「お願いします!!」
「むーっ」
「何のやり取りでしょ……これ」

煌の部屋に入った最初の感想がそれであった。
部屋の中では、京太郎が姫子に頭を下げ何かを頼んでおり、姫子はスマホを手に唸っている。
必死に頼み込む京太郎に悩む姫子。
何が何やら訳が分からない状況であった。

「えーとっ……メアド交換的な?」
「あれ……煌さん何時の間に」
「花田、居ったか。あと、連絡先は既に交換しとっと」
「ありゃ」

思い浮かぶ事を二人に告げるも、違うらしい。
煌の言葉に何を今更とばかりに姫子は呆れ気味に首を振る。

「それでは何をそんなに?」
「こい」
「ふむ?」

そんな二人に更に疑問を浮かべれば、姫子が先ほどから見ていたスマホを見せてくる。

「えっと……博多弁の女の子に言って欲しい言葉ランキング?」
「うん」
「ですね」

画面を覗き込めば、そのような事が書かれている記事が書かれていた。

「ふむ……『5位とっとうと?(取っているの?)』『4位酔ったとー?(酔ったの?)』『3位どげんしたと?(どうかしたの?)』なるほど」

ようやく煌にも納得がいった。
つまりは京太郎がこのランキングの言葉を姫子に言ってもらおうと頼み込んでいたということだろう。

「……理由は理解したけど。姫子って博多弁じゃなくて佐賀弁じゃ。頼むなら先輩方とかでは?」
「えっと……俺もそう考えたのですが」
「ですが?」

姫子の話す方言は、博多弁ではなく佐賀弁のほうだ。
同じ九州でも若干の違いがあり、博多出身で方言を使う人がよいのではと首を傾げた。
しかし、京太郎はその言葉を聞いて苦笑する。

「江崎先輩は『ジュース一本で手ば打つ』で安河内先輩は見せたら苦笑して断られまして」
「友清さんとかは?」
「えっと朱里の奴を探している時に鶴田先輩が『私がっ』と」
「それで姫子ですか。あれ、姫子が引き受けたなら頼み込む必要はないのでは?」

話を聞いて見れば、そのような感想を抱く。
先ほど部屋に入った際には、京太郎が頼み込んでいた。
しかし、話の流れでは姫子は引き受けており問題はない。

「それが……」
「う゛っー……一位がこいとか聞いてなかよ」

煌が不思議そうに首を傾げれば、二人は顔を赤らめて視線を外す。
姫子は頬を染め、長い袖で口元を隠すも視線を京太郎へと向けている。
京太郎と言えば、視線を斜め上に向け気まずそうに頬を指で掻く。
そんな二人を煌は不思議そうに眺め、画面へと視線を移した。

「……なるほど」
「は、恥ずかしかよー」

一位の言葉を見て煌は納得する。
確かにこの言葉を異性の京太郎に言うのは戸惑いを覚えるのもやむ得ない。
なにせ、その言葉は……。

「『一位すいとーよ(好きです)』とは」
「他のはよか……ばってん、そいは無理~!」
「一番聞いてみたい言葉なんですけど」

頼み込んでいた理由がはっきりとして、煌は悩む。
これを解決するにはどうしたらいいのかと。

「んーっ、ジュース一本で頼むのは?」

腕を組み考えたのが、それであった。
この際、揉めないであろう仁美に頼んだ方が早いと考える。

「江崎先輩なら言ってくれるかと」
「それがいいですかね……」
「そいは駄目!」

提案してみるも、それを姫子が慌てて止めに入る。
いやいやと首を振り、駄々っ子のように嫌がった。
これには京太郎と煌は戸惑う。
先ほどまで言うのを躊躇っていたのにこの反応だ。

「鶴田先輩……?」
「あー、うん。そういうことかー……」
「えっと……その」

京太郎はその姫子の態度に首を傾げる。
逆に普段を知る煌は、何となくこの態度の原因を悟った。

「ちょっと失礼」
「あっ、はい」

原因が判った煌は、姫子を連れ京太郎から離れる。
離れると互いに声を潜め、話し合う。

(姫子、姫子)
(な、なんね)
(いやいやしてる場合じゃないって、これはチャンスだって)
(チャンス?)
(えぇ、ここで可愛らしく言って京太郎君に姫子を意識させよう!)
(うぅ……)

普段の態度を見れば、姫子が京太郎に気があるのは分かりきっている。
むしろ、好意に気付いてないのは京太郎と朱里ぐらいといった具合だ。
なので今回の事をある意味チャンスと考えた煌が姫子に進言してみるも、姫子の反応は鈍い。

(このままだと……他の子が京太郎君にあの言葉を言っちゃうよ?)
「そ、そいは駄目ー!」
(声が大きいって……それが嫌なら言ってあげては?)
(でもー……)
(友清さん辺りがやってきたら、戸惑う事無く言うと思うけど)
(うぐっ……頑張る)

京太郎と朱里は同じ一年生同士であり、気質も似ている。
互いに人懐っこく、明るい性格の持ち主であるから二人の距離感は非常に近い。
朱里がやってきて事情を知れば、しれっと言いそうであった。

そのことを理解したのだろう。
姫子は、そのことを聞いた瞬間、顔を真っ青にさせこくこくと何度も頷いた。
頷いた後は、ロボットのように手足をカチコチと動かし姫子は京太郎の下へと戻る。

「きょ、京太郎……」
「えっと……はい」
「きょ……京太郎……すいとーよ」
「っ!!」

そして姫子は顔を真っ赤にさせ、袖で口元を隠しながらも静かに呟いた。
それはとても小さく小さな言葉でありながらも京太郎には効果抜群であった。
いつもの様な勝気な姫子ではない。
顔を真っ赤にさせ、恥じらい、呟くように言ってくれた言葉は京太郎の胸をドキドキとさせるには十分であったのだ。
何より名前も最初につけており、事情を知らねば告白と思えるところがよい。

「……京太郎?」
「えっと……その……はい、とっても良かった……です。はい、何より嬉しいと言いますか」
「っ!!」

少し潤んだ目で見られ、京太郎もまた顔を真っ赤にさせ感想を述べる。
真っ赤にさせ、そのように告げれば今度は姫子が言葉が出なくなった。

(むふふ、良い感じですね! すばら!)

そんな見つめ合い、互いに良い雰囲気の二人を見て煌は満足気に頷いた。

「博多弁……ランキングとですか?」
「はへ?」

しかし、そんな雰囲気もすぐに終わりを迎える。
煌の後ろから別の人の声が聞こえてきた。
その声の主は、煌が持っていたスマホのページを後ろから覗き込み、読み上げる。

「ちょっ!?」
「ふむ」

読み上げた後の行動は、早かった。
煌が何かを言う前に、その人物は二人へと戸惑う事もなく歩き出す。
唐突の事で煌自信混乱していて止める暇すらない。

「きょ、京太郎」
「はい……その何でしょう?」
「さっきの言葉……あいは、私の――『京太郎!』へ?」

姫子が勇気を振り絞り、先ほどの言葉の本当の意味を告げようとした瞬間だった。
唐突に横から京太郎を一人の人物が腕を取り引っ張る。

「京太郎、バリすいとーよ!」
「あ、朱里!?」
「な゛っ……!」

その人物は、京太郎の腕を取り笑顔でそう言いきる。
笑顔に邪気はないし、悪気もない。
ただただ犬がご主人に喜んで欲しいとばかりに行動したように姫子と京太郎には見えた。

「嬉か? 嬉か!」
「ちょっと、朱里! そんなに引っ張るなって!」

その行動の意味合いは、二人が思っているとおりであろう。
朱里は、煌の持っているスマホが京太郎の物と分かり、京太郎自身が言って欲しい言葉だと理解した。
言えば、褒められるし京太郎も嬉しい。
ならば言うしかないと朱里は、単直に動いたのだ。

本来であれば微笑ましい場面と思えただろう。
しかし、場が悪かった。間が悪かった。
嫉妬全開で頬を膨らます姫子に、尻尾を振り構えと全開の朱里、そして二人に挟まれ困惑気味の京太郎。

「駄目ですね。これは」

そんな三人の様子を見て煌は諦め大きく溜息をついた。

カンッ!!

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最終更新:2017年10月13日 00:13