とある日の麻雀部部室にて。
「あの…部長。ちょっと、その…エッチについて相談したいことがあるんです」
竹井久は、後輩がおどおどしながら口走った台詞に思わず転びそうになった。
「ちょちょちょちょちょっと待って!?ど、どういうことなの!!」
「その、部長って男の人慣れしてるそうですから、私と京ちゃんのエッチのことを…」
「いやいやいや!待って待ってお願いだから!!」
宮永咲の可憐さすら感じる態度と、口から出てくる言葉のギャップに頭が眩む。
何とか呼吸と思考を鎮めようと努力しながら、久は声を絞り出した。
「と言うか貴女と須賀君、付き合ってたの…?それですら初耳なんだけど」
「はい。その…中学の頃からかわれたから、今まで隠してたんです」
納得出来る話ではあるなと、未だ混乱する頭の片隅で久は独り合点した。
気さくな彼氏の方はまだしも、引っ込み思案の咲には煽られるのも辛かろう。
「それで本題なんですけど…京ちゃんのが大っきすぎて私、エッチするのが辛くて…」
「おぉ…そう、なんだぁ…へぇ…」
酷く落ち込みながらも、さりとてどこか恍惚とした咲の表情は、紛れもなく女の顔である。
─こ、この子…こんなに地味な見た目でやることはやってたのね…。
彼氏は見た目からして遊んでいそうな外見だが、咲の方はどう見ても純朴な少女そのもの。
久とて彼らの性格や親密さを知らなければ、咲が遊び人に弄ばれていると思ったかも知れない。
「それで染谷先輩に相談したら、そういうのは部長の方が詳しいからって言われたから…」
「そ、そっか!そうなんだね?うんうん」
─あんの…眼鏡ッ!よくも私にこんな核爆弾を投げて寄越したわね…!?
悪態を吐こうにも、久の脳は既に許容限界を突破し、まともな対応さえ覚束なかった。
ぶっちゃけてしまうと、彼女も眼鏡の副部長も、性体験などさらさらない。
何せ、交際したことさえ絶無なのである。相談になど乗れるはずがないではないか。
しかし、沸騰した頭は本音を話すことも、拒絶することさえ出来ずに状況に流されていく。
「例えば朝、京ちゃんを起こす時には、口でしてあげて起こすんですけどそれも苦しいんです」
咲の方も半ば暴走気味なのだろう。顔を上気させながら、自身の性生活を暴露していく。
「でも手だけだと上手く行かないし、わたしその…胸でしてあげられるほど大きくないし」
「ふ…ふぅん…!?」
久もまた、生々しく語られる未体験の領域に、我も忘れて聞き入り始めた。
「それで本番の時は…初めての時みたいに血も出なくなったけど、それでもキツくて」
ごくり、と生唾を呑み込んだのは、果たしてどちらだったのか。
「結局、京ちゃんに我慢させて終わっちゃうんです。それが凄く申し訳無くて」
「なる、ほどね…つまり咲。貴女は…その、須賀君を満足させてあげたいのね?」
熱に浮かれた頭でも、要点さえ掴めれば何となく悩みの実像が見えてくる。
詰まるところ咲は、自分の辛さより、それで彼氏にお預けをさせるのが嫌なのだろう。
如何に円滑に、かつ円満に性交渉を行うか─成る程、言われてみれば確かに深刻な議題だ。
「円滑に…あ!そそ、そうだ!入れるのが辛いなら、いっそ潤滑油があればいいのよっ!」
突如久の脳裏に、そんなアイデアが降って来たのは、ただの偶然に過ぎなかった。
昔、小耳に挟んだ程度の性知識。確かその手のポルノでも使われる小道具のひとつ。
「ローション?って言う…んだけど。エッチの時にその、滑りを良くするんだって?」
「そ…そんなのがあるんですか?」
コテンと首を傾げる咲は、性行為と猥談に邁進しているとは思えないほど清楚に見えた。
「部長っ!あの時の助言、あろがとうございますっ!!」
後日の部室。晴れやかな顔でそう叫ぶ咲に、久はまたもやひっくり返りそうになった。
「お陰でスムーズにエッチが出来るようになって、ふたりとも大満足です!」
「あ、そうなの…良かったわね、うん」
向けられる尊敬と感謝の眼差しを、久は何とか目を逸らさずに受け止める。
「一度慣れたらちゃんと濡れて気持ちよくなって、ローションも要らなくなって…」
咲はそんな彼女の見えもつゆ知らず。男を知った同志だと思い込んで赤裸々に語り出す。
「でもやっぱり京ちゃんの大きいから、結構苦しい時もあるんですよ。でもそれが癖になって…」
「ほ…ほぉう…!?」
久も何だかんだでお年頃。内心は咲の語る性体験に興味津々であった。
「それで量も凄いから、いつも最後は溢れてお腹がたぷたぷに…あっ!ちゃ、ちゃんと避妊はしてますよ!?」
「と、当然でしょ!学生のうちに子どもを作るなんて、絶対に駄目なんだからね?!」
ふたり揃って慌てふためいたあと、しかし咲は視線を落としてぽつりと一言呟いた。
「で、でも…いつかは結婚する訳だから、その時は赤ちゃん、産んで上げたいな…って、思います」
「…えっ」
─────
「ぉ…重いのぅ、咲…」
「?どうしたんですか染谷先輩。扉の前で固まって」
「…おんしのせいじゃ京太郎…覚悟せぇよ」
「???」
そんな話を聞かされた眼鏡の副部長は、いけしゃあしゃあとやって来た金髪の後輩を睨むと、大きな溜息を吐いた。
完
最終更新:2018年04月29日 23:18