──あの日。
小蒔と霞は、加減も知らずに人々を照らす日光の元、道に迷っていた。
帰るべきホテルへの路さえ覚えておらず、ただただ氾濫するビルたちが二人を惑わせる。
かといって、都会の真ん中で巫女装束の美少女が二人で、見知らぬ人に道を尋ねるなど怪しまれるどころの話ではない。
奇異の視線と、好奇の視線と、幾分か濁った欲望に晒され続けるのも好ましくないが、解決の策は無く。
頼りのスマートフォンや携帯電話の類も、生憎とホテルに充電と称して取り残されていて。

『永水の人ですよね』

心臓を鷲掴みにされるような錯覚。
其処にいたのは、端的に──軽薄そうな外面の青年。
警戒を強める霞に反し、小蒔はあっさりと迷っていることを告げてしまい。

『そこでしたら、こっちじゃないですよ。──ああ、俺は須賀京太郎って言います。清澄高校の雑用係です』

こちらですよ、と案内される間、彼は先頭を行き、二人に不埒な視線を送ることはなく。
程なくして目的のホテルに着くと、掛かってきた電話に億劫そうに答えながら、彼は立ち去っていく。
清澄といえば、女子ばかり五人の高校かと思っていたが──
別れ際、困ったり迷ったら電話して欲しいと渡された紙切れの電話番号だけが、二人と青年を繋ぐ幽かな糸となった。

恋愛を知らぬ小蒔は、まるで物語の王子の如く窮地を救ってくれた男に焦がれ。
霞もまた、第一印象で警戒した己を恥じ、一度御礼をしたいと連絡をしたのだった。


出会いの記憶が未だ褪せぬ冬の日。
霞は、己の膝に頭を置いて眠る青年の髪を撫でながら、小蒔と同じ殿方に焦がれることの辛さに身を灼いた。

出会いの記憶が未だ褪せぬ冬の日。
小蒔は、己の我儘を聞いて膝枕してくれている殿方に心を開きながら、霞と同じ殿方に焦がれる歓びに身を震わせた。

出会いの記憶が褪せ、代わりに思慕と苦悩が思考を支配する春の日。
霞は小蒔に乞われた。
二人で共に彼の女になろうと。
正妻となれずとも、愛妾として寄り添えるなら──二人は、心を一つにした。

出会いの記憶が褪せた春の日。
青年は恋を打ち明け、恋に破れ、居場所を自ら立ち去った。
涙が枯れ、立ち直ろうとした時、意図せずして彼の行く先は提示されることとなった。

出会いの記憶も、恋心も褪せぬ春の日。
姫と呼ばれた少女の強い恋心は、父親の知るところとなり──応援された。
姫として窮屈な生活を送る娘の、一世一代の大恋愛。
相手の青年には申し訳ないが──愛娘の願いには、如何な父親とて弱いのだった。

幼馴染が立ち去り、行方を晦ました──
最初はまたすぐに再会できると容易に考えていたものの、一月経ち、二月経ち、季節が巡っても再会は叶わず。
ある日、家に届いた一通の手紙が、絶望への最後のステップになってしまった。

愛おしい──本当に愛おしい娘二人を侍らせながら、京太郎は幸せそうに笑んでいた。

『結婚しました』

腹を膨らませた美人を、少女は知っていた。
そして、彼が二人の美女と結ばれた由縁も知っていた。
静かに泣いた。
何故、想いを告げる機会さえもないのか。
想いは燻り、日に日に熱を増すのに──

幸せだよ、と男は応える。
自らの子を孕んだ恋人達を慈しみながら、穏やかに微笑む姿に、軽薄な姿は見られず。
破れた恋の記憶に別れを告げ、手中の珠に心を砕く──三人の結婚は、間もなくだった。

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最終更新:2020年04月06日 22:41