諦めの悪い女 憧編

 土曜日の夜

京太郎「んじゃなー。お休み憧」ピッ!

憧「ったく、京太郎の奴ってば本当にタイミング悪いんだから」 

憧「なにが、追伸、今日も可愛いぞ、憧。よ」

憧「見てるこっちが恥ずかしくなる様なメール送るなっつの」 

 部屋の時計を見ると、午後十時を回っていた。寝るにはまだ早いし、

かといって映画を一本見るにはキリが悪い時間だ。

憧「ん~~~。んふふふ~~」

 こんな時はパソコンに保存した京太郎の写真を見るに限る。フォルダを

開き、京太郎という名前のアイコンをクリックして適当な写真を開く。 

 サッカーの授業でゴールを決めた京太郎。

 麻雀牌で四暗刻をつくってドヤ顔してる京太郎。

 それから私の手を握って肩を抱き寄せてくれる京太郎。

 私の髪に櫛を通して、すごく優しい眼差しを向けてくれる京太郎。

憧「相思相愛なんてできすぎてるけど、好きになって良かった」

 恋人と言うより、まだ小さい妹の面倒を見るという感覚に近い感じで

京太郎は私に接してくれる。

 気が付けば京太郎の事を考えているのが楽しい自分がいる。

 だけど、いつか京太郎から別れを切り出される日が来るかも知れないと

思っている自分がいる。

 恋を知って女は磨きが掛かるとお母さんが言ってた。加えて、今までの

自分から前進する事に億劫になるとも言っていた。

 確かにその通りだと思う。でも、

憧「そんなんじゃ足りないっつーの」

憧「もっともっと惚れさせて、私以外に目が行かない様にしなきゃ」 

 そう呟いた私だけど、結局眠りに就いたのは午前二時だった。




日曜日

憧「さてと、今日は暇なのよねぇ」

 お姉ちゃんは朝早くから車に乗って、ツーリングに行っちゃったし、

シズも運動部の方に顔を出して日曜日を満喫してる。灼さんは日曜日だから

ボウリング場の店番してるし、玄は....

憧「....そうよね。今更どんな顔して、あの二人と話せば良いのよ」

 私にとって親友と言っても差し支えない、あの仲良し姉妹の顔が

脳裏をよぎる。

 私が京太郎に告白する前、玄が落ち着かないでいる時期があった。

 今にして思えば、おそらく玄が京太郎に告白する前だったんだろう。

 でも、京太郎は玄の告白を断って私を選んでくれた。

 正直思うところがない訳でもないけど、それでも釈然としない何かが

私と玄と京太郎の心の中に刺さってる。

 宥姉はまだ部室に顔を出して麻雀してるけど、玄は京太郎に振られた

その一週間後くらいに学校にも来なくなっちゃった。

憧「やめやめ。こういうのは早い者勝ちなんだから気にしない」

 横恋慕とか横取りなんて卑劣なやり方とはほど遠いのが玄だ。

 だから、そう。これはきっと偶然なんだ。

 携帯電話に着信が入って、その相手が玄の姉である宥姉だってことも。

憧「宥姉....」

 電話越しから私の耳に飛び込んできた宥姉が何を言ってるのか。

 それを理解した私は、急いで家を出て松実館へと向かった。



松実館

 松実館の入り口から仲居さんに事情を説明し、宥姉のいる離れの方へ

私は歩いている。勝手知ったるとは言えないものの、小学生の頃と全く

変わっていない松実家の人達が住む離れは、あの時と全く変わっていない。

宥「あっ、憧ちゃん....」

憧「宥姉、私。来たよ」

 弱々しい声と共に、宥姉の部屋のふすまが開き、私は部屋に招かれた。

憧「玄は?玄にも関係はある話なのにいないの?」

宥「うん。玄ちゃんは今日は一日いないの」

憧「そ....。まぁいいか。その方がお互い都合が良いもんね」

 相変わらず冬の訪れが早い松実館の宥姉の部屋だけど、今日ばかりは

宥姉の厚着もあまり意味を成さないようだった。

 まず、目が笑っていないのだ。私も、宥姉も。

 頼れる姉貴分と顔見知りの可愛い後輩で今まで良好な関係を築いてきた。

 そりゃ玄には負けるけど、私も宥姉の事は可愛いと思ってるし、尊敬も

してるし、友情もそこらにいる連中よりかは感じてる。

 でも、悲しいかな。男一人巡るとなると女同士の友情は障子紙よりも

脆く破れ去ってしまう。私も宥姉も互いが互いに目の前にいる相手に対し、

感じている感情が、今までとは全く正反対だという事に気が付いていた。

宥「憧ちゃん....。あのね...」

憧「宥姉」

 今までの弱気が嘘の様に強い視線が私の瞳を射抜く。

 宥姉、と続けようとした私の言葉の上に、彼女の本心が被さってきた。 

宥「京太郎君と、別れて」

 いつものか細い声ではない、強い意志が込められた言葉が飛び出す。

宥「私の方が、京太郎君を幸せにできるから...」

宥「私の方が、京太郎君の事を大事に想ってるから...」

宥「だから、お願い」

 そう言って宥姉はテーブル一つ隔てた私の隣に移動して、そのまま両手を

床につけ、丁寧に額を床につけて土下座した。

 ああ、この人はそう言う人なんだ。

 こういう時にも優しさを捨てられない私が知っているいつもとなにも

変わらない宥姉なんだと思わず目頭が熱くなる。 

 京太郎を好きな女は二人以上はいるってのに、肝心の京太郎が一人しか

いないなんて不公平に、なんで私も宥姉もまきこまれなきゃならないのかな。

憧「宥姉、やめてよ。土下座なんてされても...困るよ」

 酷い話よね。全く。

 お互い自分の主張を譲る気が無いって話し合いの中で、こうも深々と

頭を下げられてしまわれては私がまるで悪者のようではないか。

宥「ごめんね。ごめんね憧ちゃん。でも、もうこれしか思い浮かばなくて」

 土下座をやめさせた私の瞳に、涙と鼻水で顔をグシャグシャにした

宥姉の泣き顔が飛び込んできた。

宥「玄ちゃんも、京太郎君のことが好きで...」

宥「私もっ、私も京太郎君と一緒に、恋人として居たくって...」

宥「でも、でもっ...玄ちゃんがぁ....玄ちゃんがぁ」

宥「玄ちゃんが幸せに、なれば、なれれば...良いと思って!!!」

宥「終わっちゃったの...終わっちゃったのぉ!」

宥「でも、私、わたしはぁ...まだ、まだ諦めきれなくて!」

宥「だから!」

 今まで押し込めてきた自分の感情を爆発させた宥姉は本当に痛々しくて、

見てられなくて、だから...私は。

憧「ズルいよ宥姉!泣き落としで男譲れって迫るなんて卑怯よ!」

 ああ、この後の30分くらいに渡る聞くに堪えない激しい口論は後にも

先にも、もう思い出したくないくらい最悪な気分にさせてくれた。

憧「宥姉の気持ちは痛いほど分かるよ!私も逆の立場ならそうする!」 

憧「でも、何考えて土下座して人の男を譲れって頼んでんのよ!」

憧「誠実気取って筋通そうとしても、やってることは最低じゃない!」

宥「憧ちゃんだってずるいよ!」

宥「私だって本当は憧ちゃんの居る場所に立ってたかったよ!!」

宥「玄ちゃんにも、憧ちゃんにも遠慮しないで早く告白したかった!」

憧「へぇ~!後の祭りになってから自分の後悔大暴露ですか!」

憧「宥姉が有名人じゃなくて残念よ。あー!本当に腹立つわ!」

憧「金にもならない愚痴なんて本当に願い下げだっつーの」

憧「見損なったわよ宥姉!」

憧「仮に私が京太郎をアンタに譲ったとして、玄はどうなるのよ!」

憧「良い面の皮じゃない!姉が妹の初恋を蔑ろにしてどうすんのよ!」

宥「そんなの関係ない!玄ちゃんは関係ないの!私は本気なの!」

宥「はぁ....はぁ....。例え、憧ちゃんでもこれだけは、譲れないの」

宥「私は、私はまだ...ううん、絶対に諦めたくないの...!」

 本当に顔色が悪くなってきた宥姉は、息も絶え絶えになりながらも

私の容赦ない言葉に怯む事無く立ち向かってきた。

憧「しっつこいわね!そんなに私と京太郎の仲を引き裂きたい訳?!」 

憧「どう取り繕っても宥姉のやろうとしてるのは略奪だよ!」

憧「私と京太郎が不幸になっても幸せなんです。って言い切れるの!」

宥「言えるよ!ゲホッ!ゲホッ!言えるッ!」

宥「譲れ...ゲホッ!ない...から...」

宥「お願い....憧ちゃん。お願い、だから....」

 最後まで自分の意思を貫き、曲げなかった宥姉は、そのまま前のめりに

なって床に崩れ落ちた。

憧「ちょっ!宥姉?!ねぇ、しっかりしてよ!」

 怒りと興奮から我に返った私は、目の前で倒れ伏している宥姉の悲惨な

現状を目の当たりにして、思わず腰が抜けてしまった。

憧「待ってて!すぐ人を呼んでくるから!」

宥「約束して....お、お願い...だから....」

宥「せめて、京太郎君と満足がいくまで...話を...させ...て」

憧「分かった。約束する!宥姉の気持ちは充分分かったから!」

憧「だけど、どんな結果になっても恨みっこ無しだからね!」

憧「約束だよ?!」

 ありがとう。そういって宥姉は気を失ってしまった。

仲居「どうかされ...?!大変、すぐ救急車を呼ばないと!」

 騒ぎを聞きつけた仲居さんが宥姉を目ざとく見つけ、慌ててその場を

後にした。





 結局、宥姉はあの後意識を失い昏睡状態に陥ってしまった。

 玄は私を責め、ハルエとシズはなんとも言えない顔で私を慰めてくれた。

 灼さんは泣きじゃくる玄を抱きしめ続け、私を一度も見なかった。

 世界にたった一人だけ取り残されたような感覚を味わった私は、死んだ

様にベッドの上で横たわる宥姉にゴメンと告げて、そのまま病室を出た。

憧「ああ、本当になんてザマよ」

 病院のロビーの目立たない椅子に腰掛け、こぼれる嗚咽を誰にも

聞かれないようにして、懸命に歯を食いしばる。

憧「京太郎....」

 それでも涙はこぼれる。こんな時傍にいてくれないアイツが恨めしい。 

京太郎「呼んだか?」

 不意に肩が掴まれる。顔を上げるとそこには京太郎が立っていた。

 続く

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最終更新:2018年04月26日 22:32