彼は、変わってしまうだろう。
そんな恐怖にも似た感情を、私は抱くようになってしまった。
正確には、彼は変えられてしまうのだろう。変わってしまった、彼の置かれた環境に。
それほど彼の周りには異性が増え過ぎた。高校入学、麻雀部入部を契機に。
私は、変わっていなかった。
変わる必要もないと思っていた。いや、そんなことを考えてすらいなかった。
彼が変わらないと思っていたから。
いつまでも彼のそばを歩ける私であり続けると思っていた。
うぬぼれていた。
それでも私は決定的な一歩を踏み出せずにいた。
臆病だからだ。
想いを伝える道を走って、彼に拒絶されるのが怖かった。
ただ静観する今の道が、いつまで続いてくれるかわからないというのに。
今はまだ安全なその道を、私は肩を落としてとぼとぼと歩いていた。
「きょ、京ちゃん」
だけど今日は少し違う。
決定的な一歩を踏み出すわけじゃない。そんなことできるわけない。
ただ私が、私の小さな歩幅で、半歩踏み出すだけ。
「おう、咲」
あなたの声が、私の身体を硬直させる。
大丈夫、聞き慣れたあなたの声だもの。
「これ、バレンタインデーだから」
毎年プレゼントしているチョコレート。
義理とも本命とも言わずに。
毎年受け取ってくれるあなた。
「お、サンキュー。でもさ」
「今日は13日だぞ。
バレンタインは明日だろ」
知っている。知っていて今日渡す。
あなたは魅力的なひとだから、バレンタインデーには多くの想いをプレゼントされるのでしょう。
だから私は、今日渡す。
これが今の私の精一杯。
「あれ、そうだっけ。間違えちゃった」
私はとぼける。
明日渡せば、私の想いはその他大勢に埋もれてしまいそうだから。
今日渡せば、私の想いだけがあなたに届くと思うから。
あなたが私にとって特別であるように、私もあなたにとって特別でありたいと願うから。
「相変わらずおっちょこちょいだな。けど貰っとくよ、サンキュな」
どうか気付いてほしい。
いつから募りだしたのか思い出せない、この冬さえ溶かす暖かな想いに。
「どういたしまして」
どうか気付かないでほしい。
ライバルと同じ土俵にすら立たず、まして告白する勇気もないこの卑怯者の選択に。
「ねえ京ちゃん」
あなたと、京ちゃんと一緒に、明日へ向かって歩み出せるのなら。
過去だって変えられるはず。
この屈折した想いも、いつか懐かしむことができるはず。
「お返し、期待してるからね」
ホワイトデーは3月14日。
春はもうすぐそこだよね。
カン
最終更新:2019年10月09日 10:46