「……」
「……」
仕事が終わり、玄関を開ければ目の前には自宅の玄関の筈。
しかし、京太郎の視線は玄関でなく、玄関先に倒れている人物に目が行った。
その人物は、真っ赤なエプロンを付けており包丁の傍らに倒れている。
顔は青白く、赤のエプロンと思っていたものは血によって染まっていた物であった。
何処からどう見ても殺人事件の現場。
自宅でそんな現場に遭遇した京太郎は、勿論うろたえて……うろたえない。
ただただ呆れた視線を送り、溜息を付くとその倒れている死体にチョップをかます。
「てい」
「あいたっ!」
頭に一発かませば、喋る筈もない死体から声を聞こえ、ムクリと起き上がる。
「……今日は一段と片付けるのが大変そうだな」
「ふふふ……」
そう言うと、倒れていた死体――京太郎の妻の怜が嬉しそうに笑う。
ずっとこうなのだ。
怜は結婚した後、暫くすると玄関先で様々な死んだふりをしている。
ある時は、麻雀台に潰され。
ある時は、膝に矢が刺さっていて。
ある時は、口から吐血をして。
最初見た時は、本気で心配したものだ。
子供の頃から病弱であった怜。
大人になるにつれて元気になったが、倒れていると流石に心配になる。
しかし、何度も続けば慣れるというもの。
「ご飯出来とるよー」
「……タコス?」
「正解!」
起き上がれば、何事もなかったように怜が告げた。
そんな怜に対して、京太郎は苦笑しつつも床を見て晩御飯を当てる。
床には血糊で出来たダイイング・メッセージは『たこす』とあった。
「それじゃ……晩御飯の準備よろしく。俺は少し片付けてから行くわ」
「あはは。ごめんなー、後で私も手伝うからなー!」
そう言って、ぱたぱたと真っ赤なエプロンを付けたまま去っていく。
あのまま準備するのだろうなと京太郎は苦笑した。
頭に矢が刺さったまま料理の仕度をしている時もある。
それに比べたら、今日はまだましだろう。
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(やっぱり……寂しいのかな)
怜の死んだ振りに対して、様々な憶測をしたり、友人に相談したりしている。
その中で最も有益であった情報が「寂しいのでは」ということであった。
確かに結婚する前よりも、構ってやれる回数が減っている。
京太郎の職業は、プロ雀士。
プロと言っても有名なものではない。
上位のプロと比べるとまだまだ若輩であり、二人で食べていくのが精一杯。
元々運も少なく、オカルトも持っていない京太郎が勝ち抜くには技術を上げ、勉強を必死にこなすしかない。
それでも楽しく、辞めたいとは思わない。
(怜に苦労かけるのも……)
しかし雑巾で血糊を拭きつつ、そんなことを考えてしまう。
「なー」
「っ!」
考え込んでいれば、準備が終わったのだろう。
目の前に怜もしゃがみ込み、此方に不思議そうな視線を送っている。
「んー……」
「ごめん。ご飯か」
そんな彼女に悟られないように笑い、立ち上がろうとする。
しかし、立ち上がろうとすると怜に頭を両手で掴まれた。
そして、そのままおでことおでこをコツンと合わせてくる。
「私に出来るのはこれぐらいや。堪忍なー……」
「あっ……」
そのまま、ぐりぐりとおでこを合わせてから、怜が去っていく。
そんな彼女を見て、京太郎は微笑む。
ようやく怜の意図が理解出来たから。
(これが俺達の愛の形なんだな)
苦しい事もある。悲しい事もある。
しかし、どんなに重い気持ちでも玄関を開ければ呆れに変わるのだ。
「まだまだ、頑張れるな。……怜ー! ビールもお願い!」
「えー……しゃーない。一杯だけなー」
家に帰ると必ず怜が死んだ振りをしています。
一体、明日はどんな死に方をしているのだろうか?
カンッ!
最終更新:2018年01月27日 20:50