部活が終わると、すぐに一人で帰路に着く。
早く会いたい。
会って、窘められて、それでも優しく髪を撫でてくれる時の、慈愛に満ちた眼差しを一身に受けたい。
居心地の悪い部活から距離を取り、あの女性の元と言葉を交わせると思うだけで胸が高鳴る──これが、恋というものかと自覚して、一週間。
息を切らして走っていく姿を追いきれる者は、一人だけ。
しかし、その一人は自分が追う資格を持たないと知覚している。
不安げに心配する仲間を横目に、行き場のなくなったほのかな恋心を持て余しながら、嘆息を二つ重ねた。
「はやりさん!」
車の窓から入ってくる声に、『牌のお姉さん』は頬を緩める。
自分を一途に慕ってくれる、一人の少年。
女ばかりの部活の黒一点──輝ける栄冠を手にした少女たちとは真逆の、暗澹たる結末。
心無く罵られ、与えられる事もほぼ無かったのに居場所も無くし、ただの色情魔扱いまでされた少年を、はやりは心から惜しんだ。
彼は悪くない。
彼は頑張った。
彼がいたから清澄は頂点に煌めいたのだ。
はやりは奔走し、彼の名前から、住所から、多くを調べ上げて──搦め捕った。
弱った心を甘い毒で癒して。
疲れた身体を、はやりが受け止めて。
甘露の中に微かな毒を混ぜて、じわじわと心を蝕み。
自分だけが彼の居場所。
自分だけが彼の理解者。
自分だけが彼を受け止められる。
心に侵食していく甘い言葉は、彼を溶かし。
自分だけが彼に愛される。
自分だけが彼の全てを識る。
自分の全てが、彼の全て。
助手席に愛し子を乗せて、車が走る。
彼に毒が回りきったのは、もう確信した。
後は二人、堕ちていくだけ──
最終更新:2020年04月06日 23:00