「キョータロー! 部室までおんぶー!」
「おああ!?」
放課後の掃除が終わり、さぁ麻雀部へ向かおうという時。
真後ろから俺の背へ跳びかかってきたのは、俺のクラスメイト。
先月のインターハイでは女子麻雀団体戦大将を務め、チームを見事逆転優勝へと導いた。
元からスーパールーキーとして名高かったが、2学期が始まった今もこうして俺なんかと変わらずに付き合ってくれる。気の置けない良い奴ではあるのだが………そんなコイツにも、夏の前後で大きく変わったことがあった。
むにょん
「ま、待て淡! ストップ、一旦降りろ!?」
「むー、なんでー?」
むにょんむにょん
「いいから、降りてくれ! 後生だから!」
「ごしょー? なにそれ?」
むにょんむにょんむにょん
(のおおおおおおおおおお耐えろ俺の理性えええええええええ!!!)
背中にジャストミートで当たるおもちの感触に混乱する中、必死で理性を保とうとする。
半ば振り払うようにして淡を降ろし、肩で大きく息をする。
「むぅー、キョウタロー最近付き合いわるいー。前は おっしゃふりおとされるなよー! ってノリノリだったのに」
実に可愛らしく頬を膨らませる淡を正面から見る。
そして、俺がおもちをこよなく愛する男であろうとなかろうと、否が応でも「それ」が目に入る。
(HどころかI……いや、下手するとJかK………)
バルン、 という擬音がふさわしい、超特大のおもち。
この夏休みの間に、せいぜいBカップ程度だったそのおもちは、今や国内指折りのビッグサイズに成長していた。
インハイ中の数日間は特に成長(?)目覚ましく、俺の目がおかしくなったのかと思った。
だが今も目にするこのおもちは紛れもない現実だ。
「いや、俺は変わってない。断じて変わっていない」
「えー? ウソだー」
「いいから、とにかくふつーに行こうぜ。ふつーに」
いくら俺がまだまだ子供で、いざ事に踏み切る勇気のない骨なしチキンだとしても、この凶悪兵器を携えて以前と変わらぬスキンシップをされると限界はあるのだ。
新学期が始まって10日も経っていないが、いったい何度こいつのおもちにルパンダイブしそうになったかわからない。
おかげで悶々とした毎日を過ごしている。
「ふつーなんてつまんないー」
「わかったわかった」
そう言っている今も、俺の腕に両手で絡んでくる。
必然的に掴まれている腕はおもちに挟まれ……否、埋もれている。
手をつなぐなんて前はどうということなかったのに、今じゃそれだけで試練だ。
ひっひっふー、ひっひっふーと呼吸を落ち着けながら、部活棟に向かうために会談に差し掛かったところだった。
淡がプルプルと振るえたかと思うと
「やっぱ我慢できないー! おんぶー!」
階段への一歩目を踏み出した瞬間、淡が再び背中に飛びついて来た。
もちろんその一歩目は階段を踏み外し、ガクンと視界が下がる。
のれんに腕押しと言わんばかりにバランスを崩した俺にしがみつこうとしていた淡も、それは同じだったようで
「え?」
淡の意外そうな声が聞こえた瞬間、血の気が大きく引いた。
「淡!」
俺はとっさに淡の方へ手を伸ばし――――
「お前というやつはあああああああああああああああああああああああ!!!!」
保健室に、弘瀬部長の雷が落ちる。
「あわああああああああ!?」
湿布と包帯の巻かれた腕で両手で頭を庇うようにする淡の胸ぐらを掴み、烈火のごとく怒声を浴びせる。
「階段から落ちて怪我をしたのはまだいい! 誰しも不注意なことはあるだろう! だが階段を下りている人間の背中に飛びつくとは何を考えとるんだ貴様ああああああああああああ!!!!」
「あわわわわああわわあ!?」
「あまつさえ両手首を捻って麻雀が出来んとは………階段から落ちて保健室に運ばれたと聞いて、心配して飛んで来たらこれか………!!!」
もはや怒りが言葉では表せなくなってきたのか、プルプルと震えながらどんどん赤くなっていく部長。
正直耳を塞いで逃げたかったが、知らぬふりをするのも心苦しいので助け舟を出す。
「あ、あの部長?」
「あ”ぁ”………?」
こわい。俺には全く怒っていないと分かっていてもこわい。
「そりゃ淡が悪いのはそうなんですけど、その前にコイツが飛びついてくるようなことしちゃったのは俺なんで、その…………難しいと思うけど、あんまり怒らないでやってください」
「須賀、お前がそう言ってもな……」
「そ、それにほら! 不幸中の幸いというか、2,3日で完治するって、先生も言ってましたし! 俺に免じてって言うのも変かもしれませんけど……」
淡は両手首と左足首を捻ってしまったが、軽度のもので今週中に治る。
俺も淡を抱く形で庇ったから手や腰、顔が痣と擦り傷だらけになったが、これだって来月までには見えなくなるだろう。
「はぁ………」
部長は片手で顔を抑えると大きくため息を吐き、天井を見上げて10数秒黙りこくった。
「……入部以降、照やそいつの飼育係や裏方として尽力してくれたお前に免じて、今日はもうここでおしまいにしてやる。ただし治ったら、全部ではないが言いたいことは言わせてもらうからな!」
「はぁい…………ごめんなさいスミレ」
しゅんと萎れた淡が頷く。
部長が保健室を後にすると、部屋には静音が戻った。
「………じゃ、今日はもう帰るとするか。お前歩け無さそうだけど、おばさんに迎えに来てもらうか?」
「あ、今日いないんだった……。9時ごろまで帰ってこないって……」
「おじさんは?」
「出張中……帰ってくるの明日の夜だって……」
淡が困り果てた様子になる。松葉杖を借りるにしても、今の淡の手だとそれも厳しいだろう。
「はぁ……」
俺は弘瀬部長のそれに比べればずっと浅いため息を吐くと、淡に背を向けてしゃがみこんだ。
「ほら、乗れよ」
「え」
「おんぶ、家までしてやるよ。どうせ途中まで一緒だし」
「え、えっと……」
「なんだよ、おんぶしたいんじゃなかったのか」
「う、うん」
淡はいつもよりおずおずと手を伸ばし、俺におぶさった。
「じゃ、帰るか」
「うん………」
帰り道、9月の東京はまだまだ日が高く、暑さも堪える。
ときたま校外を走っている運動部の生徒たちとすれ違いながら、俺と淡はしばらく無言のままだった。
実のところ俺はというと、肩を掴めない淡がいつもより手足を俺に絡めているので、その分強烈に感じられる背中の感触から現実逃避していただけなのだが。
「キョウタロー……」
「んー? どした?(平常心平常心平常心平常心……)」
「ごめんね。痛かったよね?」
「そこまででもねーよ。お前こそ、手足捻った時はすっげえ痛そうだったじゃん。2,3日で治るって聞いたからよかったけど、それまではほんと生きた心地しなかったんだからな?」
「ごめん……」
淡が俺の首筋に顔をうずめてくる。
ふわりと漂ってくる淡のいい香りと、珍しくしおらしい態度にも動揺してしまう。
淡は家に着くまで静かなままでいた。
「ほら、着いたぞ。鍵貸してくれ」
30分近く歩き、やっと淡の家に辿り着く。
玄関を開けると、ムワっと立ち込めた暑苦しい空気が流れて来た。
「リビングでいいか?」
「……着替えたいから、部屋まで連れてって」
「ええ?」
淡の部屋は行ったことが無いわけではないが、高校生の男女が家に二人っきりの時に女の子の部屋で一緒になるというのはどうにもむず痒いというか、了承しがたいものがあった。
「キョウタロー……」
「……わかったよ」
弱弱しい淡を放っておけず、2階への階段を上る。
部屋の扉を開けると、それまで通った部屋のどれとも違う空気が鼻孔を埋め尽くした。
暑苦しくはあったが、その分凝縮された、淡の匂い。女の子の匂いが、俺の脳をクラクラと揺らす。
「ほら、降ろすぞ」
淡をベッドに降ろした。そして文字通り肩の荷が下りた身体を伸ばす。
いくら淡の身体が軽くても、流石に30分も背負っていると腕や肩に来る。
「うーん………痛てて」
身体を伸ばすと、階段から落ちた時にぶつけた部分が痛みを発した。
「キョウタロー……」
「ん、どうした……あ、そっか、着替えるんだったな。悪い、出てくよ」
「顔、見せて」
「え?」
「ん」
ベッドに腰かけた淡が傍に寄るように手招きするので、膝をついて目線を合わせる。
すると淡は俺の顔や腕に手を伸ばし、痣になっている部分の表面を指先でかすかになぞった。
「痛かった?」
「え、いや大したことは無かったけど……」
「キョウタロー」
「私のこと……キライになった?」
淡が、涙を流していた。
「は、はぁ? な、なんでそうなるんだ?」
「だ、だって……キョウタロー、最近私のこと避けてるし、私のせいで怪我させちゃったし………」
淡はぐすぐすと泣き声を漏らし、手の甲で涙をぬぐいながら聞いて来た。
「い、いやそれは、その………」
「ごめんなさい……もうワガママ言わないから、キライにならないでぇ……キライになっちゃやだぁ……!」
「あ、淡!」
泣きじゃくる淡の両肩を掴んで、こっちに向かせる。
「すまん、お前は悪くない! 問題があったのは俺だ!」
「え………」
「そ、その、インハイの途中から、お前がすっごい俺の好み……ぐ、具体的にはむ、胸が、すごい勢いで成長したのを見て! よくわからなくなって!」
「ふぇ?」
男子からいきなりお前の胸が大きくなったと言われて、淡の視線が俺の顔と自分の胸部を往復し、往復するたびに顔が赤く染まっていく。
多分俺もそうだろう。女の子に向けて、最低なことを言っている自覚と羞恥心くらいある。
「お前は元々すっごい可愛いし、仲もよくていい奴だなって思っていたんだけど、その……それだけじゃ収まらなくなって……お、お前が女性として魅力的に感じすぎて!」
「あ………あわわ……」
「そ、そのまま前と変わらないスキンシップをされたら、その、え……エロいこととかも考えるようになっちまって、あんまりそういうのって、よくねぇだろ? それで、理性とか保つために、お前との距離をとるようになってたんだ。だから、その……」
俺は一度そこで息を呑み。
「お、お前が好きなんだ! 淡! だから、お前のことを嫌いになってたりなんかしない! 絶対!」
勢いに任せて、淡の心配を否定した。
顔から火が出そうになる。恥ずかしさで体中の筋肉が捻じれるようだ。
だけど、死ぬ気で淡から目は逸らさない。ここで目を逸らせば、自分の中で大事にしたい、誠実さだとか、淡へ対する想いの真剣さだとか、そんなものが嘘になってしまうような気がしたからだ。
一方でこんな滅茶苦茶な告白をされた淡はというと、涙目のまま顔を真っ赤にして、口を半開きにしていた。信じられない、という表現がよく似合う。
「きょ、キョウタロー………」
「は、はい」
1分近くして、淡が俺の名前を呼ぶ。
「キョウタローは………私のおっぱい、大きい方が、好きなの?」
「だ、大好きだ!」
うわ、ひでぇ。結構ハズレに近い回答をしてしまったという後悔が押し寄せる。
「お、おっぱいとか押し付けられて、嬉しかったの?」
「すっごい嬉しかった! 嬉しすぎておかしくなりそうだったくらい!」
おいまて、お前それはねぇだろ と、直後に理性が俺の言動を諫める。
「い、インハイだと、私よりおっぱい大きい娘とかいたけど、その娘たちの方が、好き……?」
「そんなことは無い!」
淡の肩を掴んだままの手に力を籠め、
「た、確かに俺はおもち……む、胸の大きい人は好きだけど、お前がいい! お前が、一番好きだ! 淡じゃなきゃ、嫌だ!」
「あ、あわ………」
淡の表情が、一層赤く、羞恥を帯びたものになる。
だけどそこに歓喜の色も交じっているように見えるのは、俺の勝手な願望か。
淡はゴクン と喉を鳴らすと。
「キョウタロー……」
「ああ」
「そ、その………」
「お、おっぱい……触ったり、した、い……?」
蚊の鳴くような消え入りそうな声で、淡がそう聞いて来た。
瞬間、視界が真っ赤に沸騰しそうになった。
「っ………! おっ………!」
咄嗟に唇を噛んで、淡をそのまま押し倒しそうになった腕に待ったをかける。
「あ、淡………だ、だから………」
ぜぇぜぇ と、必死で情欲を押し止めて、言い聞かせる。
「そ、そういうのは、その、だめ――――」
もはや視界の平衡も覚束ない俺の腕を、淡がとったかと思うと
「きょ、キョウタロー! んっ……」
むにょん
これまでは背中や腕で上着越しに感じていた「それ」の感触が、俺の掌を襲った。
「キョウタローが、触りたいなら、触っていいよ……! わ、私だって、好きな人と……」
「京太郎と………エッチな、こと、したいもん……」
その言葉で、俺は考えることをやめた。
「淡っ………!」
「んむっ……!?」
淡の唇を、俺の唇で塞ぐ。否、蓋ぐなんて生易しいものではなく、奪う尽くすように侵す。
淡も最初は動揺していたが、すぐに俺に負けじと求めてくる。
そして、熱烈な貪りあいと並行して、淡の胸部に手を伸ばし、心行くまでその感触を味わう。
「あ、淡、本当に、怖かったり、いやだったりしたら今言ってくれ、俺、もう止められそうにない……!」
「や、やめちゃヤダ……! も、もっと、もっとキョウタローの好きなことして……!」
「淡………!」
淡を腰かけていたベッドに押し倒し、全力で抱きしめる。
淡も、怪我をした手首以外の場所で力を籠め、俺に全力で抱き付いてくる。
「淡……!」
「キョウタロー……!」
「「大好き」だ……!」
「お前たち……何かあったか?」
「え?」
翌週の月曜日の放課後。
手足の完治した淡と一緒に部室に向かい、仁王立ちで待っていた部長の前に一緒に立つと、部長が最初に示したのは怒りではなく疑問だった。
「いや……ずっと手をつないでいるからな。いや、お前たちなら特に変ではないんだが、なんとなくな……?」
元々俺達の中がいいことを知っている部長は、何も変ではないように感じつつも、どこか腑に落ちないようだった。
「スミレ、ごめんなさい」
すると手をつないだままの淡が、ぺこりと頭を下げた。
「これからはちゃんと気をつけます。キョウタローにも迷惑かけないように、しっかりします」
「え、あ、ああ……そうだな? そうしてくれ……?」
部長は素直な淡に面食らったのか、そのまま話は終わってしまった。
「何だかすぐ終わっちゃったね?」
「ああ、せっかく怖くないようにって手つないでたのに」
さぞかし怒られるだろうなと思った俺は、お説教の最中怖くないように、淡の手をずっと握ってやろうと思っていたのだが、想像に反してお説教は即座に終わってしまった。
「ま、いっか! それじゃあ淡ちゃんの復帰戦、いってみよー! テルー、スミレー、キョウタロー! 卓ついて!」
「やけにハイテンションだね?」
きの○の山と、た○のこの里のパッケージを両方開け、いっぺんに2大勢力を喰らっていた照さんが、淡のテンションに首をかしげる。
「そりゃもーね! 高校100年生どころか、大人のジョセーになった淡ちゃんのデビュー戦! みーんな飛ばして勝っちゃうよ!」
「大人の、じょ……せ……!?」
部長が俺の方を振り返ると同時に、俺は無表情のまま顔を背ける。
「お、おまえらまさか……!」
「?」
照さんはわかっていないようだったが、部長はその意味を理解したようで、口を開けたままプルプル震えていた。
「キョウタロー! ちゃーんと見ててね?」
どうせ一番に飛ばされるのは俺なんだろうなぁ と、素直な意見を飲み込み、苦笑を交えて応える。
「ああ、ずっと傍で見ててやるよ」
カン
最終更新:2020年04月06日 22:42