遠くへ転校してしまった大切な友人、原村和。
 彼女との再会、遊びたいと願った少女から始まったもう一つの物語。
 その舞台、新生阿知賀麻雀部はインターハイの出場を目指し日々麻雀を打っている。

「はあ」

 やる気に水をさすような大きなため息が一つ漏れた。

「憧、どうしたどうした、そんな気のない声を出しちゃってさ。時間は有限だよ」

 阿知賀麻雀部の顧問、レジェンド赤土晴絵は少しばかり咎めるかのような言葉を告げる。

「ハルエ、そうは言うけどね……」

「まあね」

 憧の反意にレジェンドも同意した。
 軽口に顧問らしく言ってはみたもののこの状況ではしょうがないかなと思ってもいたのだ。

「玄ちゃん来れなくてごめんね」

「別に仕方ないわよ、松実舘の人手が足りなくなったなら手伝うのは当然だもんね」

「あはは……」

 憧の言葉に宥は苦笑する。
 妹が家の手伝いをしているというのに接客が苦手だからと麻雀部に顔を出している自分を如何ともし難く思ってしまったのだ。

「同じように家の都合で休んでいる灼さんにも何も思うとこはないんだけど、しずの奴よ」

 この再起した麻雀部の発起人。
 高鴨穏乃は風邪で休んでいた。
 暖かい日もあれば寒い日もある。寒暖差があり、加えて黄砂と花粉がお鼻にダイレクトアタックを決めてくる危険な初春、そんな中で超ミニズボンにジャージのみの薄い格好から病を患ったのだ。

「はあ」

 憧は再び大きくため息を吐いた。

「三人だもんね」

「三麻にも飽きたわよ」

「それじゃあ、今日はもうお休みにでもしよっか?」

 そう言われると頷きたくなくなるのが人である。
 かと言って通常の麻雀とルールが異なる三麻を続けるのもなっと憧は思った。
 帰っても、皆が忙しい中でボイラー室に篭るのもちょっと嫌かなと宥は考える。

「続ける?」

 煮え切らない二人にレジェンドが問うた。

「ちょっと休憩」

 三人は同意した。

 暖かくなりたくなった宥が三人分のお茶を入れる。独特な燻した香り立つ京茶番ことほうじ茶だ。

「「「ふう」」」

 美味しいお茶に至福の息が自然と漏れる。

「ハルエ、彼氏とかいないの?」

「あ?」

 二十代半ばの乙女に禁句である。
 実家では日夜、家族から良い人はいないかと尋ねられ、急かされ、追われているのだ。

「ああ、良かったいないんだ」

 凄まじい形相、般若もかくや、角も見えんや、正に人を射殺さんばかりの目であった。

「ちょっ、ちょっと憧ちゃん!?」

「だって、ハルエに彼氏出来たらうちのお姉ちゃんが自分に男がいないことを妬んで怒りそうだし、とばっちりとか面倒だもん。だから、単なる確認よ」

 レジェンドは親友も行き遅れていることに暗い喜びを感じた。レジェンドの機嫌が上がった。レジェンドはアラサールートを進んでいる。

「ふーん、望も彼氏いないんだ。私と違ってずっと地元にいるのに情けないな」

 私は麻雀に情熱を捧げていたから。
 私はずっと女子校に通っていたから。
 だから、レジェンドに男の影がないのはしょうがないのだ。出来る女、格好良い女、だってだってレジェンドだもの。

「憧や宥は彼氏が……いないか」

 全部を聞くまでもない。
 二人の表情から晴絵は判断を下した。

「好きな男子とかもいないの?」

「同年代の男子って子供っぽいから、微妙なのよね。彼氏が欲しいとは思わなくもないんだけど……恋人の関係に憧れはあるけど、男がちょっと怖いって言うかさ……」

「私は昔男の子によくこの格好をからかわれていたから、ちょっと男性が苦手かな……」

「そっか」

 やったねハルちゃん未来の同類候補だよ。

「しずもまだまだ恋愛とか興味ないみたいだし、灼さんもそんな感じじゃないよね」

「玄も男より同姓の胸、大きなものばかり追ってるからな……」

「あれ同姓でも訴えられかねないから……」

 ここは女学校。
 そもそも出会いがない。
 憧と晴絵はちょっとブルーな気分に淡く息を零す。

「あの、二人とも玄ちゃんは好きな人いるよ」

 妹が誤解されることに躊躇いを覚えた優しい姉はポロリと漏らす。

「「は?」」

 疑問、不理解。

「「はああああっ!?」」

 驚愕、動転。
 予想だにしない事実に二人はあんぐりと口を開いた。

「嘘、え? 宥姉マジ?」

 確認の問いかけに宥はこくりと頷いた。

「玄の好きな人って誰々? 私が知っている奴だったりする? 格好良いの? そいつどんな人? 写真とかない?」

 興味津々、親しい友人の恋話に食いつく姿は年頃の女の子である。怒濤の質問に宥はたじたじだ。

「憧、落ち着きなさい。確かに、すごく気になるけど、宥も困ってるよ」

 そう言ったレジェンドも教え子の恋について知りたくて堪らないと目が語っている。

「玄ちゃんの好きな人はね、地元の人じゃないよ」

 宥は口を滑らせる。
 玄の好きな子は松実舘に宿泊した男の子だ。数年前までは毎年、ある時期に必ず泊まりに来ていたが、近年はご無沙汰である。
 宥自身は直接会ったことはない。
 遠目から見た少年の姿は中々格好良かったそうだ。

「へえ、イケメンね」

「玄の奴、そんな人がいたことを私たちに黙っていたなんて酷いな」

 金髪の少年。
 玄がきょうたろうくんと呼んでいた男の子。

「彼が来る度に玄ちゃんはとっても嬉しそうで、何時も楽しみにしていたんだよ」

 最初から好きだったわけじゃあない。
 最も親しい異性の友人、その程度だっただろう。
 二人は相性が良く、端からは親友と呼べるほどに親しそうにしていた。

「だけど、毎年来ていた彼と家族が松実舘に来なくなったの」

「「…………」」

「常連さんが来てくれなくなるのはとっても寂しい、玄ちゃんにとってはそれ以上の衝撃だったんだ」

 彼に会えなくなって泣いていた。
 悲しくて、辛くて、苦しくて、切なくて、愛しい。
 いつの間にか恋に落ちていたのだと失ってから初めて自分の心に秘められていた想いに気づいたのだ。

「玄ちゃんは今も待ってる。彼が松実舘に来ることをきっと待ってるの。毎年、彼の家族が来ていた時期は溢れんばかりの笑顔を浮かべて凄く働くんだよ。でもね、夜になると一人でしくしく泣いてるの……」

 大切な妹のそんな姿を姉は毎年見ている。
 彼が悪いわけじゃないけれど、妹を泣かせるきょうたろうくんがちょっと嫌いだとおどけるように宥は言った。

「……はあ、恋か。そんなに想える恋をしたことがない私はちょっと玄が羨ましいな」

 晴絵はどこか遠くを見ながらそう口にする。

「最初はからかってやろうかと思っていたけど、軽口も叩けないじゃない。……何時か、玄が好きな人と再会できると良いわね……」

 友人の恋に感情移入したのか、憧は涙ぐんでいた。

「……麻雀しよっか」

「うん」

 しんみりとした気分を紛らわせるように牌の打音が部室に響く。

 まだ、誰も知らない。
 一人の少女の想いから始まった物語がとある少女の恋路を道開く新たな物語へと紡がれることを。
 友情と恋、吹き荒れる灼熱の嵐。
 それは夏のインターハイで巻き起こる少年と少女たちの恋物語。


カンッ!

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最終更新:2017年10月12日 23:26