二人きりで麻雀の勉強をするようになって、はやりは確信したことがある。
この少年は、外面と裏腹に誠実そのものの性質をしているらしい。
はやりが様々な衣装──写真集を出す為に着た過激な衣装も──を着ていても、真っ向から欲望に濁った眼差しを向けることはなく。
でも、過激な衣装を着た勉強会の次に会うときは、どうにもばつの悪そうな顔をするのだ。
なんて可愛いのか。
そんなに意識されると、はやりとて可愛がりたくなるのに。
元は、夏のインハイの舞台裏だった。
実況の仕事を終えたはやりは、物陰で立ち尽くす一人の少年を見つけた。
本当なら、気にすることもないのに。
自分より遥かに背の高い少年が、声を押し殺して泣いているのを、気にしてしまった。
──君は、どうして泣いてるのかなっ?
──仲間が、インハイで優勝したんです。
──それなら嬉し泣きなのかな?
──嬉しい反面、自分は何も出来なくて、簡単に負けちゃったのが……簡単に負けても悔しいと思えなかった自分が、悔しくて……!
その悔しさは、飛躍するのに何より大切なものだとはやりは知っている。
大型犬を甘やかす飼い主のように、彼の背中を撫でながら、はやりは彼が泣く間寄り添い続けた。
──ね、私のこと、知ってるかなっ?
──……えっと、すみません。可愛い人だなとしか……
──私は瑞原はやり、牌のお姉さんをやってるプロ雀士だよっ♪
──プロ……
──強くなりたいって思うなら、マンツーマンで勉強しよっか?
──嬉しいですけど……でも、そちらに差し障るんじゃあ…?
──大丈夫だよっ!
最初は、インターネット越しでメールでのやり取り。
次に、ネト麻でのレッスン。
そして、長野に泊まるときに彼の家に訪れてのマンツーマンレッスン。
最初はぎこちない師弟関係も、時を経れば自然なものになり、そして男女のソレに意識がシフトしていき。
彼の家で、マンツーマンレッスンの後にお風呂を借りて。
告白したのは、はやりからだった。
変わらぬプロとしての日々の中で、唯一はやりを発展せしめた、師らしさの追求。
京太郎君の師匠として恥ずかしくない姿を見せなければ、京太郎君が誇れる女であらねば。
その重圧が、瑞原はやりを一つ先のステージに踏み入れさせたのだ。
京太郎君となら、私はもっともっと強く、可愛くなれる。
京太郎君とでないと、私は嫌だから。
──本当に、俺なんかが、はやりさんの隣に立たせて貰っていいんですか?
はやりは、キスを以て答えと為した。
年下の男の子に夢中になるなんて、と考える反面、キスを受け止めてくれた少年への愛しさが胸を熱く、心を昂ぶらせていく。
何度もキスをした。
全部を受け止めてくれた。
何度も好きだと言った。
全部に好きだと返してくれた。
年上だよと、独りごちた。
はやりさんなら、と呟きが聞こえた。
今夜は同じ布団で眠りたい、と縋った。
今夜は同じ布団で寝ましょう、と囁かれた。
瑞原はやりは、プロとして、アイドルとして、ある日を境に煌きを増していった。
愛らしい顔立ちには艷やかさを増して。
やがて一般男性と結婚すると報告したときの女流プロたちの顔は、如何ばかりだったか。
現在、瑞原はやりはプロを引退し、夫と二人で家業を継いだという。
最終更新:2020年04月06日 22:48