いつ頃からだっただろうか
周りの仲間たちが、周りにいるように思えなくなってきて
仲間だと思っているのは自分だけなのではと思うようになってきて
笑っているのをみて、喜んでいるのをみて、泣いているのをみて、戦っているのをみて
こんなにも、他人事のように、楽しむようになってしまったのか
京太郎「九月か…」
麻雀部が楽しくなかったわけではない、麻雀が嫌いになったわけではない
彼女たちが嫌いになったわけではない、不満があったわけでもない
ただ、熱が冷めてしまった、そうとしか言いようがない
京太郎「ふぅ、いいタイミングかもな」
退部届を出そう、説明したら納得してくれるだろう
咲にも友達ができた、一人にしても大丈夫であろう
優希とは仲良くなれた、これからもたまに遊んでくれるだろう
和とも話せるようになった、すれ違ったら挨拶ぐらいはしてくれるだろう
染谷先輩にはお世話になった、休日には実家の雀荘に遊びに行こう
部長にはこき使われた、軽い皮肉でも言って慌てさせてやろう
麻雀部は大丈夫だ、俺一人がいなくなっても難なく回るだろう
さて、どの部活に入ろうか、バスケとかいいかもしれない、動きはハンドと似たところがある
あえてテニスに挑戦してみるのもいいかもしれない、ラケット競技は慣れてないが新鮮であろう
いつも通り部室に向かい、扉を開ける
部活の皆がこっちを向いて挨拶してくる
それに対して、半ば反射的に返し、ゆっくりと部長のもとにいく
久「あら、何か用?」
カバンから退部届を出して、部長に渡す
久「え?」
部長は少しだけ声をあげ、こっちを見る
京太郎「えー、約半年間お世話になりました!今日で退部させて頂きます!」
なるべく堂々と、後腐れないよう、はっきりとそう伝えた
だが、返ってきた言葉は、想像していたものとは全く違っていた
久「…あはははは!冗談にしてはちょっとつまらないわね!」
あっけらかんとした様子で笑う部長、その姿はいつも通りだった
京太郎「え、いや、本気なんですが…」
そう伝えようとした、しかし部長の様子を見ると強く言えなくて、どうしても尻すぼみになってしまう
まこ「ったく、そんな冗談言ってる場合があったら、こっちきて勉強せい」
染谷先輩も本気だと捉えてないらしい、教本を片手に手招きをしている
京太郎「だ、だから、これ見てくださいよ!ほら!」
退部届を強調して主張したが、誰も真剣に取り合ってくれない、そのとき
優希「なんだじぇ?まーだそのネタ引っ張っているのか、ほら半荘やるから卓に座れ!」
そう言って俺の退部届を手に取ると、無造作に破き、捨ててしまった
京太郎「…え?」
おかしい、優希はたしかにガサツなやつではあったが、人の物を勝手に破くようなことはしない
咲「ほら、京ちゃんも座って、嘘でもやめるなんて言ったらダメだよ?」
和「そうですよ、そういうことは軽々しく言うものではありません」
咲はいつも通りの笑顔でさとすように言い、和も少し怒った風に注意してくる
なんだか、致命的なナニカがずれている気がする
咲「なんでそんなこと言うの?」
咲が感情のないような顔で、ジッと見つめてくる
その瞳はスッと透き通っていたが、真っ黒でどこまでも吸い込まれそうになって
京太郎「あ、ああ」
ぱっと周りを振り返る、皆、同じようにジッと見つめてきている
次の一言に賭けているような、そんな沈黙が、続く
喉に舌が張り付く、冷や汗が止まらない、手が震えてくる
もし、ここで、もう一回退部すると言ったら、どうなるのだろうか
どうなってしまうのだろうか、どうしてしまうのだろうか
京太郎「す、すまんすまん!冗談にしては引っ張りすぎたか!」
優希「ったく、今日はたくさん打つから時間がもったいないじぇ!」
和「そうですよ、須賀君は初心者なんですから、まずはたくさん打ちませんと」
久「夏までは雑用ばっかさせてたしね、これからは沢山打っていいわよ!」
まこ「わしが後ろで見といてやるから、なんかあったら声をかけてくれ」
咲「もー、京ちゃんが変なこと言うからビックリしたじゃん!」
京太郎「ははは、じゃあ頼むぜ!」
結局撤回した、退部の件をなかったことにした
一瞬のうちにいつも通りの空気感に戻ったが、あれはなんだったのだろうか
あそこで言っていたらどうなっていたのだろうか
京太郎「うーん、これか?」
まこ「おっとっと、これはこっちの方がええぞ」
今日の部活はこのまま過ぎていった、いつもよりも多く打たしてもらい、やりがいを感じた
麻雀も楽しいかもしれない、我ながら単純だとは思うがそう感じた
…いや、それよりもあのことが、自分を縛っているのであろう
そのことがとても心地よく思えた
カン!
最終更新:2019年10月09日 10:23