元々体を動かすのは嫌いではなく、アクティブ系な男子である以上キャンプと言うものに興味はあった
そんなある日、奈良への旅行券を手に入れた俺は、和の友人と言う縁で知り合った少女が絶賛していた山へと訪れた
山間の清流、その川辺の開けたところにテントを設置し、石を積み上げ簡単なコンロを作る
もちろん、ちゃんとした登山ルートを通り、増水などの被害を避けうる安全な場所を確保した上での事だ
キャンプ初心者の俺がここまで手際よく事を運べた理由
それは、この山へ来る原因となった少女、この近辺の山を知り尽くした深山幽谷の化身、高鴨穏乃とたまたま再会し、共にキャンプをすることとなったからである
そしてその穏乃はと言えば、楽しそうに鼻歌など歌いながらカレーの仕込みをしている
キャンプとカレーの組み合わせを今回のキャンプのメインイベントの一つにしている、と知った穏乃は、まるで子犬が人に甘えるかのように俺の回りをくるくると回り、同行させてくれとねだってきた
その様に、一瞬子供か!と突っ込みたくなったのだが、たしかに初心者が一人キャンプをすると言うのは危険も伴う
先達がいれば心強いし、やはり安全と言うことは何をするにしても優先されるべきと思い、是非ともいっしょに行ってほしい、と頼んだのが事の顛末である
その後、穏乃は一度家に帰り、リュックにキャンプ道具と夕食後のデザートを母から分けてもらって合流した、と言うわけだ
「やっぱり飯盒で炊くご飯とカレーって最高だよねー」
「だよなー……でもお前、ホントに手際良いな。俺も最近料理の練習してるけど、なかなか上達しないからなぁ」
「こう見えても、花嫁修行はしてるんだよ!最近だけどね!」
「マジか……しかし穏乃が花嫁修行ねぇ」
ぞくり、と背筋に冷たいものが走った
何故か
自分の言葉を反芻する
花嫁修行
そうだ
穏乃は自分と『同い年』の『女子』なのだ
大学などで独居する可能性を考慮しても、個の年齢で料理などを母から教えてもらっていてもおかしくはない
では、何故自分は穏乃の同行を許可したのだろうか
安全策をとることを考えたとしてもあり得ない選択
たしかに同行をねだってきた時の彼女は、身長と相まって年齢相応には見えなかった
しかし、それだけで、この段階まで穏乃が同い年の少女であると言う事実に気付かないことなどあるのだろうか
心臓が、痛いほどに鼓動を速める
「京太郎、どうしたの?あ、わかった!『つかれちゃったんだ』ね!山登り初心者だもんね!いいよ。テントで横になっててよ。駄目だよ?無理したら……」
ふと、どこかで読ん昔話を思い出す
「あと二時間もしたら日が落ちるからね。無理して体調を崩したら、大変だよ。」
山に誘い込まれる。シラフのはずなのに、ほんの少しだけ認識がズレてしまう
頭がくらくらとする
「だって、夜の山はすごく危ないからね。これから下山はもう無理だから」
でも大丈夫、『私』がいる限り、ここは安全な場所だから
頭の奥に、穏乃の、まるで先程までの少女のような声とは違う
子犬のような可愛らしい声とは違う、猫のような、蜜のような、蕩けるような声で
明日の旭が昇るまで、側に居てあげるから
そう、囁きかけてきた
……カン!落とし所見失うと言う一番のホラー
最終更新:2019年10月09日 10:08