俺には好きな子がいる。
 高校に入学して初めて彼女を見たとき、天使かと思った。あるいは女神。その美しさに忽ちの内に虜にされ、瞬間、恋に落ちた。

「そんなオカルトありえません」

 だけど、その子は非科学的なことを一切合切一刀両断で否定する。

「そうは言うけどさ、咲の槓材が分かるとかどう説明するんだよ?」

「……偶然ですね」

「いやいや、それは無理があるだろう……」

「……いいですか須賀くん、世の中には異常な能力を持った超人と呼ばれる人たちがいます。咲さんはきっとある種の感覚がとても優れているのではないでしょうか?」

 咲の異能を五感が良いだけだと和は口にする。
 俺から見れば咲は牌に愛された少女であり、間違いなくオカルトの申し子であるのだが。

「何を言いたいんだ?」

「つまり、咲さんはとても眼がよく、牌についた僅かな傷から槓材の位置を探し当てている」

「ガン牌が出来るならもっと絶対的な強さじゃないとおかしくねえか?」

「…………」

 自分でも無理があると思ったのか和は難しい顔した。しかし、別の案を思いついたのかドヤっとした表情を浮かべ直す。

「そうですね、眼ではなく耳がとても良いのかも」

「耳?」

「ええ、須賀くんは反響定位と言うものはご存知ですか?」

「いや、知らないけど」

「では、エコロケーションという言葉は?」

「それなら聞いたことがあるぜ」

 エコロケーション、コウモリが超音波を利用して物の位置を探ったりするヤツのことだ。

「ええ、コウモリだけでなくイルカや鳥、人もその原理を利用して魚群探知機などで使用しています」

「へえ、それと咲のオカルトがどんな風に関係があるんだ?」

「きっと咲さんはこの反響定位を利用することで槓材の位置を認知しているのでしょう」

 牌は一つ一つ字が彫られている。
 同じ役柄の牌は四つしかなく、種類毎に比重が僅かに異なる。勿論、全く同一の牌は存在しないのだから、同じ役柄の牌であろうと少しは違っているだろう。
 しかし、近似しているのは疑いようがない。
 和曰く、咲は異常に優れた聴覚を持っており、自身の手にある槓材から似た音響を返す牌の位置を把握しているに違いないそうだ。

「きっと咲さん本人は無自覚であり、それを勘とか"オカルト"なんて言葉で表現しているのでしょうね」

「…………」

 和はオカルトを認めない。
 頑なに、頑迷な程にその存在を許さない。

「それなら、優希の東場での強さはどう説明するんだ?」

 ふっと和は小馬鹿にしたように笑った。
 美少女の何処か褪めた瞳と冷笑はゾクリと来るものがある。整いすぎた顔立ちが相乗効果をもたらすのだろうか。
 それは俺に新たな扉を開かせる危険性を孕んでいる。

「優希は集中力がありませんから。あの子は長丁場が苦手で東場でしか実力を出し切れないだけなんです」

「確かにあいつはそう言う所もあるかもしれないけど、明らかに東場と南場で引きの強さに差がないか? それに加えて起家になる確率が高いのはどうなんだよ?」

「それこそ偶然ですね」

 人の意識は印象に左右されて勘違いを起こしてしまうものかもしれない。それでも明確に差があると思うんだけどな。

「じゃあ、部長の悪待ちは?」

「あれこそ確率を軽視した行いです。統計的ではない、主観的なバイアスが掛かったおかしな行動だと断定します」

「お、おう、でも結構和了ってないか?」

「ツモは偶々、出和了りは対戦者が予期していない不意を突くことで運よく和了れているだけです」

 和は本当にオカルトを信じない。

「絶対的なサンプル数が少ない中では偶然の片寄りというものは起こってしまう。それを見て意味不明に流れだとかやれ気運だとか非科学的な考えに結びつけるのがおかしいんですよ」

「ははは……じゃあ、和はオカルトを全く信じていないんだよな?」

「ええ、オカルトなんてありえませんから」

 世の中には未だに科学では説明のつかないオカルトが存在していることを俺は知っている。
 生家である須賀の家、その家業は古から代々続く祓屋なんだよ。元は中国地方の大神社や九州の大社に連なる血筋であり、遠方に渡って土着化したものの一つらしい。
 端から見てもアウトドア派な俺が高校から麻雀を始めたのは和に惹かれたという一面もなくはないのだが、修行の一貫だったりする。
 実際、俺は麻雀をするとき行として不要牌を来やすくさせる術を行使していた。己に有利な運を招くよりも不運を寄せる方がやり易い。まあ、負けるのは悔しいが俺が未熟だから仕方ないんだ。

「はあ……」

「納得して貰えませんか?」

「なんて言うかな……」

 オカルトを信じていない和にそれを生業にしている家の子である俺は付き合って貰えるだろうか。

「和ってオバケは大丈b「そんなのいません!」……」

「お、オバケなんているわけないじゃないですか!」

 オバケとか恐がっちゃう可愛い彼女なんだぜ。
 あははは、家業と彼女の相性が悪過ぎて俺の恋は前途多難だ……


カンッ!

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最終更新:2017年10月12日 23:25