「あ、雨降ってきたわね」

窓の外の仄かな雨音に、京太郎は嘆息一つ。
和にフラレて間もなく。
こうも心が陰鬱になっていくことが繰り返されるのか、と愚痴りたくもなるが、辛うじて飲み込むことに成功する。

「須賀くんは傘は持ってきてるの?」

「忘れてます。……まぁ、濡れて風邪引いて休みたくもありますけど」

「和のことでしょ?」

返答はないが、沈黙こそ肯定の証。
机に突っ伏している京太郎の元に歩み寄ると、微笑みのままに包み込むよう抱きしめる。

「和のことも考えてあげてね。あの娘、見てくれはあぁだけど人付き合いもそこまで得意じゃないと思うの」

「それは分かってるんですよ。……でも、和と顔を合わせ辛いなって。それに……」

ここに居場所がない気がして、と言われたとき、胸が締め付けられる思いがした。
彼が寂しさを感じているのは、自分の責任が多大にあるから。
夢を叶える最後のチャンス、目指すものをやっと掴めるチャンス。
この男子が連れてきた女子が、最後のピースを埋めてくれたのに。

「居場所、欲しいの?」

「作ろうとして、俺は失敗しましたから」

「……」

柔らかな抱擁に、力が加わる。
二人の呼吸と雨音だけが部室に鳴り響き。
明かりを消して、薄暗くなった中で、折り重なるように触れ合う二人。
それを、桃髪の美少女が見ていたことには気付けるはずもなく。
ましてや、桃髪の美少女の抱いた淋しさと妬ましさと羨ましさを察するなど。
雨の七夕の日に、織姫と彦星は──果たして誰と誰になるのだろうか。

咲『うわーん京えもぉぉぉん』

京太郎「なんだい咲、また迷子なのか?」

咲『うう……』

京太郎「まったくしょうがないなぁ……今から行くから」

咲『うん……場所は……』



待ってたのは大人なホテルが並んでいる場所だったそうです、カン

原村和が違和感を感じたのは、本当に、本当になんのこともないことだった。
少し前に須賀京太郎に告白され、(和的には)やんわりと断り、少しぎくしゃくして。
それでも、彼は部活には来ていた。
……咲や優希が近い距離にいるのは、いつも通りなのに。

(部長が、須賀くんに教えてる…んですか)

有り触れた光景のはずなのに。
当たり前の光景のはずなのに。
第一、自分がフッた相手なのに。
普段は落ち着き払い、ポーカーフェイスを崩さない久の頬の紅みに気付いて。

(もしかして)
(部長は、須賀くんのことを)
(………確かに、理由はありますけど)
(理由は山程ありますけど)

ちくりとしたものを感じて、和は顔を顰め。
それを横目で見た久は、内心笑む。
清澄高校麻雀部にとって、須賀京太郎という黒一点は『特別』であり、『特別』でない。
そこにいて当たり前と捉える咲や優希、後輩の一人でしかないと捉えるまこ。
だが京太郎に告白された和や、夢を叶えるための希望の一端となってくれた久にとっては特別な存在の一人でもある。
久は、夏のインハイが終わるまでは京太郎に報いる術を持たない。
彼の献身を無駄にせぬよう、わがままを受け入れてくれた彼の時間を無駄にせぬよう、ただ駆けていくしかないのだ。
それが、私のすべきことだと。
和を横目で見るのを止めた久は、女子メンバーが揃うまで、京太郎の学びを助ける。
本来ならば和がしていたことを、久がする。
──たった、それだけだ。

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最終更新:2020年04月06日 22:59