はだけたシーツの下、空調の利いた冷たい空気に晒された体がブルりと震えた。
クチュンっと可愛らしいくしゃみを漏らし、モゾモゾと身動ぐ。
「うっ……頭、いたぁ……飲み過ぎちゃったかね」
寝惚けた頭を押さえながら、上体を起こした彼女は自分の体が冷たいことに驚いた。
小さな体躯、ちんまりとしたおもち、何故だか服を着ていない。
「あはは、何で裸? わかんねー」
ここは何処なのだろうかと二日酔いで痛む頭を働かせる。
キョロキョロと周囲を伺えば、隣にシーツに覆われた塊が一つ鎮座している。
「酔い潰れて運ばれた?」
働きの鈍い脳を動かして昨晩のことを必死で回想する。
「インターハイが終わって……プロの麻雀関係者が集まって……何軒もはしごしてぇ……それで……」
覚えていなかった。
細かいことは隣で寝ている奴に聞けば良いかと判断する。
暗くてよく分からないが見えている金色っぽい髪色からえりだろうと彼女は思う。
まだ眠いし、もう一眠りしようかと思っているとそれは寝返りをうち、隠れていた顔が露になる。
「ふぁ!?」
男だ。
見覚えのない男である。
「ま、まさか……」
鈍っていた頭が急速に冴え渡った。
背中に冷たい汗を感じながら、彼女は改めて確認する。
ベッドの下に無造作に落ちているのは着ていたはずの着物や下着。
不安に駆られながらシーツを捲り、目で見て、念のために下腹部へと手を伸ばし触れる。
「う、嘘っ!?」
頭痛のせいで気にならなかったが、意識してみると性器に異物感があった。
股の付け根あたりをよく見てみると血が乾いて固まったような跡もある。
「はっはははぁ……」
中に入れた指を掻き出すように動かしてみれば、ドロリとした何かに触れ、夜光灯に近くで確認するが、色々と混ざっているせいか色はよく分からない。
しかし、匂いは栗の花っぽい気がする。
「や、やっちゃった? しかも、避妊してない……」
初めてだったのに。
覚えてもいなければどこともしれない行きずりの相手。
愕然とし、呆然と放心し、暫くの間動くことも出来なかった。
悲しくて、涙が零れる。
「許さねぇ!」
目元を拭い、咏は立ち上がる。
酔っ払い前後不覚に陥った女性を襲った卑劣漢に対する怒りが沸々と湧いてくる。
訴えるにしても、相手のことを知らなければならない。
もしかしたら、最中の映像や恥態を写真に撮られているかもしれない。
相手がどこの誰なのかを特定するために物色を始めた。
「白いシャツに黒いズボンか」
脱ぎ散らかされた男の衣服からするとサラリーマンだろうか。
ポケットの中に財布とスマホが入っていた。
大人なら身分証の一つでも入っているに違いない。
そう思い咏は確認する。
「えっ? う、嘘ぉ!?」
確かに、身分証は入っていた。
しかし、どう見ても、何度確認しても、それは学生証だった。
「須賀京太郎、じゅ、十五才!?」
ダラダラと冷たい汗が流れる。
卑劣な男に犯されたのだと思っていたが、相手は未成年だった。
大人の女性である自分と未成年の子供の男の子。
咏は昨晩のことを覚えていない。
同意があったのか、無理矢理だったのか、何も記憶に残っていないのだ。
「かなり不味い状況? わっかんね……」
一抹の望み、もしかしたらを期待して彼女は京太郎と自身のスマホを開く。
幸いなことに彼は不用心にもロックを掛けていなかった。
両方のスマホの中に、証拠となる真実の一部始終が写された動画を発見する。
「知らんけど、こ、こんなの、私じゃねぇ……」
そのハメ撮り動画には小さな体で男の上に跨がり、淫らに腰を振る女の姿が映っていた。
着物を着衣したまま後ろから突かれながらもっと激しくしてと叫んでいるモノもある。
男のモノを咥えながら丹念に舌を這わせるもの。
中出しされ、精液を溢れさせながらピースしてバカ面を曝してさえいた。
「…………よし、逃げよう!」
咏はなかったことにすると決めた。
京太郎のスマホ内からデータを削除し、彼が起きる前にトンズラしたのだった。
カンッ!
-数ヵ月後-
あれから何も起きなかった。
須賀京太郎と言う学生から連絡が来ることもなければ、ネットやマスコミで騒ぎもない。
平穏無事な毎日だった。
「うっ……うおぇ……気持ち悪い……」
咏はあの日のことを忘れていた。
実際の行為を覚えていないのも良かった。
下手に暇だと考えてしまうから、精力的に働いて、働いて、働き続けていた。
「根を詰めすぎたかな……」
だから、最近の体調の悪さは労働のし過ぎだと思っていた。
心配したチームメイトや監督に勧められて病院で診断を受けた結果に愕然とする。
「おめでたですね」
医師に告げられた言葉を反芻する。
おめでた、おめでた、妊娠した。
あの日、あの日しか原因はあり得ない。
「はは、わっかんね、わっかんね、私、どうしたら?」
咏はまだ膨らんでいないお腹を撫でる。
ここに新しい命が宿っている。
今なら、まだ降ろせるだろう。
望んだ妊娠ではないのだ。
「…………無理かね」
母親になる覚悟はない。
命を奪う覚悟なんてしたくもない。
お金はたくさんあり、産み育てることに困りはしないだろう。
親に相談すれば、相手のことを尋ねられる。
お酒に酔って、未成年と淫行したなんて言えるはずがない。
「……」
咏は自分一人で答えが出せなかった。
だから、電話を掛ける。
念のために控えていた電話番号。
「はい、もしもし須賀です。えっと、どなたですか?」
縋るようにお腹の父親に問いかけた。
もう一個カンッ!!
最終更新:2020年04月06日 22:51