インターハイ終了後 8月末 清澄高校にて

はやり「ほぇ~。凄いんだね~」

久「はい。今もまだ夢の中に居るようです」

はやり(インターハイもつまらなくなったな)

はやり「ところでさ、男の子の部員もいるんだっけ?ここ」

久「あっ。いますよ。須賀君に何かご用ですか?」

はやり「うん。やっぱり仕事だから全員分しないと」

 戸惑いながらも、これも仕事という名目を引き合いに出されては
敵わないと判断したのか、彼女達は取材を切り上げ、最後の一人を
ここに連れてきて、そそくさと部室へと向かっていった。

京太郎「あの、どもっす」

はやり「こんにちは☆はやりだよ」

 来た!遂に本命が来た!
 金にもならない仕事を引き受けたのも全てはこの子に会う為だ。

 本当はIH上位校の生徒をウチのチームに引き抜く為に来たんだけど、見た感じ
清澄の五人ははやりの見立てだと、プロじゃ通用しない程度のタマ。

 そんなのより、はやりの魅力で堕ちそうなこの子を連れて帰りたい。

 だから... 

はやり「早速だけど本題に入るね☆」

はやり「須賀京太郎君。私と一緒に埼玉に来ない?」

京太郎「えっ?何?部長が仕掛ける新手のどっきりですか?」

はやり「違う違う☆私自身が直々に君にスカウトかけてるの」

京太郎「スカウトって?冗談も程々にして下さいよ」 

京太郎「さっきの五人の内、一人だけモノが違うのがいたでしょ」

はやり「雑魚には興味がねぇ☆はやりは君が良い」

京太郎「はっ?!はぁ?!ええええええ!!!」

 余りの事に混乱し始める目の前の男の子。そりゃそうだ。

 空から天使が降りてきて願い事を叶えてやると言われれば余程の
大金持ち以外こうなるのは当然だ。

京太郎「なん...で。なんで、俺なんですか?」

京太郎「俺なんか...雑用しか取り柄のない...ただの...」

 清澄め、自分達がどれだけ恵まれているのか分かってないな。
 自分のしたい事後回しにして献身的に尽くしてくれるイケメンなんて天文学的な
確率でしか巡り会えないんだぞ☆

 それなのに、そんな子をぞんざいに扱うんなら横から掻っ攫われても文句は
ないよね?

はやり「雑用を四ヶ月もやらされればそうなるよ」

はやり「誰かを犠牲にするワンフォーオールなんて無価値」

はやり「それで良い結果出しても、私はそういうの認めないよ」

はやり「顧問の先生は一体何してたのかな?」

京太郎「うっ...うぁ。うぁあああ....」

 清澄高校の悪い噂は靖子ちゃんから聞いててある程度知っていた
 経験者同士の上下関係でパシリさせるのは黙認しても良いけど、初心者相手にロクな指導もせずにするのはアウト。
 牌のお姉さんやっている手前、そういうのは絶対に認められない。

はやり「辛かったんだよね。男の子だもん、勝ちたいよね」

京太郎「俺だけ、俺だけ...何も出来なくてッ!」

京太郎「苦しいッ!悔しいッ!俺だっで...がぢだいんだッ!」

 むせび泣く、まだ若い男の子を抱きしめながらはやりは説得を始める。

はやり「逃げた方が楽になるかも知れない」

はやり「もう一つは、このまま変わらない方が良いかもしれない」

はやり「それでもまだ諦めたくない?」

京太郎「俺は...俺は...変わりたい!変わりたいんだ!」

 建前とか義理とかをかなぐり捨て、涙を拭った彼ははやりの目を
しっかり見据えて結論を出した。

京太郎「どんなに辛くても、もう諦めたくねぇんだよ!」

 強くなりたい、でも自分を不遇な目に遭わせた部員達を見返す
とかじゃなくて、諦めたくないという答えを彼は出した。

 間違いない。はやりの目に狂いはなかった。この子は伸びる。

 才能だけでのし上がった奴をスカウトするより、例え望んだものが
何も手に入れられなくても、最後までやり抜く根性持ってる子の方が
私が率いるチームに相応しい。

 それに復讐心だけで麻雀をやって、麻雀を嫌いになっても困る。
 はやりのお婿さんは麻雀もはやりも大切にして貰わないと。

はやり「なんではやりが君を選んだのか。それはね...」

はやり「君が清澄の中で一番諦めが悪いからだよ」

はやり「才能、運とかそういうのが麻雀の強さなのかもしれない」

はやり「でも、そんな強さはいつかは衰えるドーピングなんだ」

 未だに衰えないアラフォーを私は知っているけど、その代償は高くついている。

はやり「本当の強さは逆境にも折れない心。最後まで諦めない心」

はやり「京太郎君は今逆境にいるかもしれない」

はやり「でも...信じてくれたら、はやりがそれを救ってみせる」

 世間からみれば間違いなくアウトだけど、そんなの迫り来る怒濤の婚期に比べれば
まだ小さい些末事。というより、はやり的には全然セーフ。
 この子を手に入れる為に必要な覚悟は全て極めている。

はやり「どうする?京太郎君」

 泣きはらしたその瞳に確かな熱が灯った時、はやりは彼をもう一度
抱きしめて、その唇を一番最初に奪い去った

3ヶ月後

京太郎「だぁあああっ!あと一翻足りねぇぇえええ!」

はやり「その手の理想の和了形はここをこうしてこう!」

はやり「無理矢理鳴いてチンイツ狙いは一番ダメだよ。すぐバレる」

京太郎「でも流れ的には萬子が一杯来てたんですよ!」

はやり「そこ!萬子以外の牌が捨てられなくなるのが狙い目なの!」

はやり「この前のアマ対局の時にされたでしょ!」

はやり「ぱっと見は京太郎君のトイトイドラ8だったけど」

はやり「他の三人に萬子と索子を鳴かされて余った字牌で国士無双!」

京太郎「うぐっ!そ、そうだった」

 俺は今、長野を出てはやりさんの所で麻雀の修行をしている。
 はやりさんの指導はとにかく論理的で清澄では教えてくれなかった
ありとあらゆる事を教えてくれていた。

 点数計算の仕方、河に置かれている牌の傾向から相手が何を持ち、
何を待っているのかの見方。そうしたことをはやりさんは自分の
仕事を休業してまで俺に叩き込んでくれている。

 社会的に大成功を収めている偉大なアイドルが無名の男子学生を育てる為に自分の
仕事を休むなんて前代未聞の事をするなんて、と最初は疑心暗鬼に囚われたけど...

「はやり君のことを頼んだよ。須賀君」

「だってさ。愛があれば年の差なんて関係ないよね?」

 はやりさんの事務所の社長さんにそう言われた時は恐縮したけど
やっぱりこの人に着いてきて今は良かったと思っている。だって...

はやり「ふふふふ...京太郎君は今日は何がしたいのかな~?」

京太郎「はやりさんが...食べたいです...///」

はやり「そっかぁ。はやりも京太郎君が食べたいなぁ」

はやり「どうする?先にお風呂にする?それともすぐに食べる?」

 長野を離れ、一つ屋根の下で日本一のアイドルと同棲生活。
 はやりは厳しさの裏に毒のような甘さを以て京太郎の心を掴んで、
縛って、溶かして、依存させていく。

 思春期を迎えたばかりの俺には抗える訳がなかった。

 はやりだけは京太郎君の味方だから。
 はやりにはどれだけ甘えてもいいから。
 はやりにはどれだけ弱さを見せてもいいよ。
 はやりは、全部受け止めてあげるから。
 だから、京太郎君もはやりをずっと見てて。

 そんな甘い愛の言葉を、全身を使って伝えてくれるこの人に俺は
いつの間にか恋をしていた。愛を抱いていた。

 若い燕と揶揄されようが構わない。だって、この人が俺を救ってくれたから。

京太郎「ずっと一緒にいたいです。はやりさん」

 愛おしげに腹部をさすりながら絡みつく愛する人の唇を奪う。
 麻雀と愛欲溢れるこの爛れた日々が今はとても愛おしくてならない。
 清澄にいた頃とは比べものにならないくらい今は充実している。

 このままこの人を信じて着いていけば、きっと自分が得られなかったものを
この手で掴める日も決して遠くはない。

はやり「来年ははやりにトロフィーを持ってきてね。ダーリン」

 その期待に応えるべく、俺は今日もこの人から沢山の愛を貰い続ける 

 二人の男女が睦み合う部屋の隅に放り出されたweekly麻雀Todayの
11月号の大見出し、そして新聞やテレビにおける秋の国麻特集には
かつて彼がいた高校の戦績が大々的に記され、報道されていた。

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 須賀京太郎という存在が彼女達のシンデレラストーリーにどのような
影響を与えていたのかは定かではない。

 しかし、彼がいた短い間に清澄高校が破竹の快進撃をしたのは確かな事実であり、
色々な奇跡の積み重なりがあったからこそ、彼女達は乾坤一擲のチャンスを
物に出来たのでしょう。

 言うなれば、幸運の青い鳥を逃がしてしまった事が清澄高校の
天下の終焉であり、運の尽きだったと言う事なのかもしれませんね。

 とある番組で彼女が出した一つの結論の真に意味する所を知る者は
どこにもいない。 完

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最終更新:2019年10月09日 10:44