夏の祭典が幕を下ろした。
明日には長野へと帰らなければならない。
だから、滅多に来れない大都会を堪能しようと彼は夜遊びに駆り出したのだった。

「やべぇ、早く帰らないと……」

調子に乗ってハメを外し過ぎた。
補導されてもおかしくない時間になってしまっている。
宿泊しているホテルに向けて足早に移動していた。

「この公園を抜ければショートカットだ」

巡回する警察のお世話になれば麻雀部の皆に迷惑をかけてしまうだろう。
それだけは避けたくて、人目の少ない場所を選んで進む。
急いでいた。
しかし、彼は生来のお人好しだった。
目の前に蹲っている小さな女の子がいれば無視することなんて出来なかった。

「ねえ、君、大丈夫?」

優しい調子で声をかけた。
顔を上げた女の子は酷い顔色だ。
救急車を呼んだ方が良いだろうかと思い浮かぶ。

「き……」

「き?」

何を言おうとしているのか、聞き逃さないように京太郎はより近くに身を寄せた。

「気持ち悪い」

彼女はそう呟き、オロオロと吐瀉物を撒き散らした。
危機一髪で京太郎は回避に成功する。
もしも、彼にハンドボールで鍛えた反射神経がなければ危なかっただろう。

「どうするかな?」

オエオエと嘔吐く酔っ払い。
京太郎はため息を一つ漏らし、介抱することにした。

「水が旨い!」

ケラケラ笑いながら彼女は京太郎をバシバシ叩く。
随分とアルコールを摂取しているのか、一度吐いたにも関わらず酔いが醒める様子がない。

「皆、酷いんだぜ。私がちんちくりんだからってお酒を奪うんだ。そのクセ自分達はがめつく飲むんだからねぇ。
我儘なアラサーはダメだねぇ。婚期も逃すのも当然だねぇ。アハハ、知らんけど、知らんけど」

「はい、そうですね」

延々と愚痴を溢し、同じ話題がループする。
職を同じくするらしい目上の先輩、婚期を逃したアラサーの女性陣に大分不満を溜めていたようである。

「なあなあ、京の字、お姉さんが奢ってあげるから朝まで飲もうぜ」

「俺、明日も用事ありますんでそろそろ帰りたいなって……」

「あ?」

「いえ、何でもないです」

質の悪い酔いどれは相づち以外は許してくれないのだ。
強く出れば良いのだろうが彼は生粋のお人好しである。
中学時代は体育会系で鳴らした口であり、年上の人には従順な傾向にあった。
現在所属する麻雀部では黒一点、最も立場が弱く、女性の我儘には逆らわない。

「ああぁぁアアアアッ! 私もあのアラサーみたいに行き遅れんのか!? 職の呪いか、っざっけんなぁ!!」

「大丈夫、大丈夫ですって、お姉さん綺麗じゃないですか」

酔っ払いは突然キレる。
日頃の鬱憤やストレス、感情の枷が外れたことで溜め込んでいるものが表層に出ると情所不安定になってしまうのだ。
否定や肯定、言葉に気を付けねばならないと京太郎は今夜で良く学んだ。

「適当なこと言ってんじゃねぇ! 私、知ってんけど!? このちんまい体だぞ!!
可愛いとは良く言われるが、恋愛対象には見られないんだかんな!!
男っ気も女っ気もねぇ! 近づいてくる奴は変な目で見てくるロリコンを拗らせた変態っばかだぁ」

ザメザメと涙を流す始末である。

相手の見た目が小さいからか、ついつい京太郎は親戚の子供にするようにヨシヨシしてしまう。

「子供扱いすんなぁ……」

「はいはい、お姉さんは大人の女性ですもんね」

「そうだ、そうだ……よし決めた。京の字、エッチしよう」

唐突な彼女の申し出に京太郎は固まった。

「なっ、な、何言ってんですか!?」

顔を真っ赤にさせて慌てる彼の反応に彼女はニヤニヤ笑う。

「おうおう、京の字は童貞だねい。喜べ、お姉さんが筆下ろしをしてあげるからさ。それじゃあ、ホテルに行こうぜー!」

京太郎を引っ張り歩き出した彼女を必死に止める。

「会ったばかりの相手じゃないですか、酔いが醒めたら後悔するパターンでしょう。ほら、こう言うのは好きな人同士でするもので……」

恋愛に憧れを持つ純情な少年は主張する。
まだまだ社会に揉まれても擦れてもいない十五の男子である。

「ふーん。京の字はエッチに興味がないん? 付いてないん? 据え膳食わぬは男の恥だって言うし」

「うっ……」

京太郎とてエッチなことに興味津々のお年頃である。
女性に誘われて何も思わないわけではない。
しかし、彼は真面目な性分であり、欲望に忠実には生きられない性であった。

「それともあれかね? やっぱり、私みたいな小さくて胸もない、女の魅力に欠けた奴じゃダメなのかい?」

小さな体は彼女にとってコンプレックスだった。
普段は気にしている素振りなんて見せないが、お酒の力で気も緩み、隠している弱い部分が出てしまう。
影のある弱々しい姿を見せられ、京太郎は拒絶することが出来なかった。
儚く、壊れそうで、保護欲を刺激する彼女に流されてしまう。

朝、目覚めると隣には誰もいない。
昨晩のことは夢だったのだろうかと京太郎は思った。
しかし、何故か全裸である。
シーツの一部には赤黒い染みが残っている。
女性の甘い匂いと淫靡な残臭が鼻を擽る。
状況証拠的に考えて、黒だ。
脱ぎ散らかされた服を拾い、放り出されているスマホや財布に学生証を回収する。

「そう言えば、エッチしている最中に動画とかで撮影したっけ」

嘘か真かを確認するために、携帯内部に保存されているはずのデータを探す。
だが、それはどこにも見当たらない。
やはり、夢だったのだろうか。

「あ、クラウドの方も見てみるか」

真面目な性格であるため京太郎はバックアップはしっかりするようにしていた。
撮った写真や動画は自動的にクラウドストレージに保存する設定にしていたのである。
スマホのメモリーから消されたものを無事に発見した。
昨晩の行為は本当にあった出来事である。

「童貞卒業か。咏さん、何処に消えたんだろう?」

相手の行方を探したが見つからない。
彼女と再会することはなく、京太郎は麻雀部の皆と長野への帰路へと着いた。

三尋木咏。
横浜ロードスターズに所属する24才の女性プロ雀士である。
あの夏の最後の晩に出逢い、エッチな行為までした相手の正体に気づいたのは、長野に帰り幾分か時間が経過した後だった。

「はあ」

遠い場所にいる。
それは、物理的な距離であり、精神的な距離でもあると彼は思う。
京太郎は彼女の連絡先を知らない。
住んでいる場所も知らない。
会いたくても会えないし、彼女は自分のことなど気にしていないに違いない。
TV画面の向こうで大活躍する彼女を見ているとそう思う。
あの壊れてしまいそうな弱々しい儚い姿の面影はまるで見当たらない。
強気に、前へ、前へ、怒涛の火力で何もかもを吹き飛ばす。
最近の成績は正に圧倒的、雀士として飛躍の中にいる。

「女々しいよな」

たった一晩。
身体を重ねただけの関係だ。
それだけで情が移り、気になって気になって、影を追いかけてしまっている。
バカだと自覚していながら、住む世界が違うのだと思いながら、忘れることができない。

「はああ」

京太郎は思い悩む。
恋に患い、想いを深め、悩み続ける。
彼女から連絡が訪れるのはまだまだ先である。

カンッ!

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最終更新:2020年04月06日 22:52