部室のテーブルに置かれた、一枚の手紙。
雑めの字を、それでも必死に丁寧に書こうとしたのが分かるそれを前に、竹井久は目の前が真っ白になった錯覚を覚えた。
──否、真っ白なのだろう。

「たいぶ……とどけ……」

夏の大会を終え、栄冠を勝ち取り、引き継ぎさえ終えてしまえば、久は輝かしい記録を携えて引退と相成るはずなのに。
引退してしまえば、影なる功労者を大いに労うことも出来るし、彼が望むならマンツーマンで麻雀を教えてあげることも出来ると──年甲斐もなく、嬉々としていたのに。

パソコンで書くこともできたろうに、丁寧にボールペンで綴られた文字列が、久の心を抉るようで。
ただの後輩では語り尽くせない想いが、傷心を焼き尽くしにかかるようで。

くしゃりと音を立てて、手紙が久の胸に押し付けられる。
それは、余りに悪辣な思いつき。
余りに卑怯で、卑劣で、残酷な思いつき。

この部内でも、彼は様々な少女と懇意にしているではないか。
そんな場所に彼を置いておくなど、猛獣の檻に肉を置いておくような愚挙。
京太郎は部活を去り。
自分は部活を引退し。
主だった恋敵たちは、部活という楔に打ち付けられて。

「あぁ、そういうことだったのね」

久の頬が、緩む。

「部活を辞めたら、あの猫達に気を取られることなく二人きりになれるものね」

彼は、自分が役割も持てないと綴っていたけれど、それは違う。
彼の献身には、献身で応える義務がある──特に、自分には。
京太郎に逃げ道は、ない。

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最終更新:2020年04月06日 22:44