(京太郎くん……ずるいよ……)
仕事終わりに耳が痒いと言っていた少年に耳かきをしてやると、途端に寝息を立てて眠りだしたのだ。
危なっかしくて耳掃除なんてやれないのに、少年は知るかとばかりに甘えるような仕草を繰り返して。
(あ、そうだ)
かつて二人で読んだおもち本に、耳を舐めて清めるという行為が書かれていたのを思い出した。
あれなら耳を傷つけずに済む、と考えてからは早かった。
そっと布団に寝かせて、耳掃除途中の耳が上になるように横向きにして。
とあるおもち少女が耳舐めなる行為に夢中になり、青年の耳を舐め浄めることに無類の悦びを見出すようになるまで、間もなく。
「zzz……」
(参ったな…)
自分の太腿を枕に眠る少女を見ながら、京太郎は幾度目かの嘆息を吐く。
手慰みに桃色の長髪を梳いては、シャンプーの匂いと汗の臭いが混じり、京太郎の鼻を刺激する。
ただでさえムチムチとしていた身体は未だに成長が止んでおらず、半年程前よりも尻も胸も育っている……というのは京太郎の目測。
というか。
「無防備過ぎるんだよな…襲うぞ?」
こんなに肉感的な美少女と、放課後、二人きりで。
悪友のような少女も、幼馴染も、広島弁の先輩も、皆が早く手を出せとばかりにからかってきたから、余計に気が気ではない。
いっそ思い切りに触ってしまっていいか、とも
考えるが、それで地道に積み重ねた信頼関係を台無しにしたくもないし。
(臆病者、って言われても仕方ないな)
「でもなぁ……告白とかして駄目だったら、それこそ何にもならないしなぁ…」
「………すがくん?」
「…!?」
太腿辺りから聞こえる、くぐもった声。
心臓を鷲掴みにされたような錯覚と共に、京太郎は息を飲んだ。
寝起きの姿は幾度か見たが、これほど間近で見るのは初めてだった。
ぽやんとした目も、赤みを増した頬も、乱れた桃髪でさえ、男の煩悩を刺激して止むものではない。
その上で身体は肉感的極まるのだ。
今すぐ押し倒したい──その獣のような欲望を必死で噛み殺して。
「あぁ、起きたのか和。もう放課後、みんな帰ったし俺たちも帰ろうぜ?」
「告白、するんですか?」
「……聞いてたのか?」
「丁度起きたところでしたから。……須賀くんを枕にしていたんですか、すみません」
「別に良いさ。さ、準備しろよ」
「告白は、誰にするんですか?」
妙にしつこいと、京太郎は幾度目かの溜息。
寝起きの虚ろだった目に光が宿っているのを確信し、逃げの一手を選ぶ。
「内緒だって」
その言葉に、不安と期待を抱いたのか。
和の顔が複雑に彩られ。
しかし、幾ら追求しても京太郎は答えないだろうと思ったのか、和も立ち上がって京太郎と二人、部室を去った。
───その夜。
肉感的な肢体を存分に押し付けられた記憶が邪魔をして眠れない京太郎と。
京太郎との距離が縮まった喜びと、彼が誰に告白しようとしているのかという不安が交互に押し寄せて眠れない和と。
翌日、部室で二人が肩を寄せ合って昼寝しているのを、仲間の部員たちが見守っているのだった。
「zzz……」
(須賀くん、寝相良いんですね…)
部室に二人きり。
雑用で疲れて寝ている京太郎を放っては置けないと、彼の世話を引き受けたのは下心ありきなのに。
『のどちゃんはさっさと告白したほうがいいじぇ』
『京ちゃん、これで結構人気あるからね』
『なんならベッドも使っていいわよ?』
『何を言うとるんじゃ……。何にせよ、節度は守れの?』
「………どうして私の想いがバレてたんでしょうか」
たわわに実った果実越しでも、胸の高鳴りがはっきりと感じ取れる程の高揚。
京太郎が寝返りの一つもすれば、その顔が和の腹に埋もれるのに。
きっと告白出来ずに別れるんだろう、と甘えた事を考えていたから、発破を掛けられたに違いなかった。
(須賀くん…)
「大好きです…よ…」
「…………のどか?」
「ひゃいっ!?」
奇声が出た。違う、そうじゃない。
太腿にあった温もりと重さが一瞬失せ、和は京太郎の頭を押さえつける。
「和……起きたいんだけど」
「ダメです。須賀くんは疲れてますから、もう少し一緒にいましょう」
「でも」
「……須賀くんは、私と二人きりは嫌ですか?」
卑怯な質問だ、と和は自嘲する。
須賀くんは優しいから、きっと──
「俺、和に甘やかされるとさ、きっと後戻り出来なくなるから」
「後戻りしなくていいですから」
一握りの勇気と一緒に、和が何を言ったのか、和も京太郎も覚えておらず。
ただその日、和は初めて京太郎と手を繋いで歩き、友人の家に泊まると両親に伝え、須賀家に一泊したのだった。
最終更新:2020年04月06日 22:41