千里山のエース、一巡先を視る少女園城寺怜。

「はあぁ、嘘や……嘘やぁ……」

 彼女は嘆きの声を漏らし、顔は土色に染まっている。
 そもそもの始まりはフナQこと船久保浩子の知的好奇心から始まった。

『園城寺先輩のオカルトって麻雀だけに限定されてるんでしょうか?』

 自身もイマイチ理解していない異能の力。
 そもそも病弱、もやしっ子、貧弱な怜には一巡先を頻繁に視る体力がないのだ。
 だから、麻雀以外に使用したことはなく、竜華の心配を袖にして興味本意からフナQの実験に付き合った。

「万馬券が当てられても、不労所得万歳でもこれはあんまりや……」

 一巡先。
 巡るものの一つ未来。
 検証の結果、規格外の異能は麻雀に限定される能力ではなかったことが判明した。

「未来なんて知らない方が幸せやないかぁ」

 能力を把握して生涯働かずに済むことが確定し、怜は小躍りせんばかりに喜び舞った。
 実験を通し、監督であり叔母でもある愛宕雅枝の金融口座を利用して泡銭を作ったフナQも満面の悪どい顔でほくそ笑んだ。

「パンドラの箱に残っとったもんはきっと希望じゃなく災厄やったんや。ああ、ウチは未知を得てしまったんやな……」

 一巡とは何だろうか。
 巡るものという基準は誰が判を下すのか。

『日は巡り、週で括り、年で束ね、干支で数える。そんな風に考え方を変えたらもっと先のことまで視れるんとちゃいませんか?』

 屁理屈みたいな論法を述べたフナQの口車に乗って怜は未来を視れるか試しみた。
 当初は勿論何も見えなかった。
 もしかしたら何か見える時が来るかもしれない。夢が正夢になったように、実は出来るんじゃないかと期待を込めて試す日課が生まれた。
 そして今日、遥か遠くの未来が見えたのだ。見えてしまったからこそ怜の表情は暗かった。

「お金もあって、めちゃんこ可愛いウチが何で独身アラサーになっとんねん……」

 干支を意識して垣間見た十二年後の未来。
 結婚していない。
 働いてもいない。
 一流のギャンブラーとして生きていたのだ。
 摩天楼、涅槃、夜の賭博場を流離い荒らす博徒怜。

「お金は持っとるみたいやけど目が死んどったで……ないわ、嫌やわ、アラサーで結婚してないとか最悪やん……」

 未来を知り怜は絶望する。
 あんな未来は嫌だと決心し、ギャンブルはしないと誓った。これで未来は変わったはずだと信じ、また未来を視た。

「何でやぁ!!」

 ギャンブルをしない未来の怜。
 脳裏に浮かんだのは葬式と遺影に収まった自らの姿。喪主は両親、夫もいなければ子供もいない。
 命短し、哀れなアラサーであった。

「ギャンブルせなウチは死ぬんかい! おかしいやないか……金か? ストレスか? 病弱やからか!?」

 悪態を出しきり心を落ち着かせる。

「絶対男作ったる、絶対や!」

 ギャンブルは容認しよう。
 若くてポックリ逝くとか勘弁して欲しい。独り寂しいアラサーは嫌だと怜は決意し、未来を視た。

「ほわぁっ!?」

 男を作ると誓った未来の怜。
 見えた未来の光景に頭が沸騰する。
 豪邸にイケメンの男達を傅かせ、侍らせ、女王様として君臨する。

「逆ハーレムとかないやろがぁ! 未来のウチは何考えてんねん、ありえへんわ!! 普通に恋愛して、普通に結婚して、子供を拵えんかアホンダラァ!!」

 息を荒げ、肩で息をする。
 興奮しすぎたためか、一巡先を見すぎた結果か視界がクラリと来る。

「ふう、……確か前に視た一年後のウチは大学生でインカレに参加しとったな。華の女子大生、出会いはいっぱいあるはずや……」

 暫しの休憩を挟み大学生活を未来視する。

「……あかん、今の進学希望先は女子大やった、竜華やセーラたちとは違う進路やし、友達作るの得意やないからな……あははぁ」

 大学生でも麻雀に青春を費やし、最後に迎えるは独身アラサー、アラフォーへの道。
 こんなはずやないと漏らしながら、怜は未来を視ることを繰り返す。
 ある時は、病いに倒れ。
 ある時は、ヤクザに刺され。
 ある時は、ある時は、ある時は、ある時は……。
 希望の見えない未来、何度も視ることで疲弊していく身心、それでも怜は諦めない。

「ふははは、やったで、つ、遂に独り身ルートからの脱出ルートを見つけたった」

 進むべき勝利の地は長野にあり。
 怜が結婚出来る相手は背丈の大きい金髪の男らしい。

「あの金髪、どっかで見かけた気がするんやけど……思い出せへんな。ウチの知り合いにはおらんはずやし、気のせいやろうか?」

 高身長のイケメン、垣間見た夫婦生活では怜の理想を叶えるように至れり尽くせりに世話をやかれていた。

「まあ、細かいことはええか。絶対見つけて逃がさへんで金髪」

----
--

 大阪で少女が意気込む頃、長野の清澄では盛大な嚔が部室に響く。

「犬、唾飛ばしやがって汚ないんだじぇ」

 対面にまで飛んできた唾にタコス大好き少女優希は眉を顰めた。

「すまん」

 黒一点、唯一の男性部員である京太郎は非を認めて素直に頭を下げた。

「風邪ですか?」

 下家の少女、おもち主の少女和は少年に気遣いを見せる。

「多分風邪じゃないと思うけど……」

「けど?」

 少年のどこか歯切れの悪い言葉に上家に座っていた幼馴染みの咲が続きを促す。

「なんか悪感を感じるっていうか……」

 悪い予感がする。
 そんなオカルトはあり得ないとばかりにピンクな少女は条件反射にSOAった。
 気のせいだよな自分に言い聞かせるも、少年は腑に落ちない言い難い感覚を今も感じていた。

(誰かに見られてるような……気のせいか?)

 怜と京太郎が出会うは来年の春。
 清澄麻雀部をも交えた行き遅れを賭けた闘いが幕を開ける。


カンッ!

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2018年01月27日 20:50