幼い頃に受けた傷は意外と痕が残る。
 縫わなければいけない程の外傷ならば、間違いなく大なり小なり傷痕として証を刻む。

 じゃあ、目に見えない傷はどうだろうか。

 例えば、犬に咬まれたことで怯える者、悪戯の罰に倉に閉じ込められ暗所を怖れる者、高い所から落下して高所に心から震える者等々。
 精神に傷を残す体験がトラウマ、心的外傷を生み出す。

『京ちゃん』

 俺にもそれがある。
 忘れたくとも消えない、俺の精神を蝕む大きな傷があるんだ。

「…………」

「何を見てるんすか、京さん?」

 世界で人気を博す麻雀。
 この人気競技を取り扱う雑誌は数多存在し、その内の一つで取り上げられた女子高校生麻雀の特集記事。
 偶々開いていたページで俺の視線が留まっていることに桃子は気づいた。

「インハイチャンプの宮永照っすか」

 赤い髪に特徴的な癖毛。
 整った顔には笑みが乗り、暗い影など何もないとばかりの表情。写真の中の彼女は当に完璧なチャンピオン。

「知り合いっすか?」

「別に」

「そうすっか、……京さん」

 短い言葉から険を感じ取ったのか桃子は深く尋ねることなく身を寄せた。素肌の触れ合いに情念が少し再燃する。

「ん、あっ、……本当に京さんは胸が好きっすねぇ、んっ……」

 柔らかいおもちは手の中で形を変える。色素が薄く、固くなった先端を啄めば喘いだ声が桃子の口から零れた。
 そして衝動のままに身体を重ねる。

「ああ、京さん、んっ……あっ、ああ、あぁぁ、……京さぁん……」

 彼女は何度も艶声をあげ、シーツには皺と白濁と愛液で画かれた地図が出来た。
 疲れて寝入ってしまったように見える桃子の顔は安心と満ち足りた喜びの色で彩られている。

「照……」

 そんな彼女の隣に寝転がりながらも他の女のことを考えているのだから我ながら最低だ。
 そして明日は別の子と相瀬を伴にし、別の日にはまた違う子と過ごす予定なのだからどうしようもない。

 俺にはトラウマがある。
 忘れられない記憶がある。
 刻まれた思い出が俺を苛む。

『京ちゃん』

 幼馴染のお姉さん。
 憧れであり、初恋であり、大好きだった人。

「マセたガキさ……」

 人が綴った無数の物語。
 古今東西、本の虫である彼女はいろんなことを知っていた。何も知らない俺を自分の色で染めるように教えてくれた。
 例えば文学という名を借りたエロ小説からの性知識。
 初めてのキス、唇が触れるだけのものから互いの舌を絡め合い音が鳴り唾液が垂れる淫靡なものまで。

『京ちゃん、大丈夫。お姉さんに任せて』

 生まれたままの姿。
 初潮や精通を迎えていない未成熟な身体で秘密の交わりを何度行っただろうか。
 彼女から女の喜ばせ方を学んだ。
 年齢差から来る体力の差異に根をあげさせられ、それが悔しくて走り込む習慣が出来、今も続いている。

「今の俺を形作ったのは間違いなく照だ……」

 好きだった。
 愛していた。
 だから、貪欲に学び、彼女に相応しい男になろうと足掻き、未来は明るいと信じ、将来は結婚したいと願っていた。

「馬鹿ガキだったのさ」

 ある日、突然に彼女は居なくなった。
 何も言わず、書き置きもなく、長野から消えた。

 それが俺のトラウマ。
 歪の根源。

 性根が捻曲がりどうしようもない人間になった。

「満足したか?」

 パチリと目を開けた桃子はこくりと頷いた。狸寝入りに気づいていたから語ったのだ。

「だからっすね、京さんが私みたいな子に手を差し伸べるのは」

「……そうかもな」

 何処か孤独で一人ぼっちを寂しがる女の子ばかりを囲んでいる。俺が捨てられ、喪失の痛みに喘いでいたから見過ごせないんだろうな。

「京さんは宮永照に会いたいっすか?」

 果たしてどうなんだろう。
 今更に再会しても、困るだけだろう。あの時の真意を知っても既に終わった話だ。
 そう思い、口にするよりも早く桃子は言う。

「再来年、私たちが京さんを東京に連れて行くっす。京さんは優しいからインターハイに出場を決めれば応援に来てくれるはずっすからね」

 そして、逃げないで下さいねと桃子は続けた。
 多分、あいつらが本気でインターハイを目指すなら可能だろう。
 つまり、俺は逃げられない。

 宮永照。特別な存在。
 俺は再会してどうしたいのだろうか、答えを出さないといけない。
 臆病な心、傷に立ち向かうには勇気がいる。女の子に背を押されたら男が退くわけにはいかない。

「はあ、勝手にしろ」

 熱い夏、幕下で準備が整い出す。

カンッ!

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最終更新:2017年10月12日 23:23