「飲み比べをしようか」

普段尻にしかれていることへの意趣返しではないが
普段は全く飲んでくれない妻が酔った可愛い姿が見たいという
欲望に勝てなかったのだ

夫婦で参加した麻雀関係者が多く集うパーティーに
妻の故郷で作られた高級ワインがあったというのも原因ではあるが
ほんの思いつきで勝負を持ちかけたのが大が付く程に失敗だった
どこか負けず嫌いで見た目違わず子供っぽいところがある妻を揶揄った代償は
思ったよりも大きかった



ネリー「キョウタロウは何でそんなにヒワイなの!」

京太郎「ブハッ!?」

祖国で造られたワインを二、三口飲んだだけでネリーはものの見事に泥酔した
しかも、かなりタチの悪い酔い方だ


ネリー「男の人はわ、ワイセツなのが普通だって言うけどさ!キョウタロウは度が過ぎてるよ!」

ネリー「いつもあんなことして…ネリーの体が壊れちゃったらどうするのさ!」

ネリー「昨日の夜なんか庭でネリーの…を…して、う~…あ、あんな恥ずかしいことを…!」


真っ赤な顔で、しかも肝心な部分で口ごもるものだから周囲にあらぬ誤解を招いていたが
宴席に参加した誰もが想像したであろう艶めいたことは何もなかった
対局中には、必要とあらば暴牌スレスレの打牌を連続で押し通す程に強気なネリーは
“その手”のことに関しては極めて奥手で、結婚して半年は経つというのに
京太郎が風呂上りにパジャマの胸元をちょっと開けて涼を取っていただけで

『そ、そんなヒワイなかっこうで部屋の中をうろつかないで!』


などと顔を赤くして抗議してくるのだ。もっとも、そんな顔も可愛いのだが
“昨日の夜”のことに関しても何のことはない
ネリーが風呂上がりに庭で涼んでいたときのことだ
高校時代から変わらぬ長く豊かな髪なので乾かすのも大変だろうと
ゆっくりと団扇であおいでやり、乾いた後でヘアブラシで梳ってやり、
ベッドまでお姫様だっこで連れていってあげただけだ
別段何も手を出してなどいないのだが、ただそれだけのことがネリーにしてみると
『あんな恥ずかしいこと』らしい

「気持ちは分かるが庭はヤメておいた方がいいぞ」

「そうそう。勢いでその場を乗り切っても次が誘いにくくなるからな」

同期のプロの友人がそんな忠告をしてきたが、身に覚えがあるのだろうか
無論京太郎とて弁明しようとはしたのだが、主に女子プロの面々の
こちらを射殺しかねない程の視線と圧力のせいで誰もまともに取り合ってくれなかった
結婚してからも軽薄そうな見た目が影響しているのか

「いかにも須賀のヤツのやりそうなことだ」

そう言わんばかりに視線を交し合う参加者に辟易とさせられるばかりだった
実際には風評被害もいいとこなのだが

(俺は昔からこいつ一筋何だがなぁ…)

『夫婦仲は円満みたいですね』
『同級生としても喜ばしい限りです』

明華先輩とハオに至っては、目と口元が完全に笑っていない状態で
そんなことをいうものだからたまらない。ある意味この二人が一番怖かった

極めつけは瑞原プロがネリーに話しかけた一言である

『須賀君がどんな無理をさせてるのか、はやりんにお話しして?先輩として相談に乗っちゃうゾ★』

すっかり出来上がっているネリーは、アイドル時代と変わらぬ若い美貌に
胡散臭い心配顔を浮かべた瑞原プロの口車に乗せられるままに、
例によって重要な部分をボカした思わせぶりな口調で、ペラペラと京太郎のことを喋った

そんなわけで流石に色んな意味で居たたまれくなり、文字通りネリーを抱えて会場を中座したのだった



抱き上げると、ネリーはまるでスイッチが切れたかのように、ことんと眠りに落ちた
すやすやと寝息を立てる様子は無邪気だ。公衆の面前で暴牌ならぬ爆弾発言を次々と連発し、
夫を窮地に陥れた悪妻とは思えない、16の時に初めて会ったときのことを彷彿とさせる愛らしさだ

(ネリーを酔わせるのは二人きりのときにしよう…)

京太郎はそう固く誓ったのだった


カン!

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最終更新:2019年03月11日 01:02