見えない娘と果報者の息子
今は昔、長野と呼ばれたところに、金色の髪を持つ女性がいました。彼女は一人息子を持っていて、子の名を京太郎と言い、誰とでもすぐに打ち解ける子でした。
さて、この息子が時たま虚空に向かって語りかけているので、母親が不思議に思い、何に話しかけているのか聞いてみると、息子は
「皆に見えない女の子がそこにいるんだ。」と言いました。
それを聞いた母親は、子供に有りがちな空想だと思い放っておきました。
しかしその行動は息子が大きくなっても一向に収まらず、むしろ悪化していきました。
母親は非常に心配し、
「なあお前、そんな事では誰もお嫁に来ちゃくれないよ。」と言いました。
しかし息子は「皆に見えない娘こそが俺の嫁になる娘だよ。」と言って聞きません。
母親はいよいよ参ってしまい、働きもせず飲んだくれてしまうようになりました。しかし家からお金が無くなることはありませんでした。
何故なら息子と皆に見えない娘が健気に内職をしていたからでした。
息子と見えない娘がくたくたになって寝ていると、その健気さに心打たれた太陽神が二人の夢に現れました。
「これから1年間言葉を決して人前で発する事なく過ごしなさい、喋っていいのは二人きりの時だけだ。それを成せばわたしはお前たちを周りより多めに照らし、皆に見えない娘を皆に見える娘に変えると約束しよう。」
息子は「しかしそれでは業者に卸す事も出来ずお金が無くなってしまいます。」と言いました。
太陽神がそれに対し「毎朝私が昇る頃、井戸にお前たちが作った物を投げ入れなさい、そうすればお前たちの苦労に応じた代金を支払ってやろう。」と言ったところで夢が覚めました。
息子と皆に見えない娘は、早速夢で言われたように内職で作った物を井戸に投げ入れました。すると井戸の周りにあった石が黄金に変わっていました。
二人は大変喜び合い夢で言われたように人前で喋らない事を誓い合いました。
しかし、誰とでもすぐに打ち解ける男だった息子の元に、急に喋らなくなった事を心配してやってくる友人達が押しかけ通い詰めました。
「どうしちゃったの?どうして何も喋ってくれないの?」
「一体どうしちゃったんですか?皆心配してますよ?」
「どうしたんだじぇ!なんとか言え犬!」
「わりゃあ大概にせんと皆怒るぞ!」
「須賀くん、本当にどうしちゃったのよ……」
息子は皆に悪いなと思いながらも決して喋ることはありませんでした。
やがて皆が呆れ果て誰も来なくなり、家の周りには息子と皆に見えない娘と母親がいるだけになりました。
そして二人はもくもくと内職に励み、二人きりである事を確認した時は愛を語り合って暮して行きました。
そしてとうとう365日が経ち二人は喜び勇んで母親にこれまでの経緯を語りました。
しかし、母親は訝しみながらこう言いました。
「そう、それでその素晴らしい娘さんは何処にいるの。」
その年が閏年であった事を二人はすっかり忘れて勘定に入れ忘れていたのです。
すると太陽神が現れ「あと一日だったのに非常に残念だ、私との約束を違えてしまったのだからこれから先お前たちを照らしてやる事は出来ない。だがお前たちの作るものは非常に出来がいいからこれまでと同じように買い取ってやろう。」
すると息子の姿が見えなくなり、皆に見えない娘以外から忘れ去られてしまいました。
母親は、訳もなく涙が出たのですが、何故哀しいのか分からずとても困惑して家にある酒を全て呑み無理矢理眠りにつきました。
朝目が覚めると何故か家の前に黄金がありました。
不思議に思いましたが全て拾い終えるとなんだか胸が暖かくなり心根を入れ替え働くようになりました。
翌朝も、その次の朝も、その次の次の朝も、とにかく毎朝黄金があるのでそのお金で家を立派にし、孤児院を建て、人の為に尽くし、周りからは果報者と呼ばれ一生を終えました。
今でもその家があったあたりでは皆に見えない二人が愛を囁き合う声が聞こえる事があるそうです。
「愛してるっす。」 「俺もだよモモ。」
最終更新:2018年04月28日 23:06