし!)
苦い思い出も当然ある。
去年の初夏には天江や宮永に泣かされたけど...。
県予選の大将戦の無様な負け試合の言い訳ならいくらでも作れる。
でも、何も知らないで夢だけ持ってきて風越の麻雀部に入ってきた
奴等には、雑魚い華菜ちゃんが次期キャプテンという点だけで、早々に
見切りをつけて部を去って行ってしまった。
そして、2日前の私の誕生日には部員の人数は去年の半分にまで減少
してしまったのだった。
池田「あ、あの...コーチ?お話しというのは一体どういった...」
コーチ「池田...お前は、これからどうしたいんだ?」
池田「どうしたい、とは?」
コーチ「最後の夏まで、麻雀を...このまま続けるのか?」
顔を伏せながら、一言一言辛そうに言葉を重ねたコーチの瞼からは
大粒の涙がボロボロとこぼれていた。
池田「コーチがなに言ってんのか、華菜ちゃん理解できないし」
コーチ「辛いんだよ...麻雀好きだった連中が辞める、辞めるって...」
池田「そのことについては、私のふがいなさが一番の原因だと思います」
池田「コーチのご指導と、熱意を、部員全員に伝えきれない私の」
コーチ「違う!お前は、お前は...そうじゃないだろうが!」
コーチ「私のた、指導...に、弱音吐かずに着いてきて」
コーチ「他の部員達も、皆、皆...私を信じてくれていたのに」
コーチ「何やってんだ、私は!なんで...なんで!!」
いつもいつも地獄の鬼も真っ青な形相で部員達をしごいているコーチが
支離滅裂になりながら泣いている。
きっと、後援会の人から私が普段コーチに言われている以上の辛い
追求と突き上げを喰らったんだろう。
池田「コーチ。私は辞めませんよ」
池田「他の連中が辞めても、私は絶対に辞めません」
池田「だって、私の実力を認めてくれたのは、貴方なんですから」
だけど、華菜ちゃんは知っている。
去年の轍を踏むまいと、団体戦の大将をキャプテンに据える案が
出た時に、ああ、天江とやらなくて済むなあ。って安心していたとき、
コーチ『池田ァ!次の風越を引っ張るお前がそんなんでどうすんだ!』
コーチ『お前ら!いつまでも福路に頼ってんじゃねえぞ!!』
皆の前で私を大将に据えた鬼畜なあの采配を覚えている。
確かにキャプテンだったら宮永妹や天江に肉薄出来たはずだ。
でも、それじゃあダメだって事はキャプテンだって分かってた。
強い奴を前にしたとき、何度も倒されて、その度に立ち上がらなきゃ
ならない重要性を誰よりも理解していたからだ。
そうやって強くなっていくことが大切だって分かっていたから。
池田「久保ァ!テメェ日和ってるんじゃねぇぞ!」
池田「いつもいつも華菜ちゃんや部員の頭ひっ叩きやがって!!」
池田「鬼コーチが一丁前にベソかいてんじゃねぇ!だし!」
コーチ「んだとぉ!」
椅子を蹴飛ばし、生徒の枠を越えた発言をした華菜ちゃんに拳骨を
二発喰らわせるコーチ。マジで痛い。だけど、嬉しい痛みだ。
コーチ「あっ...す、すまん池田。だ、大丈夫か?」
池田「テメェさっきの7筒切は何だぁ!に比べれば痛くもないし!」
コーチ「お前...そんな前のこと、よく覚えてるな....」
池田「当然ですよ。だって私は池田ァ!ですから」
コーチ「池田...お前、お前って奴は...」
呆然として椅子に座り込んだコーチはあっけにとられたような顔で
私の顔をじっと見つめていた。
池田「コーチ。泣くほど自分が情けないなら辞めちゃえば良いんですよ」
池田「でも、そう言われて辞めなかった馬鹿がここにいます」
池田「今残っている連中も、そういったバカ共です」
コーチ「あ、ああ...」
池田「待ってて下さい。必ずアタシが一矢報いますから」
池田「金ピカリンのトロフィーは無理かもしれないけど」
池田「風越に名コーチあり!って知らしめてきますから!」
そう言い残して、アタシはさっさと部屋から出て行った。
大言壮語の割に実力が伴っていないのが、なんとも情けない話では
あるものの、夢は大きく持とうというのが華菜ちゃんの気概である。
池田「さて、今日も一日頑張りますか!」
一呼吸置き、部室の扉に手をかける。
池田「おーっす!今日も皆揃ってるかー?」
部員達「はいっ!」
皆の夢を背負いながら、私はズンズンと嵐の中を歩きだす。
池田「春の大会も近いから気合い入れて行けよ?それじゃあ対局開始!」
桜が咲いたときから、私の最後の夏が始まりを告げる。
天江、宮永、原村の三強にどれだけ食いついていけるか分からないけど。
池田「そろそろ私もお前らの中に混ざってやんよ!」
続く。
最終更新:2017年10月12日 23:19